ハッピーエンドでは終われない

城谷詠人

 

 15


「奥さんや子供さんは元気?」
 カウンターに僕が腰を下ろすと、先に来ていた荒木さんが聞いてきた。
「元気ですよ。あいかわらず。荒木さんのところはどうですか」
 荒木さんには娘が二人いると聞いていた。
「上の娘は福岡の看護学校に行ってる。下のは高校生だ。生意気で手のかかる頃だな」
 荒木さんの言葉のすぐ後にマスターの声がふってくる。
「エイト君、何にするの」
「あ、じゃあ焼酎お湯わりで。できたらレモン入れて欲しいな」
 お絞りを使いながら見上げると、マスターがにっこりとうなずいた。
 土曜日だからか、客の入りは多かった。
 カウンターはほぼ満席だ。
 歓送迎会を一次会、それも終了間際に抜け出してきた僕はここに九時ちょっと過ぎにた
どり着くことができた。
 一次会を早めに抜け出したのは、同じ方向に帰る同僚に、一緒にタクシー乗ることを誘
われるのがいやだったからだ。
 二次会にも行かずにタクシーも断ってたら変に思われる。

「君、いくつなの」
 荒木さんの声だけど、僕に向けられたものではなかった。
 荒木さんは僕を飛ばして、僕の左横の若い男に声をかけていた。
「27です。長崎は初めてなんですよね」
 がっしりした体格の青年だった。髪も短く刈り上げている。
 上着を脱いだ半そでティーシャツからは、太い腕が飛び出していた。
「福岡にすんでるのか。じゃあ中州とかよく行くの?」
 僕の前を横切って、荒木さんがその男のコップにビールを注ぐ。
「たまに行きますけど、なかなか」
 なかなか何なんだよ。
 言葉の先に想像がついたから僕はなんだか機嫌が悪くなる。

「荒木さんみたいな格好いい人いませんよ」
 想像通りの言葉が、彼の口から吐き出される。
 お湯わりを一口飲む。
「彼氏いないんですか?」
 今度は僕がその男に聞いてみた。
 後で思ったけど、これって荒木さんは僕の彼氏なんだからと釘をさしてる言葉だった。
「今はいないですよ。フリーです」
 面白くもなんともない答え。
「そうか、今度福岡にも遊びに行こうかな」
 荒木さんが、また彼にビールを注いだ。
 荒木さんは酔ってるのかご機嫌だった。
 満席じゃなかったら席を移りたい気になってきた。
 やっぱり、荒木さんは体格がよくて短髪の若い男が好きなんだろう。
 すごく寂しくなった。

 時計を見るとまだ十時半。
 帰るにはまだ一時間ほど早い。
 荒木さんはあまり僕に声もかけない。
 僕が真ん中じゃなかったら、僕にも話し相手ができるんだけど、二人に挟まれてるので
はどうしようもない。
「エイト君、お代わり作る?」
 マスターが、少なくなった僕のコップを指差した。
「いえ、いりません」
 と言おうとした僕の言葉に、荒木さんの言葉がかぶさってきた。
「俺ので作ってやって」
 荒木さんのキープの焼酎が、マスターの手で棚から下ろされる。
 礼を言おうと見ると、その目はすでに僕を通り越している。
 また二人の話が弾み始める。
 今日はついてない。
 こんなのが横に座らなければよかったのに。
 いつもは美味しいと思うお湯わりが、味も素っ気もないものに思えた。
 
 11時に近くなってやっとカラオケを歌う人が出始める。
 僕はその画面を見て間を持たせることにした。
 荒木さんたちの会話も、カラオケに邪魔されて不可能に近くなる。
 いつもはうるさいと感じるカラオケが、今日は救いの手を差し伸べてくれたみたいだっ
た。

 
「やっぱり、荒木さんもあんなタイプが好きなんですね、僕とはぜんぜん正反対じゃない
ですか」
 ローズビーズを出て帰りの道すがら、僕は荒木さんの横腹を小突いてやった。
「そんなことないさ。君の方が断然好きさ」
「嘘ばっかり。あんだけされれば鈍感な僕でも気づきますから」
「君に少し焼きもち焼かせたかっただけさ、俺は君が好きだって言ったけど、君の方からは
聞いてないしな」
「そんな。付き合ってるってっことでわかるじゃないですか」
「とりあえずってこともあるだろ」
「え? 荒木さん、僕ととりあえず付き合ってるわけ?」
 荒木さんの腕を僕がつかんだが、すぐに逆に引っ張られた。
 路地の暗がりに引っ張られる。
 顎を持ち上げられた僕の口に、荒木さんの口がかぶさってきた。
 舌が入ってきて僕のと絡まりあう。
 誰かに見られると困る、と考えるところだけど、酔ってたからか僕も下ろしていた手を
荒木さんの背中に回してしっかり抱きしめた。

 ずいぶん長くキスしていた気がした。
 そして終わったあと、荒木さんが言った。
「エイトは特別さ。今までは身体だけの付き合いだったと思うけど、君は全部が気に入っ
てるんだ。もう離したくない」
 ふと目の端にラブホテルのネオンが光ってるのが見えた。
 荒木さんもそれを見た。
「泊まるか?}
「……いえ、無理です」
 僕は荒木さんから身体を離す。

 酔っていたにしては、理性的な判断だった。




 二章 1