ハッピーエンドでは終われない

城谷詠人

 

11


「最近すごく機嫌いいわね」
 風呂から上がった響子が、パソコンデスクの前の僕に顔を寄せてきた。
 ちょうど楽天ショッピングでジャケットを探していたところだった。
「別に、まあ仕事がうまくいってるのはあるけど」
 コーヒーを一口飲んで答える。
「それだけかな? 鼻歌歌ってたわよ」
「別にいいじゃないか、鼻歌歌うくらい」
「いいけどさ。ちょっとこの頃変わったかなと思って。昨夜は夜に銭湯行くなんていいだ
すし」
「最近行ってなかったから久しぶりにたっぷり汗かきたくなっただけだよ、ちょっと運動
不足だし」
「何かスポーツでもすればいいじゃない」
「そんな事いっても、一人じゃなかなかできないよ、ジョギングしてみたいとも思うけど、
この辺は坂道ばっかりだしね」
「まあ、適当にどうぞ、あなたが楽しそうなのは、私も見てて嬉しいし」
 変な事いうな。
「浮気してるなんて思ってないよな」
 実は一番気になることを聞いてみた。何とかさりげなく聞けたと思う。
「どうかな? まあ、大丈夫だと思ってるけど」
「もちろんさ」
「そんなにもてそうに見えないし」
 一言多い奴だ。
 でも、疑われるよりはましか。
「明日、有給休暇入れたから。余ってるのを暇なうちに消化するんだ」
「え、そうなの。じゃあ私も休んじゃおうかな。修一は学校だから二人で久しぶりに美味
しいランチでも食べに行く?」
 言わなきゃよかったと思ってももう遅い。
「でも、残念ながら私の方は忙しいんだよね、ランチは今度ね」
 僕の顔色を察したのか、響子は言った。
「少しいやそうな顔だった」
 響子が人差し指で僕の額をつつく。
 やはり顔に出ていたか。
「別にいいけどさ。一人でパソコンショップ巡りとかしたかっただけだよ」
 ごまかすのは楽じゃない。
 でもなんとかひどく疑われる事は無くすんだようだった。

 そう言えば、今日田上と話をした。
 諦めてくれたみたいだ、本当にありがとうって感謝されてしまった。
「それはよかった、何とか力になれたみたいだな」
 昼休みに、先日のラーメン屋に二人で入っていた。
 今の僕にとって見ればどうでもいいことだけど、坂口みゆきの真意はやはり気になる。
 とはいえ、あの日のことを田上に言うのは嫌だった。
 うまくできなかったこともあるし。

「それで、坂口は? 今日も見かけなかったけど」
 味噌ラーメンの汁をレンゲですくって一口飲む。
「結局会社辞めためたみたいだ。メール来たんだ。ちょっと悪かったかな」
「そうなのか。もう来ないのかな」
「ああ、有給余ってるからな、三月十五日付らしいけど」
「ところでさ、坂口とはいつからだったんだ?」
 彼女の話だと、今年の新年会の夜が最初だということだった。
 それからはまだ一月半ほどしか過ぎていないわけだ。
「去年の歓迎会だったかな。お前覚えてるだろ、あの子と二次会で話してたじゃないか」
 去年の歓迎会だって?
 もう一年ちかく前の話じゃないか。
 そう言えばあの時は確かに二次会のスナックで横に座ってたことを覚えていた。
 かなり酔っていたな。
 腕に抱き付けれてドキドキしたのも覚えてる。

「じゃあそれから、付き合ってたわけか、あの夜はお前がタクシーで送っていったんだったな」
 家が同じ方向だったからだ。
「そう。そのまま部屋に誘われてさ。やっちゃったわけ」
「じゃあ、俺のことで相談されたって言うのは、それよりも前の話だったわけ?」
「そうだよ。ひと月くらい前だったな」
 
 田上の話が本当なら、やっぱり彼女の話が嘘だったということになる。
 やはり荒木さんが想像したようなことだったのだろうか。
 脅して結婚を迫るなんて、そんなことをしてもうまくいくわけないじゃないか。
 相手に嫌われるだけなのに。
 それでもしなくてはならないほど思いつめていたんだろうか。
 もう考えるのは止めよう。
 考えても仕方の無いことだから。

「修一も今度から小学生なんだよね」
 響子がまた寄って来て言った。
「早いよな。こないだまでおしめしてたと思ってたのに」
「なんだか、30歳過ぎたら早いよね」
「花の命は短いぞ、今のうちにたくさん咲いてたほうがいいんじゃないかい?」
「もちろん咲いてるよ。でもセックスだけが花じゃないのよね、人生って」
 僕の言いたいことを先回りして釘をさしてきた。
 でも、今の僕はそれにはなんとも感じなかった。
「まあいいさ。いろんな咲き方があるだろうからね」
「ずいぶんあっさり引くね、今夜は。なんだか気持ち悪いくらい」
「君に嫌がられるのは僕だって嫌だからね、不愉快になることはもう止めることにしたの
さ」
 いったん黙った響子が僕の顔を見つめた。
「そうね。それじゃ今後もよろしく」
 言った後、響子はひとつお辞儀した。





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