ハッピーエンドでは終われない

城谷詠人
 二章 もう一つの出会い
 

 10


「女の子ってさ、二人の男から好きになられて、自分は二人とも同じくらい好きだったら
どうするのかな」
 ハーレーに無理やり乗せられた次の日の夜、夕食後の居間でテレビのバラエティの軽い
音楽を聞いていると、ふと僕の口からそんな言葉が出てしまった。

「なにそれ、脈絡もなく変な話題出してきて」
 響子がテレビに向けていた顔をこっちに向けてにやけている。
「いや、会社での話。事務の子が今そういう状況なんだ」
 うっかり変なことを口に出してしまった僕は、やぶへびにならないように慎重に設定を
選んだ。
「そうね。女は案外シビアだからね。同じくらい好きなら、ものを言うのは経済力かな。
それと、相手の家族なんかもね」
 まさかその女の子が僕自身をさして言っているとは思ってもいない響子がコーヒーを一
口飲んだ。

「でもそれって結婚する場合だろ? 結婚しない場合はどうなる?」
 僕の言葉に、今度は首を傾げる響子。
「でも、普通は結婚が前提でしょ。大人の恋愛って」
 確かにそうだ。一呼吸おいて、響子がまた言う。
「結婚を前提としないのなら、経済力はおいておくとして、それ以外の条件ってことにな
るでしょうね」
「たとえばエッチがうまいとか?」
 言った僕の顔を響子が睨んだ。
 しまった。修一が側にいたのだった。
 そっとわが子を見ると、彼はテレビに集中していて、こっちの話には興味なさそうだっ
た。
「そういうのもあるでしょうけど、それを含めて同じくらい好きって話なんでしょ」
「そうだけど」
「じゃあ、結婚しないのなら二人とそのまま付き合ってればいいだけじゃないの?」
 投げやりな言い方だ。
「そんな無責任な」
「でもそうなるわよ。女が男を一人に決めないといけないのは、結局一人の男としか結婚
できないからで、恋愛は結婚がゴールになるものだからでしょ」
 まったくその通りだ。
 僕はそれ以上反論するのは止めて、テレビを見る振りをした。
 
 響子が言った言葉には、その先もあるように思える。
 つまり、自分以外の男と付き合うのを男が阻止しようと努力するのも、結婚は一人とし
かできないからというのがある気がするのだ。
 結婚というのは家庭のことで、家庭というのは子供を作るということだ。
 一般論としては。

 男女の恋愛は、生殖行為が目的だからこそ、相手を独占したくなるわけだ。
 だとしたら生殖と無関係な男同士の恋愛ではまったく様相が異なってくる。
 男女の恋愛とは根本的に違うものなわけだ。
 
 僕はソファから立ち上がると、自分のコーヒーカップを持ってキッチンに向かった。
 そこでお代わりのインスタントコーヒーを作ると、居間には戻らずに自分のパソコンの
置いてある部屋に入った。二つつながった六畳の和室の手前側。
 物置兼パソコン部屋だった。

 僕は堅苦しく考えすぎていたのだろうか。
 およそ見当違いの例えを持ってきて無理やり当てはめようとしていたのだろうか。
 男同士のことに、男女の恋愛の常識を重ねるのは意味の無いことなのか?
 しかし、男同士でも一対一できっちり付き合ってる人も多いはずだ。
 それは、彼らが男女間の常識を見当違いな所に当てはめているだけなのか?
 いや、ひとつ理由があった。
 病気の問題だ。
 不特定多数と付き合うことは感染しやすいということがある。
 
 でもそれはあくまで相手がどこの誰ともわからない、素性の知れない者同志の場合であ
って、大勢との付き合いでも全員がしっかり病気を持たないことが知られていれば問題な
いはずだ。

 ということは、結婚または同居する意思がない以上、僕には荒木さんと片岡さんのうち
どちらかを選ばなければならない理由はない事になる。
 そのまま二人と付き合ってればいいんじゃない? という響子の言葉が耳によみがえった。

 でも、そうするとその物語の行き着く先はどこになるんだろうか。
 ハッピーエンドには程遠い気がするけど。

 メール着信音がした。
 開く前からわかっている。こんな時間にメールしてくるのは片岡さんだ。
『山の中は寂しいぞー泊まりに来いよ』
 片岡さんからのメールに、僕は返事を打ち込む。
『まだ無理ですよ。もう少し待ってください』
 送信したら、五分後にまた来た。
『もう少しってどのくらい?』
 どのくらいと聞かれても困る。

『そんなのまだわかりません。もう少しです。片岡さんという友達がいること、まだ響子
は知らないんだし』
 送信しながら、確かに、片岡さんという友人ができたことを響子に知らせればいいんだ
と自分で納得していた。
 僕には、一緒に遊んだり飲みに行ったりする友人が居なかった。
 飲み会はこれまでずっと会社関係だけだし。

 もちろん友人が居ないわけじゃない。
 大学が地元じゃなかったから、その頃の友人は距離的に隔たりがあるという理由で身近
に居ないのだ。
 高校時代の友人も居ないことはないけど、彼らとは暇な時間が合わなかった。
 それに大学時代の時間の隔たりで10年も前から疎遠になってしまってる。
 今では年賀状をやり取りする程度なのだ。

『じゃあ今度遊びに行くよ。青梗菜もって行くから』
 片岡さんのメールに、これまでなら絶対の拒否反応を示していた僕だけど、案外それも
いいかもしれないと、今は思えた。





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