ハッピーエンドでは終われない

城谷詠人
 二章 もう一つの出会い
 




 カタさんと二回目に会ったのは、スーパー銭湯でだった。
 偶然ではない。僕がメールで誘ったのだ。
 なかなか会えない荒木さんとの付き合いに、少し苛立ちを感じていたからかもしれない。

『どこにいるの?』
 というメールを受け取ったのは、夜の暗い駐車場に車を入れたときだった。
 夏が終わったときに僕は車を買い換えていた。
 燃費の悪いRX−8では、リットルあたり180円を越す、この年の夏を乗り切るのが
せいぜいだったし、今のうちに買い換えた方が高くで買い取れると言う行きつけのディー
ラーの人の意見も聞いてのことだった。

 だからその日駐車場に止まった僕の車は、これまでの白のRX−8から紺色のプジョー
207になっていたのだ。

 メールの返事も出さずに、銭湯の入り口を過ぎる。
 ホールにはそれらしい人影はなかった。
 もう男湯に入ってるのかな。
 そう思って券売機に行こうとしていたら、喫煙所の中から男が出てきた。
 目が合う。
 ちょっと感じが違ってるかと思ったが、カタさんに違いなかった。

「やあ、なんかちょっと見違えた」
 カタさんもそんなことを言ってる。
「よく見たら変な奴だったでしょ」
 僕が笑いかけるとかぶりを振って答えた。
「反対反対、此間は横顔くらいしかよく見れなかったけど、いま見たらますますタイプだ
ってわかったよ」
 あまり口のうまいタイプには思えなかったけど、案外お世辞も使うのかな。

 券売機で券を買って、男湯のある二階に上がる。
 わくわくはしていたけど、始めて荒木さんとここで会った時ほどの緊張はなかった。
 脱衣所で服を脱いでる間も、彼は僕をじろじろ観察していたが、それも特に気にはなら
ない。
 カタさんは荒木さんほど背丈は高くないけど、筋肉質で腹筋なんて割れていた。
「うわー格好良いですね」
 僕がお腹を触ると、嬉しそうに彼も僕のお尻を撫で回してくる。
「エイト君だって、めちゃ裸きれいじゃないか。ところで年聞いてなかったけど、いくつ
?」
 脱衣所から浴場の方に移りながらカタさんが聞いてきた。

 軽くシャワーを浴びて、洗い場に移った。
 客の入りは、平日の夜とあってか少なかった。
「いくつに見えますか?」
 洗い場の椅子に腰掛けて左に座るカタさんを見た。
「うーん、難しいな。24くらい?」
 思わず笑ってしまった。
 28くらいと言われることはあったけど、最年少記録更新だ。
「まさか。冗談言わないでくださいよ。カタさんはいくつですか」
「俺は今年四十になるよ」
 大体見た目どおりか。
「じゃあ僕より5歳上なんですね」
「えー、35なの? ぜんぜん見えないぞ」
「いつもかなり若く見られるけど、男で若く見られるのって、仕事なんかでもあんまり良
いことないんですよね」
 本心だった。
 どうしても相手になめられてしまうのだ。
 自分の仕事が営業でないのが救いだった。

「なるほど、そういう事もあるかもしれないな」
 並んで湯船に浸かりながら、僕の話を聞いていたカタさんがうなずく。
 その後すぐにお湯の中で手を伸ばして僕の股間を触り始めた。
「俺のも触って良いぞ。でかいぜ」
「だめですよ、こんなところで、おっきくなったら湯船から出れないじゃないですか」
 近くには客はいないけど、それにしても彼は大胆なのかぴったり密着してくる。
「外に行ってみようぜ」
 カタさんが露天風呂コーナーを顎で示した。

 大きくなりかけたものをしずめて、薬湯を出る。
 何気なく見ると、カタさんの股間のものがずいぶん太く見えた。
 つい荒木さんのものと比べてしまう。
 どうだったかな。
 でも荒木さんのものがよく思い描けなかった。
 あんまりじっくり見ていなかったからな。
 お尻の感覚はまだ覚えてるけど。
 そんなことを考えてると、前が硬くなる予感がした。
 急いで露天の風呂に入り込む。
「こっちに来いよ」
 先に入ってたカタさんが奥から呼んでいた。
 打たせ湯の場所で仕切りに壁があるが、今はお湯が出なくなってるから、そこに誰かが
いるのはあまり見たことない場所だった。

 カタさんの横に来たけど、こんな狭いところに男二人入ってるのは、ちょっと変だ。
 周囲の目が気になった。
 彼はと言うと、周囲のことなど眼中にないようで、僕だけを見つめている。
 そこでもあちこち触られたけど、僕は誰かに見られないか、気が気じゃなかった。
「もう、困りますよ。誰かに見られるじゃないですか」
 少ないとはいえ客はいるのだ。
「大丈夫さ、誰も気にしてないよ」
 すごく無頓着な人だ。
 僕は釜風呂に場所を変えた。
 すぐに彼もついてくる。
 こんなところも荒木さんとは違うな。
 荒木さんとは何度かここで一緒に入ったことがあるけど、あんまりぴったり付いてくる
事はなかった。
 僕がうろつくのを遠くで見てる感じなのだ。
 だから、つい僕にはあまりセックスアピールを感じていないのかと思ってしまうのだっ
た。
 カタさんは対照的に、一時も離さないという風に寄り添ってくる。
 初めてだからかもしれないけど、荒木さんは初めてのときもこんな感じはなかった。
 それだけ気に入られてるのは喜ぶべきことなんだろうか。
 でも、僕は荒木さんと別れる気はない。
 だから、カタさんにあまり好かれても困るのだ。
 自分がこんな場所に誘うから悪いのだけど、ちょっとした火遊びのつもりが、大火事に
なりかねないと、僕はやっと気づいたのだった。

 しかし僕は基本的に楽天家なのだろう。
 大抵のことはなるようになるもんだと思っている。
 カタさんは悪い人じゃなさそうだ。
 マスターの推薦(おそらく)まであったわけだし。
 いい飲み友達、たまに銭湯友達でいれればいい、そのくらいの付き合いで勘弁してくれ
るだろう。
 釜風呂の中で汗をたらしながら、僕は好かれることの喜びと困惑を感じていた。




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