ハッピーエンドでは終われない

城谷詠人
 二章 もう一つの出会い
 




 来たときは降っていなかった雨が、帰りにはかなり本降りになっていた。
 露天風呂にいるときに雨が降ってるのはわかっていたが、さらにひどくなってきたみた
いだった。
「カタさん車ですか?」
 玄関ホールで聞くと、首を振って、バスだと答えた。
「じゃあ送りましょうか、雨ひどいし」
「いいの? 遠回りになるよ」
 先ほど話した時に家の場所は聞いている。
 長崎の中心部から南側の山の上だった。
 バスで帰るにしても、相当不便な場所だ。バスは一時間に一本くらいだろう。
 しかもこの雨だ。
「いいですよ。20分ほど余計にかかる程度だし」
 僕達は雨を避けながら小走りに車のところに走った。

「いい車に乗ってるんだな」
 急いで乗り込んだ後、カタさんが感心したように言う。
「外車といってもフランスの大衆車ですから」
 タオルで軽く服を拭いた後、シートベルトを締める。
「どんな風に行ったらいいかな」
 帰りの道筋を考えてみる。
「大浦の方からも回れるけど、自動車学校の道わかる?」
 カタさんの言う道は何度も通ったことのある道だった。
「あそこから上れば、近そうですね」
 僕はエンジンをかけて、ギヤをドライブに入れた。

 途中からカタさんの案内で来た場所は、町の灯りも見えないくらいの山奥だった。
 中心部から車で20分くらいなのが信じられないほどだ。
 街灯すらない場所で、ここでいいとカタさんが言う。
「こんな所でいいんですか?」
 周囲に民家はまったくない。
 この道の下に下りていく車一台通れるかどうかの、コンクリート道路があるだけだ。
 身の危険を感じるということが無かったのは、カタさんの人柄のおかげか。
「そこ下ったところなんだけど、車じゃ下りにくいからここでいいよ」
 カタさんがシートベルトをはずした。
「俺、片岡って言うんだ、今度からそう呼んでくれ」
 そう言われると、こっちも名乗らないといけないのかと思ったけど、あえて黙っていた。
「なんかすごく好きになった」
 片岡さんが僕の方に身体を寄せてきた。
 だめですよ、と言おうとした僕の口がふさがれる。
 タバコの苦い味がした。
 彼の手が僕のシャツを捲り上げて胸を触る。
 乳首をつままれて、うん、と声が出てしまった。
 快感に弱いのかな。僕は。
 荒木さんのことを思い浮かべるのに、抵抗する気持ちにはなれなかった。

 片岡さんの手が僕のズボンのベルトをはずした。
 ずり下げるのに、僕も腰を浮かせて協力してしまう。
 すでに硬直したものを擦られて、僕は大きくため息を吐いた。シートも倒す。
「気持ちいい?」
 はいと答えると、もっと気持ちよくしてやる、と言って彼は僕のものを口に含んだ。
 車のヘッドライトが横を通り過ぎる。こんな道をこんな時間に通る車もいるんだな。
 一瞬明るくなった車内。
 僕の股間で上下する片岡さんの横顔が見えた。
 興奮した鼻息も聞こえてくる。
 
 荒木さんとはやっぱり違うな、と僕は変に冷静な目で彼を見つめた。
 荒木さんはこんな風に興奮に身を任せるって感じじゃなかった。
 やっぱり片岡さんの方が若いからだろうか。
 
 でも、性欲のままに向かってくる相手に畏怖を感じるのも事実だった。
 思わず逃げ出したくなる。
 ちょっと怖かった。
「俺にもしてくれよ」
 身体を離した片岡さんが、チャックを開けて自分の硬直した棒を取り出した。
 拒否するのが怖いというのもあったけど、自分自身の興奮が背中を押した。
 言われるまま彼のものを手にとり顔を近づけた。
 口に含むと、片岡さんの気持ちよさそうなうめき声が頭の上から降ってきた。
 ビクンビクンと口の中でそれが脈打っている。
 舌を絡めて性感帯をたっぷり攻めてやる。
 
 しかし、最後まで行く前に僕は顔を上げた。
「これくらいでいいでしょ。あんまり遅くなると困ります」
 時計の文字盤は11時をすでに回っていた。
 いつも家に帰る時刻から1時間は遅くなっている。
「エイトがすごく好きだ。愛してる。今度遊びに来いよ、俺は一人暮らしだから、土、日
は休みだし、待ってるぞ」
 車を出ようとする片岡さんを呼び止めた。
「ちょっと待ってください。雨ひどいでしょう。トランクに傘入ってるから出します」

 愛してるなんて言葉は荒木さんからは聞いていなかった。
 そんな言葉を、二度しか会ってないのに、片岡さんは平気で口に出す。
 あんまり本気になられても困るが、悪い気はしなかった。
 でもやっぱりちょっと軽い気がする。
 どこまで本気なのか、なんともつかみ所の無い人だと思った。

 家に着いたのは11時半を少し回っている頃だった。
 遅かったねと言う妻に、休憩所で転寝してしまったと言い訳した。




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