ハッピーエンドでは終われない

城谷詠人
 二章 もう一つの出会い
 

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 その週は仕事が忙しくて過ぎるのが早かった。
 荒木さんと約束してる金曜日に残業はしたくないので、前日にその分少し多めに居残り
した。
 12月に入って気温もぐっと下がっている。
 僕は、すでに荒木さんと去年会ったときに着ていた黒のN2Bジャケットを長袖Tシャ
ツの上から羽織っていた。

 金曜日、時計の針が午後七時をさすとき、一週間前と同じような感じで会社近くのバス
停に荒木さんのパトリオットが滑り込んできた。
 ドアを開け、自分の207より20センチは高いシートに腰掛けた。
「今日は、急な仕事、入らなかったようだね、よかったよ」
 荒木さんの笑顔、久しぶりに見る。
 最後に会ったときよりも髪が短くなっていた。
「髪、切ったんですね」
「ああ、先週ね。のばそうと思ってもだんだんわずらわしくなってくる。いっそ坊主にで
もしようかな。それならかなり持つだろう。ついでに髭も生やすか? らしくなるかな」
 ゲイらしくなるかということだろう。
「らしくない荒木さんが好きなんだけど」
 窓の外にある大きなクリスマスツリーのイルミネーションがゆっくり後方に流れていっ
た。赤や黄色の光に街中がにぎやかだ。
「もうすぐクリスマスなんですね」
 イルミネーションを目で追いながら僕は言った。
「そうだな。クリスマスパーティーは行くかい?」
「パーティ?」
「ローズビーズのクリスマスパーティーさ。たしか22日にあるはずだけど。3000円
出しの食べ放題飲み放題、マスターは料理上手だからいろんな手料理作って待ってるよ」
「いいですね。一緒に行きましょうか」
「他に用事はないか?」
 一度すっぽかされて用心深くなったのかな。
「ないですよ。イブイブイブはあけておきます」
「結構」
 車は市内を南下して、大浦のホテルの前に横付けされた。
「ここのディナーを予約しておいた。下りて」
 適当な場所を予約して置くように僕が頼んでいた。もちろんここの費用は僕が持つつも
りだ。このホテルは会社の忘年会なんかで何度か来たことがあった。
 背の低いホテルマンが素早くよってきてドアを開けてくれた。
 
 正面玄関のオレンジ色の明かりを受けて、荒木さんが車の裏側から歩いてくる。
 裏のパーキングに移動させるために、荒木さんの下りた運転席にホテルマンが乗り込ん
だ。
「この一週間は待ち遠しかったぞ」
 耳元で荒木さんの声。人目があるというのに荒木さんの右手が僕の肩を抱く。
 でも、先週のことがあったから僕は逃げるわけにも行かない。
 そのまま玄関を入ってロビーに向かった。
 いい年した男が二人体を密着させて歩いてるのは、一般にどう見られるだろう。
 おかしく見られないように、めまいでも起こした振りをするか?
 ふとそんな考えが浮かんできたけど、その考えは僕の顔をにやけさせる働きしかしなか
った。

 広いホールをそんな格好で横切った後、エレベーターで七階まで上がる。
 片面がガラス張りになっているエレベーターから、暮れ色に沈む長崎港が見渡せた。
 背の高いマンションが対岸にそびえているのが見える。
 確か28階建てのタワービルだ。
 周囲に同じくらい高いビルは皆無だからことさら高く見えた。
「俺のもあんなふうになってるぞ」
 二人きりのエレベーターで荒木さんが僕に腰を押し付けてきた。
 硬い棒が僕の下腹部に当たった。
 今夜は泊まりになるかもしれない。
 響子には友達と飲んでくると言ってあるけど、悪酔いしてしまったから友達のマンショ
ンに泊まったことにするか。
 エレベーターから降りた階は、下と比べて明らかにじゅうたんがふっくらしていた。
 
 料理も、それに椅子の座り心地もとてもよかった。
 僕らは恋人同士のように談笑したりはにかんだりしながら運ばれてくる色とりどりのご
馳走を胃の中に収めていく。
 デザートにチーズケーキが来た。
 暗めのルームライトはテーブルの上のろうそくを綺麗に演出するためだ。
 
「ところで、先週の彼は、やっぱりローズビーズで出会ったのかい?」
 いきなり言われて、フォークの先からケーキが落ちてしまった。
 それまでまったく汚されることなく数々の料理を載せてきた真っ白なテーブルクロスに
しみができた。
「先週の彼、ですか?」
 無駄とわかっていても、ごまかす台詞しか出てこない。
「ハーレーに乗っていた彼さ。君が後ろに乗って行ったじゃないか」
 やっぱり気づかれていたのか。
 でも、周囲に人は多かったのに。顔は見られなかったはずだ。
 とはいえ、ごまかしは状況を悪くするだけだろう。
「ずいぶん目がいいんですね、暗かったのに」
 フォークを皿に置く。
 深いため息がでた。
「やっぱりそうだったか。暗かったからわかったのかもしれないな。ルミノックス305
9、君の腕時計さ。オレンジ色の光が手首で光って見えたんだ」
「そうですか」
 自然と左の手首に目をやった。
 細い手首には不似合いなごつい腕時計が、今も凝りもせずにオレンジ色の光をともして
いる。
「それほど珍しい時計ではないけど、状況を考えるとね。君の電話がかかってきたのも七
時をかなりすぎていたし。普通なら来れなくなったと言う知らせがあるなら時間前にある
だろうから、特に君がそんな失敗するとは思えない」
「すいません、確かにその通りです。片岡さんって言う人で、ローズビーズで出会いまし
た。出会って一ヶ月です」
 ばれてしまった。
 これは別れにつながるのかな。普通なら大いにうろたえるところだけど、なぜかそれほ
どの焦りは感じなかった。やっぱり男女の付き合いとは感覚的に違う。

「どこの誰かには興味ない。まあ、病気持ちじゃないことは祈るけどね。それからこれで
僕らの関係が終わりになると考えているのなら、それもちょっと違うな。絶対エイトを
離さないって言わなかったかな」
 僕の安堵の気持ちが読まれたのか、荒木さんは軽く首を振った。
「でも、少しお仕置きしないといけないな。俺から絶対離れられないようにしてあげよう
と思う」
「お仕置きですか? ひょっとしてSMとか?」
 恐る恐る口にすると、荒木さんは笑って答えた。
「それも面白いけど、今日は別の趣向を考えてある。まあ、部屋に行こう、怖いか?」
 確かに何が待ってるのかわからないのは怖いけど、物騒な雰囲気は荒木さんからは感じ
られない。
 それに、やはり僕は荒木さんが好きだった。

「いえ。大丈夫です」
 僕は立ち上がる。
 テーブルを見下ろすと、チーズケーキとともに運ばれていたコーヒーは結局一口も飲ま
れることなく冷めてしまっていた。









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