クラシック演奏会 (2019年)


2019.12.14 サントリーホール (東京)
Alan Gilbert / 東京都交響楽団
1. マーラー: 交響曲第6番 イ短調《悲劇的》

 マーラー6番はかつてはほぼ毎年のように聴いていた気がしますが、最近はご無沙汰で、3年前の山田和樹の全交響曲演奏会(3年がかりでしたが)以来です。今年からNDRエルプフィルの首席に就任したアラン・ギルバートは、昨年から都響の首席客演指揮者の契約もしております。前回聴いたのは2012年でNYPとのマーラー9番他でしたが、当時の備忘録を読み返すと、奇を衒わず自然な流れに任せる部分と、繊細に細部を作り込む部分が混在した、説得力あるマーラーの音楽作りが特徴でした。今回も印象はまさにその通りで、ただ流すだけでなく、明確にストーリーがある没入型マーラー。ただし繊細なオケのコントロールという点ではオケの限界はあったようで、特にホルンは息切れが激しく、前回聴いたブル9と同じくもう少し安定感が欲しいところ。
 中間楽章の曲順はアンダンテ→スケルツォ。終楽章のハンマーは、3回目を初演時の正しい箇所で叩いたのがちょっと意外(が、プログラムにはすでに3回叩く旨が書いてありました…)。ハンマー奏者が見えない席でしたが、ガツンと非常によく聴こえました。エンディングのトゥッティは今まで聴いた中でもダントツにビシッと揃っていて、溜飲を下げました。
 2003年以降の記録で、マーラー6番は11回聴いていますが、うちハンマーを3回叩いたのは2人目です(もう一人はインキネン)。中間楽章の順は、指揮者別で言うと、「アンダンテが先」派が4人、「スケルツォが先」派が6人と、若干「スケルツォが先」に分があるようです。

[参考] マーラー交響曲第6番演奏会記録
演奏者第2楽章ハンマー
2019ギルバート/都響アンダンテ3回
2016山田/日フィルスケルツォ2回
2014インキネン/日フィルスケルツォ3回
2012シャイー/ゲヴァントハウスアンダンテ2回
2011ビシュコフ/BBC響スケルツォ2回
2011マゼール/フィルハーモニアスケルツォ2回
2011ビエロフラーヴェク/BBC響アンダンテ2回
2011ヴィルトナー/ロンドンフィルスケルツォ2回
2009ハーディング/ロンドン響 アンダンテ2回
2008ハーディング/東フィルアンダンテ2回
2004ハイティンク/ロンドン響 スケルツォ2回

 2019年は結局演奏会5回に止まり、充実とは程遠い音楽ライフでした。来年はもうちょっとがんばりたいと思います。


2019.10.19 新国立劇場 オペラパレス (東京)
新国立劇場バレエ団「ロメオとジュリエット」
Martin Yates / 東京フィルハーモニー交響楽団
Kenneth MacMillan (振付)
小野絢子 (Juliet), 福岡雄大 (Romeo),
奥村康祐 (Mercutio), 貝川鐵夫 (Tibolt),
福田圭吾 (Benvolio), 渡邊峻郁 (Paris)
1. プロコフィエフ: ロメオとジュリエット(全3幕13場)

 マクミラン版のロメジュリを生で見るのはほぼ8年ぶり。バーミンガム・ロイヤルバレエから装置と衣装を借りているだけあって、舞台の雰囲気はなかなか忠実に再現されていましたが、盲点は、かつら。娼婦のドレッドヘアがいかにも安っぽく興ざめでした。こういう細部もケチらず仕上げて欲しいと思います。
 ほぼ余談ですが、マキューシオのパンツが肌色だったので、舞台の照明下では下半身すっぽんぽんに見えてしまい、一度そう見えるともはや修正が効かず、彼が出てくるたびに可笑しさがこみ上げてきてダメでした。
 新国バレエは久々に見ますが、さすがに初日のキャストだけあって、ダンサーは皆しっかりと粒ぞろいで、足を引っ張る人は誰もいません。街の喧騒や舞踏会の場面で、端の方の小芝居にも手抜きがないので、いっそう舞台が引き締まっていました。ちょっと固さを感じたのは、初日だからか。マンドリンの踊りでロメオに絡んでくる女の子が色気があって良かったです。
 ジュリエット役のプリンシパル、小野絢子さんは、ポワントの軽さやステップの完璧さが際立って素晴らしかったです。ただ、巧さが前面に立ってしまって、ベテラン臭というか、熟女感が出ていて、第1幕でジュリエットの少女感が希薄でしたが、第3幕は非常にハマっていました。
 あとは、殺陣のリズムが音楽と上手く合ってなかったのは、ロイヤルほどは慣れてないせいですかな。オケは東フィル、指揮はロイヤルでもお馴染みだったバレエ専門のマーチン・イェーツ。東フィルは、バレエでは情けない演奏を聴かせることが多かったROHのオケよりも、だいぶしっかりしていたように思いました。
 やはりどんだけDVDを見ようと、生演奏と生ダンサーの迫力に勝るものはなく、総じて満足した公演でした。しかし実を言うと、第1幕後の休憩時間に足元のおぼつかないじじいがスパークリングワインをグラスごとトレイから落として(というかほぼ吹っ飛ばして)、うちの家内の背中にたっぷりのワインが直撃、グラスの破片は床中に飛散、じじいは一緒にいた家族共々、喧騒を余所にそそくさとその場を離れてトンズラ、という事件があり、観劇気分はすっかりぶち壊されていたことを書いときます。ホールのスタッフは親切に対応してくれましたが、逃げたじじいとその家族は恥を知れ。二度とホールに来るなよ。


2019.09.03 東京文化会館 大ホール (東京)
大野和士 / 東京都交響楽団
Veronika Eberle (violin-1)
1. ベルク: ヴァイオリン協奏曲《ある天使の思い出に》
2. ブルックナー: 交響曲第9番 ニ短調 WAB109(ノヴァーク版)

 ブル9も最近聴いてないなーと思い(調べると5年ぶり)、気まぐれで買ってみたチケット。寝不足で体調も悪く、ちょっと演奏会にはきつい身体だったかも。
 2003年以降に聴きに行った演奏会は演目を全部リスト化していますが、ざっと眺めて、シェーンベルク、ベルク、ウェーベルンのいわゆる「新ウィーン楽派」が極端に少ないことに気づきました。特にベルクは過去に「室内交響曲」1曲のみという体たらく。決して嫌いというわけでもないんですが、無意識に避けてきたんでしょうかね。ベルクの代表作であるヴァイオリン協奏曲も、実は聴くのはほとんど初めて。今さら指摘することでもないでしょうが、音列技法の作法に従い無調の仮面をかぶってはいるものの、不協和音は少なく、むしろ調性と調和を感じさせる不思議な曲です。ヴァイオリンのエーベルレは名前からして知らない人でしたが、30歳の若さで容姿淡麗、ヴァイオリンはさらに輪をかけて美しいという恵まれた資質の持ち主。1曲だけではもちろんよくわかりませんが、ベルク向きなのは確かでした。それを下支えするオケは、金管の弱音が不安定すぎるのが玉に瑕だったものの、ひたすら静かに、控えめに伴奏。
 メインのブル9は最初から弱音欠如型。音圧だけはやたらとある演奏でしたが、引っかかりがなく、大野さんのこだわりポイントが見えてこない。第2楽章になると、今度は一転してスペクタクル感が強くなり、オケが鳴りまくってます。第3楽章も音大き過ぎで、全体的にメリハリがない。終わってみて「うるさかった」という印象しか残らなかったのは、自分の体調のせいだけでもないでしょう。ブルックナーをやるときは、もっとダイナミックレンジを広く取り、特に金管の弱音を磨いてほしい(もちろん強奏の馬力も必須ですが)、と思いました。これはインバル先生のときにはあまり感じなかったことですので、都響ならできるはず。


2019.06.08 東京芸術劇場コンサートホール (東京)
Arejo Pérez / 東京都交響楽団
長尾洋史 (piano-1)
加藤のぞみ (mezzo-soprano-2)
1. ストラヴィンスキー: バレエ音楽《ペトルーシュカ》(1947年版)
2. ファリャ: バレエ音楽《三角帽子》(全曲)

 バレエ・リュス繋がりの、私の大好物2曲。「三角帽子」は最近よく演目で目にするので、ファリャの何かの記念イヤーかなと思ったのですが、特にそういうものはなく、強いて言うなら「三角帽子」バレエの初演から100年後が今年でした。今回が都響初登場のアレホ・ペレスはアルゼンチン出身ですが、ファリャが晩年にフランコ政権を避けて亡命した先はアルゼンチン。また、ストラヴィンスキーとファリャはパリの芸術家サークル「アパッシュ」のメンバーとして親交があった、というようなところも加味して組まれたプログラムでしょうかね。
 「ペトルーシュカ」の1947年版は、3管編成で軽くした分、より頻繁に演奏されるべきバージョンなのですが、昨今は原点主義が主流になっているためか、私の実体験で、4管編成の1911年版がプログラムに乗ることが多いように思います。ということで実は貴重な1947年版体験なのですが、まず冒頭から音量の加減なし。バランスが悪いというか、繊細なこだわりなしの開始にちょっと不安。初登場のハンデからか、縦線が甘く、思うようにリズムが作れていない気がしました。あまり得意レパートリーではないのかも。盛り上がりに欠けたまま淡々と進み、最後はコンサートエンディングで、ペトルーシュカは死なないで華やかな中に終わったので、全体として欲求不満。そういえば前回ペトルーシュカを聴いたのも(7年前のビエロフラーヴェク/チェコフィル)1947年版のこのエンディングだったのを思い出しました。レコードで聴く限り、1947年版といえどもカットなしで最後まで演奏するのが普通と思い込んでいたので、上演上の慣習なのかもしれません。
 「三角帽子」は、前半とは打って変わり、旋律の歌わせ方が手慣れていて、こっちのほうが絶対おハコです。ステージ後方に位置した独唱は、スペイン在住のメゾソプラノ、加藤のぞみさん。出番は少ないものの、情緒ある熱唱がいっそう華を添えていました。ん、さっきのピアノの人が、今度はうしろでピアノを弾いている…。指揮者がノっているうえに、都響の木管は上手い人が揃っているので、安心して聴いていられます。お名前はわからないですが、ホルンに新顔の美人すぎる奏者(浜辺美波似)を発見したので、途中から視線はもっぱらそっちに。そうこうしているうちにあっという間に、私の大好きな終曲。アチェレランドで追い込んでいくのが小気味よかったです。欲を言えば、一番最後のブレークではスネアドラムにカスタネットを重ねて欲しかった。
 短いコンサートでしたが、アンコールなしであっさり閉演。さてアレホ君、爪痕をどのくらい残したかは微妙。次の登場はいつだろうか…。


2019.04.07 東京文化会館 大ホール (東京)
東京・春・音楽祭 ワーグナー・シリーズ Vol. 10
David Afkham / NHK交響楽団
Rainer Küchl (guest concertmaster)
Bryn Terfel (Der Holländer/bass-baritone)
Jens-Erik Aasbo (Daland/bass, Ain Angerの代役)
Ricarda Merbeth (Senta/soprano)
Peter Seiffert (Erik/tenor)
Aura Twarowska (Mary/mezzo-soprano)
Cosmin Ifrim (Der Steuermann Dalands/tenor)
東京オペラシンガーズ
中野一幸 (video)
1. ワーグナー: 歌劇《さまよえるオランダ人》(演奏会形式・字幕映像付)

 昨年の「ローエングリン」は見送ってしまったので、2年ぶりの東京春祭ワーグナーです。満開のピークは過ぎましたが、まだ花見客で溢れかえる上野公園を横目に、久しぶりの文化会館へ。
 まずは記録をたどってみると、「オランダ人」は2011年にロイヤルオペラで観て以来の2回目。ブリン・ターフェルも実はそんなに見てなくて、やはり2011年のロイヤルオペラ「トスカ」スカルピア役で聴いたのと、シモン・ボリバル響のロンドン公演アンコールでサプライズ登場したのを目の前かぶりつきで見たのが全て。他は初めての人ばかり、かと思いきや、舵手役テナーのコスミン・イフリムは、2006年に観たウィーン国立歌劇場ルーフテラスの「子供のためのオペラ」で、「バスティアンとバスティエンヌ」に出演していました。当時はまだ研究生くらいのキャリアだったでしょうか。
 指揮者のダーヴィト・アフカムはドイツ出身、弱冠36歳の新進指揮者で、名前や顔立ちから推察される通り中東系ハーフ(お父さんがイラン人)とのこと。2008年のドナテッラ・フリック指揮者コンクールで優勝したのをきっかけに、ゲルギエフやハイティンクのアシスタントを務めながらキャリアを積み上げてきた人のようです。そういえば、2012年のドナテッラ・フリック指揮者コンクール最終選考をバービカンで見たことを懐かしく思い出しました。
 この業界では全く「若造」のアフカム相手に、N響がナメた演奏をしないかとちょっと心配でしたが、今年もゲストコンマスに座ってくれたキュッヒルが睨みを利かせるこのシリーズでは、さすがにそんなことは杞憂でした。出だしの序曲から鋭く引き締まった弦、日本のオケとは思えない馬力の金管、メリハリの効いた演奏を最後まで集中力切らさず、相変わらずの高クオリティで聴かせてくれました。毎回書いてますが、今年もキュッヒル様様です。
 このシリーズ、あらためて書くまでもないですが、オケのクオリティに加え、歌手陣が充実しているのも特長で、トータルでここまでのハイレベルは海外の有名歌劇場でもほとんどチャンスはないと思います。ターフェルのオランダ人が別格に素晴らしいのは言うまでもないとして、バイロイトでもゼンタを歌っているメルベートは、エキセントリックながらも浮つかないどっしりとした歌唱が貫禄十分。大御所ペーター・ザイフェルトは多分このシリーズ初登場で、65歳(ルチア・ポップのWidowerだからもっと歳食ってるかと思ったけど、15歳も年下の夫だったんですね)とは思えぬ伸びのある美声を披露。このトリプルスターに交じって、急病のアイン・アンガーの代役で呼ばれたノルウェー人バスのオースボーも、負けることなく堂々と渡り合っていましたので、知名度はまだまだかもしれませんが大した実力者です。主役4人が皆、体格も良く、一様に素晴らしいシンガーだったので、舵手役のイフリムは小柄さ(この人もぼっちゃり系ですけどね)と声の線細さ、不安定さが対比されてしまって気の毒でした。ただ、この役はこのくらい「若い」ほうがむしろ良いかもしれません。マリー役は、うーむ、ほとんど印象に残っていない…。
 ビデオは、CGがどうしてもゲームっぽい感じになってしまうので最初は抵抗があったのですが、今回の「オランダ人」は奇をてらわず、ストーリーを分かりやすくトレースしていて、ただでさえ長ったらしいワーグナーのオペラをコンサート形式で鑑賞するにはこれもアリかなと、今は肯定派に傾いています。前にロンドンで観たときのシンボリックな演出よりはよっぽどいい。あと、今回あらためて思いましたが、登場人物がみんな自分勝手な人たちばかりで、最後の昇天のシーンも鼻白むというか、共感できるところがほとんどない寓話だなと。
 さて来年は何が来るか、いつ発表になるのか知りませんが、初期の作品を除くともう残すは「トリスタンとイゾルデ」しかないので、それを有終の美として、このワーグナーシリーズもフィナーレ、となるのでしょうか。どんな歌手を揃えるのか、来年も期待大ですね。


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