葵桜団の敗北
2
前編
 右京の案内でやってきたその公園は、山の中腹にある何の変哲もない公園だった。
 クルマが十台くらい停められるパーキングがあって、そこにあたしたちの愛車を
停めてライトを消した。
 総長カラーのあたしの黄色い原付が一番右、それに四台のブルーの原付スクーター
が寄り添うように停まった。
 クルマが三台停まってる以外は、まばらに立ってる街灯に映し出される人影もな
い。夏が始まりかけたこの時期。街灯の淡い光に虫たちが集まり、歓喜の夏に向か
って祝福の踊りを踊っている。
 午後から蒸し暑かったけど、夜になって湿度が下がってきたのか、すごしやすい
さわやかな初夏の夜更けだった。

「こんなところがホモの人たちの社交場だなんてまったく知らなかったよ」
 あたしの言葉に、横に立ってる右京がうなずいた。
「そりゃそうですよ。今だからインターネットで調べられますけど、それ以前は同
好の士のクチコミか、その手の雑誌の投書でしか得られない情報ですからね」
 腕ぐみした右京は、今日はなんとなく頼りになる雰囲気を発散してる。
 いつもは喧嘩が弱いこともあって、後ろのほうでこわごわのぞいてる感じだけど、
今日は得意分野なせいか、最前列でふんぞり返ってる感じなのだ。

「でも、何でこんな辺鄙な場所がその手の人の人気の場所になるのかな」
 なんにでも理由を求めたがるのは葵桜団で一番の知性派、沢井深雪のせりふだ。
 知性派の割には太めの体は(こういう事言うと反感買うかなあ?)迫力十分。
 でも少し童顔なところもあって、こんなレディースの一員にはとても見えない。

「そうなるにはそうなるわけがあるはずだってんでしょ。もちろんですよ。まず交
通の便が良くもなく悪くもないこと。街灯が多くもなく少なくもないこと。適度な
茂みがあること。一般人が立ち寄るような観光などの施設がないこと。そんなとこ
ろですかね」
 右京が丁寧に説明するけど、なんだかわかったようなわからない説明だった。
 多くもなく少なくもないなんて、言われてもね。

「でも今日はあまり人手がなさそうね。ホモの人がいないとあたしたちの標的も現
れそうにないなあ……」
 夏海は不満そうに言った。
 彼女はあたしたちのメンバーの中では唯一の美少女系だけど、サディスティック
な性癖は一番で、男を柔道の締め技でいたぶるのが趣味なのだ。

「いや、結構来てますよ。奥に行ってみましょう」
 右京が皆を先導してパーキングから公園の方に歩いていく。
 ちゃんとした階段じゃなくて雑草の茂った中を踏み分けて進んでるのには、も
ちろん理由があるんだろうな。普段は喧嘩の弱い世話の焼ける団員だけど、今日ば
かりはちょっと尊敬してしまう。
「ちょっと待っててください」
 あたし達を制して、右京がさらに茂みの奥へ踏み込んでいく。何か手がかりを発
見したのかも……。
 あたしが注目してると、右京はズボンのチャックを開けて、普通よりかなり大き
目の物をぞろりと取り出した。
「何やってるのよ右京」
 あたしの声に振り向く右京は、照れ笑いしながら言った。
「いや、ちょっとおしっこしたくなったんで」
 なんなのよ。こんな歩きにくい茂みの道に付き合わせてくれたのは単に立ちショ
ンしたかったからなわけだ、まったく。

 しぶきを上げる右京の物から目をそらしてあたりを伺ってみると、20メートル
くらい先の暗がりの茂みがざわついていた。
 右京も気付いたようだ。
 あたしに向かって軽くうなずいた。あたしは音を立てないようにそこに向かって
進んでみた。虫の声にかき消されてあたしの近づく音も相手には気付かれていない
みたい。
 でも暗い。音はするけど何がどうなってるのか肉眼ではまったく確認できない。
 ふふふ……。でもそんな事は来る前からわかってた事。今日は秘密兵器を持って
きてるのだ。
 暗視スコープって言って、暗いところでも赤外線か何かのランプで照らして、見
えるようにする眼鏡だ。あたし用と、右京用の二個だけだけど、知り合いのその手
の店から、半分脅して借りてきたのだ。
 眼鏡と言っても、顔半分くらい覆うマスクに双眼鏡のレンズが2個突き出してい
る暗視スコープを、バッグから取り出してあたしは装着した。

 うわあ。すごく明るく見える。全体が緑の世界って言う感じ。そのうえ倍率を変
えて、双眼鏡にもなるのだから便利この上ない。
 
 暗視スコープで見ると、その茂みには三人の人影がからんで見えた。
 すごい。あんな事やってる。
 倍率を二倍にしたあたしの目の前では、全裸になった男がバックから犯されてい
た。そしてその全裸の男はベンチに座った別の男の物を口で奉仕していた。
 バックを犯されながらフェラチオしてるのだ。やるなあ。
 でもヤオイ漫画なんかで見るのとは大違いで、全然きれいじゃない。
 あたりまえだけど。
 ぎらぎらした欲望がどろどろと流れるみたいで、慣れない人が見たら胸が悪くな
るかもしれない。でも、そんな所がリアリティになってかえってあたしを興奮させ
てしまう。きれいじゃないけど、とても興奮するのだ。


 
 昨日右京とも話していた事なのだ。
 行きつけの喫茶店、というか基地で、五人が集まって今日のことを話し合った。
「次の獲物だけど、誰かいい標的ない?」
 店の一番奥のテーブルを二つ占拠されて、ちょっと嫌そうなウエイトレスがそれ
ぞれにコーヒーを置いて去ると、あたしがまず議題を提出する。
「最近、この辺の暴走族はすっかりおとなしくなってますからね、そうなると標的
って案外居ないんですよね」
 郁子はこんな所でもトレードマークのサングラスを外さない。
 でも薄暗い中ではやっぱり外した方がいいよ。さっきも水こぼしそうになって、
隣に座ってる夏海が悲鳴をあげてたし……。

 郁子の言った事はあたってる。
 あたし達は不良のレディースだけど、だからと言って誰彼かまわずかつ上げして
しまうようなアホとは違うのだ。
 一応正義の味方のレディースを名乗ってるんだから。
 郁子の言葉のあとは皆コーヒー飲むだけで誰も何もいわなかった。

「しょうがないですね。僕にちょっと心当たりがあるんですが……」
 団で唯一の男性、右京が手首から先だけ挙手して話し出した。
 右京は男だけど、女の格好をするのが好きなおかまさんだ。
 本当はレディースは男子は入団拒否する所なんだけど、おかまさんだということ
と、実用的でもある事から特別に右京に限って入団を許す事にしたのだ。

「ホモ狩りって聞いたことないですか」
 右京の言葉に皆が首をかしげて無知を表明する。
 皆ニュースも新聞も見たことないんだろうからな。
 でもあたしはちょっと聞いたことがあった。テレビでだったかな。
「あたしは少し知ってるけど、みんな知らないみたいだから、右京説明してよ」
 右京はあたしに一つうなずくと説明を始めた。

「ホモの人たちには発展場といわれる社交の場があるんです。酒場や健康センター
なんかの時もあれば、公園や海岸だったりして、そんな場所で同好の士が集まり、
幸福を分かち合うわけです。できるだけ一般の人には知られないようにひっそりと
やってるから、自分の家のすぐ側の公園が発展場だったとしても気付かれないくら
いですよ。それで、この街の発展場が大崎公園なんですけど、そこで最近ホモ狩り
が何件か起こってるんです。ホモ狩りというのは、同性愛の人たちを襲って乱暴し
たり、ひどい時には金品を強奪する強盗のようなのまで居ますよ。今までは大崎公
園が発展場だというのが知られていなかったから、そんな暴漢も出なかったんでし
ょうけど、最近のネット情報の氾濫で公になってしまったみたいです。それにホモ
の人はそれだけでも引け目に思ってるし、知られたくないから警察に届ける事も少
ないんですよ」
「一昨日あたりのニュースでやってたよね。あたしはそれ見たよ。あの時はかなり
ひどかったからさすがに警察沙汰になったみたいだね」
「あたしは勉強で忙しくてニュースなんて見る暇ないんですよね。総長の高校は宿
題なくていいですね」
 深雪はこの中で唯一進学校に通ってるのだ。
 事実だろうけど、総長に対していやみに取れるような事を言うなんて少し絞めた
方がいいかな。そんなあたしの意思が視線にのって深雪にも伝わったんだろうか、
目が合うと彼女はビクンって肩を震わせた。

「それいいわね。絶好の標的じゃない。正義の味方の出番だね」
 腕組みした郁子が鼻息荒く言い出した。
「問題は、いつそのホモ狩りが現れるかわからない事ですね。毎日張り込んでるわ
けにもいかないですから」
 夏海が言う。美少女の夏海はそれでなくても忙しいのだろう。もてそうだからな。
「交代で張り込むしかないでしょうね。ただ、出やすい日はある程度予想できます
よ。だいたいホモの人が居ないとホモ狩りも出来ないわけだから、ホモの人が多い
日にホモ狩りも出やすいはずです」
「それで、どんな日がホモが多いのよ」
 郁子の質問に、彼女の方を向いた右京が答える。
「やっぱり、一番は土曜の夜でしょう。日曜の朝方にかけて、マイノリティの性宴
が繰り広げられるんです。つまり明日の夜です」


 そういうわけで、あたし達は今夜はとりあえず下見のつもりで来てみたのだ。
 いきなり獲物が現れてくれれば手間が省けていいけど、そうでなくても一度その
マイノリティの性宴というやつを見学したくなった。
 これは他の団員も同意見だった。
 女ってなぜかホモの性に興味があるんだよね。ヤオイ漫画や小説はオンライン上
でも大人気だし。男から見たらリアリティのかけらもないヤオイに女が群がる状況
は全然理解できないだろうけど、現実問題として女はその手の話が大好物だ。
 でも、右京はそんなあたし達の好奇心を冷ややかに見ていた。
 漫画や小説で想像していたらきっと当てが外れますよって言っていたが、あたし
はこっちのほうがぐっと来るものがある。
 やはり人間の欲望の赴くままの自然な行為ってのがいいと思うのだ。



「総長、あたし達にも貸してくださいよ、それ」
 あたしの後ろで、郁子が小声でそう言った。
「駄目。あんた達は右京のを貸してもらって、皆で回しなさい。あたしは総長の責
任ってものがあるんだから」
 どんな責任かなんて知らないけど、とりあえずそう言われたら郁子は引き下がる
しかないのだ。こんな時は総長やっててよかったって本当に思う時だ。

「うわあ、すごい」
 郁子が右京から貸して貰った暗視スコープを装着すると、とたんに言った。
「大声出すんじゃないよ。あたし達は邪魔しに来たんじゃないんだから」
 あたしに注意された郁子は、はいと小声で返事した。
 上体をかがめて、ゆっくり回り込む。
 お尻と口を二人の男に犯されてる真中の男は、まだ若いようだった。
 高校生くらいかな?そのくらいの頃からもうホモやってるんだ。
 長い人生この先ずっと苦労するだろうに。どうして女の子が嫌いなんだろうな。
 女のあたしから見ても、男より女のお尻の方が色っぽくて好きだけどなあ。

 高校生のお尻を責めてる男は、がっしりしたタイプで、中年っぽかった。顔が見
えてくると、ひげを生やしてるのが見えた。
 ベンチに座って高校生にしゃぶらせている男は小太りで、さらに年上のようだ。
 
「もういきそうだよ。飲んでくれるか」
 その小太りの男が、言ってるのが風に乗って聞こえてきた。
「そうかい、いい子だ。いくぞ、う、うん」
 ビクンと揺らいでその男が背中を反らせた。
 高校生の声らしいくぐもったうめきが聞こえた。
「俺もいくぞ。ケツの中に濃くて熱いのをたくさん流し込んでやるからな」
 この声は後ろを犯してるがっちり男のものだ。
 がっしり男の腰がリズミカルな動きから、ズンズンと突き上げる動きに変わった。
 一発一発を奥深くまでひねりこむ感じで、見てるだけで自分がされてるみたいで
ぐっと来る。熱くもないのに汗かいて、下着はとろりとした液で濡れてしまった。
 郁子も横でもじもじしていた。
 発射の瞬間は割とあっけなかった。一瞬腰を打ち付けて、そのままストップ。大
きく背中を伸び上がるようにしたかと思うと、息をはいて、よつんばいになった高
校生の背中に倒れかかった。

「とりあえず場所を変えましょうか」
 一呼吸おいて、右京が言う。
 暗視スコープはしてないけど、微かにもれ聞こえる声だけで、右京にはその様子
が手にとるようにわかるんだろう。

 その後、公園を中心としてくるりと時計回りに巡りながら、男達の性宴を見学し
て回った。
 右京が最初に言った通り、あたし達は気付かなかったけど、結構な人手があった。
 そして、四組目の見学をしてる時に、ついに彼らに見つかってしまった。
 なかなか見つからないのに調子付いて、至近距離から見てやろうと、つい近づき
すぎたのだ。
 あっと声を上げた二人は、すばやく逃げの体勢に入ったが、膝まで下ろしたズボ
ンが絡まってこけてしまった。
 ひいひいとうろたえている一人の側に右京がすばやく近づいた。
「安心して。僕たちはホモ狩りじゃないよ。その反対だ。大丈夫」
 右京の前にしゃがんでいるのは二十代のサラリーマン風の男で、もう一人は高校
生風の少年だった。
 小声で右京が説明して、何とか彼らは納得したみたいだ。
 ズボンを上げて、二人はベンチに腰掛けた。

「びっくりしましたよ。てっきりホモ狩りだと思った。最近多いから怖くて来てな
かったんですけど、我慢できなくなって、今日久しぶりに来てみたんです」
 サラリーマンが、ベンチの前に立ってるあたし達に説明した。
「みんなびくびくしてるけど、やっぱり我慢できなくて来てしまうんですよね。早
く警察が捕まえてくれればいいのに、僕らのことなんか殺されてもいいくらいにし
か考えていないんでしょうね」
「本当ですね。てっきり警察の張り込みがついてるかと思ってたのに、何もないん
ですね」
 彼らの相手は右京が担当していた。彼らも、男の右京の方が話し易そうだったか
らだ。
「さっき言ったように、僕らはそのホモ狩りを狩ろうとしてるんです。何か手がか
りないですかね。毎晩張り込むわけにもいかないんで……」
「俺、少し聞いたことがあるよ」
 首をかしげるサラリーマンの横で、高校生が身を乗り出した。
「俺の高校の不良たちが話してるの聞いたんだけど、そいつらの話ではホモ狩りや
ってる連中を知ってる様子だったよ。ひょっとしたら自分達がやったことを第三者
風に言ってるのかと勘ぐったんだけど、本当の所はわからないな」
 その高校生から、手がかりになる不良の身元を聞き出すことが出来た。
 これで調査はずっとやり易くなってきた。

「この件は葵桜団が引き受けたよ。他のお仲間にも伝えておいてね。なにか手がか
りがあったら、喫茶店『紅いジャングル』に伝言よろしくって」
 あたしが最後のきめのせりふを言うと、二人は潤んだ目つきであたし達を見上げ
た。
「お願いします。僕らの楽園を守ってください」
 サラリーマンが手を合わさんばかりに言った。
 街灯の青白い光の中に浮き上がるあたし達の姿は彼らにとって救世主のようだっ
たに違いない。当てにならない警察なんかより、ずっと頼りになるのだ。
 すっかり高揚した気分のまま、帰路のワインディングをあたしはぶっ飛ばして帰
ったのだった。



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