クラシック演奏会 (2010年)


2010.12.28 Royal Opera House (London)
Rory Macdonald / Orchestra of the Royal Opera House
Moshe Leiser, Patrice Caurier (Director)
Kai Rüütel (Hänsel), Ailish Tynan (Gretel)
Yvonne Howard (Gertrud), Thomas Allen (Peter)
Jane Henschel (Witch), Anna Siminska (Dew Fairy)
Madeleine Pierard (Sandman)
1. Humperdinck: Hänsel and Gretel

 今年最後の観劇です。これで今年は52回、平均して週1回のペースを何とか守りました。年間回数としては過去最高です。ほぼ半分の25回を家族全員で出かけているので、相当の出費になってますが、まあ今のうちだけにできる、ささやかな贅沢ですので。
 さて今シーズンの「ヘンゼルとグレーテル」、プログラム発表当初はチャールズ・マッケラス指揮というのがほぼ唯一最大の目玉でしたので、7月に亡くなられてしまったのが残念です。結局マッケラスを生演奏で聴くことはなりませんでした。
 この日の公演は、マッケラス亡き後、トーマス・アレンを除いて、残った出演者の中では一番名が通っているであろうクリスティーネ・ライスが当日急にキャンセル、歌手陣のスケールダウンは否めないところです。こうなると俄然存在感が際立ってくるのはベテランのトーマス・アレン。イギリスに来る前に日本でNHK BSから録画したロイヤルオペラの同曲公演でも同じお父さん役を歌っており(ちなみにこの録画はBBC制作でダムラウのグレーテル、キルヒシュラーガーのヘンデル、指揮はコリン・ディヴィスという贅沢豪華版)、元々オハコなのでしょうが、ノリノリの演技と堂々とした歌唱はまさに当たり役、一人で美味しいところをさらって行ってました。
 ヘンデル代役のカイ・リューテルはROHのヤングアーティストで、7月の「椿姫」ではフローラを歌っていましたが、すいません、記憶に残っていません。少年らしいツヤツヤの肌で、長身のためグレーテルとのバランスがよく、歌も演技も代役にしては全く上出来な完成度で、たいへんよくがんばっていました。一方のグレーテル役のタイナンは、一見してずんぐりおばさん体型で、オペラグラスでアップで見てしまうと失礼ながらけっこう老けたお顔。お母さんか魔女のほうがハマっているのではと思ってしまいましたが、ふたを開けるとそちらはもっと貫禄のある方々が役についていましたので、バランス的には、まあオッケーですか。グレーテル、お母さん、魔女ともに歌は、目が覚めるような華やかさはありませんでしたが、各々堅実で良かったです。眠りの精や霧の精(美人!)は若い分、歌が弱くてちょっと物足りない気もしました。
 マッケラスの代役を勤めたマクドナルドはまだ30歳くらいの若者ですが、オケを小気味よくドライブして、好感の持てるリードでした。指揮者がよく見える席だったので観察していましたが、元々レパートリーなのか、あるいは相当研究したのか、曲の隅々まで知り尽くし、ずっと歌を歌いながら振っていました。すでにイギリス中心にROHなどで活躍しているようで、将来に期待です。
 「ヘンゼルとグレーテル」は実演で見るといっそう楽しいオペラです。ROHの演出は一部大人向きの箇所もありますが、まあ、子供のオペラデビューには最適ではないでしょうか。


2010.12.15 Barbican Hall (London)
Antonio Pappano / London Symphony Orchestra
Midori (Vn-2)
1. Ligeti: Concert Romanesc
2. Bruch: Violin Concerto No. 1
3. Rimsky-Korsakov: Scheherezade

 元々行く予定ではなかったのですが、10月のムターの日が仕事で行けなくなり、エクスチェンジしたのがこの日でした。五嶋みどりは2月に続いて今年2回目のLSOですが、やはり彼女が出演する日は日本人の姿を普段以上に見かけました。普段の3倍増しというところでしょうか。客入りは概ね良く、私が好むかぶりつきブロックも、珍しく最前列(B列)までびっしり人が入っていました。
 さて1曲目のリゲティ。ハンガリー民謡色の濃いリズムと旋律を前面に打ち出した曲で、まるでバルトークかコダーイのようです。リゲティにこんな曲があったとは、意外でした。ホラ・スタッカートを思わせる高速ジプシースタイルのソロヴァイオリンが活躍し、やんやの喝采で、ツカミとしては上々です。本日のコンマスはロマン・シモヴィッチ。まだ29歳の童顔で、いつもたいへん楽しそうに楽器を弾く人ですが、この人はモンテネグロ出身なんですね。地域がら、ジプシーの演奏スタイルには慣れ親しんでいるはずで(本来この中欧あたりの民謡はジプシー音楽とは異なるというのがバルトーク・コダーイ以降の定説ですが、そうは言ってもジプシー楽団もちまたに溢れ、その演奏は幼少から少なからず耳に入っていたのも多分事実でしょう)、上手いのも合点がいきました。前はけっこう雑な弾き方をする人だと思ったのですが、雑なのではなくてワイルド民俗派だったんですね。
 次は五嶋みどりさん。笑顔で登場して、演奏前にオケに一礼、いい人だ。2月のメンデルスゾーンでは非常に繊細でストイックな演奏だったのですが、今日は打って変わって、粘りのあるたいへん濃いいヴァイオリンに驚きました。ただねちっこいのではなく、繊細さと大胆さが変幻自在に入れ替わる彫りの深い表現で、こんなパワフルな演奏をする人とは思わなかったので、ひたすら圧倒されました。ふと気付けば、ヴァイオリンソロの箇所ではコンマス含め1stヴァイオリンの人が皆、釘付けでみどりさんに見入っていました。パッパーノの伴奏も躍動感溢れる熱演ながらも出しゃばり過ぎずにソロをきっちり下支えし、全体のフォルムをうまく整えていました。今日も大拍手のわりにはアンコールをやってくれませんでしたが、この力のこもった演奏のあとでは、何も弾く気が起こらないのかもしれません。
 メインのシェヘラザードはさすがオペラ指揮者の面目躍如で、独奏楽器を歌手に見立てているかのようなドラマチックな音楽作りでした。遅いところはぐっと遅く、早いところは超高速に、メリハリを利かせた演奏を心地良く聴いているといつの間にか夢の世界に誘われておりました。ということで一部記憶がすっぽり抜けていて恐縮ですが、ここではヴァイオリンは民俗派を自重して、デリケートなソロに終始していました。なかなかやるじゃん。思った以上に懐の深い人のようです。振り返ってみると、今日はどれも民族色が濃く、一貫してヴァイオリンが重要な役どころのプログラム構成でした。やはりヴァイオリンを聴くには、できるだけ今日のようにかぶりつき席に座りたいものです。


2010.12.12 London Coliseum (London)
English National Ballet
Gavin Sutherland / The Orchestra of English National Ballet
Wayne Eagling (Choreography), Peter Farmer (Design)
Daria Klimentova (Clara), Vadim Muntagirov (Nephew)
Junor Souza (Nutcracker), Fabian Reimair (Drosselmeyer)
1. Tchaikovsky: The Nutcracker

 2004年から毎年12月には欠かさず娘に見せてやっている「くるみ割り人形」、今年はロイヤルバレエが上演しないので、イングリッシュ・ナショナル・バレエのほうを見に行きました。設立60周年記念の新プロダクションで、ENBとしては10作目の「くるみ割り人形」になるそうです。振り付け師はロイヤルバレエ往年の名ダンサー、ウェイン・イーグリング。我が家ではアレッサンドラ・フェリと共演した「ロメオとジュリエット」DVDが妻のヘヴィーローテーションであるため、もう何度見たかわからない人であります。なお、カーテンコールで出てきてくれるかと期待したのですが結局登場せず、現在の姿を拝見できなかったのが残念でした。
 ENBでは前の2作の「くるみ割り」がモダンテイストな演出だったためか、今回は記念イヤーといいうこともあり、トラディショナルに立ち戻ることが非常に意識されて作られています。ストーリーに逸脱は一切なく、非常にオーソドックス、別の見方ではどこかで見たようなデジャヴ・シーンが連続します。読み替えとはいかないまでも、何か斬新なアイデアが盛り込まれているようなことはありませんでしたが、その分安心して見ていられますので、奇をてらったモダン演出に予期せず出くわすのがいやな方にはオススメです。
 第2幕では主役のクララと、ドロッセルマイヤーのいとこ(ロイヤルバレエのピーター・ライト版ではこの人が呪いをかけられてくるみ割り人形になってしまっているのですが)がそのままおとぎの国の王子、王女となって、金平糖の精の踊りなどを踊ります。最後はクララがベッドで目覚めるという「夢オチ」パターンですが、弟のフレディも夢の中に一緒に登場してネズミと戦ったりしていますので、目覚めて「僕も夢で見たよ」なんてことを語り合っているのが新鮮でした。二人で外に出てドロッセルマイヤーおじさんを探しつつも、「さぶー」と凍えて中に入り、そのまま音楽は消え入るようにディミヌエンドして終わりました。こんなのあり?帰宅してスコアを確認しましたが、やはり聴き慣れたティンパニのロールでガツンと終わるのが通常だと思います。エンディングにこのような別バージョンがあるのでしたっけ?もしかしたら演出家によるスコアの改変なのでしょうか?ご存知の方、教えてください。
 その他で気付いたことと言えば、パーティーが始まる前のアイススケート(に見立てたローラーブレード)は面白いアイデアでした。くるみ割り人形といとこが入れ替わったり、また元に戻ったりと不安定に行き来するのは、まさに夢心地の世界であることを表現していました。アラビアの踊りは、露出の高い4人の踊り子に加えてムチを持った上半身裸の男と、鎖につながれた奴隷とおぼしき数人が登場し、コンセプトがよくわからないものの、男が男を持ち上げ振り回すというバレエではなかなか珍しいシーンもあって、目が離せませんでした。
 オケは、オペラのときのENO管弦楽団とは全く別の楽団のようで、正直、少し落ちる感じです。振り付けにスピード感や流動感がなく途中倦怠してくるときにも、補えるような音楽の力はありませんでした。第2幕、スペインの踊りではトランペットが、派手に外すならまだしも、木管に任せて自分は吹かないというプロにあるまじき逃げがいただけませんでした。その一方で、トレパックの終盤のタンバリンは楽譜を逸脱し好き放題叩いていて、何だかよくわからない楽団でした。


2010.12.11 Barbican Hall (London)
Jiří Bělohlávek / BBC Symphony Orchestra
Christine Brewer (S-2)
1. Wagner: Tannhaeuser - Overture
2. Joseph Marx: Songs
 (1) Barkarole (1910)
 (2) Selige Nacht (1912)
 (3) Der bescheidene Schäfer (1910)
 (4) Und gestern hat er mir Rosen gebracht (1909)
 (5) Sommerlied (1909)
 (6) Maienblüten (1909)
 (7) Waldseligkeit (1911)
 (8) Hat dich die Liebe berührt (1908)
3. R. Strauss: Eine Alpensinfonie

 BBC響をバービカンで聴くのは初めてです。まずはタンホイザー序曲で小手調べ。いつものかぶりつき席でしたが、パートバランスがたいへん良いですね。音に濁りがなく、端正な音楽作りは好感が持てます。指揮者、オケ共に仕事キッチリ職人タイプで、このコンビももう4年ですか、信頼に基づいた一体感が溢れていますね。
 次のマルクス歌曲集で登場したブリューワーは巨漢のソプラノで、見るからにワーグナー歌手です。私は歌曲は大の苦手でして、よほどヘタクソな歌でない限り良し悪しを論評できる素養もないのですが、声量もドラマチックな歌唱も、全く申し分ございませんでした。まさに今日と同じ指揮者とオケでマルクスの管弦楽伴奏歌曲全集を録音しているだけあって、歌を完全に自分のものにしている様子でした。やんやの拍手喝采が鳴り止まず、最後の曲をアンコールでもう1回歌いました。
 本日のメインは「アルプス交響曲」、今年はLSOで一度指揮者キャンセルによる曲目変更を食らいましたので、待ちに待ったお目当てでした。ゆっくりめのテンポで焦らずじっくりと開始し、じわじわとテンションを上げて行って、日の出で一気に解放しドカンと鳴らします。ここでもうこんなに鳴らしてしまっては、後半どうするんだろうと思っていたら、山頂と嵐のピークではさらに音量を上げ、期待以上にガンガン鳴らしてくれて、大満足です。当然ですが、最初から全体のフォルムを考えてバランスを取っていってたんですね。トランペットがちょっと苦しそうだったのを除けば演奏技量的にも危ない箇所はなく、アンサンブルには芯の通った安定感が感じられました。会場はたいへん盛り上がってスタンディングオベーションになり、満足げな奏者の表情もグッドでした。
 LSOもチケットは安いと私は思いますが、BBC響はさらにその半値くらいで、このクオリティだったら非常に値打ちがありますね。今シーズンもあといくつかは聴きにいく予定ですが、期待が増しました。


2010.12.07 Royal Festival Hall (London)
Andris Nelsons / The Philharmonia Orchestra
Hakan Hardenberger (Tp-2,3)
Zsolt-Tihamer Visontay(Vn-4)
1. Beethoven: Overture, Leonore No. 3
2. Haydn: Trumpet Concerto in E-flat major
3. Gruber: Three MOB pieces
4. Richard Strauss: Ein Heldenleben

 4月にバーミンガムで聴いて以来、2回目のネルソンスです。今年のウィーンフィル日本公演で小澤征爾の代役(の一人)として、今までウィーンフィルの指揮台に上がったことがないにもかかわらず抜擢されたので話題になり、日本でもすっかりお馴染みですね。頬や腰回りがちょっと丸くなったような気がしました。
 レオノーレ序曲は、何と言うか端から端まで至ってごく普通の演奏だったので拍子抜けしました。速めのテンポで硬質に進むのですがピリオド系的アプローチというわけでもなく、古き良き巨匠時代のおおらかな演奏スタイルは師匠のヤンソンスを踏襲していますが、独自性が見えない分、スケールは師匠より一回り小さいように感じてしまいました。まあ、オケが違うので(ヤンソンスを聴いたのはウィーンフィルとコンセルトヘボウでしたから)フェアな比較ではないかも。なお、舞台袖のトランペットは、あえてトップの人が担当していました。
 ハイドンのトランペット協奏曲というと私の嗜好からは最も縁遠い類の音楽です。この曲は昨年のPROMSラストナイトでも聴いているはずですが、全く記憶に残っていませんでした。「地上最高のトランぺッター」との異名をほしいままにしているというハーデンベルガーは、一見クラシックの奏者には見えない、ちょい悪オヤジ風のお洒落な伊達男でした。今日もかぶりつき席だったためトランペットの音が生々しく直接耳に届き、オケとのバランス等さっぱりわかりません。レオノーレも多分そうですが、この曲だって、ネルソンスがやりたくてやってる曲ではないんだろうなあ、とは想像できます。トランペットは破綻がないということではたいへん上手かったですが、もうちょっと角の取れた柔和な音のほうが私は好みです。
 レオノーレより短い協奏曲が終わり、アンコールを始めるのに何やら楽器をさらに2本持ってきて、オケまで共演しての演奏となりました。曲はグルーバーの「3つのMOBピース」という極小組曲で、曲ごとにC管やピッコロに持ち替えて、ラテンだったりジャズだったり、なかなか楽しい曲でした。作曲者も会場にいたので、前に呼ばれて拍手にさらされていました。本人は不本意かもしれませんが、ハイドンよりもこっちのほうが断然面白かったです。
 さて「英雄の生涯」ですが、意外と実演で聴く機会に恵まれず、多分11年前の新婚旅行の際、バービカンでダニエル・ハーディングのLSOデビューを聴いて以来の2回目だったかと思います。くしくも今日はハーディング世代のライバル、弱冠32歳のネルソンスです。今日の演奏会で最初からもやもやと感じていたことが徐々にはっきりとしてきましたが、この人はリズム重視で、ハーモニーの整理はあまり上手くなく、何でもかんでもクラスターのように鳴らしてしまう傾向があると思います。元々オーケストレーションが過不足なく構築されている曲では、上手くハマるとスケール大きく躍動感溢れる名演が生まれる可能性がありますが、「英雄の生涯」みたいに濃度過剰気味なサウンドの曲だとグシャっとした分離の悪い響きになりやすいです。特に前半の「英雄の敵」くらいまでは始終何かの楽器が絶え間なくキンキンと耳に障り、「あー、うるさい!」と心の中で叫んでいました。一方、「英雄の妻」「英雄の晩年」といった緩徐部は、ヴァイオリンの熱演もあり、なかなか良い感じに仕上がっていました。前にバーミンガムで聴いた際は、曲がバルトークとショスタコということもあって、民謡ベースのリズムをうまく活かして再現できる人だなと好感を持ったのですが、今日のようなドイツもの中心だと、師匠越えにはまだ課題がありそうです。
 コンサートマスターは多分初めて見る人でしたが、素晴らしく繊細で叙情的なヴァイオリンソロだったので、フィルハーモニアにこんな良いコンマスがいたとは、とちょっと驚きました。名前はハンガリー系ですが、ドイツ人みたいですね。今後もチェックしたいと思います。


2010.12.02 Barbican Hall (London)
Riccardo Chailly / Gewandhausorchester Leipzig
Arcadi Volodos (P-1)
1. Tchaikovsky: Piano Concerto No. 1 (original version)
2. Tchaikovsky: Francesca da Rimini
3. Respighi: Pines of Rome

 今日は娘がディズニーの「Fantasia 2000」の中でも特にお気に入りの「ローマの松」があるので、家族で聴きに出かけました。昨日に続く寒波で、雪と寒さのため交通も一部マヒしており、そのせいか空席が目立ちました。
 ゲヴァントハウス管は、一度は聴いてみたかったオケの筆頭でした。以前ライプツィヒに行ったとき、ホールの外観だけは見たのですが。また、自分でも何故だかわかりませんが、シャイーの演奏は今までCDでもほとんど聴いたことがなかったかも。ということで今日は初ものづくしでエキサイティングです。
 まずはチャイコフスキーの有名すぎるピアノ協奏曲から。家族は好きですが、私はそんなに好きな曲じゃありません。今日は珍しい原典版での演奏とのことでしたが、この曲に精通してるわけではなくスコアも持っていない私には、通常の版との違いはよくわかりませんでした。プログラムに書いてあったのは、冒頭のピアノの和音強打がアルペジオになっているのが一番特徴的だそうです。しかしヴォロドスはそこを際立たせるような弾き方はせず、イントロはサラリと流していましたので、原典版と言われなければ「柔らかい弾き方をしてましたね」という感想で終わっていたでしょう。その後も時々違和感を感じる箇所は確かにありましたが、通常版と大きく変わったと思えるところはなく、このツアーで原典版をあえて演奏する意図は全く謎のままでした。ソリストも指揮者も、実際原典版だからどうとかいう意識はなかったように思います。
 ロシア出身のヴォロドスは超絶技巧派として売り出し中の若手ピアニストだそうです。実際、ちょっと軽めのコロラトゥーラのようなピアノで、コロコロと指がたいへんよく回ります。難曲度の高い曲なので、私はこの曲をミスタッチなしで弾く人には巡り会ったことがありませんが、少なくとも今日までは、と付け加えることになりそうです。ヴォロドスは私が聴く限りほとんどミスなく、シャイーのリードする繊細なオケ伴奏とほどよい一体感を呈しながら、危なげなくずいずいと突き進むピアノでした。看板に偽りなしです。こういう人は自分の技術をとことん見せつけるアンコールピースを必ず持っているはず、と期待しましたが、残念ながらアンコールはやってくれませんでした。
 次の「フランチェスカ・ダ・リミニ」は、CD、iTunesでもたいがいスキップしてしまう、正直苦手な曲です。シャイーはここでも繊細なコントロールを見せてくれました。弦はつや消しをかけたようなハスキーな音色。渋いですがドイツ的な重厚さはあまり感じませんでした。木管は全体的に柔らかくまとまったアンサンブルで、特にクラリネットが非常に良い音色です。ティンパニはトレモロはいただけませんが単打は腰が入ったなかなかいい音を出しています。弦と木管の柔らかさに比べてちょっと金管が固いような。音に濁りがあり、音量が十分ではありません。このオケはどうも金管が弱点のようです。次の曲を乗り切れるのか、ふと不安がよぎります。
 メインの「ローマの松」は、やはり懸念した通り金管の弱さが如実に出てしまいました。ティンパニは孤軍奮闘していましたが。いろいろ解釈の余地はあれど、やはりこの曲は大音響でビビらせてナンボという面はありますから、バランスの弱さは盛り上がりの弱さに直結します。ただし今日はいつになく3階席で聴いたので、バランスはステージが遠かったせいもあるかもしれません。それにしても、若い奏者で緊張していたのか、「カタコンブ」のトランペットソロはトチリが多く、いかにも自信なさげで痛々しかったです。「ジャニコロの松」は逆に金管が目立たない分、渋い弦の上に透き通る音色のクラリネットが乗っかった夜の情景は極上の響きで、この日最も良かった瞬間でした。終盤のナイチンゲールの鳴き声テープは打楽器奏者が掛け持ちで卓上ミキサーをいじって音量をコントロールしていました。
 終曲「アッピア街道の松」では最後にバンダの金管が登場し、指揮者によっては客席側方や後方で吹かせたりして音響の立体感を演出しますが、今日は最初から舞台の上にいて、出番が来ると最後部の一段高い平台に上がりました。うーん、音が割れてる…。もうちょっとプロらしくしっかり吹いてほしいです。ティンパニを筆頭に打楽器陣の奮闘により曲は何とか盛り上がって終わりましたが、この曲はこのオケの性向とは合っていないのでは、と思いました。まあそれを言えば、チャイコフスキーとレスピーギというプログラムはドイツのオケとしては全く変化球ですから、次回があれば是非ドイツものか東欧ものを聴きたいです。
 シャイーはどちらかというと繊細な分析が信条の人と見受けましたが、そこはイタリア人、大風呂敷を広げたり、大見得を切ったりする役者根性も兼ね備えている様子。今まで敬遠していたのはいったい何だったのでしょうか。力量が信頼できる好みの指揮者として今後ひいきにさせてもらいたいと思います。


2010.12.01 Royal Festival Hall (London)
Vladimir Jurowski / London Philharmonic Orchestra
Christine Schäfer (S-2,3)
1. Debussy (orch. Matthews): Three Preludes
   (1) Des pas sur la neige
   (2) La cathédrale engloutie
   (3) Feux d’artifice
2. Britten: Les Illuminations
3. Mahler: Symphony No. 4

 7月以来の久しぶり、今シーズン初のRFHです。気温は0℃くらいですが風が強いので体感気温は確実にマイナスの寒さでした。テムズ川沿いのクリスマスマーケットもいつにも増して寒々としています。
 私は特にLPOひいきではなく、聴きに行く回数はLSOよりずっと少ないのですが、去年のLSOではドタキャンでフラレてしまったシェーファーのマーラー4番を聴きたい(見たい)がためにチケットを取りました。シェーファーは来年2月のベルリンフィルでも同曲を歌うことになっていますが、昨年のLSOに続き、今年ヒラリー・ハーンとのプロジェクトもキャンセルしているし、キャンセル癖のある人なんかなと、ちょっといぶかっております。
 ユロフスキは、弟のディミトリ、お父さんのミハイルと今年立て続けに聴き、長男ウラディーミルが最後になってしまいました。記録によると11年前バスティーユ・オペラ座で「スペードの女王」を見たときの指揮者がウラディーミルだったはずなのですが、超モダンな演出のみがインパクトとして残っていて演奏はほとんど覚えておりません。
 まず、コリン・マシューズ編曲のドビュッシー前奏曲集から「雪の上の足跡」「沈める寺」「花火」の3曲。ピアノの原曲と比べてどれも明るい色彩の編曲になっており、ドビュッシー本人の他の管弦楽曲と比較してもずいぶんと趣きが変わってしまっているなあという印象を持ちました。和声をすっきりと整理し、各楽器の音色が分離して際立つようにちりばめられています。ピアノは一見モノクロームなようでいて、奏者の指先一つでずいぶん幅広いカラーを出せる楽器なのだと今更ながら気付かされました。管弦楽版にしてしまうと色彩感が固定されてしまい、奏者のできる仕事が減ってしまうのは両刃の剣ですね。3曲の中では「花火」が一番ドビュッシーらしい編曲だったと思います。
 次のブリテン「イリュミナシオン」は全く初めて聴く曲で、歌曲とも思っていなかったので、ホクロがチャーミングなシェーファーがいきなり登場してきたのに驚きました。あーでも、今日は歌ってくれるのね、と一安心。シェーファーは、まずその美声に感銘を受けました。細い身体ながら、ソプラノにあるまじき芯の太さと粘りのある伸びの声は比類なく、神の恵み、天性のものだと思いました。やはり生で聴けて良かったです。ただ、あまり歌い慣れていない曲なのか(そりゃそうかも)、ずっと楽譜を見ながら歌っていたのと、この日は調子が万全ではなかったようで、息継ぎが短くギクシャクした箇所も多少ありました。
 さて、メイン。マーラーのシンフォニーでマイベスト3を選ぶなら「4,6,9」という答えは長年変わっていません。20年以上前だったら「1,2,3」などと答えていた時期もありました。それはともかく、4番は自分の結婚披露宴でBGMに選んだくらいお気に入りの曲。シェーファーの中性的な美声はこの曲にどう作用するか、期待大です。
 まず気付いたのは、休憩前と楽器の配置が変わっていること。弦楽器は最初ドイツ式(向かって左から1st Vn、2nd Vn、Vc、Va)だったのが、マーラーでは2nd VnとVaの位置が入れ替わっていました。古典的両翼配置とも少し違う変則配置で、指揮者のこだわりがあったと思います。コンバスは後ろの最上段横一列で、そのためか私のかぶりつき席にはあまり低弦の音が響いて来ませんでしたが、この曲に限ってはあまり重厚にならないほうがよいこともあります。
 印象は一言で言うとかなり個性的なマーラーでした。細部までいじくり倒して造形しているわりにはフレーズごとの後処理がルーズというか、ブツブツと切れてどうも呼吸が違うという感じです。冒頭含め何度も登場する鈴の音は、もうちょっと細やかな神経が欲しいところでした。しかし全体を通してオケに破綻はなく、ホルンなどこの日は相当上手かったです。LPOは名手揃いではないですが、ユロフスキ監督の下、しっかりトレーニングされているのはよくわかりました。大編成のオケをそのまま鳴らし切るのではなく、室内楽的なアプローチでポリフォニーを透かし見せる意図は成功していたと思います。
 私の捉え方ではこの曲は長大な序奏付きの歌曲のようなもので、終楽章がうまくなければそれまでの積み重ねも水泡に帰することになりかねません。第3楽章終盤のトゥッティのところで静々とシェーファーが登場。やはり本調子ではなさそうで、終楽章は歌の出だしから音が上がり切らずちょっと苦しい展開です。しっかり歌うところは本当にほれぼれする歌唱ですが、ユロフスキの揺さぶりに押されてか、息が長く続かず、何カ所か変なところで息継ぎが入ってました。また、弱音では声がかすれ、音程も微妙に怪しくなっていましたが、全体としては問題になるようなレベルではなく、十分に立派な歌唱でした。美人だし、このような素晴らしいソプラノと巡り会えたのは至福でした。ただ、本人は終演後、不本意そうな複雑な顔をしていましたが。2月のベルリンフィルは、是非万全の体調で帰ってきて欲しいと思います。


2010.11.19 Barbican Hall (London)
Valery Gergiev / London Symphony Orchestra
Olli Mustonen (P-1)
1. Shchedrin: Piano Concerto No. 4 'Sharp Keys'
2. Mahler: Symphony No. 1

 11月は出張が多くてなかなか演奏会に行けず、久々のバービカンです。金曜日のおかげか、盛況な客入りでした。本日は前半が今シーズン集中的に取り上げているシチェドリン、後半は生誕150周年のマーラーという、シーズンコンセプトを象徴する選曲です。
 まずシチェドリンのピアノ協奏曲第4番。もちろん聴くのは初めてですが、長大かつ壮大な曲でした。第1楽章はピアノのノスタルジックなフレーズで始まり、それを軸に徐々に肉付けされて行って盛り上がります。非常に調性的で耳に優しく、標題音楽のように何かしらの情景を頭に喚起させる音楽でした。私の場合はほろ苦いノスタルジーを覚え、子供のころ、夕焼けの中に河原の土手で遊んだ情景を思い浮かべていました。「ロシアの鐘」と題された第2楽章もまさに描写音楽で、甲高い鐘の音を模したピアノがキンキン響く中、情緒的な弦がピアノの周りに絡んで行きます。ひとしきり盛り上がりピークを越えたあとは冒頭のフレーズが戻ってきて、畳みかけるようなコーダで明るく終わります。
 ムストネンはピアノの他に指揮も作曲もやるマルチタレントな人だそうですが、見た目は素朴そうなお兄ちゃんです。ところが、ピアノを弾いているときの眼光の鋭さと言ったら!演奏も切れ味の良いシャープなピアノで、音の粒が達人のチャーハンの如くパラリと立っています。アタックの強い打楽器のような弾き方は全くバルトーク向きですので、ピアノ協奏曲の2番なんかを是非聴いてみたいものです。癖なんでしょうか、助走をつけて構えた右腕の指先が、待ちきれない風にいちいちピラピラと動いていたのが印象的でした。また、たいへん汗っかきな人なんですね。燕尾服の袖で何度も汗を拭いていましたが、ハンカチくらいマネージャーが用意したらんかい、と思いました。
 メインのマーラーは、オケがもうひとつ乗り切れていないように思えました。もちろんLSOですから技術的に非の打ち所はほとんどないんですが、全体を通して細かいところで雑なリズム、雑な音の処理が気になりました。そう言えば今日のコンマスRoman Simovicさんは、記憶に違いがなければ前に聴いた時にも雑な弾き方をする人だなという印象を持ったはずです。今日は真正面に座っていましたが、本来ならバシバシ感じるはずの音圧があまり来なかったのもちょっと不満。最後の最後、練習番号60の手前で一瞬無音になってしまったのはトライアングルとティンパニが両方同時に落ちたとしか考えられないんですが、そんなこともあるんですかねえ。
 今年のPROMSで聴いたベルリンフィルが、圧倒的な演奏技術力を誇示しつつも、3楽章でギョっとするようなギミックを入れてきたりして余韻を引く音楽になっていたのと比べると、今日のLSOは工夫がなく、何となく小さく奇麗に流してしまったような気がします。9月の5番は凄く良かったのに、リハの時間が十分なかったんでしょうかね。まあ、そうは言っても、客観的総合的に見れば、ハイクオリティの「巨人」であったことは間違いないでしょう。次の9番を楽しみにしてます。


2010.11.07 Musikverein, Grosser Saal (Vienna)
Michail Jurowski / Tonkuenstler-Orchester Niederoesterreich
Chloe Hanslip (Vn-2)
1. Barber: Overture to "The School for Scandal" Op. 5
2. Walton: Concerto for Violin and Orchestra
3. Barber: Adagio for Strings Op. 11
4. Bernstein: Symphonic Dances from "West Side Story"

 先日の休暇の際、一度は娘に見せてやらねばと思っていたウィーン楽友協会大ホールにようやく行く機会を得ました。この日は日曜日ということもあって、朝はロイヤルコンセルトヘボウ管、午後はトーンキュンストラー管、夜はオーケストラ・ケルビーニというトリプルヘッダーでしたが、コンセルトヘボウにも惹かれたものの、結局チケットが取りやすく曲目も楽しそうだったトーンキュンストラーを今回は選びました。
 指揮はミハイル・ユロフスキ。ウラディーミル、ディミトリ兄弟のお父ちゃんですが、まだ65歳のバリバリ現役世代です。登場したお父ちゃんは息子達からは想像もつかない恰幅の良い体型で、杖をつきながらおぼつかない足取りでよたよたと歩いてきました。しかしいったん演奏が始まると、ぴしっと伸びた背筋を軸に、滑らかでけっこう技巧的な指揮をしています。職人肌の人のようで、ロシア人指揮者とウィーンのオケによる米英作品の夕べ、というよく考えると意図不明の企画にもかかわらず、違和感なく手堅く聴かせていました。反面、特徴やハッとする部分もなく、病み付きになりそうな味ではありませんでした。
 ウエストサイド物語のダンスナンバーでは終始リズムがぎこちなかったのは、指揮者のせいよりもオケに寄るところが大きかったかもしれません。打楽器陣はシモンボリバルほどノリノリでやってくれとは言いませんが、全体的にリズムの足を引っ張りがちで躍動感を殺いでいました。ティンパニが珍しく女性でしたが、せっかくマラカスに持ち替えながらも思い切りが悪く迫力に欠けました。オケも、トランペットやホルンは破綻せずがんばっており、スコアにない(がオリジナルのミュージカルにはある)フィンガースナップや「マンボ!」のかけ声も加えて、気合いは見せていましたが、この日は聴衆の年齢層が高くノリが悪かったのもいけなかったかも。
 一方の有名なバーバーの「アダージョ」では、変に情感過多になることなく淡々と作った起伏がむしろ好ましいと思いました。このオケは木管はイマイチでしたが、弦とブラスはけっこう上手です。
 前後しますが、クロエ・ハンスリップという人は名前からして初めて聴きました。まだ弱冠23歳ですが、芸歴は長く、レコードデビューは13歳のときだそうです。実際に出てきたハンスリップは、写真で見たイメージよりはちょっと顔が老け、体型も「おばさん化」し始めていました。ウォルトンの協奏曲はあまり聴かないので聴きどころがよくわからなかったですが、運指と弓の当て方がロマンチックというよりヒステリックに感じました。もちろん非の打ちようもないテクニックなのですが、こちらもまた深い印象を残すものでもありませんでした。
 ホールはさすがにふくよかな残響で、低音も高音も柔らかに飛び込んで来ます。内装は、あたり前ですが、変わらずキンキラキンのまま。18年前に初めてこのホールで演奏会を聴いた時を思い出すと、今では感動はもうだいぶ薄れていますが、それでも是非また、何度でも来たいホールではあります。できればウィーンフィルを聴きに…。


2010.10.26 Barbican Hall (London)
Gianandrea Noseda / London Symphony Orchestra
James Ehnes (Vn-2)
1. Ian Vine: Individual Objects
2. Bartok: Violin Concerto No. 2
3. Prokofiev: Symphony No. 6

 今日はもちろんバルトーク目当てですが、難解な曲ばかりで何ともよくわからんコンセプトの選曲ですね。1曲目はLSO委嘱作品の初演ですが、テープ逆回しのようなクレシェンドを付けられた和音のみで概ね進行する、中間色をべた塗りで並べた抽象画のような曲でした。旋律とかパッセージというものはほとんどなく、弦の左手の指はめったに動きませんが、右手は時々4本の指でぴらぴらと弦を叩いて(トレモランド・ピチカートというらしいですが)不思議な効果を出していました。「何じゃ、これ」という感想を禁じ得ませんでしたが、プログラムを読むとやはりミニマル系モダンアートに触発されて作曲したとのことです。
 ジェームズ・エーネス。生で聴くのは初めてですが、噂通りテクニックがめちゃめちゃ手堅い人ですね。ゆったり目のテンポで始まり、まずはその太くて深い音色に引き込まれました。このバルトークは民族色(らしさ)を出すためにあえてワイルドな音で弾く人も多いですが、そういったわざとらしい野性味の演出は一切排除した、濁りのないヴァイオリンです。実に丁寧ですが繊細という印象ではなく、紳士の品格を感じさせるたいへん男らしい演奏でした。ちょっと他に似た人を思いつかない、ユニークな個性ですね。何でもこの人、ヴィオラも弾くんだとか。線の太いヴァイオリンの音は、ヴィオラもしっかり鳴らせる技術を持っているところにも秘密があるのかもしれません。ただ、比類ない技術には感心しつつも、この人の演奏からは歌心がほとんど感じられなかったのが残念でした。ワイルドな演出などは別になくてよいですが、時には泣いてみせたり、ハッタリをかましたり、というテツラフのような芸達者な人のほうが、私には好みかな。
 ノセダは何と、私も持ってるBoosey&Hawkes版のポケットスコアを見ながら指揮をしていました。あんな小さい音符を見ながら指揮ができるとは、視力が相当良いんでしょう。猫背で覗き込むようにスコアを見ながら不器用そうにばっさばっさと腕を振り、ぼたぼたと汗が滴り落ちていました。終始涼しい顔をして弾いていたエーネスとは対照的でした。ノセダは、オケをよく鳴らすのは得意そうですが、今日はちょっと力み過ぎでしたかな。あのLSOが、最後には珍しく息切れしていましたから。
 メインのプロコ第6番は、CDも持っていますが普段ほとんど聴くことはなく、正直馴染みの薄い曲です。プロコフィエフだからどの楽章も比較的きっちりとソナタ形式に乗っ取って作曲されているのはわかりますが、かといってこの曲の掴みどころや聴きどころがクリアに見えてくるかというと、その域に達するにはまだまだ素養が足らないようです。1、2楽章の重苦しさと3楽章の軽さのギャップにも戸惑いますし、私には難解すぎて苦手意識がありますね。一つ前の第5番は大好きなんですけどねえ。ということで演奏についてあまり何も語れないのですが、一つだけ。バルトークではまだソリストへの配慮があったのかもしれませんが、プロコではオケをさらにガンガン鳴らしてきていました。特に打楽器群の爆演は圧巻で、終演後のオヴェーションでは珍しく、まず最初に打楽器陣を立たせていたのが印象的でした。なお、ここでもノセダはポケットスコアを使用。いつも持ち歩いて研究しているんでしょうかね。
 今日は先日のファミリーコンサートと同じく、Wei Luがゲストコンマスでした。そのせいか客席にはいつもより中国人が目立ったような。しかしこの人は、休憩時間に一人でコーヒー持ってうろうろしていたり、終演後はとっとと一人で駅に向かって歩いていたり、どうも孤高というか、孤独な印象ですね。ステージ上でも、コンマスを取り囲む3人は(彼らも各々コンマス級だったりするわけですが)常にお互いにこやかに談笑していますが、コンマスは蚊帳の外で仏頂面で孤立しています。音楽家の世界もまあいろいろあるんでしょうが、若いゲストコンマスにはもうちょっと温かく接してやればいいのに、と思ってしまったのは素人感覚に過ぎないでしょうか。


2010.10.24 Barbican Hall (London)
LSO Discovery Family Concert: Sounds Unexpected!
Stephen Bell / London Symphony Orchestra
Hannah Conway (Presenter), Wei Lu (Vn-3)
1. Grieg: In the Hall of the Mountain King, from 'Peer Gynt' Suite No. 1
2. Bartok: Concerto for Orchestra, mvmt. 2: Giuoco delle coppie
3. Ravel: Tzigane
4. Bartok: Concerto for Orchestra, mvmt 4: Intermezzo interroto
5. Trad arr. Rissmann: The Space Travel Song
6. Peter Maxwell Davies: Orkney Wedding and Sunrise

 今日のファミリーコンサートは司会のお姉さんが早口で、半分くらいついて行けませんでした。それはさておき、今日は子供向けコンサートでバルトークをどう啓蒙するのか興味津々でしたが、なんと旋律に歌詞を付けて歌わせ、振りも付けるというアラワザに思わずのけ反りました。確かに、バルトークの曲は一見取っ付きにくくても、民謡をベースにしていることが多いので歌にすると意外とすんなり歌えます。他にも、2楽章で木管奏者を前に出してきて、最初ははっきり分かれていた旋律の分担が、中間部で折り返して以降の再現部では境界が薄れて複雑に絡み合ってくるのをわかりやすく見せていたり、なかなか工夫をこらしていて好ましかったです。
 最後のマクスウェル・ディヴィスは現存の作曲家ながら非常に聴きやすいロマンチックな音楽で、最後は民族衣装をまとったバグパイプ奏者が客席後方からサプライズで登場し、やんやの喝采。私は知らなかったのですが、調べるとこの曲はバグパイプが使われる管弦楽曲としてけっこう有名だったんですね。
 バルトークを丁寧にやって時間を食ったせいか、いつもよりも曲数が少ないにもかかわらず完全に時間オーバーでした。プログラムではあと1曲、「ET」のフライングテーマがあるはずでしたが、結局やらず。ファミリーコンサートはポピュラー曲で締めるのが定番で、マクスウェル・ディヴィスで終わるというのは普通は考えられないので、時間の都合で急きょ割愛することにしたんでしょう。ちょっとバタバタの印象が残るコンサートでした。


2010.10.16 Barbican Hall (London)
Watch This Space Family Matinee
Hans Graf / Houston Symphony
Holst Singers (Women's voices)
1. Holst: The Planets - An HD Odyssey

 ヒューストン響のロンドン公演、夜のほうがメインですが、昼にも「ファミリーマチネ」と称して15ポンド(子供は半額)のミニ演奏会を開きました。「惑星」が聴きたかった私としては、家族連れでも気兼ねないし、うってつけの企画でした。
 開演前にはいつものファミリーコンサートのように子供向けイベントがありましたが、楽器の体験はトライアングル、タンバリン等の小物打楽器ばかりで、いまいち盛り上がりに欠けていました。
 この「惑星」は「HDオデッセイ」と称して、NASAなどが提供した科学データを基に作成したリアリティ溢れるCG映像をバックにオケが生演奏するもので、米国や世界各地で披露している18番企画のようです。まず最初にこのムービーを制作したディレクターや科学スタッフのインタビューがあり、ロケット発射映像ののちに指揮者登場、再び場内が暗くなって第1曲「火星」が始まります。
 夜の公演を控えた格安のマチネだからほとんどリハーサルのようなものかもしれないと思っていたのですが、さにあらず、「惑星」だけですが本番と同様の進行とクオリティを見せてくれました。オケに手抜きはなく、全体的にゆったりとしたテンポで、角を柔らかく削り取ったアメリカンらしからぬ演奏でした。金管の音色がモノクロームでなかなか渋い「惑星」でしたが、子供相手でも手を抜かずこのレベルを聴かせてくれるとは、「メジャー」のプライドを感じました。
 場内は子供だらけでざわついており、中には乳児に近い子が泣きわめいていたりもしましたが、まあファミリーマチネですからそれは折り込み済みです。でも風邪が徐々に流行ってきたので大人もうるさいです。大人のノイズを減らせば場内は相当静かになるでしょう。ただ、「惑星」は実のところあまり子供が聴いて楽しい選曲ではないような気もします(特に後半)。開始から5秒で飽きて、お菓子の袋をバリバリと開けつつむさぼり食う男の子、親の膝に乗ったり降りたりして始終身体をふらふらと落ち着きのない女の子、曲に合わせて踊り出す兄弟(これは幼少の私の姿なのですが…)など、親がもうちょっとマナー教育をしたらんかい、と思ってしまう子供も多かったです。曲が終わるごとに拍手が起こり、海王星の最後では予想通り、舞台裏の女性コーラスが全然消えきらないうちに拍手喝采で演奏が中断。今日は夜のほうを聴くべきだったかと反省しました。


2010.10.14 Sadler's Wells Theatre (London)
Birmingham Royal Ballet
Paul Murphy / Royal Ballet Sinfonia
Kenneth MacMillan (Choreography)
Nao Sakuma (Juliet), Chi Cao (Romeo)
Alexander Cambell (Mercutio), Robert Gravenor (Tybalt)
Joseph Caley (Benvolio), Tyrone Singleton (Paris)
Andrea Tredinnick (Lady Caplet), Michael O'Hare (Lord Caplet)
Viktoria Walton (Lady Montague), Marion Tait (Nurse)
1. Prokofiev: Romeo and Juliet

 久々の演奏会の予定だった12日のLSO+ムターが仕事の都合で行けなくなって悔しがってるときに、Metroで半額プロモーションの広告がふと目に入り、思わず買ってしまいました。
 バーミンガム・ロイヤルバレエは初めて見ましたが、やはりロイヤルバレエと比べると端役の人々、特に娼婦の人なんか踊りがけっこう雑だなと、素人の目には映りました。主役の佐久間奈緒、チー・ツァオはどちらもベテランのプリンシパルで、プログラムにもことさら頻繁に組むパートナーであることが強調されていましたので、もしかしたら私生活でもパートナーなんでしょうか。ただし正直な感想としては、そのわりには息が合っていないように見えました。各々ソロではしっかりしているのに、からむと流れがブツ切れになり、いちいち「よっこらしょ」と声が聞こえてきそうな感じでタイミングを合わせています。それであっても大きくよろめく箇所がいくつかありました。けんかでもしてたんでしょうかね。ロメオは男3人の踊りのほうがよっぽど柔軟でリラックスしていて良い感じでした。しかし、床のせいか靴のせいか、回転の度にキュキュと寒気を催す音が鳴って(発泡スチロールをこすると出るような音です)、それに弱い私はぞぞ気がしてちょっと落ち着きを欠きました。
 佐久間さんは美人ですね。今日は日中モンゴロイド系のロメオとジュリエットだったので、日本のバレエ団を見ているような感覚に陥りましたが、白人に交じっても違和感はないお顔立ちですね。技巧も優れて安定している印象ですが、身体がちょっと固い感じはしました。ただ、うちがリファレンスとしてしまうのは1984年のアレッサンドラ・フェリ主演のロイヤルバレエDVDですので、あの奇跡のようなジュリエットと比べられたら、誰でもたまったもんじゃないでしょうけど。
 振り付けは3月に見たロイヤルバレエと同じマクミラン版で、舞台装置はそれなりにしっかりしたものを使っていましたが、ステージが小さいので多少窮屈な感じがしたのと、群衆の数も減っていました。ただ同じ演出とは言え、細かい部分はいろいろ違いがあります。衣装はむしろロイヤルよりも凝っている印象で、袈裟のようなマントを着た中国人のロメオは、さながらお坊さんのような風貌でした。マンドリンの踊りの毛むくじゃらの着ぐるみは、いったい何だったのか…。
 あとは、ロイヤルとの比較で言うと、何よりオケが貧弱なのが難点です。コーン・ケッセルズが音楽監督とのことで期待したのですが、弦はまだマシでしたが管はごまかしが多く、全体的に躍動感も情緒感も乏しく、これではダンサーがいかに健闘しても、ロイヤルに並ぶことはできないでしょう(並ぼうと思ってないかもしれませんが)。
 サドラーズ・ウェルズは初めてでしたが、Angel駅という夜はあまり治安がよろしくないと言われる場所にあり、劇場周辺は繁華街から離れて食事できる場所もあまりないので、冬の時期はちょっと避けたいかな。


2010.09.26 Barbican Hall (London)
Valery Gergiev / London Symphony Orchestra
Andrew Marriner (Cl-2), Rachel Gough (Fg-2)
1. Shchedrin: Concerto for Orchestra No. 1 'Naughty Limericks'
2. R. Strauss: Duett-Concertino for Clariner and Bassoon
3. Mahler: Symphony No. 5

 前日はシーズンのオープニングでゲルギエフ/LSOの濃いいサウンドを十二分に堪能しましたが、やはりせっかくだからマーラーも是非とも聴いておきたく、連チャンとなりました。
 まずはシチェドリンの管弦楽のための協奏曲第1番、表題は日本語では「お茶目なチャストゥーシュカ」というらしいですが、モロなジャズのリズムに乗って、民謡風のメロディーがごった煮みたいに畳み掛けてきます。コーダはどんどん加速して行って、ブレークし、不協和音でドン。アイヴズを彷彿とさせる作風ですね。しかし、曲は面白いのですが、今日もいまいちリズムのノリが悪いです。手持ちのプレトニョフのCDと比べたら、スイングの差は歴然です。ロンドンは意外とジャズ系のライブハウスが少なく、ジャジーな土壌が薄いのかもしれません。終演後は前日に引き続き作曲者が登場し、喝采を浴びていましたが、今日はやけにあっさり拍手が止んでいました。
 2曲目、デュエット・コンチェルティーノは確か聴くのは2度目ですが、変に軽すぎて好みではないというか、聴きどころがもひとつよくわからないので、パスです。クラリネットは、特に冒頭たいへん澄んだ良い音で感心しました。今日は3階のバルコニー席でしたので、ファゴットの音があまり届いて来なかったのは残念。上から見るとかぶりつき席に少し空席を見つけましたので、休憩中にそそくさと移動しました。
 さて、メインのマーラー5番は、LSO Liveシリーズのためレコーディングされていたせいでしょうか、ひときわ集中力高く、完璧な演奏でした。トランペットからホルンから、とにかく皆さんパーフェクトに凄い。これぞ超一流のプロの演奏と感服しました。昨日感じたルーズさはみじんも現れず、みっちりとリハをしているなと感じました。思えば昨日の「展覧会」は得意で軽めの曲ということもあって、適当に流していた面はあったのでしょうね。通しでリハをやったかどうかも怪しいものです。対して今日のマーラーは、フレーズはいちいちピシッと決まっていながらも音楽が痩せたり固くなったりせず、音響がどんどん拡大して行きます。音自体はわりと冷徹にも感じるのですが、大らかに広げていくのがゲルギエフは得意そうですね。アダージエットではとことん繊細なところも見せ、スケールの大きいマーラー像を紡いでいました。熱演系でもバーンスタインともヤンソンスともちょっと違う、独特の味ですね。終楽章コーダ前の金管コラールは圧巻な音圧で、しびれました。席を移動してきて本当に良かったです。カメラをようやく買い替えたこともあり、今日は自分としては珍しく、終演後の写真なんぞを撮ってみました。CDが出たら買おうと思いますが、この迫力は決してCDには収まっていないんでしょうね…。


2010.09.25 Barbican Hall (London)
Valery Gergiev / London Symphony Orchestra
Denis Matsuev (P-2)
1. Bizet (arr. Shchedrin): Carmen Suite
2. Shchedrin: Piano Concerto No. 5
3. Mussorgsky (orch. Ravel): Pictures at an Exhibition

 我らがLSOの2010/2011シーズン開幕は土曜日でしたので、家族で賑わしに行きました。何と言ってもLSOは基本的にどの演奏会のどの席でも、空いてさえいれば16歳以下の子供は4ポンドでチケットが買えますので、せっかく超一流の演奏が身近にあるのに、子供に聴かせない手はありません。
 昨シーズン、LSOの演奏会はファミリーコンサートを除いて10回行きましたが、首席のゲルギエフは1度しか聴けず、曲もメシアンという変化球だったので、ゲルギエフの実像に触れたのは今日がほとんど初めてみたいなもんです。
 まずはシチェドリンの「カルメン組曲」、これもキワモノの変化球みたいなもんですが、今シーズンはシチェドリンがテーマの一つのようで、多数の作品をとりあげる予定になっています。まず、おやっと思ったのは、指揮棒を使わずに指をぴらぴらさせ、けっこうわかりにくい指揮をするなあということ。出だしがピシッとせず、縦の線が甘いところは前任者のコリン・ディヴィス卿との共通点ですかね。テンポは全体的に遅めで、50分くらいかかっていたでしょうか。バレエ用の曲なんだし、もっと軽やかさが欲しかったと思います。スペイン風カスタネットもリズムがもたっとして、乗れませんでした。
 次もシチェドリン、ピアノ協奏曲第5番です。といっても、他の番号も知らないので作風がよくわかりませんが、この第5番はアルペジオやスケールの多いソリッドな感じの曲でした。前衛の感はありませんが、音の洪水です。マツーエフのピアノは、初めて聴く曲ではどうにも評価はできませんが、やはりチャイコフスキーコンクールの優勝者だけあって運指は非常に正確に見えました。打鍵がたいへん力強く、大げさな身振りでガンガン来るのですが、垂直に振り下ろすのではなくちょっと横滑りをしているというか、何となくそわそわと落ち着きのないピアノでした。最後は肘で鍵盤を押してましたが、スコア通りなんでしょうか。何せ、かぶりつきの席で見ていましたので、ピアノが揺れに揺れて、ステージから落ちて来ないかとハラハラしました。演奏終了後は作曲者のシチェドリン本人が舞台に呼ばれ、やんやの喝采を浴びておりました。子供にはちとつらいですが聴き応えたっぷりの佳曲で、チャンスがあればまた聴きたいですね。
 休憩後、この時点で時刻はすでに9時30分。メインの「展覧会の絵」はゲルギエフの得意曲だけあって、オケの威力が全開のたいへんゴージャスな演奏でした。奏者もだいぶ疲れているはずですが、さすがLSOは破綻しないし(「卵の殻をつけた雛の踊り」ではちょっと崩壊しかけてましたが)、馬力も満点です。やはり私的にはどうしても縦の線は気になるところですが、全体としてはこの曲の最上級の演奏だったと言ってよいかと。押したり引いたりのメリハリの付け方が上手く、さすがゲルギエフは手慣れています。
 終演はもう10時半近くになってました。すっかり満腹です。そう言えばゲルギエフは今年のPROMSでもマーラーの4番&5番という無茶なプログラムをやっていましたが、それに比べたらまだ穏やかでしたね。


2010.09.22 Philharmonie (Berlin)
Giovanni Antonini / Berliner Philharmoniker
1. J. S. Bach: Orchestral Suite No. 1 in C major
2. C. P. E. Bach: Orchestral Symphony in F major Wq 183-3
3. Beethoven: Symphony No. 2 in D major

 出張のおり、念願の本拠地フィルハーモニーでベルリンフィルを聴いてきました。フィルハーモニーを訪れるのは8年半ぶりの2回目ですが、前回はあいにくベルリンフィルがツアー中で、聴けたのはDas Sinfonie Orchester Berlin(通称「ダスオケ」と呼ばれる謎の楽団、ベルリン・ドイツ交響楽団とは違います)という、はっきり言って三流楽団でした。ただ漫然と音を流すだけで芸術的なモチヴェーションが全く感じられず、ちょうどウィーンのモーツァルトオーケストラや宮殿オーケストラみたいに、観光客が別の何かと錯誤してお金だけ落としてくれればそれでいいというのがアリアリ。それはともかく、今回はようやくのチャンスですので、朝4時起きでキツい身体に気合いを入れ、行ってきました。
 久々のフィルハーモニー、行ってから思い出しましたが、舞台後方にもたくさん席があるあり地獄のような作りで、左右も微妙に非対称です。ミュンヘンのガスタイクといい、もちろん意図的なんでしょうけど、ドイツのホールはどうしてこんなにいびつに作ってしまうんでしょうね。
 念願とは言え、今日の公演はちょっと変化球です。指揮は古楽器・ピリオド演奏の大家、ジョヴァンニ・アントニーニ。選曲もバッハとベートーヴェンという苦手分野でした。1曲目、バッハの管弦楽組曲では、予想されたことですが、ピリオド系らしくメンバーを最小限に絞っての少数精鋭アプローチです。コンマスは今日も樫本氏でした。弦3プルト分のほかはオーボエ2、ファゴット1、プラス鍵盤というこじんまりとした編成で、徹底はされていませんでしたがノンビブラートを心がけた演奏ながら、そこはさすがベルリンフィル、音がよく立っているので驚くほど十二分な音量でした。アンサンブルも完璧です。アントニーニは常に胸を開け、両手で空を飛ぶような指揮をします。バッハは普段まず聴かないのであまりコメントもできないのですが、弾き慣れない選曲で奏者が相当緊張している空気は感じられました。集中力高く、きりっと窮屈な印象でした。ただし曲は様式的な反復ばかりで(あたり前ですが)長く、私には退屈でした。
 次のカール・フィリップ・エマヌエルは大バッハの次男で、「ベルリンのバッハ」と呼ばれるそうです。ある種ご当地ものと言えるでしょう。初めて聴きましたが、1曲目から作曲年代が55年も経っているのでサウンドは相当古典派に近くなり、のっけから驚かしも入って、ベートーヴェンの交響曲第2番を彷彿とさせるユニークでユーモラスな曲でした。もちろん、時間軸で言うと影響を受けたのはベートーヴェンの方なわけですが。15分くらいであっという間に終わりました。
 メインはそのベートーヴェンの第2番、前の曲から25年が経過しています。弦も4プルトになり、フルに近い編成です。ベートーヴェンまで時代が下りるとオケメンバーにとっても普段のレパートリーですから、ビブラートかけまくりで余裕の演奏です。アントニーニの指揮は最近の潮流通り(これも結局ペリオド派が発祥なわけですが)、速いテンポでスフォルツァンドをことさら強調したようなくっきりはっきり系演奏で、メリハリあるサウンドは心地良くはあるのですが、落とし穴があったのではないかと。少人数で鳴りの良くない古楽器集団と普段仕事をしているためでしょうか、ベルリンフィルのように楽器の達人が揃った大人数のオケを振ると、音の整理ができないままにとにかくえいやと鳴らしてしまい、結果、決して大音量ではないのだけど、ギャンギャンやかましいベートーベンだった、という印象が残りました。もちろん、音の芳醇さとアンサンブルはさすがでしたので、総合的にはハイクオリティの演奏を聴けて満足です。ただふと思ったのは、これは結局ラトル/ベルリンフィルの演奏と、どう違うんだろうかということ。ラトルもベートーヴェンをやるときはペリオド系のセンスを取り入れ、重厚さを剥いで軽やかに脅かしの利いた演奏をしてますよね。そういう意味では、今日はアントニーニがいくらがんばっても、結局ベルリンフィルの横綱相撲で寄り切られてしまったんじゃないかとも思えてしまいました。
 なお、ティンパニはバロックではないもののノンペダルの古いタイプのものでした。先日PROMSに持ってきていたものとはまた違います。楽器持ちなんですねえ。銅のケトルがいつもピカピカに磨かれているのは好印象でした。


2010.09.07 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2010 PROM 71
Daniele Gatti / Orchestre National de France
1. Debussy Prelude a L'apres-midi d'un faune
2. Debussy La Mer
3. Stravinsky The Rite of Spring

 ストのせいで終日地下鉄がほぼ全面ストップになっている中、客入りは上々でした。上の方は空席がチラホラありましたが、立見のアリーナがいつにも増して満員大盛況でした。ガッティは長年ロイヤルフィルの首席指揮者だったので、ロンドンにもファンが多いのでしょう。
 フランス国立管もガッティもまだ聴いたことがないなー、というくらいの動機でチケットを買ったのですが、期待を遥かに超えた脅威の演奏でした。フランスのオケと言うと、演奏旅行では手を抜いてアンサンブルがてきとー(「適当」ではありません)というイメージを持ってしまうのですが、全くそんなことはなく驚くべき集中力を見せていたのと、管楽器のソリストが皆一様にめちゃくちゃ堅実な腕前。安全運転を心がけていれば切り抜けられるような選曲では全くないにもかかわらず、その危なげのなさは、先日のベルリンフィルをも凌いでいました。正直、フランス国立管というと、フランスではパリ管に次ぐ2番手という勝手な印象を持っていたのですが、この演奏クオリティは半端じゃないです。
 ガッティは音の整理がたいへん上手で、あのひどい残響のロイヤル・アルバート・ホールでもぐしゃっとならずスッキリと透明感ある仕上がりになっていました。パートバランスが適正にコントロールされているんですね。ティンパニはフィルハーニア管のAndy Smithさんを彷彿とさせる「いい味系」の人で、私的にはさらに高ポイントです。相対的に弦が少し弱い気もしましたが、ホールと席のせいも多分にあるでしょう。
 「牧神の午後」では完璧なソロ楽器を軸に上質の演奏技術でジャブを打ち、「海」ではブラスの馬力を解放してダイナミックレンジの広さを見せつけ、「春の祭典」ではティンパニ7台、大太鼓2台、銅鑼2丁を駆使した強烈な打楽器群でさらにバーバリズムの味付けをするという三段飛びのような構成です。調べると、音楽監督に就任したお披露目演奏会でも同じプログラムをやっていて、自信の十八番なんでしょうね。
 とにかく、正直期待してなかった分、そのハイクオリティな演奏はたいへんインパクトがありました。もしパリに住んでいたら定期会員になりたいところです。こういったフランスものでは特に冴えわたった演奏を聴かせてくれそうですし、ベートーヴェンやマーラーだとどうなるかもちょっと興味津々です。
 今年のプロムスも個人的にはこれで打ち止め。最後にこんな良いものが聴けて幸せでした。あとは少し休んで、2010/2011シーズンの開幕を待つのみです。


2010.09.03 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2010 PROM 65
Sir Simon Rattle / Berliner Philharmoniker
1. Beethoven: Symphony No. 4 in B-flat major
2. Mahler: Symphony No. 1 in D major

 プロムス2010の目玉の一つだけあってチケットは早々にソールドアウト、満員御礼で場内はえらい盛り上がりでした。
 まず私的には、舞台上にティンパニが3組もあったのが目を引きました。ベートーヴェンは弦楽器各4プルトのコンパクトな編成で、広いステージの前の方にかためていたのですが、マーラー用の2組とは別に、もう1組のティンパニをチェロのすぐ後ろに配置。バロックティンパニを使うのならまだしも、全く同じタイプの楽器だったのが不可解でした。ひな壇から上げ下ろしがたいへんなのはわかりますが、普通はティンパニを11台も持ってツアーには出ないでしょう。ブルジョワぶりを見せつけられたような気もしました。
 比較するのもなんですが、一昨日のマーラー・ユーゲント管と比べたらさすがにベルリンフィルは大人の貫禄でした。弱音はとことん繊細に、強奏はとことん大胆に、ダイナミックレンジの幅広さと表現力の多様さが抜群に素晴らしいです。各ソロ楽器の音色も大人の艶やかさで(けっこう外すこともありますが)、さすがに世界最高峰のオケです。機会があれば何度でも聴きたいものですね。ベルリンに住まないと難しいでしょうが。なお、コンサートマスターは樫本大進さんでしたが、もう第1コンマスになったんですね。
 ラトルはベートーヴェンにしろマーラーにしろ小細工の多い人で、細部まで精巧に作り上げた人工物のような演奏でした。ある程度はオケを解放しておおらかに響かせるのが得意なヤンソンスとは対照的に見えます。もちろんクオリティに文句のつけようはないのですが、どこか突き放した覚醒感が時々漂ってきます。特に弱音のデリケートなコントロールが徹底していて、ベルリンフィルの首席に抜擢されてもう8年ですか、表現は悪いかもしれませんが、自分のオケとしてしっかり飼い慣らしてますね。3楽章冒頭のティンパニをあえてミュートさせたまま叩かせたのは、乾いた音を出したかったのでしょうが、ちょっと小細工やりすぎと思いましたが。終楽章のコーダでは、お約束のホルン奏者総立ち(多分各人の音量から言えばその必要はないんでしょうけど)はスコア通りきっちりやり、最後は大太鼓も全力で鳴らして大音圧でたたみかけました。聴衆は会場が揺れるくらいに足を踏み鳴らしてのやんややんやの大喝采。アンコールはありませんでしたが、たいへん盛り上がった一夜でした。


2010.09.01 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2010 PROM 62
Herbert Blomstedt / Gustav Mahler Jugendorchester
Christian Gerhaher (Br-2)
1. Hindemith: Symphony 'Mathis der Maler'
2. Mahler: Lieder eines fahrenden Gesellen
3. Bruckner: Symphony No. 9 in D minor

 本日は初めて正面ストールの席に座りましたが、うかつにもカメラとオペラグラスを持って行くのを忘れました。せっかく若いおねえちゃんがたくさんいたのにステージが遠くて良く見えず、残念です。
 ブロムシュテット、マーラー・ユーゲント・オケ共に生演は初めてです。26歳以下で構成される若いオケですが、厳しいオーディションを勝ち抜いた人達なので技量は十分、立派なプロオケです。弦楽器はコントラバスを除きほとんどが女性で、私の経験ではそういう場合、弦の音が繊細すぎて厚みに欠けることが多かったのですが、このオケは実に重厚な弦を響かせます。コントラバスが12人もいて人海戦術で押し切っているところもあるんでしょう。総じてパートバランスは良さげです。ただ、管楽器は木管、金管共に時々不安定になり、音色もストレートすぎて艶やかさがなく、やはり多少熟成が足りないようにも感じました。名手が揃った年の大学オケ、という感じです。一方のブロムシュテットは、御年もう83歳にもなりますが元気いっぱいで、指揮の若いこと若いこと。まだまだ現役で行けそうです。なお、ティンパニはドイツ式の逆配置(右手側が低音)でした。
 今日の席だと残響がかなり多めに聴こえて、ヒンデミットとブルックナーではそれがかえってオルガンっぽい重層的な弦の音を醸し出して良かったのですが、「さすらう若人の歌」では逆に透明感が殺がれてもやもやした感じになってしまいました。バリトンのクリスティアン・ゲアハーエア(Webで調べるとゲアハーヘル、ゲルハーヘル、ゲルハーエアなど様々なカタカナ表記がありましたが、どれが一番近いんでしょうか?)は多少上ずってたものの、軽めの美声で立派な歌唱でした。ブルックナーはオケがたいへん明るい音で健康的な演奏。2楽章スケルツォは長い残響のせいか、いまいちキレがなかったです。3楽章は厚い弦が土台を支えながらも全体では淡々とした演奏でした。しかしこの9番は未完成とは言え、この3楽章は全然途中の緩徐楽章らしくなく、長大なフィナーレ的性格が強いなあと聴いていてあらためて感じました。この後には何かを置くのは、よほどのものじゃないと厳しいでしょう。
 ブルックナーは苦手な部類ですし、「画家マティス」もどんな曲だったかすっかり忘れたくらい久々に聴きましたので、雑駁な印象のみですいません。


2010.08.14 Royal Opera House (London)
Bolshoi Opera
Dmitri Jurowski / Orchestra of the Bolshoi Theatre
Chorus of the Bolshoi Opera
Dmitri Tcherniakov (Director)
Vasily Ladyuk (Eugene Onegin), Ekaterina Shcherbachenko (Tatyana)
Oksana Volkova (Olga), Roman Shulakov (Lensky)
Irina Rubtsova (Madame Larina), Irina Udalova (Nurse)
Mikhail Kazakov (Prince Gremin), Valery Gilmanov (Zaretsky)
1. Tchaikovsky: Eugene Onegin

 今夏のボリショイ劇場引越し公演は、バレエの6演目に対して(コッペリアのみ鑑賞)オペラは「エフゲニー・オネーギン」1つでした。最終日の今日、チケットは直前までいっぱい余っていましたが最終的にはほぼソールドアウトになったようで、当日のリターンを求める人の列ができていました。
このオペラの実演は初めてです。グラインドボーン音楽祭のDVDで予習して行ったところ、全然違うので面食らいました。と言っても奇をてらったワケワカラン系演出では全くありません。大きな楕円テーブルが全3幕を通して終始ステージの中心に置かれており、物語は常にその周りで展開します。最初の2幕はずっとラーリン家の中が舞台で、休憩なしの2時間ぶっ続けで進みました。切りたくない演出家の意図もわからんではないですが、結局場面ごとに幕が下りてブツ切れになりますし、40分程度の第3幕とのバランスを考えると、あと1回休憩を入れてもよかったのでは、と思いました。パーティーのシーンではこれでもかと人が出てきて人海戦術で圧倒しますが、ハンガリー国立歌劇場もやたらと人をステージに乗せるのが得意ワザであったなあと、思い出しました。旧共産圏の傾向でしょうか。
 タチアーナを歌ったシチェルバチェンコは昨年のBBCカーディフ国際声楽コンクールで優勝した期待の新星で、顔はちょっと宍戸錠が入ってますが、スリムでチャーミングな美麗ソプラノです。ボリショイ劇場ではこの演出のプレミエを歌ったそうで、ROHのWebサイトでもこの演目の解説では唯ひとり名前が載っていました(ので、彼女が出る日を選んだわけです)。声量は普通ですが、冒頭の地味で控えめな少女から、手紙のシーンでは内に秘めた情熱を激しく表し、ふられてしまった時の茫然自失ぶり、公爵夫人となった後の余裕のセレブぶりと冷淡さ、実に多彩な表現力に感心しました。一方、相手役のオネーギンを歌ったラデュークもロシアオペラ界期待の新星だそうですが、バリトンにしては低音があまりに薄く、テノールのような軽さでした。多分こればかりは練習や経験や変わるものではないので、転向した方がいいんではないでしょうか。レンスキ役のシュラコーフは元よりテノールですが、こちらも声と演技が軽く、主役の男声陣がこぞって軽薄な味を出していましたが、演出家の意図だったのかどうか。ただし、歌手陣の歌唱は総じてハイレベルでした。ROHのように突出したスター歌手がいるわけではありませんが、バランスよく粒ぞろいでした。しかしこの演出、レンスキはカワイソすぎ…。
 指揮のディミトリ・ユロフスキはLPOの音楽監督ウラディーミルの実弟で、私は最初、お兄ちゃんがこの日の指揮者だと誤解していました。弟君はまだ30歳そこそこの超若手ですが、情感的で流麗なサウンドを引き出していました。特に弦の美しさは比類がなく、ロシアのオケにしては金管もマイルドな音にまとめていました。ただし、途中オケが鳴り過ぎて歌がかき消されてしまう箇所がいくつかあり、こればかりは若気の至りというか、オペラの経験不足なんでしょう。あと、お兄ちゃんを見習って少しダイエットした方が…。ともあれオケは非常に良かったので、コンサートホールでも一度このオケを聴いてみたいものです。
 最後にちょっと一言。ROHのオーケストラストール(平土間)席は、前に座高の高い人が座ると絶望的に視界が遮られてしまうので困ります。作りが悪いといつも思いますね。今更どうしようもないことかもしれませんが。


2010.08.10 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2010 PROM 34
Ingo Metzmacher / Deutsches Symphonie-Orchester Berlin
Leonidas Kavakos (Vn-2)
1. Schreker: Der ferne Klang - Nachtstueck
2. Korngold: Violin Concerto
3. Mahler: Symphony No. 7

 メッツマッハーは今シーズン限りでベルリン・ドイツ響の音楽監督を退任するそうで、このプロムスが最後の演奏会になるようです。それにしては、地味めのプログラムのせいか空席がけっこう目立ちました。「ロマンス」を「ノクターン」で挟み込むというこの選曲は一本芯が通っていますが、フェアウェルコンサートにしてはちょっと渋過ぎですかね。
 今回は行けなくなった別のプロムスのチケットと交換で入手したという事情もあり、妥協してクワイヤ席になったのですが、これが意外と音響が良いのに驚きました。程よい残響と自然な楽器の音が好ましく、指揮者、奏者の顔もよく見えますし、上の方のサークル席よりよっぽど良かったです。今年はもう遅いですが、来年もプロムスを聴くチャンスがもしあれば、このクワイヤ席をひいきにしたいと思いました。
 1曲目は初めて聴く曲でした。世紀末作曲家シュレーカーは世代で言うとシェーンベルクとベルクの間、あるいはラヴェルとバルトークの間に位置しますが、その誰よりもロマン的で折衷的な音楽でした。オケは音的にはちょっと田舎風というか、アカ抜けない濁りを感じましたが、メッツマッハーのタクトの下(指揮棒は使っていませんが)、全体としては禁欲的ですっきりした響きにまとめられていたと思います。
 カヴァコスを聴くのは4回め。昨年のプロムスでも聴きましたが、ますますマッチョなヴァイオリンになっている気がします。正直、女性的、というと語弊があるなら叙情的なコルンゴルトのコンチェルトでは、ヴァイオリンが雄弁すぎて微妙な感じでした。最初の2楽章は、あくまで繊細にまとめようとするメッツマッハーと噛み合ずちぐはぐな印象も受けましたが、終楽章は重点的にリハをしたのでしょうか、打って変わってスイング感に溢れたノリノリの協演になっていました。しかし、この人のテクニックはいつ聴いても凄いです。ただ、アンコールで演奏した「アルハンブラ宮殿の思い出」のヴァイオリン独奏編曲版はやりすぎというか、確かにこの曲を弾けるのはほとんどあんたしかおらんやろうけど、そこまでせんとも、もっと弾いて聴かせて楽しい曲はあるやろうに、と、かつてボリス・ベレゾフスキ(だったかな?)のピアノを聴いたときと同じ感想を思ってしまいました。
 メインのマーラーは輪郭のはっきりとしたモダンな演奏でした。現代ものが得意なだけあって音の交通整理ができている上に、ティンパニまで含めてチューニングがしっかり合わせられているので、メリハリも活きてきます。管楽器のソロが派手にコケる箇所もありましたが、まあご愛嬌。集中力を感じる好演でした。ギターとマンドリンは最初ステージに出ていなかったのでどうするんだろうと思っていたら、4楽章直前に登場、マンドリンは何と2ndヴァイオリン最後尾の奏者が持ち替えで弾いていました。ティンパニは珍しく逆配置(ドイツ式)で、終楽章冒頭のソロは本来その方が演奏しやすいはずですが、マレット同士をカチンと当ててしまい、奏者の顔が見る見る赤らんで行きましたがこれもご愛嬌です(真面目な人なんですね)。
 私に取って7番はマーラーの中でも聴く頻度の高くない曲ですが、途切れない集中力に、こちらも最後まで引き込まれてしまいました。現代ドイツの保守本流とはまさにこのようなものかと。解消するのがたいへんもったいないコンビですね。メッツマッハーさんは今後どうするんでしょうか?


2010.07.22 Royal Opera House (London)
Bolshoi Ballet
Igor Dronov / Orchestra of the Bolshoi Theatre
Marius Petipa & Enrico Cecchetti (Choreography)
Sergei Vikharev (Revival Choreography)
Natalia Osipova (Swanilda), Ruslan Skvortsov (Franz)
Gennady Yanin (Coppelius), Alexander Fedeyechev (Lord of the Manor)
1. Delibes: Coppelia

 この夏のシーズンオフ、ロイヤルオペラハウスでは4週間にわたってボリショイ劇場(バレエとオペラ)の引越し公演があります。今週開幕したばかりですが、早速コッペリアの初日を見てきました。人気は高く、ほぼ満員の入りでした。
 コッペリアはブダペストで見ているのでこれが2回目。DVDはロイヤルバレエ、キーロフ、ハンガリー国立の3種類を持っています。今回は右側Stall Circleの席だったのですが、幕が上がって早速後悔。コッペリアは舞台向かって右側の建物の2階にいるので(手持ちのDVDではどれもそうでした)、右側の席だとコッペリアが全く見えない!配役表にタイトルロールがなかったのでもしやとは思いましたが、結局それがパペットを演じるバレリーナではなく正真正銘の人形だと判別できるには2幕の終わりまで待たなくてはなりませんでした。コッペリアを見るときは右側の席を取ってはだめですね、貴重な学習をしました。
 全体としては、何と言ってもヒロインのオーシポワの魅力が炸裂していました。つま先に足の裏でも生えてるんじゃないかと思う程力強くて安定したポワント、高いジャンプ、しとやかな手先、小芝居の利く演技力、パペットの演技も完璧、美人な上に透き通るような白い肌、どれを取っても群を抜いて素晴らしかったです。相手役のスクヴォルツォフも若いわりに重厚感のある危なげない踊りでたいへん良かったのですが、第1幕後のカーテンコールでオーシポワにプイと肘鉄を食らったのが象徴するように(これはまあ小芝居ですが)、終始ヒロインの尻にしかれ花を持たせる控えめな役どころがちょっと気の毒な気がしました。
 このコッペリアは昨年プレミエの新プロダクションだそうですが、ベースはプティパ版のオーソドックスから踏み外さない全く古典的な演出で、その点安心して見れました。ただ、1幕と3幕の延々と続く踊りは途中退屈し、朝から長時間運転していた疲れもあって何度か意識を失いました。オケはブラスがロシアのオケらしく音も演奏も荒っぽいのが多少気になりましたが、ドロノフのたいへん煽情的な指揮は、小気味よくリズム感溢れる音を導いておりました。


2010.07.16 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2010 PROM 1
Jiří Bělohlávek / BBC Symphony Orchestra
BBC Symphony Chorus, Choristers of St Paul's Cathedral
Choristers of Westminster Abbey, Choristers of Westminster Cathedral
Crouch End Festival Chorus, Sydney Philharmonia Choirs
Mardi Byers (S), Twyla Robinson (S), Malin Christensson (S)
Stephanie Blythe (Ms), Kelley O'Connor (Ms), Stefan Vinke (T)
Hanno Mueller-Brachmann (Br), Tomasz Konieczny (Bs)
1. Mahler: Symphony No. 8 in E-flat major 'Symphony of a Thousand'

 今年のPROMSは生誕150年のマーラー・イヤーにちなんで「千人の交響曲」で開幕です。5月4日のチケット発売開始から2時間で完売してしまった、多分今回で一番人気の高い公演でした。当日もアリーナ、ギャラリーの立ち見席券を求めて、ラストナイトに匹敵するくらい長蛇の行列ができていました。
 本当に千人いるんかなとプログラムの名簿を数えてみたら、指揮者1、独唱8、オーケストラ115、バンダの金管14、合唱団はソプラノ126、アルト104、テナー66、バス96、少年聖歌隊61の、総勢591名でした。以前にブダペストで聴いたときも600人くらいでしたので、このくらいが最近の標準なのかもしれません。とは言っても通常の「第9」演奏会の3倍にはなりますから、その音響空間の迫力は脇の方の席でも十二分に伝わってきました。ただ、やっぱりここのホールは大きすぎます。反響版より上のCircleの席だったのでコーラスとオルガン、それにすぐ背後で鳴り響いたバンダのブラス隊の音量がやたらと大きくて(しかもあんまり上手くない)、バランスが著しく悪かったです。独唱も遠すぎる上にあさっての方向なのでよく聴こえず。それでもあれだけ聴こえていたのだから、正面だと相当熱のこもった良いソロだったのではないでしょうか。
 演奏会というよりお祭りのPROMSらしいイベントで、武道館みたいに広いこのロイヤルアルバートホールでも映える選曲かなと最初は思ったのですが、そうは問屋が下ろさず、演奏の細かいところはよくわからないというのが正直なところ。第1部は総じてきびきびと進み、第2部は一転してずいぶんとデリケートになって、そのままペースを上げずにじらしつつ、最後の最後で音量音圧大作戦を炸裂敢行!という感じかと思いました。第1部、第2部ともにエンディングでバンダが加わって盛り上げますが、ギャラリー席に置いたのでステージと距離が開き過ぎてどうしても時間差ができてしまい、いまいちキレが悪かったのが残念です。


2010.07.11 Royal Opera House (London)
Yves Abel / Orchestra of the Royal Opera House
Richard Eyre (Director)
Angela Gheorghiu (Violetta Valery), James Valenti (Alfredo Germont)
Zeljko Lucic (Giorgio Germont), Eddie Wade (Baron Douphol)
Richard Wiegold (Doctor Grenvil), Sarah Pring (Annina)
Kai Rüütel (Flora Bervoix), Changhan Lim (Marquis D'Obigny)
1. Verdi: La Traviata

 今シーズンのトリとして、ゲオルギューの「椿姫」を見てきました。久しぶりにROHでヴィオレッタを歌う彼女が出演するのは4回しかないので、それこそチケットは絶対取れないだろうと思っていたら、けっこう後まで残っていましたので意外でした(最後はさすがに4公演とも完売でしたが)。
 このリチャード・エアのプロダクションはDVDで何度も見ていますが、当たり前ですが16年の歳月を経てもほとんどそのまま同じでした。ただ、やっぱりゲオルギューは「老けたなあ」という正直な感想を禁じ得ません。29歳のころのDVDと全く同じ衣装で出てくるので見目の違いは歴然ですし、歌も、ビブラートがきつくなり歌い方がだいぶ技巧的に変わっています。もちろん、この16年間、毎年世界各地で数限りなく歌ってきただけあって、トータルではこの上なき完璧な「ヴィオレッタ」でしたが、歌い手としてもう全盛期を過ぎているのはしょうがないでしょうね。
 アルフレードのジェームス・ヴァレンティはスマートな長身で、ちょっと体育会系の朴訥な感じが役に合ってるかも、と最初は期待しましたが、歌は結局終始パッとしませんでした。見た目のわりには声の線が細く、演技も大根です。ルックスはまあ良いものを持っているとは思うんですが、ヘタクソとは言いませんが特に褒めるところも見つかりませんでした。うーむ、9月の日本公演でゲオルギューと共演するのもこの人なんですね…。
 一方その「漁父の利」でやんやの喝采をもらっていたのがジェルモン父のジェルコ・ルチッチ。来年はメトロポリタンオペラの日本公演にも参加するようです。心地良く響く低音は確かにいい声でしたが、冷静に見て、そんなに取り立てて良い歌唱だったかというと私は疑問符でした。比べてはいかんのでしょうが、どうしてもDVDのレオ・ヌッチのイメージが強くて、威厳と品格の裏に狡猾と無責任が透けて見えてしまう複雑さが全然出てない凡庸な歌だなあ、などと(たいへん失礼にも)考えてしまいます。
 第1幕、ヴィオレッタが胸に着けていた花飾りがポロリと落ちるハプニングがありました。その後でアリア「この花がしおれるころに」を歌いながらアルフレードに渡す大事な小道具ですので、百戦錬磨のゲオルギューも声こそ出しませんでしたが驚いた風で、途中でさりげなく拾おうとするものの失敗、花は逆にオケピットの方に落ちてしまい、あとはさすがというか、何事もなかったかのように花飾りなしで普通にアリアを歌いあげていました。
 今日は何か客層が微妙に違う気がしたというか、オペラが好きで見に来ていると思える人が自分の周囲にはほとんどいない感じでした。前席ではがっしりしたごつい体型のゲイのカップルが、ふらふら頭を揺らしながら時々いちゃいちゃ。邪魔や、見えへんっちゅうねん。そのさらに前席もゲイらしきカップルだったし、ここは新宿二丁目?また、後席のカップルは上演中もコソコソしゃべり、プログラムをパラパラめくり、第3幕ではなんと終始クスクス笑っている始末。舞台の上に興味がないならパブでW杯決勝戦でも見てた方が盛り上がっただろうに。オペラにツッコミを入れて笑いの種にしたいのなら自宅でDVDを見ればよろしい。そのくせ、カーテンコールでゲオルギューが出てくると立ち上がってバシバシ写真を撮りまくり。マナーの点で小学生の我が娘の足下にも及ばない、恥知らずのイギリス人をここにも見つけました。


2010.07.10 Royal Festival Hall (London)
The Baernstein Project
Marin Alsop / The Mass Orchestra
Jesse Blumberg (Celebrant)
South Bank Centre Voicelab
1. Bernstein: Mass - A theatre piece for singers, players and dancers

 没後20年を記念してSouth Bank Centreが今シーズンを通してやっていた「バーンスタイン・プロジェクト」のクライマックスとして、若いアマチュアアーティストによる「ミサ」の演奏がありました。この曲はワシントン・ケネディセンターのこけら落としとしてJFK未亡人のジャクリーンから委嘱されたものだそうで、基本はラテン語のテキストによる伝統的な「ミサ」をベースにしながらも、ミュージカル歌手陣とエレキギター、ドラム、シンセ等も加わり、聖俗入り乱れた摩訶不思議な内容になってます。なかなか上演の機会もありませんが、一度は実演に触れてみたい曲でした。
 オケは英国ナショナルユース管のメンバーを軸に、ブラジル、米国、イラクからも奏者を招待した特別編成でした。他の出演者も俳優やダンスのスクールで学ぶ若者達のようで、はっきり言うとプロのレベルには届いていない人も多かったのですが、全体として手作り感があふれる、ほのぼのとしたものでした。舞台の中央部にステージを設け、演奏者はそれを取り囲むように配置されています。ステージ背後の4枚のスクリーンではJFK(ケネディ大統領)、MLK(キング牧師)、ベトナム戦争などのイメージスライドショーが演出に応じて上映されていました。歌手陣はバリトンの司祭役を筆頭に、皆さん基本的にミュージカル畑です。ダンサー(といっても踊りらしいものはなくパントマイム風)、マーチングバンド、客を装ったサクラのコーラス(年配のおじちゃんおばちゃん達なので)も登場し、人海戦術でステージ上のみならず客席までも巻き込んだ、最後のスタッフの退場まで計算された、壮大な演出でした。
 指揮はこのバーンスタインプロジェクトの芸術監督でもあるマリン・オールソップです。彼女のCDを持っていますが、生で見るのは初めて。しかし、この曲は指揮者としての力量とかテイストを推し量るにはあまりに変化球過ぎますので、評価は次回に取っておきます。
 この曲、クラシック側からミサ曲として見ると破天荒ですが、シアターピースとして見れば音楽的に斬新なところはあまりなく、あえて言うと冗長で退屈な部分も多い問題作です。それを差し引いても、滅多に見れる演目ではないですし、半分アマチュアのような人々による熱意あふれるステージは一見の価値ある迫力でした。ただ一つ苦言があるとしたら、出演者は白人、黒人、ヒスパニック系オンリーで、アジア系は皆無だったこと。無作為に出演者を募れば、人口比から言っても必ずある割合でアジア人が入ってくるはずなので、ここでは意図的に排除されていると思いました。これはカトリックのミサ曲なので、神の救済にアジア人は「かやの外」のようです…。


2010.07.06 Royal Opera House (London)
Hartmut Haenchen / Orchestra of the Royal Opera House
David McVicar (Director)
Angela Denoke (Salome), Johan Reuter (Jokanaan)
Gerhard Siegel (Herod), Irina Mishura (Herodias), Andrew Staples (Narraboth)
1. R. Strauss: Salome

 マクヴィカーの衝撃的な血みどろ演出が評判の「サロメ」、今回はアンゲラ・デノケをタイトルロールに迎えての5回ぽっきりの再演(初演は2008年)です。これがまた、めちゃめちゃリアルな生首から鮮血がポタポタ滴り落ちるわ、素っ裸の処刑人も全身血まみれになるわ、噂に違わず陰惨極まりない演出で、とても子供には見せられませんが、インパクトは確かにかなりのものでした。
 舞台は古代イスラエルではなく20世紀の戦時中くらいに置き換えられています。地下室のシャビーなトイレとおぼしき部屋の上階ではパーティーが開かれていますが、客席からはテーブル、イスと人々の下半身しか見えません。地下室の向かって右側に上階から下りてくる階段、左隅には大きなマンホールのようなメッシュの蓋があり、その下に予言者ヨカナーンが幽閉されていて、銃を持った兵士と刀を握った処刑人が監視しています。ジャマイカ人っぽい掃除夫や東欧系メイド(最初は全裸)もいます。物語の異常さを体現しているとも言えますが、演出家のコンセプトは正直よくわかりませんでした。
 デノケはどうも本調子ではないようで、ハイトーンが出切っていなくて苦しそうな箇所が何度もありましたが、狂気の演技は鬼気迫るものがありました。ヨカナーンのロイターはどっしりした低音に迫力があり、ヘロデ王(といってもタキシードのハゲオヤジでしたが)のジーゲルも抜群の歌唱力でした。ロイヤルオペラで主要な役を得る歌手は、皆さん本当に声量があり、このやかましいオケでも埋もれることなくしっかり張り合っていました。サロメは血まみれの衣装のままではさすがに見た目が不快なので、カーテンコールでは血の付く前の白いドレスに速攻で着替えていました。
 なお、天井桟敷のAmphitheatreに今回初めて座りましたが、思ったよりもステージがよく見えたのはよかったものの、ここはイスが狭い。両隣りに幅の大きい人が来ると暑苦しくてたいへんです。サロメならまだ我慢できますが、もっと長いオペラはちょっと勘弁、と思いました。


2010.07.04 Royal Opera House (London)
Antonio Pappano / Orchestra of the Royal Opera House
Laurent Pelly (Director)
Anna Netrebko (Manon), Vittorio Grigolo (Chevalier des Grieux)
Russell Braun (Lescaut), Christof Fischesser (Comte des Grieux)
Guy de Mey (Guillot de Morfontaine), William Shimell (De Bretigny)
1. Massenet: Manon

 ロイヤルオペラはようやく2回目です。今日のような超人気歌手の出演するオペラは、オペラ座のフレンド(会員)にならない限りまずチケットは取れないものと思っていましたが、意外とあっさり取れました。
 本日のマスネ「マノン」はロラン・ペリー演出のニュー・プロダクションですが、早速この9月の日本ツアーに持っていくことになっています。指揮を取る音楽監督パッパーノ、タイトルロールのネトレプコを始め、今日の出演者は騎士デグリュー役のグリゴーロを除き、日本公演とほぼ同一メンバーのようです。
 方々のブログで評判は聞いていましたが、まさにその通り、とにかく主役の2人の声の力が素晴らしかったです。ネトレプコを生で見る(聴く)のは初めてでしたが、すっかり「ママさん体型」になってしまったとは言え、美麗オペラスターのオーラは十分健在と感じました。クリアな美声と圧巻の声量を兼ね備えた、やはり希有なソプラノだと体感しました。グリゴーロは少々軽めながらよく通る張りのあるテナーで、若い情熱ゆえにマノンに翻弄され人生を踏み外していく役所にたいへんマッチしていました。声量はネトレプコとタメを張るほど豊かで、演技力にも優れ、その上イケメンときてますから、まさに無敵です。カーテンコールではネトレプコ以上の大歓声をもらって、たいへんご満悦の様子でした。今回がロイヤルオペラ初出演だそうですから、次回は熾烈なチケット争奪戦になることでしょう。
 今日はパッパーノ監督の棒のせいか、オケも軽重緩急を幅広く取りメリハリの利いた熱演で、優れた歌い手と相まって、この無茶無理矢理なストーリーに強引な説得力を与えていました。演出は至ってオーソドックスな印象でしたが、舞台装置はシンボリックというわけでもないのに極めてシンプルで、舞台を狭く見せるか寒々と見せるかの効果しかなかったように思いました。歌と演奏の音楽の力で押し切り勝利したという感じです。
 いつものごとく小学生の娘も連れて行きましたが、目に毒な場面は意外となかったとは言え、第3幕エンディングで神父になっていたデグリューがマノンの誘惑に負け、思わず服を脱ぎ捨て挑みかかる場面は(これがまた、我慢の一線を超えた必至の演技があまりに真に迫っていて)、さすがに妻が娘の目隠しをしていました。


2010.06.20 Barbican Hall (London)
Peter Eotvos / London Symphony Orchestra
Maurizio Pollini (P-3)
1. Bach (arr Webern): Fugue in Six Voices
2. Helmut Lachenmann: Double (Grido II)
3. Brahms: Piano Concerto No. 1

 ハンガリーの作曲家エトヴェシュが指揮を取る現代音楽中心という渋いプログラムながらほぼ満員の入りだったのは、ひとえにポリーニ効果でしょう。トーマス・アデス中心のプログラムだった6/6と比較して、著名なコチシュと言えども(この人もハンガリー人ですが)ポリーニと比べたら集客力には雲泥の開きがあったということのようです。エトヴェシュの指揮を聴くのはこれで3回目ですが、自分の曲と20世紀以降の音楽しかやらない人だと思っていたので、ブラームスは初の19世紀もので意外な選曲でした。
 ラッヘンマンの名前は「マッチ売りの少女」をオペラ化した人としてかろうじて記憶に残っていた程度で、その作曲を聴くのは今日が初めて。「ダブル」は3部のヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの48人から成る弦楽合奏による25分くらいの曲で、いわゆる典型的な「現代音楽」のイメージです。各弦楽器はこれでもかというくらい特殊奏法を駆使し、キーキーした落ち着かない音がが全編に渡って鳴り響きます。LSOはもちろん、イギリスのオケがラッヘンマンを取り上げることは今までなかったそうですが(BBC響は除く)、それだけにオケメンバーの真剣さはよく伝わってきて、聴衆は息を飲んで見守るしかありませんでした。
 メインのブラームス。ポリーニを生で見るのは初めてでしたが、猫背でいかにも老いた感じは否めませんでした。ピアノはもちろんくずれることなくたいへん上手なのですが、アタックが弱くて覇気に欠け、終始淡々とした感じでした。これはこれで円熟の渋みなのかもしれませんが、圧倒的なテクニックで鋭く攻めるポリーニのイメージとはずいぶん違いました。オケもいたってクールで、ノンビブラートに近い奏法で旋律に「歌」がなく、さらさらとしたピアノも相まってスケールが広がらない感は否めません。エトヴェシュだったら、それこそバルトークでもやってくれたらお互いの「クールさ」が生きたかもしれないのになあ、と思って残念でした。


2010.06.13 Barbican Hall (London)
LSO Discovery Family Concert: The Mighty and the Mischievous
Fabien Gabel / London Symphony Orchestra
Paul Rissmann (Presenter)
1. John Williams: Olympic Fanfare and Theme
2. Mozart: Overture to 'The Marriage of Figaro'
3. Saint-Saens: Danse Macabre
4. Villa-Lobos: Bachianas Brasileiras No. 2 - IV. The Little Train of the Brazilian Countryman
5. Prokofiev: Lieutenant Kije Suite
6. Traditional American song: Oh When the Saints Go Marching In (participation piece)
7. Khachaturian: Sabre Dance
8. Holst: Jupiter from 'The Planets'
9. Danny Elfman: The Simpsons - Main title theme

 2度目のLSOファミリーコンサートです。今回のテーマはThe Mighty and The Mischievous、訳すれば「ヒーローと悪役」でしょうか、けっこう何でもアリの雑多な選曲でした。
 サン=サーンス「死の舞踏」ではスクリーンに踊るガイコツのCGアニメが写り、笑いを取っていました。キージェ中尉は紙芝居的にストーリーを追いながら組曲の第5曲を除きほぼ全曲を演奏していましたが、英語のわからない子供にはちょっとつらく、冗長でした。「木星」は何と第2主題の中間部をまるまるカット。そこを飛ばすならこの曲を演奏する意味ないのでは?子供向けコンサートなら、なおさらです。


2010.06.06 Barbican Hall (London)
Thomas Ades / London Symphony Orchestra
Zoltan Kocsis (P-2), Barbara Hannigan (S)
1. Ades: ... but all shall be well
2. Bartok: Piano Concerto No. 1
3. Ades: These Premises are Alarmed
4. Gerald Barry: La Plus Forte, an opera in one act (UK premiere)
5. Ades: Dances from Powder Her Face

 トーマス・アデスはロンドン出身、39歳の若き作曲家、兼ピアニスト、兼指揮者で、今年のClassical Britsでは"Composer of the Year"を獲得、今一番勢いに乗っている時期かもしれません。しかしこのチケットはまだロンドンに来る前、バービカンではどの席がどうなのかをあまり把握しないままに取ったものだった上に、この日はA-D列の客席をつぶしてステージを相当広めにとってあり、指揮者がよく見えない真横から見る形になってしまいちょっと残念でした。なお、ストールはほぼ埋まっていましたが、さすがにこのプログラムでは一般ウケしないと見えて、上階の方はがらがらの様子でした。
 1曲目、邦題は「されど全てはよしとなり」というらしい1993年のアデスの初期作品。初めて聴くアデスは、おだやかで調性的な旋律に終始した聴きやすい曲でした。頭が痛くなるような「現代音楽」では全くなく、エンターテイメント色が強く感じられるものだったので面白かったです。
 2曲目は超久しぶり、コチシュ・ゾルターンの独奏によるバルトークのピアノ協奏曲1番、もちろん本日の最大の目当てはこれです。バルトークの1番はコチシュの指揮では過去に2度聴いています(2度共ピアノはラーンキ)。そのときはティンパニ以外の打楽器奏者を指揮者の眼下に並べて、パーカッシブなピアノと打楽器の一体感を演出していました。今日は指揮者、ソリストどちらのアイデアかは知りませんが、舞台最前列、ピアノに向かって右にティンパニ、左にその他の打楽器群を配置した(つまり打楽器全員が前に出てきて、舞台奥の“定位置”には奏者が誰もいない)もので、まさにピアノも含めた打楽器協奏曲の様相を呈していました。配置が変わったおかげで指揮者はよく見えるようになった代わりにピアノが打楽器の影で全く見えなくなり、再びがっかりです。
 コチシュはハンガリー国立フィルの音楽監督になって以降はピアニストとしての活動が激減していますが、若いころのCDで聴かれるような即物的演奏は全く健在で、機械のように指がよく回ること回ること。アデスの指揮につき合ってか、時々リタルダンドを大げさに取ったり、また、音の切れ味が多少丸くなった気もしましたが、早いパッセージも高速で駆け抜け全く崩れないタフなピアノでした。指揮活動に軸足を置くのは本当にもったいないと感じました。一方のアデスは自作のときよりもノリノリで小躍りしながら指揮をしていて、血沸き肉踊る思いをしながらこの曲を聴いて育ったのだろうな、と想像できました。
 休憩時間、演奏を終えたばかりのコチシュがラフな格好に着替え、チケットをもってストールに一人で佇んでいたのを発見。誰も声をかけないので、ロンドンの人はえらいクールだなと思っていたら、関係者らしき人を見つけて席に着き、一件落着。
 3曲目は再びアデスの大管弦楽のための小曲「These Premises are Alarmed」。1996年、新しいコンサートホールのオープニングに寄せて作曲されたそうで、タイトルは「建物警戒中」とでも訳すんでしょうか。打楽器群ががちゃがちゃ活躍する、物々しい雰囲気の曲でした。
 4曲目、バリーの20分程の 1幕オペラはさらに懐古主義的で、バロックにまで回帰したような箇所までありました。内容は、字幕の流れが速くて途中ついていけなくなりましたが、あとで調べたところによるとストリンドベリの心理劇「強者」が原作で、夫の元愛人に対して一方的にしゃべりたおし罵倒する妻が、元愛人に対する夫の愛情の残り香にふと気付き、憎しみが再燃するという、何ともいたたまれない話でした。ソプラノのハンニガンはこの曲の初演者で、オペラ歌手としては破格に細いウエストの華奢な身体つきでした。ひたすらしゃべり(歌い)まくる役どころの彼女なしでは成立しない演奏で、最後は作曲者まで登場し拍手喝采をあびていました。
 最後の「Powder Her Face」からのダンスは、アデスの出世作であろう1995年の室内オペラから大管弦楽用に2007年に編曲したピースで、Jazzyな雰囲気で始まりグロテスクに盛り上がっていく、ちょっとラ・ヴァルスっぽい曲でした。ドラムセットもありましたが特に活躍しませんでした。
 アデスもバリーも作品はエンターテイメント志向で、手法優先の現代音楽には背を向けています。こうやって並べて聴くと、バルトークが一番前衛っぽく響くのが面白いところです。


2010.05.22 Royal Festival Hall (London)
Christoph Eschenbach / London Philharmonic Orchestra
Christian Tetzlaff (Vn-2)
1. Debussy: Iberia (Images, No. 2)
2. Lalo: Symphonie espagnole
3. R. Strauss: Don Juan
4. Ravel: Bolero

 エッシェンバッハはピアニストのイメージが強くて、ピアニストで名を馳せた人の指揮者転向をあまり信用してないので、「指揮者エッシェンバッハ」を今までまともに聴いたことがなかったかもしれません。どこかで以前読んだ話では、本人としては最初から指揮者がやりたくて、ピアニストはそのための手段にすぎなかった、とのことですが。風貌はもうすっかりスキンヘッドの鬼軍曹で、若いころとは決定的にイメージが変わっています。
 さて今日はスペイン風で固めた選曲。スペインの作曲家が一人もいないのがミソなので、あくまでスペイン「風」なのです。1曲目「イベリア」は小手調べの感じで淡々と終わりました。オケは集中力が高く、特に木管ががんばっていました。
 スペイン交響曲はテツラフワールドでした。この人の上手さは半端ないですね。たっぷりとしたアゴーギグやら、高速パッセージの正確無比さやら、グリッサンドで一瞬一瞬の音程の妥当さと音の処理の丁寧さなど、細部にわたって非の打ち所のない、私には全くスキの見当たらない、パーフェクトとしか言いようがない演奏でした。スペイン風メロディのエキゾチックな味付けなども、歌いっぷりが完璧に計算し尽くされています。これこそが、お金の取れるプロ中のプロの仕事でしょう。アンコールをやってくれなかったのが残念でした。
 ドン・ファンは気合いの演奏でした。エッシェンバッハは細かく振り込んでこまめにテンポを揺らしてきます。そのアブナイ風貌と威圧感のある眼力は、オケをリードするのに十二分に役立っていることでしょう。パウゼも大げさに長く取り、劇的で密度の濃い仕上がりでした。ホルンを始めとして管楽器は破綻せずによく鳴り、弦も野太く、完成度の高いドン・ファンでした。
 最後の「ボレロ」、指揮者の目の前に座らされた女性小太鼓奏者が早めのテンポで、たいへん抑制の利いた最弱音から開始します。エッシェンバッハ、今度は全く指揮しません。直立不動のまま目線だけをソロ奏者にやり、リードするというより暴走しないようにらみをきかせている、という感じです。むろん、ぶっつけでこんなことをやっているはずはなく、綿密にリハをやった上での本番用パフォーマンスでしょう。各ソロがどれも素晴らしく、最も鬼門と言われるトロンボーンもナイスプレイでした。終盤の転調になってもエッシェンバッハ、まだ指揮しませんがようやく手足をカクッカクッと動かし始め、最後の最後で指揮棒を振り下ろし、エンド。音量の上げ方もバッチリ決まりました。正直言って、それほど名手揃いとは思えないロンドンフィルがここまでやるとは期待してなかったので、たいへん満足しました。やはりトロンボーンの人が最大の喝采を浴びていました。こちらもアンコールはなし。
 終演後、まだほのかに明るい空を見上げて、学生時代初めてロンドンに来たときも、ここフェスティバルホールでデュトワ/モントリオール響の演奏会を聴いて、終演後もまだ夕日が沈まず「サマータイム恐るべし」と驚いたのを思い出しました。夏到来ですね。


2010.05.20 Royal Festival Hall (London)
Kirill Karabits / The Pilharmonia Orchestra
Gil Shaham (Vn-2)
1. Bernstein: Overture, Candide
2. Barber: Violin Concerto
3. Prokofiev: Romeo and Juliet, Suite
 3-1) Montagues and Capulets (Suite #2-1)
 3-2) Juliet the Young Girl (Suite #2-2)
 3-3) Masks (Suite #1-5)
 3-4) Romeo and Juliet (Balcony Scene) (Suite #1-6)
 3-5) Death of Tybalt (Suite #1-7)
 3-6) Frair Laurence (Suite #2-3)
 3-7) Dance (Suite #2-4)
 3-8) Romeo at Juliet's Grave (Suite #2-7)

 若手を代表する人気ヴァイオリニスト、ギル・シャハムと、さらに若い世代のウクライナ人指揮者、キリル・カラボワツを迎えての名曲プログラムです。まず1曲めの「キャンディード」序曲、カラボワツは指揮棒なしで快速にぶっ飛ばします。33歳という「ハーディング世代」ですが、遠慮がちなところがなく強引にオケを引っ張って行き、これは期待が持てます。オケはよく鳴っていましたが、木管がちょっとキーキー濁ってました。
 ギル・シャハムは生演初めてでしたが、くたびれたサラリーマンのような冴えない風貌が意外でした。失礼ながら、39歳にしてはずいぶんとおっさんくさい。先入観に邪魔されたわけではないでしょうが、バーバーの1楽章、どうにも冴えません。よく聴くと最初からオケとピッチがずれてしまっていて、もちろん何とか修正しつつ弾いていたのでしょうがそれで済む範囲を超えていたようで、微妙に音痴感が漂う演奏になってしまい、何とも覇気に欠けました。1楽章が終わると聴衆に一礼、拍手が起こったのでもしやこれで引っ込むのでは、と危惧しましたが、手短にチューニングを直し、気を取り直して2楽章へ。打って変わって、ヴァイオリンが歌う歌う。1楽章の分を取り戻すかのように完璧な演奏でした。3楽章の全編高速パッセージも難なく走り抜け、やはりさすが若手のエースです。返す返すも1楽章がもったいない。叙情的でたいへん美しい曲なのに、万全の状態を聴きたかったです。最初、シャハムはステージでチューニングの確認をしませんでしたが、そういうポリシーの人(チューニングはお客に聴かせるものではない)も多いのはわかりますが、こういうことがあると良し悪しですねえ。
 メインの「ロメジュリ」は組曲からの抜粋で、一部前後はしますが概ねストーリー順に並べ替えています。ロイヤルバレエのDVD(アレッサンドラ・フェリの奇跡のような踊り!)をこのところ妻が毎日のように見ているのでバレエ付き全曲版に聴き慣れてしまい、演奏会用組曲は非常にテンポが速く感じてしまいます。特に「ティボルトの死」は親の敵のように情け容赦ない高速演奏、しかもオケはちゃんと着いていってるからすごい。ティンパニもいつものごとく味わい深い音を叩き出していて良かったです。なお、パンフに載っていたのは実際の選曲と少し違いましたが、こちらが正解です。
 カラボワツはオケに合わせず、引きずられず、一貫して自分のやりたいことを押し通しているように見えましたが、まだ若いのでそれでよいと思います。キャリア的には同世代のハーディングやネルソンスにはまだ見劣りがしますが、今シーズンよりボーンマス響の首席になったとのこと、是非遠慮せず意欲的なプログラムをガンガンとやって欲しいですね。


2010.05.13 Barbican Hall (London)
Valery Gergiev / London Symphony Orchestra
Sergei Babayan (P-1), Joanna MacGregor (P-2), Cynthia Millar (Ondes Martenot-2)
1. Lutoslawski: Piano Concerto
2. Messiaen: Turangalila-Symphonie

 元々翌週5/20のチケットを持っていたのですがダブルブッキングとなり、ボックスオフィスで5/13のと交換してくれるか聞いたら、手数料なしで快く換えてくれました。LSOはいつも良いサービスです。ROHやSouthbankも少しは見習って欲しいものだ。
 この日はルトスワフスキのピアノ協奏曲とメシアンのトゥーランガリーラ交響曲という、20世紀を生き抜いた代表的「現代音楽」作曲家の「ロマンチックな」代表作を並べた硬派なプログラムです。さすがに平日にこの選曲なのでCircle(日本で言う2階席)はガラガラでした。かく言う私も、ルトスワフスキは初めて聴く曲だし、著名なトゥーランガリーラだって普段ほとんど聴かないので、けっこうハードでした。
 1曲目、これは無調を装った調性音楽だなと思いながら心地よく聴いているといつの間にか睡魔に飲み込まれ、気がつけば音楽はもう終盤で、終わるなりフライングブラヴォーが飛んでいました。ピアノは音が立ってテクニックのしっかりした人だなと思いましたが、すいません、正直よくわかりませんでした。
 メインのトゥーランガリーラ交響曲、こちらはもはや無調を装いもしない調性のはっきりした部分が大半になってきますが、まずはLSOの機動力に脱帽です。この客入りでも気合い十分、なかなかミスりません(笑)。次週も同じ曲をやりますし、おそらく自主制作盤用にレコーディングをしてるんでしょうか。後半はさすがにいくぶんテンションが下がっていましたが、5/20には修正してよりいっそう完璧になるでしょう。
 ジョアンナ・マクレガーは知らなかったのですがジャズもやるクロスオーバーの人のようで、ただし風貌のわりにはピアノはパンチが足りなく、端正で華奢な印象でした。グリモーとかランランとかブロンフマンとか、現役バリバリのクラシックピアニストはもっとアヴァンギャルドにガンガン叩いてますよね。もちろんこの曲だけでは何にもわかりませんが、バッハ、モーツァルトおよび近現代曲という偏ったレパートリーながらも軸足はあくまでクラシックピアノに置いているようで、キャラクター的にはもっと道を踏み外した方が面白いのにと思いました。
 一方の独奏楽器オンド・マルトノは、電子楽器ではありますがホールで生で聴くのはやっぱりCDとは違います。楽器や奏者によってどのくらい音が変わるのかよく知らないのですが、先日聴いたヴァレーズではあくまで隠し味的役割だったのに対し、今日は主役の一つなので十分その世界を堪能できました。打楽器的アクセントで効果的な「ちゅーん」という宇宙音と(その音だけ聴くと今やあまりに使い古されていて間抜けですが)、木管にしっくり溶け込んでいたオルガンっぽい素朴な音の対比が面白かったです。
 ゲストコンミスは今日もチャーミングなSarah Nemtanuさんでした。そう言えば、ロンドンに来てLSOの定演を聴くのはすでに8つ目ですが、首席のゲルギエフは今日が初めてです。今シーズン聴きに行く予定はこれだけなんですわ。どうもあのうさんくさい風貌は苦手な先入観を持ってしまいますが、指揮棒の代わりに巧みに指をペラペラさせながら繊細な音楽も作れる人ですね。来シーズンはもっといろいろと聴きに行きたいです。


2010.05.06 Barbican Hall (London)
Colin Davis / London Symphony Orchestra
Mitsuko Uchida (P-2)
1. Haydn: Symphony No. 97
2. Mozart: Piano Concerto No. 17, K453
3. Nielsen: Symphony No. 4 'Inextinguishable'

 今日はソリストが内田光子さんだったので普段より多くの日本人が聴きに来ていたと思いますが、さらには隣りのバービカン・シアターでは蜷川幸雄カンパニー「ムサシ」(藤原竜也、勝地涼主演)のロンドン公演をやっていたので、ロビーやトイレはまさに日本人で溢れかえっておりました。
 コンマスは多分初めて見る若くてチャーミングな女性だったのがまず意表をつかれました。メンバー表でSarah Nemtanuと名前を確認、LSOの団員名簿にはないのでゲストコンミスなのでしょう。後で調べたら、本業はフランス国立管のコンミスのようです。
 1曲目のハイドン、サー・デイヴィスの棒は頭出しがピタっと決まりません。ピリオドなんか何のその、人数を減らしても重厚になってしまうLSOの弦の響きに対してやけに軽いティンパニの音が浮いていました。2楽章冒頭で派手な音違いがあったかと思えば、私の席からはよく見えなかったのですが、コンミスが途中で弦を切ったのか、楽器を代えたりして、ちょっとハラハラして見てしまいましたが、指揮者もコンミスも動じることなく淡々と進んでいました。緩急強弱のくっきりとしたどちらかというと一昔前風の演奏に感じ、のっけから少々腹にもたれました。
 2曲目のモーツァルト、内田光子さんは相変わらずピアノの出番のない箇所でも「顔芸」で演奏に参加し、曲に入り込んでています。本当にモーツァルトの音楽を愛して止まないんでしょうねえ。今日は17番という軽めで時々メランコリックな選曲だったので、コロコロと粒立って快調な1、3楽章、しっとり表情付けした2楽章のコントラストが冴えていました。「私が!私が!」という傲慢な自己主張はまるでなく、ピアノがオケの伴奏に回る箇所ではきっちり楽器のソロを立て、あくまで全体を見通した品位のある演奏。以前に聴いたときほどではありませんでしたが、やはり時々「おや」と振り向かせるタメを作って、それが個性的たらしめています。ロンドンを本拠地にしているだけあって日本人以外の地元ファンも多く、スタンディングオヴェーションで讃えられていました。
 メインのニールセン「不滅」は冒頭、倍速早送りのような超高速で始まり、ティンパニが飛び出してほとんど事故寸前だったので腰を抜かしました。2楽章、3楽章と進んでも早送りボタンから指は離れず、デイヴィスの棒でこのままフィナーレに突入するとたいへんなことになるのでは、と危惧しましたが、そこはさすがにLSO、振り落とされることなくかっちりフォローしていました。最後はオケを思いっきり解放し、ボウイングも乱れながら雪崩れ込むように終わりました。好みかと言われると「?」ですが、オケは総じてよく鳴っており、スケールの大きい演奏ではありました。とは言え、これはちょっと飛ばし過ぎでは?通しで30分くらいで駆け抜けていたでしょうか。これが昨今の流行なのか、はたまたスコアの新解釈でも出てきたんでしょうかね。なお、終演後の拍手でデイヴィスは奏者をいちいち立たせたりしませんでしたが、「不滅」をやる時だけは、普段立たせてもらうことの少ないティンパニ奏者を是非立たせてあげて欲しかったと思いました。
 それにしても、デイヴィスが振るとLSOの音も、例えばハーディングが振るときなどとはガラっと印象が変わりますね。普段の機能的、合理的、硬質なサウンドよりも、まるでチェコフィルのように適度に荒れた素朴さが醸し出されるので面白いです。


2010.04.27 Symphony Hall (Birmingham)
Andris Nelsons / City of Birmingham Symphony Orchestra
Ilya Gringolts (Vn-1)
1. Bartok: Violin Concerto No. 2
2. Shostakovich: Symphony No. 4

 出張のついでに、初めてCBSOを聴いてきました。元々はF. P. ツィンマーマンがソリストの予定で、昨年ミュンヘンで聴いた際に「次はバルトークを聴いてみたい」と書いていたら本当にそんな機会がやってきたので喜んだのもつかの間、体調不良とのことでキャンセルになり、ソリストはイリヤ・グリンゴルツに変更になっていました。例のアイスランド火山噴火の影響をさておいても、最近この手の話を聞くことがやたら多く、指揮者のネルソンスからして、マリス・ヤンソンスの代打として5月3日からウィーン国立歌劇場で「カルメン」を振ることになっています。また私自身も、先の日曜日にプレヴィン指揮LSOで「アルプス交響曲」を聴きに行く予定が、指揮者がフランソワ=グザヴィエ・ロトに、曲目が「新世界」に変更になってしまったため、これはさすがにチケットをリターンしました。せめて演目は変えないでいてくれたら聴きに行ったのですが。
 さて長い前置きはさておき、バーミンガムは初めてなので、もちろんホールも初めて。建てられてもう20年にもなるそうですが、最近できたホールと誤解したくらい奇麗なところでした。大事にピカピカに磨かれた市民のためのホール、と言った印象です。
 以前ブダペストでグリンゴルツを聴いたときはか細くて透き通った音色の、非常に女性的なヴァイオリンという感想を持ちましたが、今日のバルトークでは意外とゴリゴリ荒い低音を響かせ、印象がだいぶ違いました。高音のグリッサンドの抜き方などはさすがに上手かったですが、急にピンチヒッターとして立ったせいか多少ぎこちなさを感じ、奏者がまだこの曲を完全に自分のものにし切っていないようにも見えました。伴奏のオケはこの曲の舞踏性や民謡性を強調した演奏で、意外とここまでやる人がいないので、かえって新鮮でした。
 しかし、終了間際に事件発生。私の斜め後ろに座っていた老人が突然バサっとパンフを落としたので振り向くと、のけ反って空をつかむように右手を伸ばし、小さくうめき声を発しています。顔はすっかり血の気が引き、どうも何か発作を起こした様子。しかし意識をなくしたり倒れ込んだりしているわけではないし、あと1分ほどで演奏は終わるので、周囲の人も演奏の妨げをしてでも何かすべきかどうか迷っているうちに曲は終わり、会場係の人達がすぐに飛んできて老人に気分を伺い、ともかくホールの外に抱え出しました。びっくりしましたが、おかげで初稿版のコーダを採用したはずの最後の方はじっくり聴くことができませんでした。何かトランペットが盛大に外していたような記憶が…。聴衆は暖かく拍手喝采でこの代打のソリストを讃えていました。
 メインのショスタコーヴィチ4番は超有名な5番の一つ前の交響曲ですが、作曲者自身が25年間封印していた曰く付きの曲で、実演を聴ける機会はなかなか貴重です。演奏前に指揮者がマイクを取り、作曲当時の背景を解説していました。もうのっけから鋭い爆音が響き渡り、これでもかとオケを鳴らします。どちらかというと奏者の年齢層が高めで、ロンドンと比べたら名手ぞろいでもなさそうなこのオケからここまでの音圧を引き出すとは、全く非凡な統率力です。指揮者が言っていたようにソ連の重工業を模したようなとてつもない重量感を感じました。一方で抑えるところはとことん抑え、ダイナミックレンジが広い劇的な演奏です。終楽章は重くなり過ぎでさすがに胃もたれしましたが、最後の一音まで奏者も聴衆も緊張感が持続し、あとは割れんばかりの拍手でした。
 CBSOは何より弦が分厚くて良いですね。木管はちょっと雑、ブラスも馬力はあるが時々危うくなります。ネルソンスはヤンソンスジュニアのような顔と髪型、振り方も多少猫背ですが師匠によく似ています。何より、この若さでこれだけ劇的でスケールの大きい音楽が作れるのはたいした才能です。来週のカルメンもきっと成功することでしょう。ただ、ヤンソンスと芸風がカブったままだと多分負けてしまうので、いかにして独自の個性を打出して行くか、今後に注目です。
 なお、先ほど発作を起こした老人は結局救急車の世話にはならずに医務室でしばらく休んでいたようで、全ての終演後外に出ると、ロビーの椅子に座っていて顔色も普通に戻っていました。無事で何よりです。その人はメインを聴く前に外に出て、結果的に良かったと思います。体調が悪いときにあんな不協和音の大音響を聴いたら、もっとひどいことになっていたかもしれません。


2010.04.23 Royal Opera House (London)
The Royal Ballet
Pavel Sorokin / Orchestra of the Royal Opera House
Frederick Ashton (Choreography)
Miyako Yoshida (Cinderella), Steven McRae (Prince)
Luke Heydon, Wayne Sleep (Step Sisters)
Laura Morera (Fairy Godmother), Paul Kay (Jester)
1. Prokofiev: Cinderella

 今シーズン限りでロイヤルバレエを退団するプリンシパル・ゲストアーティストの吉田都さんは、この日がロイヤルオペラハウスで踊る最終日とのことで、普段より相当多くの日本人が見に来ていました。休憩時間にトイレに行ったあと、女性用トイレの前にできていた長蛇の列を横切ると、これがみごとに日本人ばかりで、ちょっとたじろぎました。
 吉田都さんを見るのは初めてですが、誤解を恐れず正直に言うと、西洋文化の極みであるバレエのダンサーにしてはお顔の造作は純和風というか、吉本の芸人みたいな愛嬌系のお面。しかしながら踊りは、身のこなしの軽やかさ、一つ一つのしぐさや立ち姿の美しさ、ポアントの安定感など、確かに噂通り、私が今まで見たバレエダンサーの中でもずば抜けてすごい人でした。妖精の魔法使いの人もプリンシパルでしたが、都さんと比べたらブレがあり、立ち姿も固い感じを受けました。私より年上の今年45歳ということで、もう体力的には相当きつくなったのかもしれませんが、技術的には本当にピークでスパっとお辞めになるんですね。初めて見るのが最後の舞台とは、非常に残念です。
 このアシュトン版の「シンデレラ」は、予習のために見たボリショイバレエのとはずいぶん内容が違っていましたが、こちらの方が夢があってずっと良いです。ただ一点、いじわるなお姉さんは男がやるコミカル色の強い役になっていて、しかもあんまりイジワルじゃないし、もっとイジワルなはずの継母は登場もしなかったのが、シンデレラのストーリー展開としては少々不満に感じました。
 マクレー様(妻は最近人目もはばからずそう呼んでいます)はソロでは相変わらずしなやかでダイナミックな演技でしたが、今日は都さんを立てるあまり、ちょっと遠慮して引き気味になっているような印象を受けました。なお、オケの方は金管がロシアのオケみたいに終始ブカブカした音で、ミスもあり、ちょっとイマイチでした。まあ曲が曲だから仕方ないかもしれませんが、せっかくの晴れ舞台、もうちょっと何とかがんばったらんかい、と思いました。
 カーテンコールの際、いつまでも止まりそうにない上階からのフラワーシャワーが感動的でした。場内が明るくなってからもまだ拍手で呼び出されていました。お疲れさまです。ところで、最近演奏会に行くと、ブログに載せるためでしょうか、カーテンコールや演奏後の拍手で写真を撮っている人がずいぶんと増えたと感じますが、この日は特にすごく、あちこちでおびただしい数の液晶画面が光っておりました。開演前にはビデオを撮っている人までいたし(これはさすがに、普通は怒られるでしょう)。まあ気持ちはわかりますし、私もそういったブログをよく拝見させてもらってます。私のデジカメは屋内撮影にからっきし弱いので、皆さんよくあんなしっかりした写真が撮れるものだと、いつも感心します。


2010.04.18 Royal Festival Hall (London)
Varese 360° (3)
Paul Daniel / National Youth Orchestra of Great Britain
Cathie Boyd (Director), Dan Ayling (Stage Manager)
Pippa Nissen (Video), Zerlina Hughes (Lighting)
Elizabeth Watts (S-3), Laudibus (Chorus-3)
1. Varese (ed. Chou): Tuning Up
2. Varese: Arcana for large orchestra
3. Varese: Nocturnal for soprano, male chorus & small orchestra
4. Varese: Ameriques for large orchestra (original version)

 前のコンサートとはハシゴになりますが、ホールがすぐ隣りなので移動は余裕です。それでもインターバルは15分ほどしかなく、開演は10分ほど遅れていました。
 本企画の最後は、10代の少年少女で構成されたユースオケによる、ヴァレーズの中では比較的著名な大管弦楽作品の演奏です。オケは総勢175名の人海戦術。ハープが4本もあり、打楽器だけで20人います。通常の倍の人数が上がっているので、ステージを広げていてもまだ狭そうです。聴衆はメンバーの家族や友人とおぼしき人が大半でした。
 まず最初、オーボエからチューニングが始まったら、いきなりコンマスがソロらしきフレーズを弾き始め、「おいおいコンマスがチューニングで練習するなよ」と思ったのもつかの間、各楽器がそれぞれ群になっていろいろかけ合いしながら合奏し始めました。そう、これが1曲目の「チューニング・アップ」、要はチューニングのパロディなのでした。
 「ノクターナル」ではスーツにネクタイ姿のソプラノが、曲が始まってからそろりそろりと入場し、途中で跪いたりして芝居の入った歌でした。男声は、コーラスというよりヴォイス。暗いながらもなかなか面白い曲でした。「アルカナ」「アメリカ」は大昔FMエアチェックのテープを持っていたはずですが、すっかり忘却の彼方です。ドカドカ打楽器が活躍するのは楽しいのですが、こんなに執拗に難解な曲だっけ?構造とか構成とか、さっぱり見えません。演出でスモークが炊かれる中、打楽器奏者がサイレンをウーウー鳴らすと、一瞬ドキッとしました。
 オケのメンバーはけっこう美人ちゃんが多く、目の保養になりました(どこ見てるんじゃ、と自己ツッコミ)。今時のボーイズ&ガールズが真剣かつ楽しそうに、全力投球で楽器を弾く姿は非常に初々しいです。比較的短めのコンサートとは言え、終演後は皆肩で息をしていました。しかし演奏は、細かいことはさておき、大人のプロでも手を焼く難曲揃いなのに、これが10代のアマチュアの演奏と考えたら驚異的な技術レベルです。アンコールは「牧神の午後への前奏曲」。こっちはやり慣れているのか、はたまたヴァレーズから解放されてほっとしたのか、ずいぶんと落ち着いてしっとりとした大人な演奏でした。
 さてこの「ヴァレーズ360°」全体を通しての感想は、高々3時間とは言え、一気に聴くのはたいへん疲れました…。フランク・ザッパやチャーリー・パーカーにも影響を与えたと言われるヴァレーズの音楽が、これほどまでに硬派でキツい前衛だったとは。正直、しばらくはもういいかなと。CDを買ってまで繰り返し聴こうという気は遠のきました。


2010.04.18 Queen Elizabeth Hall (London)
Varese 360° (2)
David Atherton / London Sinfornietta
Cathie Boyd (Director), Dan Ayling (Stage Manager)
Pippa Nissen (Video), Zerlina Hughes (Lighting)
Elizabeth Atherton (S-2,3), John Constable (P-2)
Sound Intermedia (Electronic-5)
1. Varese: Hyperprism for wind & percussion
2. Varese: Un Grand Sommeil Noir for soprano & piano
3. Varese: Octandre for seven wind instruments & double bass
4. Varese: Offrandes for soprano & chamber orchestra
5. Varese: Poeme Electronique for electronic tape
6. Varese: Integrales for wind & percussion

 二日目の最初は初期の室内楽・小編成作品を中心とした、休憩なしで1時間強の短いコンサートです。初日にも感じたのですが、ステージ進行の手際が少し悪いです。1曲ごとに編成が変わるのでいちいち配置換えに時間がかかり、また照明の操作がもたついた感じで、多少間延びした箇所もありました。
 この日のハイライトは何と言ってもテープ作品の「ポエム・エレクトロニク」。楽器の演奏はなく、テープの再生と同時にビデオが上映されました。これが水面の映像を加工したイメージビデオに意味ありげな化学実験の白黒映像が挿入され、まさに「リングの呪いのビデオ」状態でした。
 しかし、初めて聴く前衛音楽をこれだけ連続して耳に流し込むと、もうすでにどの曲がどうだったか、区別がわからなくなってきています…。


2010.04.16 Queen Elizabeth Hall (London)
Varese 360° (1)
David Atherton / London Sinfornietta
Cathie Boyd (Director), Dan Ayling (Stage Manager)
Pippa Nissen (Video), Zerlina Hughes (Lighting)
Michael Cox (Fl-2), Sir John Tomlinson (Bs-4)
Jonathan Golove (Cello Theremin-4), Natasha Farny (Cello Theremin-4)
EXAUDI Vocal Ensemble (Chorus-5), Sound Intermedia (Electronic-6)
1. Varese: Ionisation for 13 percussionists
2. Varese: Density 21.5 for solo flute
3. Varese (ed. Chou): Dance for Burgess for chamber orchestra
4. Varese: Ecuatorial for bass & ensemble
5. Varese (ed. Chou): Etude pour Espace
6. Varese: Deserts for wind, piano, percussion & electronic tape

 「Varese 360°」とは、全ての演奏時間を足し合わせても高々3時間にしかならないエドガー・ヴァレーズの全作品を一気に上演してしまおうという、元々はHolland Festivalが始めた企画だそうです。今年はSouthbank Centreとの共同制作でロンドンに初上陸し、Queen Elizabeth Hallで2回、とRoyal Festival Hallで1回、計3回の演奏会が一つの週末で一気に敢行されました。
 ヴァレーズは、もう大昔から興味は大いにあったのですが、何故か縁がなくて実演を聴いたことがなく、CDで持っているのも「イオニザシオン」1曲だけでした。せっかくこういう企画があるのだから、全部最初から生で聴いてしまえ!と、あえてCDを買って予習などせず、無心でヴァレーズ体験に臨みました。
 当日、このマニアックな企画にほぼ満員の入りだったので驚きました。楽曲をただ演奏するだけではなく、演奏と同時に投影されるビデオや照明による演出が入ったステージでした。ミキサー卓を持ち込み、PAも多用していました。
 初日は「イオニザシオン」以降の中後期の比較的名の通った作品を集めています。「イオニザシオン」は打楽器アンサンブルのための曲ですので、やはり実演で聴く音圧感にはしびれます。「エクアトリアル」では英国を代表するバス歌手のトムリンソンが登場。さすがにいい声をしていましたが、初めて聴くヴァレーズの曲では何とも評価ができません。
 歌曲はまだ旋律とおぼしきものが認められますが、それ以外は1回聴いたくらいでは耳に残ることを拒絶するような、冷たく突き放した音響空間が広がっていました。12音技法とは明らかに違うし、バーバリズムとも距離があります。「現代音楽」の典型のようですが、聴き慣れているせいもあるのでしょうが、1歳違いのストラヴィンスキーの作品が今や「古典」のように響くのに対し、ヴァレーズは現代でも「前衛音楽」としての刺激とオーラを保っていると感じました。しかし、初日はあえなく撃沈、という感じです。


2010.04.09 Cadogan Hall (London)
Grzegorz Nowak / Royal Philharmonic Orchestra
Natasha Paremski (P-2)
1. Shostakovich: Festive Overture
2. Shostakovich: Piano Concerto No.2
3. Shostakovich: Symphony No.5

 元々は息子のマキシム・ショスタコーヴィチの指揮による父作品の名曲プログラムだったのが、2日前になって指揮者急病のため急きょオケのPrincipal Assosiate Conductor(首席副指揮者とでも言うんでしょうか?)、グルジェゴルス・ノヴァークに変更になりました。幸い、演目と独奏は変更なし。開演前のアナウンスで「ショスタコーヴィチ氏はモスクワで入院中」と聞いて、亡命したんじゃなかったかな、とふと思いましたが、ソ連が崩壊した後、祖国に帰ったんですね。
 実はロイヤルフィル、カドガンホールともに初めてです。ホールは箱形のこじんまりとした空間で、内装はずいぶん年季が入っています。天井が高いわりには響きは少しデッドな印象でした。ロンドンでは珍しく、カフェでアイスクリームを売ってませんでした。
 1曲目、祝典序曲はだいぶ安全運転のドライブでした。急な指揮者変更なので、まあ無茶はできないでしょう。ブラスはなかなか馬力がありましたが、2階の横側の席だったので本来のバランスはよくわからなかったです。
 ピアノ協奏曲第2番は元々ショスタコーヴィチがピアニストだった息子マキシムのために書いた曲です。ディズニーの「Fantasia 2000」では「おもちゃの兵隊」の音楽に抜擢されたコミカルな曲で、うちの娘も大好きです。独奏のパレムスキは弱冠23歳、若い!しかも美人!しかし見かけによらず、その華奢な二の腕からは想像つかないパワフルかつドライな音で、ショスタコによくマッチしていました。ミスタッチはほとんどなく、しっかりした技術を持っている人のようです。首を振りながら弾く姿はコケティッシュな魅力的がありました。第2楽章では一転してロマンチックに流されたピアノとなり、一貫した個性とか、俯瞰した演奏解釈などはまだこれから延びしろがありそうです。同世代でも技術的には同様に優れた人はごまんといるでしょうが、そのルックスは得難い武器になると思います。このままがんばれば人気は出るんじゃないでしょうか。
 メインの「革命」は双方やり慣れているのか、それまでとは一転してアゴーギグたっぷりのねっとりした演奏になりました。ノヴァークの揺さぶりにオケも必死について行きます。どちらかというと一昔前風のスタイルに感じましたが、オケはよく鳴っていて、私には好ましい演奏でした。
 初体験のロイヤルフィルはレコードを聴く限り「軽い」という印象が強かったのですが、メンバーの半数が女性のわりには十分太めの音圧でした。全体として決して悪くはありませんが、管楽器のソロがフルート以外、どれも今ひとつでした。特にホルンはチューニングも悪く、全体を通して冴えませんでした。これで合奏になると、とたんにしっかりした音になるんだから不思議なものです。


2010.04.04 Hungarian State Opera House (Budapest)
Andrejs Zagars (Director), Istvan Denes (Cond)
Eszter Sumegi (Marschallin), Andrea Melath (Octavian), Rita Racz (Sophie)
Lars Woldt (Baron Ochs), Peter Kalman (Faninal), Maria Temesi (Marianne)
Attila Fekete (Italian Singer), Sandor Egri (Police Inspector)
1. Richard Strauss: Der Rosenkavalier

 イースター休暇を利用してブダペストへ「里帰り」し、3年ぶりに国立歌劇場へ出かけました。演目は、ブダペスト在住時はついぞ聴けなかった「ばらの騎士」。3/20プレミエの新制作です。指揮者は例によってコヴァーチおじさんを避け、かつ歌手陣の取り合わせが歌劇場メンバーの中では私が考えるベストに近い布陣の日がたまたまあったので、1ヶ月前の発売日に全力でチケットを取りました。
 さて3年ぶりのオペラ座。相変わらずの19世紀的ゴージャスさは感無量です。チケットの値段は2割りくらい値上がりし、最高席の数がかなり増えています。クロークのチップが1点につき180フォリントになっていましたが(3年前は確か120フォリント、7年前は60フォリントだったような)、ここはボックス席だとボックスの中にコート掛けがあるのでクロークを使う必要がないのが便利です。一番驚いたのはプログラム。以前は席案内おばちゃんへのチップ感覚の200〜400フォリントくらいだったのが、今は1000フォリントもしました。まあ、以前はなかった英/独語版がわざわざできていて、内容も増えていましたが…。観衆の服装は全体的にラフな傾向になったように見えましたが、まあこれはイースター休暇のシーズンなので多分ツーリストが多いせいもあるでしょう。またそのせいか、鑑賞マナーは以前よりだいぶ向上していたように感じました。
 このラトヴィア人演出家による舞台設定は時代を18世紀から20世紀に移していますが、現代風読み替え演出ではなく、微妙にロココの香りを残しています。衣装ももはや貴族のそれではありませんが、フォーマルはくずしていません。舞台装置が1幕と2幕で何故か同じ、3幕はそれが無理矢理90度回転した不思議な空間になっているのは、演出家のインタビューを読んでも、「意外性を出したい」以上の意図がよくわかりませんでした。召使いの子供は背の高い黒人青年になっており、ラストはハンカチを探すのではなく何やら手紙を持ってうろうろしています。変わったことがやりたいけど大きく踏み外したくはない、という何か中途半端な印象で、正直、今一つでした。
 ここの歌劇場はロイヤルオペラやメトロポリタンとはもちろん違い、スター歌手が目白押しなわけではありませんが、レギュラーのハンガリー人歌手陣はなかなかの実力者揃いです。似たような顔ぶれでいくつもの演目をこなすのが旅回りの大一座公演みたいで、何故かほっと安心します。主役の元帥夫人、シュメギ・エステルは相変わらずスターのオーラがありました。まだまだお姫様役も行けるでしょうが、元帥夫人もはまり役だと感じました。メラート・アンドレアは元々ズボン役が得意な人で、やけに元気のいい若々しげなオクタヴィアンでしたが、顔は少し老けましたかね。ゾフィーのラーツ・リタは多分初めて見る人ですが、他のベテラン二人に比べると一人だけ線が細い印象です。オックス男爵のラルス・ヴォルトだけはドイツ人のゲスト歌手でしたが、声量抜群、コミカルな演技もよく、たいへん素晴らしかったです。なお、オックスは当初、妻が好きなスヴェーテク・ラースローと発表されていたので、ヴォータンからハーゲンからドン・パスクワーレまで幅広くこなす彼だったらいったいどうなっていたか、それはそれで楽しみでありました。1幕のテノール歌手はエースのフェケテ・アッティラ。良い声ですが、調子はまずまずでした。身体にだいぶ貫禄がつきましたかね。他にもテメシ・マーリア、エグリ・シャーンドルなどの実力派が脇を固めて、充実した歌唱陣でしたが、終演後の拍手はいつものように拍子系にならず、意外と寒かったです。


2010.03.27 Royal Opera House (London)
The Royal Ballet
Daniel Capps / Orchestra of the Royal Opera House
Frederick Ashton (Choreography)
Philip Mosley (Widow Simone), Roberta Marquez (Lise), Steven McRae (Colas)
Gary Avis (Thomas), Ludovic Ondiviela (Alain), Michael Strojko (Cockerel, Notary's Clerk)
1. Herold: La Fille Mal Gardee (arr. by Lanchbery)

 同日にはファミリーパフォーマンスとしてマチネもありましたが、そちらはチケットが取れず、ソアレの方です。先日の「ロメオとジュリエット」と同じくマルケス、マクレーのコンビでした。今回は喜劇なので雰囲気はがらりと違うものの、息の合ったパフォーマンスは全く素晴らしいものでした。この演目、実演で見るのは初めてですし、DVDも同じロイヤルバレエの古いやつしか持っていません。バレエを何か論評できる素養も全くないのですが、私の目には、舞台の上で繰り広げられる演技はほぼパーフェクトとしか言いようがなかったです。冒頭の鶏の踊りや木靴の踊り、それに馬鹿息子役の人はDVDの方が上手かな、とも思いましたが、些細なことです。DVDでしっかり予習をしてこの日を心待ちにしていた娘は、おおいに笑い、楽しんでいました。
 前回以来、妻はすっかりマクレーファンになってしまい、「ズンドコキヨシ」状態でしたが、確かにそのトラディショナルな顔立ちとブロンドヘア、こけおどしのない堅実な踊りの技術は、さすがロイヤルバレエのプリンシパル。実際、マクレーへの拍手が最も多かったので、あー今が旬の人気者なんだなあと理解しました。


2010.03.21 Barbican Hall (London)
LSO Discovery Family Concert: Splash!
Michal Dworzynski / London Symphony Orchestra
Paul Rissmann (Presenter)
1. Wood (arr. Zalva): Hornpipe from "Fantasia on British Sea Songs"
2. Handel: Hornpipe from "Water Music"
3. John Williams: 'The Shark Theme' from Jaws
4. Tchaikovsky: Swan Lake Suite (No. 1: Scene)
5. Dukas: The Sorcerer's Apprentice
6. Britten: Four Sea Interludes from Peter Grimes (No 4: Storm)
7. Arnold: Overture "Tam O'Shanter"
8. Traditional Scottish song (arr. Budd): The Skye Boat Song (participation piece)
9. Kernis: Symphony in Waves (mov. 1 - Continuous Wave)
10. Zimmer (arr. Lavender & Longfield): Pirates of the Caribbean: At World's End

 ロンドン響が年に3回ほどやってるファミリー向け演奏会です。今回は「スプラッシュ!」と題して水や波にちなんだ曲を取り揃えていました。「海」をテーマとした昨年のロンドンフィルのファミリーコンサートとはいくつか選曲がカブっていますが、こちらの方が子供が飽きない小さい曲をバラエティ豊かに揃えた感じです。
 開演前には恒例の子供向けイベントがいろいろありました。楽器体験コーナーではヴァイオリン、チェロ、コントラバスを、LSOメンバーの手引きの下、触らせてもらえます。入り口ホールでは子供参加のインドネシア打楽器即席オーケストラもありました。もちろん定番のフェイスペイントや手作りアートコーナーも欠かせません。しかし結局、天気が良かったので外の噴水で飛び跳ねて遊んでいる子供が一番多かったような。
 さてこの演奏会、本来は7歳から12歳までを対象としていますが、明らかに2〜3歳の子供も多数。もちろん、じっとしているはずもなく、演奏中に奇声を発したり、母親が抱えてトイレに走る姿がそこかしこで見られました。
 オケ真上のスクリーンに映されたスライドショーアニメーションで逐一作曲者や曲の紹介がなされ、演奏中はリアルタイムで奏者のアップ映像が見れて、なかなかよい使い方だと思いました。LPOも真似するべきでしょう。
 「水上の音楽」でトランペット、ホルンが、スクリーンで大映しになっていたにもかかわらず共に出だしでヘコったのは、まあご愛嬌です。「魔法使いの弟子」がLSO生演で聴けたのはなかなか貴重な経験でした。「白鳥の湖」、オーボエはさずがに世界トップオケの演奏でした。「ジョーズ」のテーマは、その昔この曲のサントラシングル盤を持っていてそれこそすり切れるほどかけていたのですが、小さい頃に記憶した曲は細部まで頭に残っているもんですねえ。曲を通して聴いたのは30数年ぶりですが、たいへん懐かしかったです。アーノルド、カーニスも共に面白い曲でしたが、正直冗長には感じました。
 「Skye Boat Song」では好きな楽器を持ち込んで演奏に参加しましょうという企画になっており、うちの娘のようにリコーダーを持ってきた子供が一番多かったのですが、他にはヴァイオリンを持ってきた子がけっこういて、さらには、アルトサックスやファゴットまで持ち込んでいた子がいたのにはびっくり。2回くらい繰り返してくれればよいのに1回で終わったので、娘は自分のリコーダーの不本意な出来に憤っておりました。最後はLPOでもシメで使われた「パーレーツ・オブ・カリビアン」、今の子供達に大人気の曲のようです。もはや「スター・ウォーズ」や「スーパーマン」ではないんだね…。
 こういったファミリーコンサート、LPOのときはぶっちゃけ、もう行かなくてもいいかなと思いましたが、LSOのは娘も気に入り、多分次回も、来シーズンも、引き続き行くことになりそうです…。


2010.03.06 Royal Opera House (London)
The Royal Ballet
Boris Gruzin / Orchestra of the Royal Opera House
Kenneth MacMillan (Choreography)
Roberta Marquez (Juliet), Steven McRae (Romeo)
Brian Maloney (Mercutio), Thomas Whitehead (Tybalt)
Sergei Polunin (Benvolio), Johannes Stepanek (Paris)
1. Prokofiev: Romeo and Juliet

 同日はソワレもありましたが、見たのはマチネのほうです。念願のロメジュリ、音楽は昔から好きでしたが、ブダペストではタイミングが悪くバレエを結局見ることができませんでしたので、ようやくリベンジです。
 正直言ってダンサーのことはほとんど知りませんが、主役は2人ともプリンシパルで、美男美女はもちろんのこと、素人目にもそのダンスの安定感と、肉体だけで全てを言い尽くす表現力が素晴らしかったです。信じがたいほど柔軟な身体に、高速かつ大胆かつ正確に動く足、それでいて床を踏みしめる音は至って静か、まるで舞台の上には重力場がないかのようです。世界最高峰のレベルはかのようなものかと、感動することしきりです。脇を固めるティボルト、マーキュシオ等の人々もいちいち芸達者。難を言えば、衣装が全体的にシックすぎる色合いで統一されていたためキャラクターが区別しにくく、最初のうちは誰がどちらに属しているんだか、くっきりわかりませんでした。オケは快適そうな広いピットで力強い演奏を聴かせてくれましたが、なにせ長丁場、管楽器は途中で息切れもありました。
 しかし今日は、すぐ前の列には座高の高い人がずらりと並び、すぐ後ろの列には子供全員がひどい風邪をひいている家族連れという、環境としてはたいへんアンラッキーな日でした。特に後ろの男の子は上演中ずっとごほごほと激しく咳き込んでいて、参りました。怒ってどうにもなるものではないとは言え、隣の人も頭を抱えていました。しかしその子は休憩時間中にはずっと席でDSに熱中しているし、舞台の上には全く興味もない様子。うちを含め周囲の観衆は災難でしたが、その子にしてみると、本当ならしんどくて家で寝ていたかったところを好きでもないバレエに無理矢理連れて来られて、それはそれで本人には非常に災難だったんでしょうねえ。大枚叩いた家族サービスを無駄にしたくないという親の気持ちはわかりますが、ここまで迷惑な状態の子供をオペラハウスに連れてきてはいけません。これは全く親が悪い。周囲の人々に対する一種の窃盗行為にも等しいです。私の中の「恥知らずのイギリス人」箱にまた一つアイテムが加わりました…。


2010.03.03 Barbican Hall (London)
Lorin Maazel / Wiener Philharmoniker
1. Stravinsky: The Rite of Spring
2. Bruckner: Symphony No. 3 (Nowak ed. 1889)

 2日間に渡るウィーンフィルのロンドン公演ですが、初日の「田園」「海」「ダフニスとクロエ」というラインナップと比べると2日目はずいぶんアンバランスでヘビー級なプログラムです。普通の感覚なら春祭と田園、海とブルックナー、という組み合わせで分けるのが妥当じゃないかと思いますが…。
 それはともかく、ウィーンフィルの生「春祭」を聴ける機会もそうそうありませんので興味深かったのですが、正直言うと今一つでした。のっけから木管、金管のソロがしょぼくて、リズムにもキレがありません。少し遅めのテンポですが、淡々としすぎてメリハリに欠けました。マゼールらしからぬ淡白さに思いましたが、そもそもウィーンフィルの特性がこの曲には合わないのでは、とも感じました。
 ところがブルックナーでは一転して音に気合いが入り、ウィーンフィルらしい芳醇な響きを聴かせてくれました。木管はきっちり2人ずつ、金管も各々プラス1人だけながら、この力強さ。ラストのコラールも立派なものでした。調べるとこのブルックナー3番の初演をやったオケなんですね。ブルックナーは普段ほとんど聴かないので気の利いたコメントなど到底できないのですが、私はこの曲が気に入ってしまいました。
 マゼールはどちらかというとマーラー指揮者のイメージが強く、ブルックナーにはピンと来ませんでしたが、バイエルン放送響の首席時代に全交響曲を録音したとは知りませんでした。いちいちきっちりと細かく振り込む指揮ぶりながら、細部を強調したようなわざとらしさはなく、逆にオルガンらしいぼわっとした響きを心がけ、主題はある程度自由に歌わせる裁量も持ち合わせていた、懐の深いロマンチックな演奏でした。
 長い演奏時間だったにもかかわらず、満場の拍手に応えて、アンコールはハンガリー舞曲の5番と1番の2曲もサービスしてくれました。ある意味、アンコールがいちばんウィーンフィルらしくてよかったかも。


2010.02.24 Barbican Hall (London)
Sir Colin Davis / London Symphony Orchestra
Pavel Cotla (Cond-1), Midori (Vn-2)
1. Matthew King: Totentango
2. Mendelssohn: Violin Concerto in E minor, Op. 64
3. Berlioz: Symphony Fantastique

 本日の演奏会はMidori人気のおかげでしょう、早々にソールドアウトになっていました。普段のLSOより日本人客が多く、また、平日なのに子供の姿も多かったです(うちの娘も含め)。
 1曲目では「UBS Soundscapes: Pioneers」と称した特別企画で、別の指揮者で委嘱作品の演奏がありました。「死のタンゴ」と名付けられたその小曲は、まさに墓場でくりひろげられる「死霊の盆踊り」状態で、ラ・ヴァルスをほうふつとさせるなかなか面白い曲でした。夢と現実のあやふやな境界を表現しているその世界は、本日のメイン「幻想」にも通じるものがありました。ただし、独自の境地でその世界を開拓したわけではなく、ずいぶんと「既視感」は感じてしまいましたが…。
 さて五嶋みどり。生演は初めてです。LSOは昨年11月にもテツラフの独奏で同じ「メンコン」をやったばかりで、同シーズン中に独奏・指揮を変えて同じ曲をぶつけるとは、強気なのか無神経なのかわかりませんが、これまで数限りない奏者と共演し、レコーディングセッションに参加してきた経験の自負は確かにあるのでしょうね。テツラフのときとはがらっと印象の違う演奏でした。Midori自身、テツラフとは相当スタイルが異なるアーティストで、決して力んだり大見得切ったりしない、繊細さの引出しが深い表現力豊かなヴァイオリンでした。普通なら朗々と歌って弾きたくなる一種の聴かせ場でも、ふわっと空中に分散させるように音を引いていく処理の上手さ。私は何故かヴァイオリンは実演では男性を聴くことが圧倒的に多いので、このデリカシーは新鮮でした。ただ、繊細な表現に軸足を置くあまり、終楽章はちょっと盛り上がり不足だったかな。今回、A、B列がつぶされていたのでC列でヴァイオリンの真ん前あたりの我々は結果的に最前列かぶりつきで聴くことになってしまいましたが、人数を絞っていてもオケの音がけっこう厚かったので、この至近距離で聴けて細かなところまでよくわかり、むしろ充実しました。
 メインの「幻想」はそれこそ昔から大好きな曲ですが、この曲の定盤中の定盤、ミュンシュ/パリ管の熱に浮かされたようなノリノリ演奏が身体に深く刷り込まれているため、どうしてもそれとの比較で受け止めてしまいます。そう言う意味では「ベルリオーズの専門家」コリン・デイヴィスの指揮は私の好みとは全く違いました。そもそもこの人、以前ブダペストでのLSO公演を聴いた際は酔っぱらいのようなヨレヨレ演奏に終始していてたいへん幻滅したのですが、元よりおおらかな芸風というのが今回よくわかりました。30年前持っていたストラヴィンスキーのLPを聴いた記憶ではもっとシャープな印象もあったのですが、効率よく指揮棒を振るよりも、オケにはテキトーに最低限の指示だけ出し、自発的な音楽のふくらみを大事にするスタイルですね。大きなスケール感は確かにありますが、のっけから縦の線の危うい箇所が頻発していて、やっぱり少々ヨレっている印象です。それでも「幻想」は音楽自体の力は相当なものですから、LSOの演奏能力(特に金管・打楽器の馬力)とも相まって、後になればなるほど良い感じになって行きました。特に3楽章はおおらかさが非常にいい感じに作用し、聴かせました。ただ、全体を通して「専門家」の面目躍如がどのへんに現れていたのか、今回だけではさっぱり見えませんでした。なお、終楽章の鐘(チューブラーベル)はスコアに反して非常に明るい音色で、これだけはミュンシュ盤とけっこう近かったです。


2010.02.11 Royal Festival Hall (London)
Eliahu Inbal / The Philharmonia Orchestra
Philharmonia Chorus, Philharmonia Voices
Caroline Stein (S), Ekaterina Semenchuk (Ms)
1. Mahler: Symphony No 2

 インバルのマーラーは日本では(世界でも?)20年ほど前に流行があり、私も4番、5番あたりのCDを持っていました。あまり感銘を受けた印象がないので懸命に追いかけなかったためか、日本にあれだけ来ている人ながら、実演を聴くのは今回が初めてです。今年に入ってからは初めての指揮者ばかりで、まだまだ修行が足らんことを痛感します。
 まず、今日の席は初めてRear Stallsの後ろの方だったのですが、このカテゴリーのDD列あたりより後方は頭上にバルコニー席があるため穴ぐらになっており、ステージから遠くて音がデッドになりがちなのはまだしょうがないとしても、周囲の観客の起こすパンフをめくるなどの小さいノイズがいちいち頭上で反射して降り掛かってくるので、元より聴衆の雑音には神経質な私などは決して座ってはいけない席だと学習しました。
今日は「復活」1曲だけなので休憩なしです。合唱団はクワイア席に最初から座っていました。後で気付いたのですが、独唱の2人もクワイア席の真ん中に最初から座っていたのでした。一般論として思うのですが、独唱者を舞台の上(厳密には違いますが)であまりに長く待たせるのは酷です。案の定、2人とも歌い出ししばらくは音程が決まらず不安定でした。なお、ソプラノは元々Danna Glaserがクレジットされていたのが、病気のため急きょ変更になっていました。
 前後しますが、インバルはもっとすっきり透明感のあるサウンドを志向するイメージがあったのですが、実際はそうでもありませんでした。やはりこれくらい遠いと弦は音が全然細やかに伝わって来ませんが、逆に打楽器はガンガンと響いてきます。管楽器のピッチがときどき悪く、ティンパニの微妙な音程ずれが気持ち悪いです。まあこれは指揮者よりもオケの責任でしょうが。指揮者のせいで言えば、全体的に遅めのテンポで進むが、何か窮屈なマーラーに感じました。いちいち細かいところまで振り込むわりには、特に終楽章は断片ごとに脈絡がなく、曲を通しての流れが置き忘れられていたのではないかと。
この曲は過去に何度も実演を聴いていますが、演奏効果が上がって迫力に富む曲なのでだいたい感動できるのですが、今日は最後までイマイチでした。今までも最高の席ばかりで聴いてきたわけでは全くないので、席のせいだけではないでしょう。私と思いを同じくするのか、拍手をしない人も周囲にいたのですが、一方でスタンディングオベーションで盛り上がる人も多々いて、まあ感じ方は人それぞれですね。来シーズンにも機会があれば「復活」をまたリベンジで是非聴かねば。


2010.02.07 Barbican Hall (London)
Sir John Eliot Gardiner / London Symphony Orchestra
Monteverdi Choir
Rebecca Evans (S-2), Wilke te Brummelstroete (Ms-2)
Steve Davislim (T-2), Vuyani Mlinde (Bs-2)
1. Beethoven: Symphony No 1
2. Beethoven: Symphony No 9 ('Choral')

 指揮はガーディナー、合唱もシンフォニーコーラスではなく手兵のモンテヴェルディ合唱団を連れて来てということなので、弦は5プルトまでの普段より小さい編成で臨んでいました。ピリオド系のベートーヴェンは実はあまり聴いたことがないのですが、普段聴き慣れた「第九」と比べたら超高速なのが新鮮でした。楽譜も新版なのでしょうか、聞き慣れない響きの箇所が時々ありました。
 徹底してノンビブラート奏法でしたが、そこはさすがにロンドン響、乾いた音にならず芳醇な響きでした。硬質のマレットで叩き出されるティンパニが常にアクセントとして求心力を持っていました。合唱も女性20男声16の小編成でしたが、一人一人の声が聞き取れるような粒ぞろいの合唱で、声量も十分。少数精鋭のたいへん引き締まった「第九」でした。これは日本ではめったに聴けないシロモノでしょう。くさすわけではありませんが、「一万人の第九」などとは対極に位置する演奏です。
 なお、独唱はロイヤルオペラで活躍している人たちでしたが、全体的に小粒な印象。立ち位置も指揮者の周囲ではなく合唱団のソプラノの真ん前で、独唱というよりオケ・合唱団の一部となって溶け込んでいました。


2010.02.04 Royal Festival Hall (London)
Esa-Pekka Salonen / The Philharmonia Orchestra
Viktoria Mullova (Vn-2)
1. Benjamin: Dance Figures
2. Stravinsky: Violin Concerto
3. Bartok: Concerto for Orchestra

会場に入ると、やけに暗い。開演前からステージと客席の照明が落とし気味になっていて、譜面台にも各々照明が付き、夜の野外コンサートのような雰囲気です。指揮者が登場してもスポットは当たるものの照明はそのまま。ふとプログラムを見ると照明デザイナーがクレジットされていて、ここでようやく照明も演出の一部と気付きました。実際、1曲目のベンジャミンでは、曲に合わせて照明を変えるようなことはなかったものの、曲の最後の一撃で会場をばっと暗転させていました。曲自体は緩めの無調音楽で、正直あまり面白いとは思いませんでしたが、演奏後は聴衆にいた作曲者自身がステージに上がり、健闘をたたえていました。
 さて、今日の目当てはムローヴァ。テレビや写真で見るのと同じく、長身で全く色気のない雰囲気です。このストラヴィンスキーは同じくサロネンと共演のCD(オケはLAフィルですが)を愛聴していましたが、難曲をそうと感じさせない確かな技術と、くっきりした色彩感はまさにCDのまんまです。深刻な曲では全然ないので、後腐れなくさらりと流していた感じもしましたが、楽章間で毎度チューニングをし直すなど、集中力は相当なものでした。女性的なものはほとんど感じなかったですかね。考えてみると、前日聴いたブロンフマンとムローヴァは共通点がありますね。旧ソ連出身、ブラームス、バルトーク、プロコフィエフ等を得意とし、安定度の高い演奏スタイル、年齢もほぼ同じですし。
 サロネンも本日初の生演です(以前POとのブダペスト公演のチケットを買っていながら、出張が入ったため聴けなかったことあり)。1曲目ではあまりに四角四面で面白みのない指揮と思いましたが、メインのオケコンは得意曲ということもあるのか、水を得た魚のように身振りの大きい、「熱い」指揮になりました。しかし演奏自体は全体的に早めのテンポで、特に奇をてらったり特徴を出そうとするところもなく、模範的に思えるものでした。トランペットが多少厳しい箇所もありましたが、演奏水準はハイレベルでした。ラストを加速して走り抜けてしまったのと、その箇所も含めてティンパニのいつもの「いい味」をあまり出させてもらえてなかったのが不満ではありました。


2010.02.03 Barbican Hall (London)
Alan Gilbert / New York Philharmonic
Yefim Bronfman (P-2)
1. Magnus Lindberg: EXPO (UK premiere)
2. Prokofiev: Piano Concerto No 2
3. Sibelius: Symphony No 2

 1曲目は緩急入り乱れた派手な曲で、調性のはっきりした聴きやすい音楽でした。作曲者も曲名も初めて聞きましたが、何となく北欧の香りがするな、と思って後でプログラムを読んだら、やっぱりフィンランドの作曲家でした(ニールセンを彷彿とさせたのでデンマークかと思ったのですが)。
 2曲目で登場のブロンフマンは、生は初めて見たのですが、あまりに恰幅の良い体型が写真のイメージと少々違いました。演奏は、くっきりしたタッチで、触れると血が出そうな切れ味鋭いピアノでした。オケや指揮者にほとんど目を向けず、ひたすら自分のピアノに没頭しています。とは言え、体重からくるものなのか、全体としてどっしりと安定感があるために、上ずったところは一切感じません。曲も曲だけに即物的な印象の強いピアノではありましたが、終盤の盛り上がりは素晴らしい、の一言です。実際演奏後は満場の大拍手とブラヴォーコールで讃えられていました。なお、コンチェルトではコンマスは引っ込んでいたのですが、こんなのは初めて見ましたが、アリなんでしょうか。
 メインのシベリウスは逆に北欧の香りがほとんどしない、無機的にシンフォニックな響きでした。特に弦など、音自体はふくよかながらも、国際色豊かなメンバーが奏でるサウンドには、個性的な「色」は感じられませんでした。ロンドンのオーケストラと傾向は似てると思います。悪い意味は込めていなくて、技術的には非常にレベルの高い演奏でしたし、最後まで切れない集中力は立派なもので、たいへん良い演奏会でした。新シェフのアラン・ギルバートは飛び跳ね系の人の良さそうな青年ですが(実際の年齢的には中年ですが)、この名門オケの人心をきっちり掌握し、締め上げているのだと感じます。拍手はいつまでも鳴り止まず、ご満悦でチャイコフスキー「ポロネーズ(エフゲニー・オネーギン)」とシベリウス「悲しいワルツ」の2曲もアンコールをやってくれました。


2010.01.21 Royal Festival Hall (London)
Leif Segerstam / The Philharmonia Orchestra
David Fray (P-1)
1. Mozart: Piano Concerto No. 20 in D minor K466
2. Mahler: Symphony No. 5

 本日のフィルハーモニア管コンマスは日本人の女性でした(つまりコンマスではなくコンミス)。このオケはどちらかというと男性的、保守的、大陸的なイメージがあるので、ちょっと意外でした。
 1曲目、フランス人若手ピアニストのフレイは弱冠28歳。写真だとワイルドなイケメンで、落ち着いて見えますが、実物はまだあどけなさが残る、神経質そうな少年でした。オケメンバーと同じ普通のパイプ椅子に座って演奏していましたが、ピアノ用椅子は嫌いなんでしょうか。モーツァルトの協奏曲だけ聴いても切り立つ個性やインパクトは感じられませんでしたので、評価はパスです。
 さて、指揮者のセーゲルスタムは、読響の客演でよく来日していたのは知っていましたが、演奏を聴くのは初めてです。巨漢に白髪、白髭もじゃもじゃの、正に「サンタクロース」の風貌。よたよたとおぼつかない足取りで出てきて、おいおい大丈夫かと思いましたが、指揮台に立ってしまえば椅子にも座らず、手すりにもたれもしない、どっしりと地に足がついた動作です。しかし見ようによっては、というかどう見ても、オケを逐一ドライブしているようには見えず、終始ただ曲に合わせて手を上下しているだけに思える、手の内をほとんど見せない指揮ぶりです。それでいて、出てくる音はなかなかどうして、アクセントが効いて迫力満点にもかかわらず完璧なパートバランスで響き、全く謎のじいさんです。テンポはゆったりと遅め。ゆうに80分はやっていたでしょうか。この長さならコンチェルトは要らなかったんでは?
 モーツァルトでも楽章間を開けるのを嫌っていましたが、マーラーでも1楽章が終わると聴衆がごほごほやり出す前にすかさず次に行きました。ところが、2楽章が終わったところでコンミスと「しょうがないねえ」というような雰囲気で目を合わせて、チューニングタイムを取りました。4楽章の前では一人の聴衆が席を立ち出て行こうとするのを見て、「これからいいとこなのに」と言いたそうな感じでかぶりを振り、手を振って彼を見送っていたのが笑いを誘っていました。さすがに、5楽章は間髪入れず始めていましたが。
 ティンパニは相変わらずいい味を出しており、打楽器もかなり強調されていました。金管もよく鳴っていましたが、全体としてうるさすぎないようにきっちり整理されています。細かくいじらない、おおらかなマーラーです。終楽章最後のコラールは、そこに至るまでの道のりが長かっただけによけい感動的に響き渡り、その後は一気にたたみかけるようにアチェレランド。多くの人がスタンディングオベーションで惜しみない賛辞を送っておりました。
 こちらに引越してから、「ロンドンでマーラーの全交響曲を聴く」という目標を密かに立てており、今シーズンはこれで4, 5, 6, 10, Erdeと5曲をクリア。まだ折り返し点にも達していませんが、今年の2010年は生誕150年、来年2011年は没後100年というマーラーの記念イヤーが続くので、これから演奏会の機会も増えてくることを期待しています(特に8番!)。ですが、発表されたばかりのロンドン響の来シーズンプログラムを見ると、今一つ醒めているというか、マーラーは普段から演奏しすぎているのか、特に記念イベントとして捉えていない様子がうかがえて拍子抜けしました。


INDEX