ハッピーエンドでは終われない

城谷詠人

 




「おかえりなさい。今、おかず温めなおすから」
 自宅のマンションに帰り着くと、いつもの通りに妻の響子が僕を迎えてくれた。
 妻と子供はすでに食べ終わっている。
 一人息子の修一は、テレビのバラエティ番組を見て笑い声を上げていた。
 食卓の硬い椅子に座って待っていると、響子が皿をレンジから出して並べてくれた。
「そうだ。明日、飲み会が入ったから夕食は要らない。新人の歓迎会なんだ」
 箸を持ちながら、僕が言うと、響子は一口お茶をすすって、言った。
「変な時期に新入社員が入ったのね。まだ3月にならないって言うのに……」
 疑っている雰囲気は無かった。
「まあね。正社員じゃなくて、一時的な手伝いの契約社員だから」
 すんなり嘘が出てくる。
 罪悪感はほとんど感じなかった。
 
「それでさ、私言ってやったのよ……」
 妻の言葉は僕の耳を通り過ぎていくだけだ。
 適当に相槌を打ちながら、考えるのは明日の事だった。
 適当な居酒屋で飲食したあと、二次会は昨日の店に行くのがいいかな?
 それとも、二人きりの方がいいだろうか。
 僕の気の無い返事に慣れっこになっている妻は、不機嫌になる様子も無く延々と話を続けている。
「修一、風呂は入ったの?」
 僕が妻に聞くと、話の腰を折られた彼女は、ちょっと眉間にしわを寄せて、二人ともはいってるわよ、もう。
と言った。
 

 ベッドの中で、僕が久しぶりに響子の背中をなでたのは、言い訳を作りたっかたらか。
 時計はまだ12時を回っていない。
 修一は自分の部屋で、とっくに寝息を立ててる頃だから、気になるものは何もないはずだ。

「どうしたのよ」
 僕のいつもと違った雰囲気を察して、響子は振り向いた。
「久しぶりにどうかなって思ってさ」
 オレンジ色のナイトライトの下で、響子の顔は一瞬不思議そうな表情になった。
「僕がもうそんな気無いって思ってた?」
「そうは思わないけど、私の気持ちはもうわかってるものと思ってた」
「男は時々どうにも我慢できなくなるんだよ」
「今までは自分で処理してたんでしょ」
 その通りだ。

 響子は、隣で横になる僕の振動をとっくに気づいてるはずなのだ。
「君は、もう全然その気がないって言うのか?」
 僕の声には少しとげが含まれていたはずだ。
 男の気持ちを理解しない妻に今までも何度も腹を立てていた。
 その気持ちが不意によみがえったのだ。

「今はそんな気になれないのよ」
「じゃあ、口か手でしてくれないかな」
 いつになく粘ってみる。
「勘弁してよ。疲れてるんだから」
 いつもの台詞だった。
「僕が浮気してもいいのか?」
 これも何度目かの台詞を言ってみる。
「家庭を壊さない程度ならいいかもね。そんな器用なことができればだけど」
 ため息と共に響子が言う。
 どうせできる訳が無いとたかをくくってるのだ。

 男が家庭を壊さない気でも、相手のあることだから、そううまくいくとは限らない。
 家庭を壊さない浮気なんてできないと思ってるのだ。

 そう、男女の恋なら無理な話かもしれない。

 しかし男同士なら?
 どうせ結婚なんてできないのだから、家庭を壊すことはないだろう。

 響子には想定外のことだろうな。

 僕はべッドを出ると、キッチンに向かい、食器棚から取り出した小さめのグラスにウイスキーをたっぷり
注ぎ込んだ。




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