ハッピーエンドでは終われない

城谷詠人
 二章 もう一つの出会い
 

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日曜日、僕は響子と二人でいつものように大波止のショッピングプラザに買い物に行っ
た。その週の夕食用の食材など、それと、酒が切れていたので芋焼酎のビンを一本。
 修一はマンションでアニメを見ている。
 
「そうだ、今日、午後に友達が来るから」
 弁当にいれる、生姜焼き用の肉を選んでいる響子に僕は言った。
「友達? 長崎の?」
 長崎の、という質問は、以前来た岡山の友達を思い出してのことだろう。
 そのときは、響子と修一も一緒に、長崎の古い料理屋に案内したのだった。
「ああ。会社の飲み会で来てた人なんだけど、なんか気があって、仲良くなったわけ。そ
の人野菜つくりが趣味なんだけど、青梗菜たくさん出来たから御裾分けするってさ」
 用意していた台詞を、できるだけさりげなく言う。
 生姜焼きの肉をカートに入れて、響子がうなずいた。
「じゃあケーキでも買っておこうか」
 気を使ってくれる響子に、ちょっと僕の胸が痛む。
 実は浮気相手、だなどとはまったく思ってないだろう。
 あたりまえだ。
 
 僕のことは、どっちかといえば女好きなやつと思ってるだろうから。
 信頼してくれている相手を裏切っている罪悪感が、ちくちくと僕の心を刺す。
 でも、元はといえば響子がセックスを拒んだのが悪いのだ。
 それがなければ、僕はこの世界に首を突っ込むことは一生なかっただろう。
 一つ大きく息を吸って、そしてはき出した。

 ケーキはチョコロールをひとつ買った。修一も大喜びだろう。

 家に帰った後、十二時に三人で昼食をとった。
 今日の昼食はスパゲッティ。麺を三人分ゆでて、レトルトのミートソースを温めてかけ
るだけだ。簡単だから僕が用意した。
 麺をゆでている間に、片岡さんにメールを打った。

『青梗菜、2時ころ持ってきてくれますか? マンションの場所は館山公園の上なんだけど』
 そのメールに、顔文字で歓喜の表情をみなぎらせた返事がすぐに来た。
『わかった。行くよ。マンション、何号室?』
 それに返事を打って、しばらく待つと、『了解しました〜』という返信が届いた。

 テレビを見ている二人の前に、ミートソースを置くと、修一が歓声をあげて飛びついて
きた。
 二人のいただきます、を聞きながら、自分の分をとりに戻る。
 日曜日の昼のバラエティとともににぎやかな時間が過ぎていく。
 今は幸せなんだよな、と改めて思った。
 妻も子も、もちろん自分も健康で何の問題もなく生活している。
 金銭トラブルもないし、交通事故も起こしていない。
 会社も今のところ安定して収益を上げている。
 
 何の不満も不安もない生活だ。
 ただひとつ、夜の夫婦生活を除けば。
 他がすべてよくても、ひとつの事が駄目な所為ですべてがぶち壊しになる。
 夫婦のセックスってそういうものだろうか。
 それとも、他が良ければ我慢するべきことだろうか。

 壁の掛け時計の針が2時をもう少しで指そうかというときに、ドアチャイムが鳴った。
 片岡さんだろう。
 僕はソファから立ち上がると、玄関に向かった。
 
「よお、こんにちは。いい天気だね」
 ドアを開けると、にやけた片岡さんが、左手に革ジャンを、そして反対側の手には大き
なビニール袋を持って立っていた。水色のトレーナーにジーンズの彼は、額に少し汗をか
いていた。
「時間通りですね。あれ、でもバイクの音が聞こえなかったな」
 ハーレーで来たのなら居間に居た時でもはっきり排気音が聞こえたはずだ。
「ああ、ちょっと故障しててね、修理に出してるんだ」
「そうなんですか、まあ上がってくださいよ」
 しかし、ハーレーが故障しているのならどうやってきたんだろう。
 バスが上ってくる時間でもないのに。
 居間に案内していると、響子がキッチンでコーヒーを入れているのが見えた。

「こんなにたくさんどうもありがとうございます」
 青梗菜のビニール袋を受け取った響子がにこやかに言う。
「ベーコンと一緒にバター炒めするとおいしいですよ」
 片岡さんは勧められたソファに座ってコーヒーを一口飲んだ。
 二人がしゃべってるのを横から見ていると、なんとも変な気分になる。
 二人の話は、片岡さんが作ってるほかの野菜とそれを使った料理にシフトしていく。
 女が苦手な割には軽快に話をしている片岡さん。
 不思議に話が弾んでいて、僕は修一のしているプレイステーションの画面をぼんやり見
ていた。

「ねえ、あなた、今度畑仕事手伝ってあげれば?」
 話が振られたので振り向くと、片岡さんが響子の後ろで小さく手を振った。
「そうだな。たまには土いじりもいいかもね」
 渡りに船という展開に、逆に心配になってしまう。
 調子がいいときほど落とし穴には気をつけるべきだから。
 でも心配するようなことは何もなかった。
 
「そう言えば、さっき不思議だったんだけど、バイク故障してたらここまではどうやって?」
「ああ、下からは歩いてきたよ。バス待ってたら遅れそうになったから」
「ええ? 結構きつかったでしょう」
 片岡さんの返事に響子も同情の言葉をはさんだ。
「それほどでもないですよ。後のことを思えば」
 後のこと? 小さくつぶやかれた言葉に、一瞬疑問符が浮かぶが、すぐに気がついた。
 そういうことか。

 おやつをみんなで食べて、しばらくしたところで片岡さんが立ち上がった。
「あの、じゃあそろそろ帰りますので。今後ともよろしくお付き合いください」
「あら、こちらこそよろしくお願いします」
 響子も立ってお辞儀をひとつする。
「じゃあ、送りますよ。なんだか曇ってきたし、寒くなってきたから」
 僕が、片岡さんの待っていた台詞を言ってやった。





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