ハッピーエンドでは終われない

城谷詠人
 二章 もう一つの出会い
 

 14


 チェックインするのを忘れていたと言って、荒木さんは一人で一回のフロントに下りて
いった。
 部屋は九階だから先の上っておくように言われている。
 僕は左側のエレベーターで荒木さんを見送った後、右側エレベーターに乗った。
 九階のフロアにでる。
 エレベーターホールから左右に廊下が伸びていたが、部屋の番号までは聞いてないから、
そのまま待つことになる。

 誰もいない、と思っていたら左側から男が近づいてきた。
 背は高く、体重も僕なんかよりは30キロくらい重そうに見えた。
 一口に30キロと言っても、10キロの米袋3袋ぶんだ。
 同じ成人男性でそれほど違うことがあること自体が不思議に思える。

 黒い上着を手に持った彼の肩はベージュ色のTシャツ越しでも筋肉が盛り上がっている
のがわかる。年齢は自分と同じくらいかやや上に見えた。
 僕からそう見えるって事は、彼から見たら、僕の事はかなり年下だと思ってるだろう。

 髪は短く刈っていて、自衛隊員を連想してしまう。
 エレベーターに乗るのだろうと思って、譲るように下がるが、彼はエレベーターのボタ
ンを押すでもなく僕の方をじろじろ見ている。
 目が合うと、彼は大きな唇をゆがめてにやりと笑った。湿り気のある妙な笑みだった。

 何なのだこの男は。
 気持ち悪くなってくる。
 顔を背けると、僕はさりげなく彼とは反対方向に廊下を進んだ。
 追いかけてこられたらどうしよう。
 考えると、心臓のリズムが早くなってくる。誰も居ないホテルの廊下が非現実的なSF
映画のロケット内部のように見えてくる。

 後ろの男が動く気配がした。
 一気に走って、向かってきたらどうしよう。
 脇の下に冷たいものを感じたとき、背後のエレベーターが来て止まる音がした。
 荒木さんが帰ってきたかな。
 息を落ち着けるようにしてゆっくりエレベーターを振り返ると、開くドアから右手に部
屋の鍵をぶら下げた荒木さんが出てくるところだった。
 ふっと気が緩んで、荒木さん、と声をかけようとした僕は意外な光景を見て口をつぐむ。
 エレベーターの前に立っていた巨漢の男と荒木さんが挨拶を交わし、話し始めたのだった。
 荒木です、ジョージさんですか、と言う声が聞こえた。


「どういうことなんですか、いったい」
 ダブルベッドの置かれた部屋の中で、僕は荒木さんに尋ねた。
「ジョージさんとはネットで知り合った。今日来てくれるように頼んでたんだ」
 荒木さんはグレーの上着を脱いでクローゼットにかけた。
 モノトーンのコーディネートは、落ち着いた上品なものだった。
 巨体の男は成り行きを見守ろうと入り口のドアのところでこちらを観察している。
「そういうことじゃなくて、どうして、そのジョージさんがここにいるのかですよ」
「お仕置きするって、さっき言っておいただろう。エイトを俺から離れられないようにし
てやるとも。彼に少し手伝ってもらうことにしたわけだ」
 頭から血の気が引く音が聞こえそうな気がした。
 砂浜に上がった波が一気に引いていく音だ。
「そんなところに立ってないで、そこのソファにどうぞ」
 荒木さんは詰め寄る僕をわきにどけると、入り口に突っ立ていたジョージと言う男に声
をかけた。外国人には見えない。ジョージと言うのはネット専用の名前なんだろう。
「大丈夫なんですか? 言ってなかったんだ」
 ジョージが驚きの声を上げながら僕の方に来た。
 外見に似合わず少し高めの声だった。
 後にさがろうとしてベッドのふちに躓いた僕は、スプリングのきしみ音をかすかに立て
てダブルベッドに座り込んだ。
 ジョージが僕の顔を覗き込んできた。
 でかくて脂ぎった鼻が付きそうになるくらいに顔を近づけてくる。
「かわいい子ですね。今夜は楽しくなりそうだ」
 
 横を向いてジョージを避けると、立ち上がって荒木さんの腕を取る。
「僕は帰ります」
 叫んだあと、ドアを出ようとしたが、左腕を引かれて引き戻された。
「どうしてもいやだと言うのなら、無理にとは言わないさ。でも、君は男が好きなんだろ。
ジョージじゃ不満か? ガタイもいいし顔だってイケメンとは言えないかも知れないが、
悪くはないじゃないか、片岡って言ってたかな、君はもう一人男を受け入れたんだろう、
俺以外に。それなら次の三人目を受け入れてもいいのじゃないか」
「でも、こういうのって変態的ですよ。三人でするなんて」
「変態的でもいいじゃないか。男同士で抱き合うことがすでに、一般的に言ってそうなん
だから」
「これが、お仕置きですか」
「そうだ。先週約束を破った君は、今夜二人の男に同時に抱かれるんだ。今は嫌かもしれ
ないけど、明日の朝には今夜の事が忘れられなくなってる。もちろんいい意味でね。俺は
むしろ、君がのめり込んで、こういうやり方でないと感じなくなるんじゃないか、そっち
の方を心配してるくらいだ。まあ、そうなったらそれはそれで良いけどな」
「冗談じゃない。僕がそんな変態になるわけないです。確かに一般人と比べたら変な趣味
があるかもしれないけど。だから、今夜限りです」
 非は自分にある。
 約束を破ったのは僕なんだから。
 だから、今夜は仕方ないのだと、僕は自分に言い訳しているのだ。
 すでに荒木さんの提案を心の中では受け入れている。
 しかし、それは僕が変態だからではない。
 そしてそれを証明するには、今夜の3Pプレイに応じるしかない。

「いいね。今夜限りで結構。俺もその方が安心だ。じゃあ、お尻の処置しておいで、まだ
なんだろ」
 荒木さんが僕の尻を右手でなでた。
 
 バスルームは割と広かった。奥にバスタブがあり、手前に水洗便器が置いてある。
 クリーム色の周囲にはカビひとつなく磨かれている。
 服を脱ぎながら、この後のことについて想像をめぐらした。
 二人の男に同時に抱かれる。
 どんな風に?
 アダルトサイトで見た写真が、記憶の中から浮かび上がってくる。
 うつ伏せで、一人の男のものを口に含みながら、バックから犯されてる女。
 あの女みたいにされるんだ。
 ずきんと股間がうずいた。僕のものはこれ以上ないくらいに硬くなっていた。
 シャワーのノズルをひねってはずす。
 浴槽の中で、シャワーの温度を調整して、お湯のあふれる先端を自分のアヌスにあてが
う。
 いつもは出て行くだけの場所にぬるいお湯が侵入する。
 はじめは一瞬行き場を失った水流がはじけるが、僕が力を抜くとその水のエネルギーは
周囲の壁ではなくて僕の体に向けられる。
 じんわりと下腹が温かくなってきた。





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