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熱帯楽園計画

2.スイート・ドリームス - Sweet dreams -


 朝食後は、別行動だった。
 麗は地元の有力者との折衝や、根回しに忙しかった。その間、オレは一観光客として、市場や海岸を見て回った。これもリサーチ、仕事のうちだ。
 オレはジーンズにシンプルなコットンの開襟シャツを着て、例の麦藁帽子を乗っけた、自分の中ではかなりラフな格好をしてみたが、これが限界だ。学生時代ならTシャツにショートパンツという御気楽ないでたちも平気だったのに。オレの今の服装は、この島の観光客の中でも、最も上品な部類に属するんだろう。
 島に何日滞在するか決っていなかったので、オレは土産物を真っ先に物色していた。
 ユイ君にふさわしい土産には、何があるだろう。プリミティブなアクセサリーは、彼には不似合いだし。何か、気の利いた小物は無いだろうかとあちこちの露店を覗くが、どれも粗削りすぎてユイ君のイメージではない。彼がそのルックスのままに、本物の少女だったら、いくらでもネタは有りそうだったが。チョーカーやネックレス、バングルにブローチ、アンクレット。すべて腐るほど売っている。
 歩き回ったあげく、オレはのみの市で、写真が奇麗な料理の本を見つけた。レシピは英文だが、英語はユイ君にとって第二の母国語のようなものだ。問題はない。迷わずゲットして、来た道を引き返そうとしたその時。
 つん、つん。
 誰かが俺の肩をつついた。すぐに振り返ったが、誰も居ない。誰かの悪戯だろうか?
 まあいいか。
 そう思って、ふと見渡した先に、日焼けした現地の少年が座り込んでいた。彼は古ぼけたトランクに腰掛け、足元の敷き布に売り物を並べ、ごく小規模な露天商を営んでいるらしい。
 あの鞄、家に有るのに、そっくりだ。
 好奇心に駆られて、オレは少年の前まで行ってみた。思った通り、そのトランクはオレの父方の祖父が持っていたという鞄に瓜二つだった。かなりの年代物だ。喩えるなら「男はつらいよ」の寅さんが持っているような形態の鞄だ。
 ぼろぼろのパナマ帽を目深に被った店主の少年は、俯いたまま何も言わない。他の店では通りかかるだけで『ニセンエン、ニセンエン』だの『カッテクダサイ』だのうんざりするほど日本語の攻撃に遭うというのに。
 少しへそ曲がりを自認するオレは、少年の態度に興味を引かれて、彼の足元に目をやる。
 そこには、この島で始めて目にする、垢抜けたデザインのアクセサリーや小物が並んでいた。この少年が作ったのだとしたら、センスも腕も抜群だ。思わず、しゃがみ込んで、手に取って検品してみると、どれも丁寧に、几帳面に加工されている。
 オレはいくつかの候補の中から、銀細工のトレーをユイ君の為に買っていくことにする。彼の誕生石であるパールが飾りについていたからだ。そして『いくらですか?』と聞こうとして、オレははたと気がついた。「お土産が大好き」な、同居人の事を忘れていたのだ。
 やっぱり、買わないと、後がうるさいだろうな。
 改めて、オレは同居人への土産をチョイスし始めた。こちらはユイ君の分と勝手が違い、あっさりとコレだという品が見つかった。ターコイズでクロスを象ったピアスが上手い具合に有ったのだ。ターコイズは12月生まれのあいつの誕生石だ。
 出会った時はアホほどピアスを開けていたあいつも、オレがピアス男は嫌いだと知って、オレの前では付けずにいてくれた。せっかく開けた穴が塞がるのは悔しいからと、外では左右1個づつ付けていたようだが。
 ある日、『各1コだけだぞ』と、オレの前でも解禁にしてやると、信じられない程の喜び様だった。そこで、調子に乗ってダイアモンドのピアスをクリスマスのプレゼントにして渡すと、嬉しさの余り悲鳴をあげられてしまったっけ。
 プレゼントした翌日、
『結婚式の日に付けるね!』
と、奴が言うので『誰の?』と返すと、
『決ってんじゃん! オレとマリノに』
と胸を張る。
『ほー。どっちが花嫁?』
『…マリノ』
あの後は、柔道入門・中級編。関節技教室になってしまったっけ。奴との結婚式はともかく、何でオレが嫁なんだ。いつから立場が逆転してしまったんだ。元は奴が「お嫁さん志願」では無かったか? まあいいか、今さら。
「いくらになりますか?」
 トレーとピアスを指差して、オレは少年に声をかけた。返って来た値段は、思ったより高めで、オレはセオリー通りに値切ってみる。しかし、少年の答えは頑なで『ゴメナサイ。マケラレナイ』の一点張りだ。
 仕方なく、オレは言い値で買う事にした。モノが良かったので、それ位の価値は有るだろうと、自分を納得させて、金を払う。高いといっても、他所でこの値段では手に入らないと判断したので、悪い気分ではなかったのだ。
 礼を言って、帰るため立ち上がろうとすると、
「マテクダサイ」
と、たどたどしい日本語で、少年がオレを引き止めた。
「…ネダン、ヒケナイ。デモ、オマケ、シマス」
「おまけ?」
少年が、大きく肯いた。
「さーびす。スキ、ヒトツ、アゲマス」
 値引き交渉には応じられないので、どれか一つ好きな物をサービスで付けるという訳か。丁重にお断りしたが、彼は次第に涙声になって、どれでも持って行けという。
「それじゃ、一番安いのでいいや」
この場を収めようと言ってみると、少年はオレに手を出せと、身振りと共に言った。
 オレが素直に左手を差し出すと、彼は易者のように見入って、じっくり観察と触診を繰返し、結論を出した。彼はシルバーの細工ものの指輪を選んで、すっと、オレの小指に通した。指輪はフリーサイズでは無かったのに、ピンキーリングとしてオレの指にジャストのサイズだった。驚きだ。
「これ、高いと思うんだけど。おまけでもらっていいのかな?」
「ドウゾ。ニアウ、イチバン」
 どうやらオレの手に一番映えるものを、選んでくれたらしい。帽子の下の表情は見えないが、彼が嬉しそうにしているのは、なんとなく感じ取れる。オレがホテルマンをやっているせいか、その気になれば相手の感情やらコンディションを瞬時に判断できるのだ。
「ありがとう」
 もう一度礼を言って立ち上がり、ふと思い付いて、オレは彼のパナマ帽を真上に奪い取った。驚いて身をすくめた彼の頭に、自分の被っていた麦藁帽子を乗せて、パナマ帽は手に持たせてやる。
「貰い物だから、君にあげる」
そう言って、屈んで顔を覗き込んだオレの、脳味噌が突然の思考停止をした。
「ら…」
 藍(らん)!
 同居人の名を、オレは叫ぶところだった。
 カフェオレ色の肌をした現地少年は、まるで藍の縮小版だった。黒い艶のある髪も、身長も、藍本人と全く違っているけれど、一瞬手の込んだ悪戯に引っ掛かったかと思うくらい、二人は良く似ていた。
 どちらかというと「大陸系」で、垂れ目ながら鋭さの有る顔立ちの藍に比べ、現地少年は「南方系」の特徴を兼ね備えていた。藍より丸みの有る大きな、黒目がちな瞳をし、唇のラインがややふっくらとして、少女めいている。何より肌の色が、ゴングロだ。地黒の藍だが、日焼けサロン抜きではここまでこんがりできないだろう。
 ユイ君よりも小柄な現地少年を見下ろして、オレは言葉を探した。その間オレが視線を逸らせずにいるので、彼の頬はみるみるうちに赤みがさしてきた。何故だ?
 立花家の関係者じゃ、ないよな?
 まずはそこから。それが一番訊ねてみたい点だけど…何と切り出そうか?
 迷いながらも、オレが「君…」と口を開いた時だった。
 …ぽつ。
 水滴が一つ、オレの旋毛を見事に直撃した。雨粒か?
 顔を上げ、右手の平を上向きにして、オレは空模様を眺めた。すると、少年が現地語で小さく呟いて、慌てて店じまいを始める。見たところ、雨だのスコールだのが来そうな気配は全く無いのだが…
「ハリー・アップ!」
 売り物を全てトランクにしまい終えた彼が、突然、オレの左の手首を掴んだ。
「え? 何」
「アメ、フリマス!」
 状況を呑み込めないまま、オレは少年に手を引かれて走り、あっという間に現地のいかにも貧しげな住宅街に足を踏み入れていた。スラム街の一歩手前、といったレベルだろうか。オレが赤ん坊の頃住んでいた、京都市内のダウンタウンに似ている。危険なムードは漂っておらず、ひたすら郷愁が勝っている。なんだかタイムスリップしたような感覚だ。
 彼の家らしい木造の平屋に飛び込んだと同時に、まさに『バケツをひっくり返したような』豪雨にオレたちは見舞われた。間一髪だった。


 一時間ばかり雨宿りを強いられた後、オレは雨上がりのぬかるんだ道を歩いて、宿泊先に戻った。
 道中、考えていたのは、少年の謎の訴えについてだ。彼はオレにお茶を入れてくれ――何故か日本茶と、急須などの茶器一式が彼の家にあったのだ。しかもお茶は大幅に賞味期限切れのやつだ――オバケだのゴーストだのキャッスルだのいう単語をオレに向かって繰り返した。
「お城にお化けがいます。気を付けて」
 現地少年の言いたかった事を要約すると、こういう意味だろうか?
 それを訴える為に、オレを家に連れて行った?
 お城? 宮殿とか?
 この島の隠れた観光スポットだろうか?
 お化け?
 小一時間で「キングスヒル・パシフィック・リゾート(仮)」に着いたオレは、麗が雇った門番に、挨拶がてら訊ねてみた。
「オバケの出るお城って、知ってる?」
「オバケ?」
「ゴースト」
「ああ、それなら、ここですよ。ミスター・セトウチ。ご存じなかったのですか」
 ここ? この建設途中のホテルってこと?
「まさか、それで、買い手がついてなかったとか?」
「GM(総支配人)の耳に入れていいものか、迷っていたのですが。噂を聞かれたのなら話が早いです。では、今の所、お二人はホテルの中でゴーストを見てはいないのですね」
「今の所はね」
「ホットなカップルの前には、ゴーストも出て行き辛いのでしょう。私も、同類ですから、よく分かります」
「は…? 今、何と」
「隠さなくても結構。ご安心下さい、私もGMの虜。一目見た時からGMの奴隷です。あのサディスティックな瞳は、国境を越えてゲイピープルを刺激します。ミスター・セトウチ、あなたは幸せ者です。GMの前に跪ける幸運をお持ちだ。あの方の最も傍に居るあなたが、ゲイでない訳、ないでしょう?」
 見るからに屈強そうな髭面の門番は、陶酔しながら一気に語り、オレの胸を人差指で突いた。
「おや…これは。どうやらあなたは顔に似合わず、随分鍛えておいでですね? まあ、GMのお相手は、体力が無くては勤まらないでしょうから…」
 どうやら、もっと骨張った薄い身体を期待していたらしい門番は、淫靡な笑みでオレの胸をひと撫でし、手を離した。
「…いろんな意味で、体力は必要だね」
 全世界に向けてスポーツ新聞の10ポイント文字で訴えてみたいと、オレはその時思った。
『Hヌキにしても、充分こきつかわれてんだ! ホテルマンは肉体労働なんだよ!』
と。
 それにしても、麗は別格だが。早朝からスポーツクラブで真剣に泳ぐわ――そのエグくも麗しい競泳用の水着姿に、リハビリのため偶然プールに居合わせた藍は、激しく股間を刺激されたという――、朝っぱらから食後の軽い運動代わりのメイク・ラブに人を呼びつけるわ、仕事が終れば飲むわ飲むわで午前様。それでも朝がくればリセットスイッチが入ったように、プールへお出かけだ。精力的という言葉は麗の為に有るのだ。肉体労働なんて、屁でもないのだ…彼にとって。


 一服盛られた…
 気付いたときには、手後れだった。昨夜と同じホテルの、別のレストランで夕食をとった後、「キングスヒル・パシフィック・リゾート(仮)」に戻って飲まされた怪しい酒に、麗が何か仕込んでいたらしい。
「どうけ…たんじ」
 オレは訳の分からない事を呟いてみた。いや、訳は有る。過去の事件を連想させる事に遭遇しているからだ。
 あの時、はめられたのは藍だったが、今回の獲物はオレだ。すでに着衣はすべて剥ぎ取られてしまって、オレは丸裸でベッドに転がされている。
 スカーフのような柔らかい布で、麗はオレの両手首を、後ろ手に縛った。土産物の品質チェックに買ったのだろう。そんな事をしなくても、身体は思うように動かないし、頭の中はラベンダー色の霧に包まれて、半分眠ったようにとろけている。『しはいにん』と呼ぼうとしたが、ろれつが回らない。
 そんなオレの不安を煽る為か、厳かに目隠しが行なわれ、不自然な体勢のまま、にわかに眠気は増してゆく。藍の兄貴に弄ばれた時に状況が似ているが、麗は彼と違って、やり方が玄人だった。オレの頭の下には、いくつも大きな羽根枕が敷かれ、顔や肩への負担を軽減するよう計算しつくしてある。枕にうつ伏せに顔を埋めない限りは窒息死しないだろうし。
 手さえ拘束されていなければ、神に祈りを捧げているともとれる格好で、オレは放置された。いくらかの時間が過ぎ、ドアを開け閉めする音が聞こえた。麗が誰かを伴なってオレの傍にやって来たらしい。薬で淀んだ頭では、時間の経過も分からない。
「…やれ」
 冷酷無比な麗の一声で、誰かが、オレの身体に触れ、妖しい液体を塗りたくる。独特の芳香に、オレの意識は一瞬クリアになる。薔薇とユーカリとミントの香りは嗅ぎ分ける事ができた。その他に、オリエンタルとしか言いようの無い、妙な要素が含まれている。
 嗅いでいるうちに、オレの身体は化学反応を起こしたように、異常な火照りを感じてきた。おそらくその液体には、媚薬が入っているのだろう。立ち昇る香気を吸込み、下の口の中にも擦り込まれて、オレは天地が分からないほどの浮遊感覚に襲われる。オレはぼんやりと「下の口だと、酔いが早いな」と、可笑しいくらい冷静な感想を持っていた。その事に気がついて、オレは気がふれたようにけたけた笑った。笑いながら、ある人の名前を、繰り返し呼んだ。
 そこへすぐに麗の平手が飛んだ。目隠しされていても、麗の手だと経験で解かる。「気に入らねぇ」と麗の声がして、もう一度頬を張られる。早く言えば、往復ビンタだ。
 でも、オレは懲りなかった。名前を呼ぶ度、オレの内側が哀しみで一杯になるからだ。オレは笑いながら、涙を流していた。身体が痙攣するぐらい笑っているのに、哀しくて仕方なかった。時々むせながら、腹筋が痛くなるまで泣き笑いした。
 …オレの中に『何か』が居る。
 そう確信したとき、麗でない誰かがオレの腰を掴んだ。麗が命じているのは明白だった。命令のままに、彼はオレを犯した。…って事は。思った通り、その人物は男だった。やっと「誰か」ではなく、「彼」と呼べる…。
「この状態で、出てきた台詞がソレかよ。恐れ入ったぜ」
 オレがしつこく一つの名前を呼び続けるので、麗が耳の中に吹き込むように言った。オレの背中辺りでオットセイを思わせる、男のうめき声が漏れている。彼はオレと麗にかまわず、マイペースで腰を振り続けている。出来る事なら、背後の彼に意識を集中して、トリップしたまま果てたかった。身体は狂いたがっているのに、精神が違う方を向いている。その状態は、麗が煙草を吸いだすまで続いた。
 聞きなれた、マルボロの箱を空ける音。紙マッチの燃える音、匂い、オレの鼻先に吐き出された紫煙…そこでオレの中に居た『何か』が反応した。
 「すまない」という声がオレの頭の奥で聞こえて、得体の知れない哀しみは半減した。
 同時に、深い穴にどこまでも落ちていくような強烈な快感が、下半身から湧きあがってきて、望み通りにオレは果てた。その時の台詞も、馬鹿の一つ覚えみたいに例の名前だったので、麗はご立腹だった。
「お前は『香織』しか言えんのか!」
 そう怒鳴って、麗は部屋を出て行ったようだ。オレの背中に乗っかっていた彼が、コトがすむなり下半身を離して、麗の事を呼びながらばたばたと去っていったのでそう思った。
 ドアが乱暴に閉まる音がした。
 再びオレは、身体を折り曲げた無様な姿で放置され、眠りに落ちた。
 …あの「すまない」という声は、オレの声に似ていなかったか?…
 そんな疑問を噛み締めながら。
 

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* スイート・ドリームス (sweet dreams)
song by Eurythmics

* ダイヤのピアスのエピソードは短編「サンタクロースになりたくて」に出てきます。


MARE

2001/10/21


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