ハッピーエンドでは終われない

城谷詠人
 二章 もう一つの出会い
 

 5


 
「良かっただろ、俺のものになれよ」
 終わったあとで、片岡さんが言った。
 布団の中で密着している。
 終わったあとのだるい気分の中で、こうしているのは好きだった。
 片岡さんの放った精が、僕のお尻の中にまだある。
 お尻の中に発射されたのは初めてだ。なんだか幸福感を感じてしまう。
 でも、それに流されちゃ駄目だ。

「でも、駄目ですよ。荒木さんが好きだし……」
 言いながら、それならどうして此処にいるんだ? と自分で自分に突っ込んでしまう。
「でも、そいつ、最初に抱いたっきり、お前に手を出してこないんだろ。本当はお前の事
好きじゃないんじゃないか?」
 これは僕も気にしてるところだった。
「この夏は、娘さんの結婚なんかで忙しかったんですよ」
「俺とどっちが好きだ?」
 片岡さんの手が僕の顔を引き寄せた。
 覗きこんでくる。
「わかりません。おんなじ位かな」
「俺はお前を愛している。絶対に離さないからな」
「愛してるなんて軽々しく言わないでくださいよ、まだ会ってから二週間にもならないの
に」
「愛に時間は関係ないだろ。一目惚れすることだってあるじゃないか。俺はもうお前と三
回も会ってる」
「好きになってくれるのは嬉しいけど、僕はあんまり縛られたくないんです」
「俺は諦めないぞ。俺だけのものにして見せる」
「僕はものじゃないし、あんまり熱くならないでくださいよ」
 僕は彼の腕の中から出ると、おきて下着を身に着けた。

 適度に絡まれるのはいいけど、度を越すのは勘弁して欲しい。
 こう思うのは身勝手なんだろうか。
 片岡さんをこれほど熱くさせたのは、誰でもない僕自身なのだから。
 ちょっと浮かれてたのかな。
 片岡さんも起き上がって、裸のまま台所に向かった。お茶を入れてるようだ。

 ちょっと軽すぎたかな。
 簡単に抱かれすぎだ。
 男同士だと、銭湯なんかでお互いの裸を簡単に見ることができる。
 男女の間では、お互いの裸を見るのはセックスするときだけだ。
 お互いに裸を見てしまうと、そこからセックスまでの距離は一気に近いものに感じてし
まう。
 ということは、銭湯デートしたときに、すでに身体を許してるのと同じことになるのか
もしれない。
 今度からは気をつけることにしよう。
 
 お盆に湯飲みを二つのせた片岡さんが、座卓にそれを置き、僕の向かいに座った。
 まだ裸だ。
「服、着てくださいよ、寒いでしょ」
「いや、お前を見てると体が火照って、ぜんぜん寒くない。二回戦行きたい位だ」
「元気なんですね」
 僕はお茶をもらって一口飲んだ。ほうじ茶だった。
「元気さ、荒木って45過ぎなんだろ、俺はまだ40なったばかりだぜ、まだ枯れてない
んだよ」
 荒木さんだって、枯れてるわけじゃない。言いたかったけど、止めておいた。

 メールの着信音がした。多分荒木さんだ。
「メール、来たみたいだぜ」
 黙ってお茶をすする僕に、片岡さんがジャンパーの方を指差して言う。
「別に、後で見ますよ」
 歯切れの悪い言い方に、片岡さんもぴんと来たようだった。
「恋人からかな。毎日メールしあってるんだろ」
「別にいいじゃないですか」
 片岡さんが身体を伸ばして、僕のジャンパーを引き寄せた。
 ポケットの中から携帯を取り出す。
「止めてくださいよ」
 僕はそれを取り戻そうとしたが、片岡さんに阻止されてしまった。
 体力的にも片岡さんにはかないそうも無い。
 僕の両手をあっさり一握りにしてから、もう片方の手で携帯を開いた。

「見ないでください。じゃないと、片岡さんが嫌いになる」
 その言葉でやっと片岡さんは力を抜いた。
「冗談だよ、人のメール見たりしないさ」
 彼はおどけて笑顔を見せるが、僕の言葉がもう少し遅かったら、メールは開かれていた
だろう。

 その日の帰りの車の中で、胸の奥に黒いもやもやが湧き上がってなかなか消えてくれな
かった。
 片岡さんへの不信感と言うより、自分に対するもやもやだった。









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