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Eco week / SIMOON〜熱波〜03


「同僚にも心を開いてない様子のお前なら、身内の店に来ると踏んできてみたのさ。そう露骨に嫌な顔をするな」
 隣の止まり木に掛けるなり、麗が煙草を取り出す。タイミングを見計らって、カウンターの中からミラノが火を付け、麗に説明する。
「この子が顔をしかめたのは、お客さんが座った席のせいですよ、多分」
「誰かの指定席かい?」
 麗の問いに、マリノが苦々しい面持ちで、ぼそりと答える。
「離婚した妻です。…女々しいでしょう? あなたの期待には応えられる訳がありません。私はそういう男なんです」
「お前の離婚暦までは調べが付いてる。ここがその相手の指定席とまでは判らなかったようだが」

 麗を無視するように、マリノはうつむいて手にしたグラスを見つめた。

「うちの審査部は優秀だ。『1回目』のあとにすぐ指示を飛ばしてお前のことを調べさせた」
「私の名前の由来まで調べられたならびっくりですね」
「それを調べて何かの役にたつのか?」

 マリノは麗を横目に見て「さあ?」と挑発するように返す。

「こんな女みたいな妙チキリンな名前つけられて、真っ直ぐに育つ筈ないですやん。ハーフでもない、生粋の日本人なのに」
「その割には髪が茶がかってる」
「俺のせいやない」
「女みたいと言うが、マリノ、だから男名前だろうが」
「母音が『O』で終わるからって、外国語なら男名前でも、日本じゃ可愛らしい女の子向けの発音や思いますよ、『の』で終わる名前て。俺がこんな顔になったんも名前の呪いですやん」

「私」から「俺」に変わった一人称と、拗ねるような関西弁は麗の苦笑を誘った。職場にいる時とは違う、マリノのガードの薄さゆえだ。酒のせいもあるのだろう。マリノ本人にその自覚はあった。

「女々しいというのなら、俺の期待に応えられるよう鍛えてやるさ。悪いが、俺は人を見た目で判断するタイプだからな。俺の眼力に、狂いはないね。さっさとOKしねぇと」
 麗は横からマリノの姿を上から下まで撫でるような視線を送った。今日の行為を思い出せとプレッシャーをかけるように、麗は微笑む。
「……空っぽになりそうですね」
「そういう事だ。ああ、店長。俺も同じ物をもらおうか。ショットでなくていい。ボトルを入れてくれ」
 麗の言葉に、マリノは自分のボトルを指で突ついた。
「よろしかったら、こちらをお飲み下さい『佐倉様』。わざわざニューボトルにして下さらなくても結構ですよ」
「売上に協力してやってるんだ。どうせ、そっちをもらっても、すぐに空けてしまう」
 本人の言葉通り、麗のピッチは早かった。その豪快な飲みっぷりに不安を感じたマリノは、麗が携帯電話を受ける為廊下に出た隙に、ミラノに耳打ちした。
「どない思う? あの人、酔うて暴れはるんちゃうやろか」
 互いの特殊な性向を知る気安さで、内輪の会話だと、マリノはつい、京言葉が出てしまう。その余波で麗にまでお国言葉で話してしまうが、どうにも制御が利かない自分が嫌だった。
「結構アルコールが回ってはいるね。けど、限界は判ってはるね。上手に酔いを楽しむタイプやね。あんたと違て」
「悪かったな」
 上目遣いに睨み返す弟に、ミラノは姉らしい言葉をかけた。
「アル中寸前やったんやろ。あんたこそ、気ぃつけや」
 ミラノはそう言うと、マリノの頬に軽くキスをした。
「何さらす」
 驚きのあまりボキャブラリーが京言葉が河内方面へ転がり、怒りにガンを飛ばした弟に、ミラノはからかうように告げた。
「香織ちゃんからの伝言や。『マリノくんによろしく』て、な。ま、こっちにはここにしてくれてんけど」
 ミラノは自慢げに自分の唇を指差し、意地悪く微笑んだ。
 …アンタがそう言うから、話がややこしなるんや…

 マリノがため息をついた時、麗が戻って来た。開口一番
「面接の日時が決まったよ。上には俺から休みを申請してやる」
「待って下さい、勝手にそんな。第一、他の従業員に迷惑がかかりますし」
「ビジネスの世界は弱肉強食だ。あのホテルに、俺に逆らえる奴はいねぇよ」
 麗は内ポケットから自分の名刺を取り出し、マジシャンのように人差し指と中指に挟む。ミラノが「格好エエわ。漢だねぇ」と茶化す。
 麗は意に介さず、余裕の笑みでミラノに向き直った。

「弟を売って欲しい」

 それを聞いたマリノは「売るて。冗談きつ」と呟いて顔をそむけた。ミラノは手のひらにボールペンを走らせた。そして、左掌を開いて麗に見せている。嫌な予感にミラノの手首を掴んで灯りの下で確かめるとそこには大きく

『快諾』

 とあった。
 マリノの目の前で、ミラノと麗が握手を交わす。
「では、交渉に入ろうか」と麗が言うと「電卓要るなら店の持ってこうか? 桁、大きいんやろ?」とミラノが返した。
「必要ない。端数は要らないからな」
「ほんなら、こんだけ頂戴」
 麗の顔の前に人差し指を一本立てたミラノに
「小切手ですぐ欲しいか? それか現金なら明日に渡せるが」
 麗は桁の確認をせずに答えた。
「明日、取りに行くわ。自分とこのホテルに泊まってはるんやろ? 何時?」

 会話を聞いていたマリノは馬鹿馬鹿しくなって、止まり木を下りた。
 時間とルームナンバーの確認をしている二人に「お先ぃです」と挨拶し、マリノは店を出た。



 身体がくたくたに疲れているのに、その夜のマリノはなかなか寝付けなかった。
 合鍵で入った、一人暮らしのミラノの部屋。リビングの隅に敷いた予備の布団に横になり目を閉じる。まぶたの裏に浮かんだ黒地に赤のマーブル模様を眺めて浅い眠りがやってくると、別れた妻の姿が浮かんできて、胸が苦しくなった。
『私がいけないの。ごめんなさい。ごめんなさい』
 妻が繰り返す。

 違う。悪いんは俺や。香織が居るのに、男と寝るのが止められなかった。
 香織と身体の相性が悪かったせいやない。香織に不満があったから、男に抱かれてた訳やない。

 謝ろうと口を開いた時には、彼女の姿は麗に変わっていた。

  『たいした好き者だな、お前は。嬉しそうに咥え込んでる』

 午後の勤務時間のほとんどを費やして、何度も抱かれて、その度恥ずかしいほど感じさせられて、達した。眠りで感覚が麻痺しているのに、下腹にその感覚がぼんやりと甦る。

 もう、無理や。堪忍……

 どうにか唇が動いた、ように思ったのに。上手く声が出ない。

『もう諦めろ。忘れろ。ええ機会や。佐倉さんとどこへでも行け。行ってしまえ』

 最後に麗の姿は姉・ミラノの姿に変わった。

『あたしが男で、あんたが女に生まれてたらよかったんや。もう、言うても詮無いことやな。香織はお前の裏切りに死ぬほど悲しんだんや。あたしは香織を裏切らへん。一生守る』

 ミラノは冷たい目で告げた。

 その繰り返しだった。似たり寄ったりの夢を見ては覚醒し、また眠りに落ちた。


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