ハッピーエンドでは終われない

城谷詠人
 二章 もう一つの出会い
 

 12


「なかなか美人な嫁さんだな。さすがエイトだな」
「何がさすがなんですか」
 207に二人で乗り込んで、僕はエンジンをかけたところだ。
「別に。二人の男を手玉に取るエイトなら、あのくらいの美人でも落とすのは簡単だった
かなって思ってさ」
 いったん駐車場から出るのに急坂を登った207が、なだらかな下り坂を下りて行く。
「修一君もかわいいし、エイトは幸せだな」
「まあ幸せでしょうね、あれさえ無しにならなければ」
「でも、なんでセックス拒否してるのかね、奥さん」
「わかりませんよ。聞いても答えないし。ネットでもよく見かけるけど、たまにセックス
嫌いの人がいるみたいですから、そういうのじゃないですかね」
「奥さん、お前が最初だったのか?」
「何ですか急に」
「他に男知らないのかなって思ったんだけど」
 変な方向に話がいってると思ったけど、来た道は引き返すわけにも行かない。
「多分知らないでしょうね、僕以外は」
 響子とは25歳のとき知り合った。
 彼女は僕よりひとつだけ年下で、僕の会社の向かいの調剤薬局で薬剤師をしていた。
 今はそこはやめて、もう少しマンションに近い薬局でパートをしている。
 響子と初めて抱き合ったときのことを思い出した。
 雪の降る日だった。
 会社の忘年会を一次会で抜け出した僕を、うっすらと雪の積もった近くの公園で彼女は
待っていた。
 響子はその日が初めてだったはずだ。

「じゃあもしかしたら他の男とだったら続いていたかもしれないな」
「どうしてですか?」
「あれって相性があるからさ。ソフト面の相性ももちろんだけど、ハード面の相性が大き
かったりするんだよな」 
「ハード面って?」
「セックスする道具のこと。大きさ以外にも形なんかも関係するんだぜ」
「片岡さん、女は駄目なんでしょ、よくわかりますね」
「わかるさ。男同士だって相性あるんだしな。あんまりでかいの入れられたくないだろ、
エイトだって」
「僕のはそんなに大きくないですよ」
「それはわかってる。まあ標準より少し小さいサイズだったな」
 何の話なんだよまったく。
 諏訪神社の上の曲がりくねった道を下りてるのに、ハンドル操作に力が入らなくなって
しまう。
 舗装された道路の真ん中に巨木が伸びているという、珍しい道路だ。
 
 左に急旋回していると、後ろの席に置いた僕のバッグからメール着信音が聞こえた。
「奥さんからメールかな? ついでに何か買って来てっていうんじゃないか? 俺が見てや
ろうか」
 わかっていて言ってるんだろうな。
 メールの主は多分荒木さんだ。
「いえ、後で見ますからいいですよ」
「そうだな。俺が一歩リードしたしな。まだ荒木とは一回しかやってないんだろ? もちろ
んお前の家に招待もされていないはずだし」
 ため息が出てしまう。
「荒木さんには悪い事したから今度会います」
「そのときは思いっきり抱いてくれるかな? お仕置きされるかもしれないな」
「お仕置きって、いったい誰の所為でこうなったんですか?」
「まあまあ、怒らない怒らない。運転中に感情的になるのはよくないぜ」
 わざと怒らせて面白がってるのかな。
 これも恋の駆け引きなんだろうか。
 そう思ったら怒りもしぼんでしまった。

 そして、今日も生でやられてしまった。
 布団から上体を起こすと、冷えた空気が火照った体に気持ちよかった。
「コンドーム、買っててって言ったじゃないですか、また忘れたんですか?」
 下から見上げている片岡さんの鼻を指ではじいてやった。
「いてえなあ。いいじゃんか。俺は病気持ってないんだから」
「まあ、今更つけても始まらないかな」
 本当はコンドームつけるのが好きじゃないから、というのはわかっている。
 実際僕も女性とするときは、あれをつけるのは苦手だった。
 空気が入ったりしてうまく付けきれなかったのもあるし、あれをつけると性感が鈍って
気持ちよくなくなってしまう。
 
 僕は裸のまま布団から這い出ると、ふすま越しの隣の部屋に脱ぎ捨ててある衣類を着始
めた。
 たっぷり欲求を吐き出して満足したのか、片岡さんはまだ布団にもぐったままだ。
 バッグから僕は携帯電話を取り出した。
 シルバーボディの端で、緑色の小さい光がゆっくりとした周期で点滅している。
 携帯を開いてみる。
 メールはやっぱり荒木さんからだった。

『先日は残念だった。今度はいつ会えるのかな。君の都合に合わせるよ』
 確認した後、僕も返事を打つ。
『本当にすいませんでした。今度の金曜日はあけておくようにします。その時は僕におご
らせてください』
 送信ボタンを押す。
 片岡さんの起きる気配がしたから、僕は携帯をバッグにしまった。
「寒いな。雪でも降るんじゃないか」
 がっしりした体を僕にくっつけてきた。
 ぐっと後ろから抱きしめられて、ふんって声を上げてしまう。
「かわいい声だ。あの時ももっと鳴いていいんだぜ、かわいい子猫ちゃん」
 
 そんなにきつく抱かれると苦しい、と言おうと振り向いた僕の唇は片岡さんの唇で閉ざ
された。
 舌が入ってくる。
 男とのディープキスにだんだん抵抗感がなくなってきてるな。
 初めてのときに感じた違和感はもうなくなってる。

 キスしたまま僕らはしゃがみ込んでしまった。
「また大きくなってきたぞ」
 唇を離した片岡さんがにやりと笑った。
 僕は、はいと一言だけ答えた。






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