ハッピーエンドでは終われない

城谷詠人

 

二章 もうひとつの出会い


 

 
 うちの会社の職員旅行はいくつかのルートがある。
 日帰りがひとつ、一泊二日がひとつ、それに二泊三日の豪華なコースがひとつ。
 旅行の費用は職員と会社が半分ずつ出すことになっている。
 僕はいつも日帰りを選んでいた。
 毎月の積み立てから、旅行代金の半分を引いた分が返金されるからだ。
 日帰りプランだと、約2万円返って来る事になる。
 会社の人間達との旅行に、金と時間を使うのを惜しむ人は割と多く、日帰りプランは毎年
人気のあるコースだった。
 行かなくてすむならそれが一番良いのだが、協調性という項目の査定に響くから、皆い
やいや行ってるのだ。

 11月に入り夏の猛暑も影を潜めた頃、僕の行く予定の伊王島ツアーが行われた。
 伊王島は長崎港の沖合い、船で約20分の位置にある、小さなリゾート地だった。
 9時に集合して15時の船で帰ってくる予定だ。
 僕はその後ローズビーズに寄って帰ることにしていた。
 この大波止海岸からはローズビーズは歩いて10分程度の近さなのだ。
 
 暑い夏の間、僕は何度か荒木さんとあったが、セックスはしてなかった。
 海岸にドライブに行ったときに、誰もいない砂浜でフェラチオをしてもらったのがせいぜいだ。
 あまり求めてこない荒木さんに、少し苛立ちを覚えていた。
 
 確かに、荒木さんにとってこの夏は忙しかっただろう。
 まだ20歳の娘さんが、できちゃった結婚してしまったのだから。
 しかしそれにしてもなあ、と思ってしまう。
 少しくらい時間をとって僕を抱きたいとか思わないのだろうか。
 40代も後半になると、それほど性欲も強くなくなってしまうのかな。

 それまでも、一人でローズビーズに行ったとき声をかけてくる男はいたけど、僕は荒木
さんがいるからといって断っていた。
 その日、僕がその男とメールアドレスを交換したのは、やっぱり荒木さんが僕を求めて
くれないことに僕が疑問をもってしまったからだと思う。

 15時の船で帰ってくると、大波止には16時前に着いてしまう。
 19時開店のローズビーズに行くには時間が早すぎるから、僕は幹事に言って単独行動
することにした。
 帰りの船を遅らせることにしたのだ。
 
 温泉にゆっくり一人で浸かったりしながら時間をつぶした僕は、午後6時過ぎに大波止に戻っ
てきた。
 夢彩都四階のイタリアンレストランでミートスパゲティを食べた。
 そんな風にして時間をつぶした僕は、開店間もないローズビーズに入っていった。
 当然客は他にはいなかった。

「あら、いらっしゃい」
 マスターは、そう言いながらも料理の手を休めない。
 まだ突き出しの料理の途中なのだった。
「今日は伊王島ツアーだったんですよ。職員旅行で」
 カウンターに座っていつものお湯割を頼む。
「温泉どうだった?」
 焼酎とミネラルウォーターを混ぜたものを、電子レンジで暖めながらマスターは聞いて
きた。
「よかったですよ。小ぢんまりとしてて、でも島の温泉だからかな、お湯がしょっぱかっ
たですね」
 お湯を飲むわけではないが、顔を洗ったりするとどうしても唇についた温泉水を舐めて
しまう。
「ちょっと待ってね、今お料理作ってるから」
 マスターはお湯わりを僕の手元において、再び突き出しの準備に入った。
 客も他に誰もいないし、僕は手元にあったゲイ雑誌を開いてみる。
 
 荒木さんとのことで、少しは気持ちが変わったかもしれないと思って、雑誌を開いてみたが、
相変わらず、その中の男達に大しては、嫌悪感以外何も感じるものはなかった。
 突き出しが僕の前に並べられる頃、やっとお客が来はじめた。
 カウンターに人が増えてくる。
 常連さんが多かった。
 特に僕に声をかけてくる人はいない。
 しだいに話し声が店をにぎわせ始める。
 
 九時になろうかという時間だった。
 そろそろ帰ろうかと思っていたとき、その男が入ってきた。
「あらーカタさん、お久しぶりぃ。こちらにどうぞ」
 マスターが僕の隣の席を指し示す。
 彼は僕に会釈してそこに座った。
 だぼっとしたズボンと安っぽいジャンパーを着ている彼は、見た感じでは40代前半に
見える。
 僕よりは上で、荒木さんよりは年下のようだった。

「あー青梗菜もって来ればよかったな、今ちょうど収穫中なんだよね」
 急いできたのか、少し息を切らせた隣の男がマスターに言っている。
 農家の人だろうか。
 見た感じ日に焼けてるし体つきもごつかった。

「こちらエイト君よ。初めてでしょ、仲良くね」
 マスターに促されて、カタさんと呼ばれた男が僕に、はにかみながら笑いかけてきた。
「やあ、よろしく。君はネコかな? 俺はタチだから、相性合うね」
「ええ、まあ。カタさんはどういう人がタイプなんですか?」
 大して深い考えもなく聞いてみる。 
 好みのタイプを聞くのは、話のきっかけつくりとしては無難な話題なのだ。
「君みたいな人がめちゃタイプ」
 それはどうも、と言って僕は一口お湯わりを飲んだ。
 そのあと少し話をしたけど、荒木さんと違ってカタさんはあまり話し上手ではなさそう
だった。
 荒木さんは知的なタイプだけど、この人はもっとワイルドな感じだ。
 言葉より実行と言う感じに思えた。
「お散歩でもしてくれば?」
 マスターが僕らに言った。
 少し妙な気がした。
 マスターが僕らをくっつけたがってるみたいに思えたのだ。

「アバンチュールもたまには楽しまなきゃ」
 荒木さんがいるからと、消極的な僕に、そうまで言った。
 何か魂胆でもあるのか、なんて特に思うわけではないがちょっと気になった。

 散歩くらいは良いかもしれないと思ったけど、外はあいにくの雨だった。
「雨降ってなかったらよかったですけどね」
 僕がそう言うと、カタさんもそれ以上は誘ってこない。
 そのまま帰ろうかと思ったけど、彼に少し惹かれるものを感じたのも事実だったから、
結局メールアドレスを交換することにした。
 僕のことをそこまで気に入ってくれてる人に、あっさりさよならするのも悪いからと、
僕は自分に言い訳まで用意していた。





 NEXT