2009.12.13 Royal Opera House (London)
Kirill Petrenko / Orchestra of the Royal Opera House, Royal Opera Chorus
John Schlesinger (Director), Andrew Sinclair (Revival Director)
Sophie Koch (Octavian), Soile Isokoski (Marschallin)
Peter Rose (Baron Ochs), Lucy Crowe (Sophie), Thomas Allen (Faninal)
1. Richard Strauss: Der Rosenkavalier
ロイヤルオペラ座のオペラ公演にようやく到達しました。とは言え15時開始のマチネだったのでラフな格好の人が多く、ストール席では多少正装の人も見かけましたが、全体的にノーブルな雰囲気はほとんどありませんでした。
「ばらの騎士」で最初に買ったDVDがこのシュレジンガー演出のロイヤルオペラでしたが、今日もまさに期待通りのゴージャスな舞台と衣装を堪能しました。やはり、総じて歌手のレベルがブダペストよりも一段高いです。元帥夫人のイソコスキは、新婚旅行のウィーンでほとんどオペラ初体験のころに「魔笛」でパミーナを歌ったのを見ていますが、そのときも思ったのですが、歌は上手いけれど娘役向きの容姿ではないなと。今回も、歌唱は百戦錬磨の貫禄でたいへん素晴らしかったのですが、あの「おっさん顔」はオペラ歌手としてはだいぶ損をしていることもあるのではないでしょうか。他には、ゾフィー役のクロウが歌が初々しい上に仕草もかわいらしく、ハマリ役でした。一方のオクタヴィアン役コッホは、細身の「おばさん顔」です(まあ女性だから当たり前か)。声量は十分でしたが歌は一本調子に聴こえ、演技過多気味のクロウに食われていました。また、終止無表情だったのも気になりました。オックス男爵も歌は非常にしっかりとしていましたが生真面目な固さがあり、憎まれ役にもピエロ役にも成りきれないもどかしさはありました。ただし、これらの感想はあくまで些細なことであり、総論としては理屈抜きにたいへん楽しめた、人に勧められるステージだったことを記しておきます。
余談ですが、今回は小3の娘も一緒に連れて行きましたが、マチネなのに他に子供の姿は一人も見かけませんでした。やはり、演目が子供向きではなかったかな(というか、子供にはあまり見せては行けない部類かも…、娘は眠りもせずにそれなりに楽しんでいましたが)。
2009.12.12 Barbican Hall (London)
Mariss Jansons / Royal Concertgebouw Orchestra of Amsterdam
1. Smetana: Overture to "The Bartered Bride"
2. Martinu: Double Concerto for Two String Orchestras, Piano and Timpani
3. Brahms: Symphony No. 4 in E-minor
年頭から話題になったGramophone誌発表の「世界のオーケストラ・ランキングベスト20」で見事1位に輝いたコンセルトヘボウの登場です。ロンドンは欧米の主要オケが頻繁に客演してくれるので、その意味ではたいへん刺激的な都市です。翌日もマーラー「復活」の演奏会がありそちらは早々に完売御礼だったのですが、ちょっと地味めなプログラムのこちらも、ほぼ満員でした。他の演奏会演目を見ても今年はやけにマルティヌーが多いなと思っていたら、没後50年だったんですね。
コンセルトヘボウの弦は相変わらず非常に分厚い音です。今日は最前列指揮者の真ん前という席でしたので、ましてやブラームスだったので、ほとんど弦楽器しか聴こえませんでした。席選びについては、同じ価格帯で後方を探すと上の階のずっと後ろか、あるいは極端に脇の方になってしまうので、それよりは奏者の息づかいまで聴こえるくらい至近の方が好みであると割り切って(自分自身楽器をやるからそういう志向になるんだと思いますが)、最近よくそのあたりの席に座っています。ともあれ、その分コンセルトヘボウの素晴らしい弦セクションは十二分に堪能できましたが、ちょっと今日はあまりに弦以外がかすみ過ぎの席だったのが残念です。
ヤンソンスは相変わらず全身で飛び跳ねて、外は寒いにもかかわらず汗びっしょりで、スケールの大きい音楽を作っていきます。「売られた花嫁」序曲ではまず軽めに高速で突っ走って芸を見せつけ、マルティヌーで弦セクションの層の厚さを存分に披露した後に、メインではオーソドックスながらたいへん重厚なブラームスを聴かせてくれました。オケの特質を活かしたなかなかニクいプログラムです。ヤンソンスのオケの牽引は相当に上手いと感じましたが、前日のサラステとはタイプが異なり、タイトに押し固めるようなことはなく、音楽はあくまでおおらか。嘘臭く感じさせないのは、やはり「芸」だと思います。こういう巨匠の風格を持った人がめっきり貴重になりましたね。アンコールもサービス旺盛で、ハンガリー舞曲第1番と、スラブ舞曲の何番か(失念)をやりました。バイエルン放送響との取り合わせはまだ生で聴いていないので、いつか是非、できれば本拠地のガスタイクで聴きたいと思いました。
2009.12.11 Royal Festival Hall (London)
Jukka-Pekka Saraste / London Philharmonic Orchestra
Radu Lupu (P)
1. Beethoven: Piano Concerto No. 5 in E-flat major (Emperor)
2. Brahms: Symphony No. 1 in C minor
もちろんサラステも以前聴いた時にすごく良かったので(もう5年前になるんですなあ)大いに期待していたのですが、とにかくルプーを聴きたいがために行きました。まずは、キャンセルされなくて良かったです(10年前に一度やられてますので)。今回はステージ後方正面の席だったのでルプーの表情や手元はよく見えたのですが、肝心のピアノの音がオフ気味だったのが残念でした。まあそうは言え、独特のやわらかいタッチと軽やかな節回しは全く健在で、品のいい貫禄にあふれていました。指揮者をすっとばしてオケと勝手にアイコンタクトしてるのも相変わらずです。まあ今日は、プレイにちょっと雑なところはありました。一方のオケの方は大御所を迎えてか、ずいぶんと気合いが入っていて固い演奏です。かっちりとした好演だったと思いますが、リラックスしきったルプーとの対比が面白かったです。
メインのブラ1も非常にキレが良く、1楽章の反復もすっ飛ばし(そういう演奏は久々に聴いた)、早いテンポで快調に引っ張っていました。今回は指揮者の正面側から見たわけですが、サラステの棒はさっそうとして明快で、かといって教科書なぞりの固さやイヤミさもなく、オケのコントロールがたいへんうまい人なのだなあと感じました。良い意味で「後腐れのない」演奏です。多分コンサートホールで聴き流す分には十分満足できるけど、後にひっかかるものがなさすぎで、例えばCDを買って繰り返し聴きたいとはあまり思わない演奏のような気がしました。ただ、どのオケを振ってもレベルは高いので、また機会があれば是非聴きに行きたいと思います。
2009.12.05 Royal Opera House (London)
The Royal Ballet
Koen Kessels / Orchestra of the Royal Opera House
Peter Wright & Lev Ivanov (Choreography)
Christopher Saunders (Drosselmeyer), Emma Maguire (Clara)
Brian Maloney (Nutcracker), Marianela Nunez (Sugar Plum Fairy)
Rupert Pennefather (Prince), Yuhui Choe (Rose Fairy)
1. Tchaikovsky: The Nutcracker
コヴェント・ガーデンのロイヤルオペラ初体験です。くるみ割り人形、しかもマチネだったので、子供がいっぱいでした。話に聞いていた上流階級の社交場の雰囲気はみじんもなく、ラフな格好の家族連れ、観光客ばかりで(ピシッとした紳士も少しはいましたが)、妻もドレスじゃなくてスーツにしといて正解でした。
今回の席はStall Circleの最後列(3列目)だったのですが、その後ろにさらにD列という立ち見席があって、すぐ背後に大勢の人に立たれるのは何とも落ち着かないので(しかも騒がしい子連れもいたりして)、次回からここは避けようと思いました。
このロイヤルオペラのピーター・ライト版「くるみ割り人形」は今年25周年を迎えるプロダクションで、いかにもお金がかかってそうな、とてもファンタジー色の強い演出です。DVDソフトにもなっていますが、DVDは1985年の収録なので、さすがに大筋では同じ話でも細かい振り付け・演出は相当変わっているようでした。特に大きな違いは、第2幕のお菓子の宮殿で各お菓子の精が踊りを披露するところ、主役の二人も一緒になって踊っていたことでした。その分お菓子の精の人数が減っていたので、もしかして人件費削減?主役の二人にはたいへんタフなステージになりますが。あと、最後にくるみ割り人形の魔法が解けてドロッセルマイヤーのおいに戻り、家に帰ってくる場面、DVDではおじさんが帰宅するとおいが机で寝ていましたが、今は、おいがクララに途中道を尋ねつつおじさんの家に帰ってきて、家にいたおじさん大喜び、という話になってました。
踊りに関しては全く素人ですが、ダンサーは総じてハイレベルと思いました。主役の若い二人はたいへんに初々しく、一方のシュガープラムの女王と王子、それに花のワルツの精(日本人かと思って後で調べたら、福岡生まれの韓国人なんですね)は動きの一つ一つに迷いがなくキリっとしていて、貫禄を感じました。ドロッセルマイヤーがマジックで花を出したり、紙吹雪もふんだんに振りまかれるし、舞台道具のクラシカルなゴージャスさと相まって、たいへんファンタジックで良かったです。オケは、多少のミスはご愛嬌として、総じて非常に上品な音だったのですが、クライマックスではもうちょっと迫力が欲しかったところです。
最後に苦情を一つ。うちの娘は毎年出かけて見慣れているのもあって、最後まで釘付けで見入っておりましたが、周りにはそれほど長時間でもないのにじっとしていられない子供が多かったですね。ブダペストの方がまだましだったかも。イギリスはパブに子供を連れて入れないなど、けっこう子供のしつけには厳しい国かと思っていましたが、そんなこともないなあと。子供に実演を見せてあげるのは非常に良いことだと思いますが、最低限上演中じっとすわっていられない子供は、どんなに大きくても、連れて来るにはまだ早いです。
2009.11.25 Philharmonie am Gasteig (Munich)
Ion Marin / Munchner Philharmoniker
Frank Peter Zimmermann (Vn-2)
1. Stravinsky: "Feu d'artifice" Op. 4, fantasy for orchestra
2. Martinu: Concerto for Violin and Orchestra No. 2 H 293
3. Ravel: Alborada del gracioso
4. Ravel: Pavane pour une infante defunte
5. Ravel: Bolero
出張のおりに聴いてきました。ガスタイクは2度目ですが(6年半ぶり!)、ミュンヘンフィルは初めてです。イオン・マリンという名前に記憶がなかったのですが、プログラム表紙の、長髪に派手な革ジャンを着た、売れないロッカーのような写真を見て一抹の不安を覚えてしまいましたので、ちょっとネガティブな先入観が入ってしまったかもしれません。後で調べてみるとルーマニアの亡命者で、アバド時代のウィーン国立歌劇場の常任指揮者を勤めたこともあるオペラ指揮者で、ロンドン響、ベルリンフィル、フィラデルフィア管、バイエルン放送響、ゲバントハウス管、ブダペスト祝祭管などの一流どころや、N響、新日フィルへの客演もある、なかなかの経歴の持ち主でした。
さて、この日は早朝から起きている出張疲れもあって、前半は半分沈没していました。せっかくのフランク・ペーター・ツィマーマンでしたが、いかにも「仕事きっちり型」の堅実な演奏で、曲もマルティヌーの全然知らない曲だったので聴きどころがわからず、アンコールまで演奏しながら印象に残らなかったのは残念でした。欲を言えば次回は是非バルトークあたりを聴いてみたいです。
後半はオケいじめのようなラヴェルのきつい曲が列びます。1曲目の「花火」でも感じましたが、「道化師の朝の歌」は鳴るところではよく鳴っていましたが、音がぐじゃっとして交通整理がイマイチな印象です。ミュンヘンフィルはチェリビダッケのイメージからもっと透明感ある音を期待していたんですが、レヴァイン以降サウンドが変わってしまったんでしょうか。「亡き王女のためのパヴァーヌ」は一見おとなしそうに見えて管楽器の息が続かないけっこう邪悪な曲ですが、ゆっくりめのテンポ設定で奏者はますます苦しそうでした。中間部のテンションコードだけはぐじゃっとしたのがかえってふくらみを出していて、まずまずよい感じでした。
切れ目なしに小太鼓が始まり、ラストのボレロに突入です。なんだか気持ちの悪いボレロだなと思ったのは、3/4拍子2小節分のリズムで、2小節目の最後1拍(6連音符)にいちいちクレッシェンドをかけるのです。スコアにはそんな指示はないし、17分かけて一つのクレッシェンドで盛り上げて行くのがこの曲のミソなので、このニュアンスは興ざめです。実際に小太鼓を叩いてみると納得するのですが、微弱音の段階ではこういう強弱をつけて演奏する方が実は演奏しやすく、そもそもこれはニュアンスというよりはストイックな演奏を放棄しているだけでは、という疑念を早々に感じてしまったわけです。最初はちょっとゆっくりめかな、と思ったテンポもコールアングレのソロあたりからテンポを増して行くし、各管楽器のソロも、特にトロンボーンは、なるほど無難に切り抜けてはいましたが、破綻しないことにだけ集中した、面白みも何もない演奏に聴こえました。厳しいかもしれませんが、こういう難曲だからこそ、プロにはプロの凄みを見せてもらいたいなあと。例の6連音符のクレッシェンドも、曲が進んで音量が上がってくるといつの間にかなくなっているし、何か意図があってやってるんなら最後まで貫かんかい!と突っ込みを入れたくなりました。全体のクレッシェンドが早めだったので案の定最後はかなりのボリュームになってしまっていましたが、まあ大音響は好きなので、これはこれでいいかなと。全体的には、指揮者もオケもソリストも、その持ち味がいまいちよくわからない選曲と演奏に思えた一夜でした。
2009.11.20 Barbican Hall (London)
Daniel Harding / London Symphony Orchestra
Christian Tetzlaff (Vn-1)
1. Mendelssohn: Violin Concerto in E minor, Op. 64
2. Mahler: Symphony No 10 (compl. Cooke)
先週と同じくテツラフ&ハーディングという取り合わせですが、今日は超メジャー曲が含まれているだけあって満員の入りでした。先週は現代曲だったので正直よくわからんかったのですが、どちらかというと線の太い男性的なヴァイオリンながら芸が細かい。この人は今たいへん充実している時期ですね。堅牢な技術に裏付けされた個性的なアゴーギグは一瞬の迷いもなく、素晴らしい「メンコン」を聴かせてもらいました。大拍手に応えてアンコールはお得意のバッハのガヴォット、これもまさに名人芸でした。
メインのマーラー10番は、マーラー好きの私がこれまで唯一実演で聴いたことがなかった交響曲ですが、今日はしかもクックの全曲完成版、これでようやく「画竜点睛」成りました。打楽器奏者の端くれとしては、クック版終楽章の大太鼓強打はどうしても生で聴いておかねばなりません。やはりそこはポイントなのか、普段よりも深銅の大太鼓がでんと鎮座しておりました。
ハーディングは先週も気付いたのですが、かなりの「うなり系」になりました。しかも緩徐楽章でよくうなってます。この日もオケをよく鳴らし、ともすれば音が薄くなりがちなクック版のスコアを補って十分余りあるほどの音の厚みでしたが、弱音のコントロールには若干の弱さがあるかもしれません。この曲でそのへんの繊細さがないと緊張感が続かず、冗長さが際立つことになってしまうなと感じました。オケは相変わらず弦も管もよい仕事をしていましたが、今日は縦の線の甘いところが多少散在していました。しかし気になってしょうがないというレベルでは全然なく、このオケをブダペストで聴いたときのヘロヘロ具合は、相当調子が悪かったんでしょうか。いずれにせよ、本拠地で聴くロンドン響は、確かに世界のトップ4と言われるだけの実力はダテじゃないと感じます。
2009.11.12 Barbican Hall (London)
Daniel Harding / London Symphony Orchestra
Christian Tetzlaff (Vn-1)
1. Jorg Widmann: Violin Concerto
2. Mahler: Symphony No 6
昨年サントリーホールでハーディングが東京フィルを指揮した「マラ6」を聴いていますが、まあ良い演奏だったのですがオケが激しく息切れしていて、「できればオケはロンドン響かウィーンフィルで聴いてみたかったものだ」などと、あり得ない願望を備忘録に書いておりました。まさかそれが翌年実現するとは、夢にも思わずに…。
ハーディングは今や巨匠の貫禄です。相変わらず必死の形相、大きな動きでダイナミックな音楽作りをして行きますが、ちょうど10年前に同じ取り合わせを聴いたときの「若者を温かく見守るベテラン達」というような図式はもはや感じられず、まさに真剣勝負の場でした。オケはさすがに東フィルとは格が違い、次元の異なるパワーと表現力をいかんなく発揮していました。ブラスの馬力は凄まじく、トランペットなども全く危なげありません。終楽章の終盤、ハーディングは怒濤の煽りを仕掛けますが、オケも当然のようにきっちり着いていき、これぞ一流のプロの仕事!と感服いたしました。今から思うと、東フィルのときはオケが全然着いて行けてなかったのですが、ここまでの煽りはやらなかったので、その時々でオケの力量を見極め、破綻しないギリギリで音楽作りをしていたのだなあ、と気付きました。なお、演奏はすっかり定番になった新版に従い、中間楽章はアンダンテ・スケルツォの順、ハンマーは2回でした。ハンマーは相当重そうな木槌でしたが、何故かヘッドの平らな部分ではなく横の腹で叩いていました。
それにしてもハーディング、まだ若いながら一流どころの場数はすでに相当踏んでおり、同世代に強力なライバルもいないので、ヤンソンスのように将来主要ポストを総なめしてしまう予感がします。弱音のデリカシーがちょっと欠ける気もしますが、ロンドン響を引っ張ってこれだけのスケールの音楽を仕立てられるのだから、恐るべしです。
前後しますが、テツラフは初めて生で聴きました。小柄なハーディングよりもさらに小柄なのが意外でした。曲は1973年生まれのヴィトマンが2007年に作曲、テツラフの独奏で初演した今世紀の音楽ですが、いわゆる現代音楽の匂いはあまりなく、ベルクを彷彿とさせる流れのなめらかな音楽でした。
2009.11.10 London Coliseum (London)
English National Opera
Edward Gardner / ENO Orchestra
Daniel Kramer (Dir-1), Michael Keegan-Dolan (Dir/Choreographer-2)
Clive Bayley (Bluebeard-1), Michaela Martens (Judith-1)
Fabulous Beast Dance Theatre (Dancers-2)
1. Bartok: Duke Bluebeard's Castle
2. Stravinsky: The Rite of Spring
イングリッシュ・ナショナル・オペラ初体験です。劇場はもっとモダンなものかと想像していたら、昔ながらの歌劇場然としていて、なかなかいい雰囲気でした。
さて、ここはどんなオペラでも英語版での上演が基本なので、「青ひげ公の城」も当然英語版で、ハンガリー語とは相当語彙が違うので違和感がありますが、なかなか珍しいものが聴けました。最初、緞帳はすでに上がっており、暗転幕の表には勝手口のような扉が一つだけ、街灯の下に照らされています。かなりモダンな演出であることはこれだけで想像されましたが、手抜きの感はなく、仕掛けが凝っていて動きの多い、ずいぶんと動的な舞台でした。扉が開く度に血糊が飛び交い衣装が血に染まっていく陰惨な演出でしたが、青ひげ公は扉を開けるのを渋る言葉とは裏腹に、第1の扉(拷問部屋)ではあの音楽に合わせて!ステップを踏み、第2の扉(武器庫)では幼児用乗り物の戦車に股がって走り回り、第3の扉(宝物庫)では電飾とおもちゃの兵隊の衣装をまとったマネキンを披露、第4の扉(花畑)ではミニチュアの岩山に咲いた花をどうだと言わんばかりに見せ、自分のおもちゃ箱を次々と開けていくように、嬉々としてはしゃいでいます。あっと思ったのは第5の扉、本来はオルガン入りの壮大なハ長調の大音響に乗せて広大な領地を披露する場面ですが、舞台一番奥のカーテンが開くと三段ベッドからぞろぞろと、合計9人(一番上の少女は赤ん坊らしきものを抱えていたから本当は10人?)の顔色の悪い子供達が出てきました。第6の扉(涙の湖)までは場面転換なく子供の前で劇は進み、最後の扉で出て来た3人の夫人はそれぞれ3人ずつの子供の母親という設定で、皆恰幅の良い体型だったのは母性の象徴なのでしょう。最後は、四角いマットの3辺に3夫人が仰向けに寝そべって、スカートをたくし上げるとその中は血に染まっており、残りの1辺に寝かせられたユディットのまだ純白なスパッツに、おもちゃの兵隊の服を羽織り下半身はズボンを脱いだ青ひげ公が剣を突き立てて行く、という、何とも身も蓋もない結末でした。結局、青ひげ公の築こうとした「領地」とは家族であり、城の中が何か巨大な子宮内部のようであって、各部屋の血は出産の血であった、というストーリーのようでした。たいへん面白いとは思いましたが、ちょっと品位には欠ける演出だったでしょうか。家族連れではとても見に行けません。
「春の祭典」はFabulous Beastというアイルランドのダンスカンパニーとの共同制作で、モダンバレエというよりはもっとフィジカルな要素の強いダンスパフォーマンスでした。雪のちらつく殺風景な広場を舞台に、革ジャンを来た男どもが段ボール箱を抱えつつ踊り、3人の女の子を襲ってリアルなウサギのかぶり物をかぶせ、全員で下半身を脱いで地面にうつぶせて腰をヘコヘコと振ったかと思えば、持っていた段ボールから取り出した犬のかぶり物をかぶって、という風に、相当にぶっとんだワケワカラン系の演出でした。こっちも18禁ですなあ。ENOのオケはまずまず不可もなく、という印象。取り立てて上手いとは感じませんでしたが、破綻することもなくしっかりと熱のこもった演奏をしていました。
2009.11.08 Royal Festival Hall (London)
FUNharmonics Family Concert "The Sea"
David Angus / London Philharmonic Orchestra
Chris Jarvis (Presenter)
1. Walton: Overture "Portsmouth Point"
2. Rimsky-Korsakov: The Sea and Sinbad’s Ship from ‘Scheherazade’
3. Marianelli: The Wale's Tale
4. Wood (arr. Zalva): Fantasia on British Sea Songs (excerpts)
5. Zimmer: Suites from "Pirates of the Caribbean"
ロンドンフィルのファミリーコンサートで、テーマは「海」。司会進行のクリス・ジャーヴィスはBBCの子供向け番組に出ている人気者だそうで、会場は幼児を連れた家族連れでほぼ満員でした。しかしこのコンサート、何と言っても選曲が悪い。もっと子供がわくわくするような構成にしないと、案の定ほとんどの子供はこの小一時間程度の時間でも間が持たず、早々に退屈していました。騒がしい子供が多いのはまあよいとしても、ほとんどの親がそれを全く放置し、逆に自分がはしゃいでいる状態は嘆かわしいです。子供は楽しんでいる風でもなく、親が子に何かを教える機会として使うわけでもなく、あなた方は一体何しに来たのですか、自分がはしゃぐためだけですか、という疑問が沸々と湧いてきました。うちの娘は、演奏会よりも開演前の楽器や大道芸の体験コーナーが楽しかったようでまた行きたがっておりますが…。
2009.11.05 Royal Festival Hall (London)
Mikhail Pletnev / Philharmonia Orchestra
Nikolai Lugansky (P-2)
1. Shostakovich: Festive Overture
2. Rachmaninov: Piano Concerto No. 1 in F-sharp minor
3. Rachmaninov: Symphony No. 2 in E minor
仕事帰りにふらっと聴きに行ってみました。祝典序曲は中学のオケ部で演奏したことがある思い出の曲ですので、どうしても懐かしさが先に立ちます。えらい高速で始めたので大丈夫かなと思っていたら、やはり途中でちょっとスローダウンしていました。POのティンパニは相変わらず自己主張の強い音でいい味を出しています。2曲目、ルガンスキは以前ブダペストで聴いて以来2度目ですが、たいへん腕の達者な人であることはすぐわかります。音や演奏はずいぶんと無機的で、これが今風の新しいラフマニノフ像なんでしょうか。すいません、曲に馴染みがないこともあり、評価はパスします。メインの2番はたいへん良かったです。この曲、以前は冗長・退屈で大嫌いだったのですが、最近何故か唐突にマイブームになってしまいました。プレトニョフはどちらかというと即物的な解釈のように思えましたが、弦はよく歌っており、低音もしっかり効いて、感傷に流されない節度ある仕上がりになっていました。ただ、木管は即物的すぎるというより素朴すぎて表情がまるでなく、ここはもう一つ艶やかな音が欲しかったところです。
2009.10.17 Barbican Hall (London)
Bernard Haitink / London Symphony Orchestra
Klara Ek (S-2)
1. Schubert: Symphony No 5 in B-flat major
2. Mahler: Symphony No 4
シェーファーが体調不良でキャンセルのため出演者変更というメールが来たのが何と前日の夕方。またしてもソリスト変更ですが、どうなっているんだ、LSO。シェーファー目当てで最前列ど真ん中というカブリツキ席を取ったのに、残念でした。
相変わらずハイティンクは遅めのテンポで、揺り動かしも最小限に止め、端正で緻密な音楽作りでしたが、響きは重厚で聴きごたえ十分です。オケも皆、この巨匠に敬意を持ち大事にしているのがよく感じられました。前回と打って変わりオケに至近の席でしたので、楽器の生音や奏者の息づかいまで直接よくわかり、やっぱり私はこちらの方が聴いていて楽しいです。曲も、マーラーでは特に好きな「4番」でしたので、良い演奏会でした。
急に代役となったクララ・エクは、調べると以前N響にも客演し、同曲を歌っているんですね。遅めのテンポにもよくついて行き、がんばっていました。聴衆の拍手もひときわ大きかったです。ただ、終楽章最後の直前でカランカランと何かと落とした奴さえいなければ…。歌の一番ラストのフレーズで一瞬声が出なかったのは落下音で動揺したせいもあるのでは、とそのとき瞬時に思いました。
2009.10.13 Barbican Hall (London)
Bernard Haitink / London Symphony Orchestra
Christianne Stotijn (Ms-2), Anthony Dean Griffey (T-2)
1. Schubert: Symphony No. 8 in B minor "Unfinished"
2. Mahler: Das Lied von der Erde
テナーは、ロバート・ギャンビルが風邪でキャンセルのため、公演2日前に急遽グリフィーに変更になりました。
ちょっと席が遠かったせいか、あまり乗れない演奏でした。LSOの金管は相変わらず馬力十分ですが、おかげで「大地の歌」の独唱がどちらもオケにかき消され気味で割りを食っておりました。ハイティンクは巨匠時代の最後の巨匠のような人で、ピリオド奏法など何のその、「未完成」もフル編成のLSOをずんと重たく鳴らせます。奇をてらわずインテンポで淡々と進みますが、軽さはほとんどありません。彼の生演奏は2度目ですが、レコーディングで損をしている人ではないかと思います。実演はCDよりずっと重量感があり、心にずっしり響くものだと感じました。全体的に遅めのテンポで途中じれったいところもありましたが、「大地の歌」終楽章ラストはオケのコントロールもよく、絶妙の締め方でした。
まだ音の残るうちに咳や拍手が起こるなど、お客はちょっとせっかちでしたかな。それより、気になったのは客入り。それになりな「名曲プログラム」かと思いましたが、けっこう空席が目立ちました。6〜7割の入りだったでしょうか。天下のLSOですが一番高い席で32ポンド(今のレートだと4500円)という良心的な価格設定なので、できるだけ足しげく聴きに行きたいと思っております。
2009.09.12 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2009 PROM 76 (The Last Night of the Proms 2009)
David Robertson / BBC Symphony Orchestra
BBC Singers (3,8,13,14,15), BBC Symphony Chorus (6,8,13,14,15)
Sarah Connolly (Ms-3,5,6,10,13), Alison Balsom (Tp-4,9,10,11)
Jiri Belohlavek, Goldie, Jennifer Pike (Vacuum Cleaners-7), David Attenborough (Floor Polisher-7)
Rorry Bremner, Stephen Hough, Martha Kearney, Chi-chi Nwanoku (Rifles-7)
1. Knussen: Flourish with Fireworks
2. Purcell (arr. Henry Wood): New Suite
3. Purcell: Dido and Aeneas - 'Thy hand, Belinda ... When I am laid in earth' (Dido's Lament); 'With drooping wings ye cupids come'
4. Haydn: Trumpet Concerto in E-flat major
5. Mahler: Lieder eines fahrenden Gesellen
6. Villa-Lobos: Choros No.10 'Rasga o Coracao'
7. Arnold: A Grand, Grand Overture
8. Ketelbey: In a Monastery Garden
9. Piazzolla: Libertango
10. Gershwin (arr. Barry Forgie): Shall We Dance - 'They can't take that away from me'
11. BBC Proms Inspire composers: Fireworks Fanfares world premiere
12. Handel: Music for the Royal Fireworks - excerpts
13. Arne (arr. Sargent): Rule, Britannia!
14. Parry: Jerusalem
15. Elgar: Pomp and Circumstance March No.1
ロンドンに来ることになって、いる間にこれだけは行っとかねば、というものの一つがこのプロムスラストナイトコンサートでした。毎年録画中継をテレビで見ていて、一種異様な雰囲気に飲まれつつも、最後に会場中の大合唱で「威風堂々」を聴くといつもなかなかジーンとくるものがありました。あの場に一度は行ってみたいなと。
さて、ラストナイトは他のプロムスのチケットを同じカテゴリーで最低5コンサート分買わないとチケットが買えません。従って着席はあきらめ、当日売りのみの立ち見席にトライしました。ラストナイトは特に毎年徹夜組も出るほどの人気なので、混みそうなアリーナは最初から諦めて、ギャラリーの方の列に開場4時間前に行ったらちょうど整理券を配りだしたところで、番号は98番でした。開場3時間前にも係員が整理券番号を見に来ますが、一旦整理券をもらっておけばあとは列を離れていても、開場30分くらい前までに正しい順番のところに戻ってきていれば問題なさそうです。さらに、ギャラリーの方の列はトータルでも200人も並んでいなかったように見えたので、ギャラリーのキャパを考えれば結局全員が中に入れたはずで、要は4時間前なんかに並ばなくても、とにかく会場に入れればいいだけだったら30分前でも十分だったということです。最前の手すりの場所はどのみち優先的に入場しているシーズンチケットホルダーに全て取られてしまっていましたし。ちなみに、アリーナの方の列を見に行くと、こちらはまさにお祭り気分、ユニオンジャックのメイクに旗を振りかざし、テーブルまで持ち込んでワインパーティーをやっている集団もいました。
ギャラリーはずいぶんと広いので、手すりの場所が取れなければまあ狭苦しく詰めることもなく、どこで見てもどのみちステージはよく見えません。それでもできるだけ背の低そうな老婦人の後ろに陣取り、オペラグラスを使えばそれなりにソリストの表情まで見えました。しかし、手すりを確保している人々の中には演奏などどうでもよくお祭り気分のみで来ている人がいて(多数がと言ってもいいでしょう)、前半の演目では手すりを背に座り込んで(つまりステージに背を向けて)ぐーぐー寝てる人も少なからずおりました。そういう輩はまず例外なく太ったハゲおやじ。混み合った立ち見席で座り込んで寝られるとはっきり言って邪魔だし、見苦しいことこの上ない。イギリスの恥部をかいま見た気がしました。
後半戦になるとハゲデブオヤジもむっくり起きだして来て旗を降り始めます。私の前に立っていた老婦人はさすがにずっと立ち見はつらいと見えて、途中で何度か娘さんと立ち席を変わり後ろのベンチで休んでいましたが、その娘さんも70歳は下らないと見える老婦人。ということは100歳近く?それでギャラリー立ち見とは、恐れ入りました。休憩時間にその老婦人はバッグを置いて一旦手すり前を離れ、戻って来たときには隣のハゲデブオヤジが老婦人の場所を占拠していました。ハゲデブオヤジのグループはあろうことか全員デブだったので、みんなで前に押し寄せてくると自然と横に広がってしまったのです。老婦人(娘の方)が戻って来てハゲデブに何度も「Excuse me」と声をかけるも、ハゲデブは聞こえないフリをして完全無視。老婦人も負けてはおらず、ならばと、ハゲデブの隣にいた奥方らしきデブ婦人にもうちょっと詰めてもらえないかと訴え、ハゲデブもようやく渋々と横にずれて、老婦人は元の手すり前の席に復帰、その後ろに立っていた私も視界が広がり一安心。それにしてもこのハゲデブは演奏中にもたいへん臭い屁をかまし、この野郎は一回突き落としてやろうかと、後ろにいた私は殺意を覚えました。イギリスは紳士の国と言われていますが、ロンドンで紳士なんか一人も見たことなく、見るのはこういう恥知らずばかりです。
今年のラストナイト指揮者はアメリカ人のロバートソン、BBC響の主席客演指揮者です。演目はいかにも彼らしい、バロックから現代からタンゴ、ジャズまで多彩に取り揃えた非常にユニークな選曲でした。トランペットのバルサムは遠目で見てもたいへんチャーミングな女性で、できればかぶりつきで聴きたかったところです。アーノルドの「大大序曲」では電気掃除機やライフルが登場し(しかも主席指揮者ビエロフラーヴェクやジェニファー・パイクまで引っ張り出し)、前衛かと思いきや、楽しさあふれる曲でした。
ルール・ブリタニア以降は大合唱用の定番で、どう見てもアングロサクソンではない周囲のおっさんが、ユニオンジャック振りつつ、歌う歌う。これはやはりコンサートと言うよりお祭りであり、演奏や観客マナーがどうのこうのというのは全く野暮でしょう。ロバートソンの棒はずいぶんと淡白だったと思いますが、それでも「威風堂々」の大合唱は鳥肌ものでした。最後は国歌斉唱のあと、誰からともなくお約束の「蛍の光」を歌い出し、シメです。チケットの列に並んでからカウントするとかれこれ8時間近く経過し、立ち見だけでも3時間、後半はさすがに腰が痛くてたいへんでした。これしきの無茶でも、もうキツい年齢になりましたかなー。来年は行くなら着席券を何とか確保したいところです。
2009.08.18 Royal Albert Hall (London)
BBC Proms 2009 PROM 44
Ivan Fischer / Budapest Festival Orchestra
Leonidas Kavakos (Vn-2)
1. Prokofiev: Overture on Hebrew Themes
2. Bartok: Violin Concerto No.2
3. Dvorak: Symphony No.7 in D minor
ヨーロッパ帰還後初の演奏会は、プロムス初体験です。スケジュールを調べたところ、ちょうどフィッシャー/ブダペスト祝祭管があったので、これは外せないと早速チケットを取りました。
初めて中に入ったロイヤルアルバートホールは、まさにテレビで見るそのまま。日本武道館くらいに広く、天井が非常に高いのでクラシックの演奏会には全く不向きでしょう。しかしプロムスは元々シーズンオフのお祭りのようなものですし、何せ久々の演奏会、超久々の祝祭管、しかも大好きなバルトークのVn協2番だったので、感激はひとしおでした。カヴァコスは以前にも増してアグレッシブなスタイルになっていて、バルトークにはちょうど良い加減のワイルドさが加わったような気がします。ちゃんとしたホールで、また是非あらためて聴いてみたいものです。プロコフィエフではクラリネット奏者を指揮者の横に置いてクローズアップしていたのがいかにも祝祭管的でした。ドヴォルザークは土臭さなど一切ない端正な演奏でしたが、これもホールがバルトークホールであればなあ、などと思いつつ、とにかく今日は懐かしさが先に立っていけませんでした。
2009.02.14 NHKホール
Carlo Rizzi / NHK交響楽団
Miklos Perenyi (Vc-1)
1. ドヴォルザーク: チェロ協奏曲 ロ短調 Op. 104
2. ドヴォルザーク: 交響曲第9番 ホ短調 Op. 95「新世界より」
ペレーニおじさんが来日してN響に客演するというので、とりもなおさずチケットを買いましたが、一般発売当日の販売開始直後でS席はすでに完売。正面近傍の席が取れずかなり端のほうになってしまったのが残念です。ブダペストのころ目と鼻の先の至近距離で聴けたのが奇跡に思えてきました。
当日はほぼ満員の入りで、週末の昼間だからか年配の層が多かったほか、チェロのハードケースを抱えた若い人もちらほら見かけました。しかしNHKホールは何年ぶりでしょうか。実はここでクラシックを聴いたことはほとんど記憶にありません。
ペレーニさんはあいかわらず猫背の無表情で淡々と仕事をこなし、音楽は力まず淀まず自然に流れていきます。もちろん派手な音作りやジェスチャーは一切ありません。伴奏もそれを阻害しないよう抑制されている様子がうかがえました。何カ所か少しうわずったようなところもありましたが、ペレーニらしい渋いドヴォルザークでした。この人は本当に、音がきれいというか、チェロという楽器本来のすっぴんの美しさを感じます。ただ、この日の席では、オケの音は木管を中心に非常によく響いてきたのですが、肝心のペレーニさんの音の届きがいまいち弱かったのが残念です。できれば真正面で聴きたかったです。
リッツィはネトレプコの椿姫などで指揮をしているイタリアのオペラ指揮者で、N響は初登場だそうです。なぜドヴォルザーク?なぜ新世界?という疑念もありましたが、歌謡性の高い曲なので所々で思いっきり旋律を歌わせたりしつつも節度を守っていて、それなりにハマっていました。またN響もこの曲はオハコなのでしょう(金管の持久力も芯の太い弦の音も必要ありませんし)、ゆとりのある演奏でした。
CD即売コーナーでは、ハンガリーではさんざ見かけたが日本では入手に時間がかかりそうなペレーニのHungarotonのCDが予想以上にいろいろ置いてあり、思わず買ってしまいました。同曲の昔のCDを聴くと、まだ30代の頃の演奏ですから当然かもしれませんが、もうちょっと音はギラついている感じがして意外でした。
ところで,N響のWebサイトではマエストロ・ペレーニの扱いがずいぶんとぞんざいですな。英語ページで「Pereyni」と誤記されているのはご愛敬としても(「ペレイニ」だと思ったのでしょうか?)、シーズンの「公演の聴きどころ」で、チェリストは若手のディンドとモルクしか紹介してないのは、ちょっと失礼では?この公演もチケットが早々に完売してしまったのは、リッツィよりペレーニのおかげだと思うのですが…。
2008.12.22 ゆうぽうとホール
松山バレエ団
清水哲太郎 (台本, 構成, 演出, 振付), 山川晶子 (Clara), 鈴木正彦 (Prince)
河合尚市 / 東京ニューフィルハーモニック管弦楽団
1. チャイコフスキー: バレエ「くるみ割り人形」
今年の「くるみ割り人形」は松山バレエ団にしてみました。席が2階の後ろの方だったのでステージが見えるかどうか心配だったのですが,ゆうぽうとホールは客席の奥行きが浅くこじんまりしていて,バレエやオペラを見るにはなかなかよいホールと思いました。
演出,振付は清水哲太郎のオリジナルのようですが,読み替えなど奇をてらったところがなく,家族で安心して楽しめる,極めてオーソドックスなものでした。第1幕では兄に人形を壊される場面がないのと,くるみ割り人形が西原理恵子が殴り書きしたような笑える顔だったのが特徴的でした。第2幕はずいぶんいろいろと変化球があって,冒頭に海を航海して洞窟のような場所にたどり着く場面が全部海の底になっていたり,トレパックが女性ばかりだったり,ポリシネルではサーカステントを模したコスプレのなかから子供がわらわらと出てきたり,楽しいアイデアに溢れていました。ただ,そうでなくとも中ダレしてしまいがちな花のワルツ以降の展開の中で,コーダの前にくるみ割り人形ではない長々としたバイオリンソロの曲が挿入されて,クララと王子の別離を切なく演出していたのがくどすぎていただけませんでした。娘も相当退屈しており,松山のは長いからもう来年はいい,と言うほどでした。私は,子供連れには薦められると思ったんですがねえ…。
松山バレエ団は男女共,なかなかお歳を召した方が多く,踊りはそれなりに上手と思うのですが,オペラグラスでアップで見るのは早々にやめました…。見に行く前にキーロフやロイヤルバレエのDVDをさんざん見てから行くのは,やはりギャップがありすぎていけませんな。さて,来年はどこにしよう…。
2008.10.11 東京文化会館 (大ホール)
ソフィア国立歌劇場
Plamen Kartaloff (演出), Koen Kessels (指揮)
Emil Ivanov (Riccard), Kiril Manolov (Renato), 佐藤しのぶ (Amelia)
Elena Chavdarova-Isa (Ulrica), Teodora Tchoukourska (Oscar)
1. ヴェルディ: 歌劇「仮面舞踏会」
1年ぶりのオペラは,ブルガリアのソフィア国立歌劇場来日公演です。ここは聴いたことがなかったのですが,来日オペラ座でも地方回りの公演をやさられるランク,チケットは電子ぴあの半額セールで購入,歌手も佐藤しのぶ以外は知ってる名前がなく,もしかしたら大外しという危険もある程度覚悟はしていました。しかしいやいやどうして,蓋を開けてみると期待を良い方に大幅に裏切ってくれました。
オケは歯切れが良く,弦も管も最後まで音が野太くしっかりと出ています。ちゃんと基礎ができているという印象です。あたり前のように思いますが,日本のオケは基礎体力がないのでなかなかこうはできません。後半,ヴァイオリンやチェロのソロではちょっと「あれ」と思わせる箇所もありましたが,かつてのハンガリー国立歌劇場の平均レベルと比べたら十分立派なものです。
歌手も主役クラスは皆しっかりとした歌唱で,もちろんドミンゴ,ヌッチ級と比べたらそりゃー気の毒ですが,この歌劇場が堅実な土台を持っていることを十分に感じさせます。特にレナート役のマノロフはパンフによると劇場で最も若い歌手の一人だそうですが,経験を積み表現力を磨けば相当良い歌手になる気がしました。オスカル,ウルリカ役の人も非常に歌唱が達者で,最後まで安心して聴けました。
ただ,予想はしていましたが,残念なのは佐藤しのぶさん。さすがにスター然としたその立ち姿はブルガリア人に交じっても全く遜色ありませんが,歌が他の歌手と比べると数段落ちるのは明らか。無理矢理声を張り上げないとオケにかき消されてしまうし,細かい旋律の技巧が素人目にもイマイチでした。佐藤しのぶさんは東欧のオペラ座が来日公演をやるときに集客のためゲスト出演することがこのところ多いようで,ビジネス的にはそれもしょうがないのは理解しますが,次回ソフィアを見に行くときは,ローカル叩き上げの人で固められた日を極力選ぶようにします(本当はこの公演も,あえて佐藤しのぶの日選んだわけではなかったのですが,土曜日のマチネはこれしかなかったので…)。
演出はさほどモダンではなく,舞台装置がシンボライズとまでは言えない,単にカリカチュアライズされただけのオーソドックスなものでした。とはいえ,大がかりな舞台装置をわざわざ持ってきた上に,合唱も人海戦術でふんだんに人を使い,バレエのサービスもあり,なかなか人と手間はかかっています。これでチケット半額セールですから,聴衆にはたいへんコストパフォーマンスのよい公演だったと思います。なお,舞台設定はオリジナルではなく,いわゆるボストンバージョンというやつでした。
土曜昼の公演ということもあり,東京文化会館がほぼ満員の客入りでした。これだけ大きい箱でやることは普段ないのでしょうか,休憩時間にオケのメンバーが物珍しげにピットから客席をカメラで撮っていたのが面白かったです。
2008.09.11 サントリーホール (大ホール)
Christian Arming / 新日本フィルハーモニー交響楽団
La Fonteverde (1,3,4,6), 栗友会合唱団 (5)
Nancy Gustafson (S-2)
1. モンテヴェルディ: マドリガル曲集第7巻より「眠っているの、ああむごき心」
2. ワーグナー: 楽劇「トリスタンとイゾルデ」より「前奏曲と愛の死」
3. ジェズアルド: 5声のマドリガル曲集第5巻より「お慈悲をと私は泣いて訴えるのだが」
4. モンテヴェルディ: マドリガル曲集第7巻より「ああ。私の恋人はどこに」
5. バルトーク: パントマイム「中国の不思議な役人」(全曲)
6. ジェズアルド: 5声のマドリガル曲集第5巻より「だが、惨しい苦しみの源である貴女」
新日フィルの今シーズンのメッセージは「秘密」だそうです。一見脈絡なさそうな今日の選曲も,「愛の死」というキーワードを切り口に連なり,そこに隠された「秘密」を浮かび上がらせるというコンセプトだという解釈でよろしいのかな?しかし,トリスタンとマンダリンではプロット的にも音楽的にもずいぶんと内容が異質ですし,オケ曲ではないモンテヴェルディやジェズアルドのマドリガルをわざわざ挿入するのも,ちょっとやりすぎの気がしました。個人的には珍しい曲が聴けたのは収穫でしたが,全体の客入りは6割いったかどうかという淋しい感じでした。
この日はもちろんマンダリンを目当てに聴きに行ったのですが,悲劇性に引きずられすぎの解釈のように思いました。全体的にテンポが遅く,噛みしめるような進行です。その分クラリネット等には相当負荷がかかったと思いますが,無事に切り抜けていました。新日フィルは久々に聴いたのですが,オケのバランスは良いですね。ブラスも頑張っています。私の趣味的には,もっと躍動感が欲しかったところです。
2008.08.19 東京文化会館 (小ホール)
アプサラス第1回演奏会「松村禎三室内楽作品展」
野口龍 (Fl-1), 千葉清加 (Vn-1,2), 土田英介 (P-1), 西谷牧人 (Vc-2), 泊真美子 (P-2), 渡邉康雄 (P-3)
吉原すみれ (Vib-4), 坂本知亜紀 (S-5), 小鍛冶邦隆 / 東京現代音楽アンサンブルCOmeT (Orch-5)
1. 松村禎三: アプサラスの庭 (1971)
2. 松村禎三: ピアノ三重奏曲 (1987)
3. 松村禎三: 巡礼 I, II, III (2000)
4. 松村禎三: ヴィブラフォーンのために 〜三橋鷹女の俳句によせて〜 (2002)
5. 松村禎三: 阿知女 〜ソプラノ,打楽器と11人の奏者のための〜 (1957)
「アプサラス」は,昨年8月に他界した日本を代表する作曲家,松村禎三氏の業績を後世に伝えるために結成された音楽家有志の会で,その第1回演奏会は氏の代表的な室内楽作品を集めたプログラムとなりました。たいへん渋い演奏会ながら客席はほぼ埋まり,予想以上に人が入っていました。
「阿知女」と「巡礼」以外は初めて聴く曲でしたのでただの印象になりますが,演奏は渡邉康雄,吉原すみれ両ベテランの存在感がやはり一際光っていました。特に4は,ヴィブラフォーンが鳴りまくった迫力ある音響空間は,録音では絶対に再生できませんので,生で聴けてよかったです。最後の「阿知女」は歌がもっと聞こえて欲しかった。たった十数人の楽器に負ける声量ではいけません。百戦錬磨の両ベテランの後だけに,ちょっと割を食ったのかもしれません。
2008.07.31 東京オペラシティ コンサートホール
佐渡裕 ヤング・ピープルズ・コンサート Vol. 10
バーンスタイン生誕90年記念「音楽なんて大きらい!!でも歌はすき」
佐渡裕 / 兵庫芸術文化センター管弦楽団
田村麻子 (S), 尾崎比佐子 (S), 渡辺玲美 (Ms), 中鉢聡 (T), Kyu Won Han (Br), 萩原寛明 (Br), 花月真 (Bs)
1. バーンスタイン: 「キャンディード」序曲
2. バーンスタイン: 「5つの子供の歌」より「音楽なんて大嫌い! (I Hate Music)」
3. バーンスタイン: 「キャンディード」より「幸せなふたり (Oh, Happy We)」
4. バーンスタイン: 「オン・ザ・タウン」より「僕は僕でよかった (Lucky To Be Me)」
5. バーンスタイン: 「キャンディード」より「着飾りて (Glitter And Be Gay)」
6. モーツァルト: 歌劇「フィガロの結婚」序曲
7. モーツァルト: 歌劇「フィガロの結婚」より第2幕フィナーレ (抜粋)
8. バーンスタイン: 「ウエストサイド物語」より「トゥナイト (Tonight)」
9. バーンスタイン: 「キャンディード」より「畑を耕そう (Make Our Garden Grow)」
10. バーンスタイン: 「ウエストサイド物語」より「マンボ」
11. バーンスタイン: 「オン・ザ・タウン」より「またいつか, きっと (Some Other Time)」
しばらく演奏会も行ってないなーと思っていたところ,広告がたまたま目に入ったので,娘を連れて行ってみることにしました。入場者にはスポンサーNestleのインスタントコーヒー試供品がどっさりと配られ,カフェではコーヒーやミロが1杯200円という,演奏会場としては破格の値段で売られていて,まさにNestleの独占提供番組です。開演前や休憩時間のロビーではクラリネットとトランペットの体験演奏やクイズゲームもあり,子供を飽きさせないための配慮は評価できます。
さて,このコンサートはバーンスタインの弟子,佐渡裕が師匠のふんどしで遺志を継いで毎年行っている企画で,10回目の今回はちょうどバーンスタイン生誕90年ということで,バーンスタインづくしのプログラムになっています。とは言え,この人は普段からバーンスタインばかり演奏している気もしますが…。
オケは通称「PACオケ」と呼ばれる兵庫芸術文化センター管弦楽団。年齢層の若いオケですが,音は重いです。軽やかさが命の「キャンディード」序曲が,相当に後ノリでした。技量的にはぼちぼちという感じですが,白人の団員が多いせいでしょうか,特に管楽器に馬力があり,とにかく鳴らします。日本のオケらしくない個性です。しかしそのせいで,全体的にオケがうるさくて歌がよく聞こえません。後半,ミュージカルナンバーで手持ちでマイクを使い,やっと程よいバランスになってました。ちなみに,1階のほぼ正面席で聴いたので,席のせいではないでしょう。歌手の声量不足もあるのでしょうが,指揮者がいかにもオペラに慣れていない印象がします。
選曲は,歌詞は英語だし,実のところ子供向けコンサートにしてはハードです。Tonightはバルコニーのシーンではなく,五重唱の方。プログラムを見たとき,なんで唐突に「フィガロの結婚」なのかと思いましたが,「フィガロ」第2幕の七重唱を“Tonight”五重唱の前振りにするとは,何と大胆な!
それにしても,演奏が始まってもずっと(演奏が終わるまで!)ぺちゃくちゃしゃべくっていた隣席の親子は,ちょっとどうしたもんかと思いました。子供のためのコンサートなので子供が騒ぐのはまあ想定内なのですが,演奏会では演奏が始まったら静かに耳をかたむけるものだ,という常識を子供に教える良い機会でもあるはずなのに,親が一緒になってマナー破りをしてどうするよ!
ところで,本家バーンスタインのYoung People's Concerts国内盤DVDは,いったいいつになったら出るんでしょうかね?“Unanswered Question”や“Omnibus”のDVDが相次いで出たので,Young People's Concertsもすぐ出るナと期待して,米国盤に手を出さずに様子見しながらもう何年経つことやら。
2008.02.15 サントリーホール (大ホール)
Daniel Harding / 東京フィルハーモニー交響楽団
1. マーラー: 交響曲第6番イ短調「悲劇的」
ハーディングは,9年前にロンドン響を初めて振った演奏会(英雄の生涯,他)をバービカンセンターで聴いて以来です。今でも相当若いですが,当時は何とまだ24歳,指揮者の世界では赤ん坊も同然です。ハツラツとした大きな身振りで,1曲目から汗だくになりながらモーツァルトを振っていたのを憶えています。才能はまだ未知数,全くあどけない顔の好青年という印象でしたので,魑魅魍魎の跋扈する音楽界でも何とか消えないでこのままがんばれーと思っていましたが,心配することなく着々と階段を上りつめ,今や一流,という表現にはまだ早いかもしれませんが,少なくとも世界的な超人気指揮者の仲間入りをしたのは間違いないところです。
その人気に違わず,この日の演奏会も早い段階ですでに全席完売で,ホール入口には「チケット求む」をかかげた人が多数おりました(英語で書いている人も)。ただし,完売とはいっても実際には空席がそこかしこにあったのは,平日なので急に来れない人がいたのと,途中入場できない演目だったので遅れて席に着く人もいなかったからでしょう。
ハーディングは見た目全然変わらず,老けてません。顔はこのまま「とっつあん坊や」になってしまいそうな気がします。ハツラツとした大きな身振りも昔のままですが,必死さが消え,第一線の余裕みたいなものが出てきたように感じられました。東フィルへの登場は昨年の「復活」に続き2回目,DGに移籍第一弾のCDにクック補筆完全版の第10番(オケはウィーンフィル)を選ぶなど,その他大勢の指揮者と同様,ハーディングもマーラーに傾倒する路線を歩んでいるようです。演奏はイメージ通り,重くなく,ユダヤ系の粘っこさもない,スマートで格好の良いマーラーです。少しカラヤンを彷彿とさせましたが,終楽章などはそこまであっさり流し系でもなく,イヴァン・フィッシャー(この人はユダヤ系ですが)に近いかも知れません。
とにかく東フィルはハーディングの指揮に着いていけていない印象でした。大きな身振りが空回りしているようなところも多々ありました。線の細い弦,途中で息切れする管,こういうところはやっぱり日本のオケの限界で,ヨーロッパのオケとはいろんな意味で「基礎体力」が違う,というのはいつも感じるところです。第1楽章はまあ何とか乗りきったものの,第2楽章(アンダンテ)は特に厳しく,前半にしてすでに消耗激しいのが痛いほど伝わってきてハラハラしました。終楽章も,入りだけは緊張感高くバンと決まって,お,何とか気合いでネジを巻き直したか,と思いましたが,またすぐに息切れしてました。「マラ6名物」のハンマーも,私の席にはインパクトが全然届いて来ず,拍子抜けしました。そういえばプログラムでは「果たして今日は何回叩くか」などと煽った解説が書かれていましたが,アンダンテ→スケルツォの順で演奏する人が普通はハンマーを3回叩かせるはずがありません。実際,2回目を叩き終わった後に奏者は速攻で舞台袖に引っ込み,反対側から出てきて小太鼓の定位置に着いていましたので,それ以降ハンマーの出番がないのは明白で,「まあ叩けるだけ叩けばいいやん」派の私はちょっと肩透かしでした。一番最期の突然の強奏はズレなくバシっと決まって,それで何とか救われたという感じ。終わり良ければ,まあ良しです。決して悪い演奏ではありませんでしたが,ロンドン響やウィーンフィルで聴いてみたかったものだと,とんでもなく贅沢な願望を覚えてしまいました。
それにしても,サントリー大ホールで演奏会を聴くのは超久しぶりでしたが,噂で聞いていた通り,最近の日本の聴衆はちょっと神経質すぎるかも。この演目で集まってくるのはオタク度の相当高い部類に違いないので(実際,男女問わず,一人で聴きに来ている人が大半でした)一般化は乱暴かもしれませんが,演奏中は皆ほとんど物音一つ立てないし,最後の音の残響が消えても30秒以上誰も拍手せずにシーンとしたまま。余韻を静かにかみしめるのは私も良いと思いますが,あそこまで沈黙が長いと逆に落ち着かなくて余韻が雑念に負けてしまいます。演奏中のザワザワガサガサノイズに腹立ちながらも,演奏後は至って自然なタイミングで拍手が入っていたハンガリーが懐かしくなりました。まあ,こないだ聴いたニューヨークのようなとんでもないフライングブラヴォーや,ブダペストみたいに何でも拍子系で無理矢理盛り上げてしまうようなのも困るけど。場所によっていろいろと流儀があるのは興味深いですけどね。
2008.01.12 東京国際フォーラム ホールA
レニングラード国立バレエ (Mussorgsky State Academic Opera and Ballet Theatre, St.Petersburg)
Marius Petipa, Lev Ivanov (振付), Nikolai Boyarchikov (改訂演出)
Irina Perren (Odette, Odile), Artyom Pykhachov (Prince), Marat Shemiunov (Sorcerer)
Evgeny Perunov / レニングラード国立歌劇場管弦楽団
1. チャイコフスキー: バレエ「白鳥の湖」
UCカード会員向けの貸切公演で,「S席13000円が会員特別料金6500円に,3席セットのファミリーシートは39000円が14000円」という宣伝文句に乗せられて家族サービスのため買いましたが,国際フォーラムAホールの2階12列はS席ではないと思うぞ。あたかもS席3枚を14000円にディスカウントしたかのような後半の惹句は,ちょっとJAROに告発モンですな(席は抽選だったので,実際にはファミリーシートでS席相当に当たった人もいるのかもしれませんが)。
ロシアのオケや歌劇場の事情は大変混乱していて,ロシア国内で活動実績の全くない団体までもがそれらしい名前をつけて日本ツアーをやっているということも聞いていましたので,「レニングラード」の文字が大変うさん臭いこのバレエ団もその類かもしれないと,眉にべとべと唾つけながら見に行ったのですが,先月の新国立劇場よりずっと上手だったので良い方に期待が裏切られました。後で調べてみたら,「レニングラード国立バレエ(または歌劇場)」というのは日本ツアーの時だけの名称で,正式には「ムソルグスキー記念サンクト・ペテルブルグ国立アカデミー・オペラ・バレエ劇場」という長ったらしい名前を持つ,1833年創立の由緒正しい劇場でした。本拠地の箱はミハイロフスキー劇場(Mikhailovsky Theatre)と言い,地元民やバレエ通からは「マールイ劇場」と呼ばれて親しまれているそうです。それならそうと,「レニングラード」などという怪しさ満開の名前は止めればいいのに(本拠地が今でもそう名乗っているならともかく)。
この日はマチネの公演もあって,そちらは草刈民代がゲストソリストだったらしいです。UCカード貸切はソワレの方。キャスト表にはロシア系の名前がずらりと並び,ゲストの但し書きはなかったので皆さん劇場のレギュラーメンバーなんでしょうか。とにかくみんなすらりと長身の白人,バレリーナ然とした体格で,やっぱりバレエはこうじゃなくちゃ,見た気がしません。踊りの一つ一つが力強くダイナミックです。オデットもトーでピタっと止まり(あたりまえですがあたりまえでもない),軽やかに飛び,回転するその佇まいが見事でした。ただ,全体的にスピード感には欠けました。みなさん登場・退場・移動の際は良く言えば風格豊かに,悪く言えばのんびりと歩いていて,4羽の白鳥の踊りもオケからどんどん遅れていって最後の1拍を端折るというワザを駆使していました。タタタターッと風のようにかけこんできて,誘惑したら脱兎のごとく逃げ抜けていったブダペストのオディールが強く記憶に残っていたので,ちょっとトロいかなという印象を持ちました。
オーソドックスな舞台装置は季節をカラフルに表現し,落ち着ける雰囲気のものでした。今年の年末の「くるみ割り人形」はここでもよいかも。レギュラーでは新国立劇場より高めのチケット価格設定ですが,比較で言えばまあ妥当でしょう。ただ,5000人も収容できる国際フォーラムAホールはクラシックの鑑賞にはちょっと広すぎ。舞台は遠く,音響も悲しいです。次行くとしたら文化会館かオーチャードにします。
2007.12.21 新国立劇場 オペラ劇場
Vasily Vajnonen (振付)
Diana Vishneva (Masha), Andrian Fadeev (Prince), Guennadi Iline (Drosselmeier)
新国立劇場バレエ団
渡邊一正 / 東京フィルハーモニー交響楽団
1. チャイコフスキー: くるみ割り人形
帰国しても家族揃って「くるみ割り人形」を年末の定番にしようと思い,まずは日本の「国立オペラ座」である新国立劇場にトライしました。調べていると,12月はけっこういろんなところでいろんな団体が多数公演をやっているのに驚きました。自分が子供のころって,こんなのあったけかなあ?
新国立劇場は昨年愛称を一般公募した結果「オペラパレス」という呼び名となりましたが,日本の施設に「パレス」というのは,どうも違和感か,そうでなければチープ感を強烈に憶えてしまいます。前の「東京オペラシティ」の方がまだスマートで良いと思うんですが,いずれにせよ,名前だけでなく中身も「それなり」にして欲しいものです。CDショップもなくあるのは貧弱なただの土産物屋,いわんや,カフェの一つもないのは全くいただけませんなー。
さて,本日の「くるみ割り人形」はワイノーネン版というやつで,演出が一番オーソドックスなもの。ブダペストのオペラ座で見たのも,キーロフバレエのDVDも,細かい振り付けは除いて演出は基本的に同じですが,この日は主人公の少女を最初から大人のダンサーが演じていました。ネットで調べたら,ワイノーネン版は通常そうするらしいです。ブダペストでは最初のパーティーシーンは主人公の少女をはじめ,子供役は全て子供が演じていましたが,こちらはワイノーネンの初演版なのだそうです。ヨーロッパでバレエの公演に出てくるような子役は本当に掛け値なしにかわいいので,私はブダペスト版が好きだったなー。しかしこれはハンガリーに国立のバレエ団があり裾野が広いからこそできることであって,日本ではプロの公演で使えるような子供ダンサーは,まず数が揃わない気がします。
演奏は東京フィルもまあがんばっていて決して悪くはなかったけど,踊りが小さくまとまり過ぎてダイナミックさと躍動感が欠けている気がしました。ぶつぶつと途切れる感じで流れが悪かったです。よろける人多いし。主役の二人ともマイリンスキーの優等生みたいですが,確かにソロで踊っているのはそれなりに上手かったですが,デュエットだと途端に動きの流れが止まってぎこちなくなってました。仲悪いんだろうか。それと,王子様がジャンプしながらくるくる回って拍手喝采を浴びていたところで,ブダペストでいつも道化をやってた人はその倍の高さで3倍長く飛んでたよなーとか思うと,ブダペストも実はけっこうレベル高かったんだ,と再認識しました。オペラ座だけでなくバレエ団も来日してくれないだろうかなあ,「かかし王子」とか「中国の不思議な役人」を引っさげて。
2007.09.28 Lincoln Center, Avery Fisher Hall (New York)
Lorin Maazel / New York Philharmonic
Simon Trpceski (P-1)
1. Tchaikovsky: Piano Concerto No. 1
2. Tchaikovsky: Manfred Symphony
出張のついでに聴いてきました。マゼール/NYPは今年の5月にブダペスト公演を2日に渡り敢行したのですが,残念ながら私はその前に帰国となってしまったので,聴けなかったリベンジでもありました。
エイヴリー・フィッシャー・ホールは巨大な箱型のホールで,舞台の木目が暖かさと歴史を醸し出しています。ざっと見渡すと,客層はシニア世代がほとんどで若者が少なかったです。マゼールも,もう77歳になったようですが,全く老いを感じさせないきびきびとした動きはさすがです。ただ,テンポはだいぶ遅めになったでしょうか。マケドニア出身の若手ピアニスト,トルプチェスキは相当のテクニシャンのようでしたが,ホールの音響のせいか,音がペラペラであまり感心はしませんでした。しかし第1楽章が終わると早速拍手喝采。うーん,今日はおのぼりさんだらけなのかな?(私もそうですが。)演奏はそのまま淡々と進み,コーダの最終音が鳴り終わるか終わらないかのうちに怒涛のようなフライング・ブラヴォーとスタンディング・オヴェーション。ここまで露骨なのは超久々に体験しました。しかし,そんなに感動的な演奏だっけかな?確かに技術は超達者だけど,私には玩具のピアノを曲芸でパコパコ弾いているように聴こえて,琴線に触れる演奏ではありませんでした。これは多分,悪名高いホールの音響のせいなのだろう,それよりも,ここまで拍手喝采を浴びたら2曲くらいアンコールを弾かないと帰してもらえないのでは,などと考えていたら,2度ほどコールで出てきただけで楽団員があっさりと引き上げ,客もやけに淡白に引き下がるので意表を突かれました。ひたすらしつこいブダペストの聴衆とはずいぶん違いますなー。
メインのマンフレッドもゆったりと濃厚な進行で,おかげで途中少し寝てしまいましたが,オケの馬力の凄さは十分に堪能できました。しかしここでも終演では絵に描いたようなフライング・ブラヴォーの嵐と観衆総立ちの大拍手。盛り上がって結構なことなのですが,マゼールが2度目のコールで出てきたあと,団員は観衆の拍手をものともせず互いの健闘を讃え合い,早々に撤収していきました。観客も立ち上がったその足であっさりと帰路に着き,なるほど,スタンディング・オヴェーションはそういう意味やったんかい,と,驚くやら呆れるやら。ニューヨークの常識は,ヨーロッパからは想像できない世界のようです。
なお,随一のグローバル都市ニューヨークらしく,楽団員にアジア系の人が多数目につきましたが,団員リストを見てみると全て中国系か韓国系のようでした。これも,アジア系楽団員というとまず日本人ばかりのヨーロッパとはだいぶ事情が異なるようです。
2007.09.20 サントリーホール (小ホール)
松村禎三さんお別れ会
中島香 (P-1), 野坂恵子 (箏-2)
齋藤真知亜 (1st Vn-3), 森田昌弘 (2nd Vn-3), 百武由紀 (Va-3), 苅田雅治 (Vc-3)
1. 松村禎三: 巡礼II〜ピアノのための
2. 松村禎三: 冬日抄〜二十五絃箏のための
3. 松村禎三: 弦楽四重奏曲
2007.09.08 Bunkamura オーチャードホール
チューリッヒ歌劇場 (Opernhaus Zurich) 来日公演
Franz Welser-Most (指揮), Sven-Eric Bechtolf (演出)
Nina Stemme (Marschallin), Alfred Muff (Baron Ochs), Vesselina Kasarova (Octavian)
Malin Hartelius (Sophie), Rolf Haunstein (Herr von Faninal), Christiane Kohl (Marianne)
Rudolf Schasching (Valzacchi), Kismara Pessatti (Annina), Piotr Beczala (Singer)
1. R. シュトラウス: 歌劇「ばらの騎士」
半年ぶりのオペラ!「ばらの騎士」は妻が大好きなのでDVDを4〜5種類持っていますが,ブダペストでは(何故かR.シュトラウスはめったに上演されないので)見る機会がなく,生演は今回が初めてです。
ちょうど先月NHK教育の地デジで同じ劇場,同じ演目の放送をやっていたので(DVDで発売されているのと多分同じ),録画して予習しました。この映像,演奏と歌手は非常によいのだけど,演出がぶっ飛んでいる。お屋敷らしからぬ真っ白い温室みたいな部屋で元帥夫人とカンカンは床にシーツ敷いていちゃいちゃしてるし,お抱えの歌手は中国衣装で箱から出てくるし,カンカンが銀のばらを届けるのはファーニナル家の厨房の中で,お嬢であるはずのゾフィーが一緒にトンカツの下ごしらえなんかしてるし,ツッコミどころ満載の支離滅裂です。予習せずに舞台をいきなり見ていたら「こんなの,ばらの騎士じゃねえ〜〜!」とちゃぶ台の一つでもひっくり返していたことでしょう。しかし何度か見ていると,特に第3幕は意味不明なファンタスティックさが頂点に達し,喜劇らしい,なかなか楽しい「ばらの騎士」なのかなあとも感じました。また,オックス男爵がステレオタイプの「スケベオヤジ」ではなく,品のよい「ちょいワルオヤジ」に描かれているのが斬新なイメージでした。
今回の日本公演では,歌手陣は主役の4人を始めほぼDVDと同一のキャストを揃え,装置も全て同じものを持ち込んで,チューリッヒの舞台を忠実に再現していました。カンカン役のカサロヴァはDVDだと白塗りゾンビのようなメイクが怖かったですが,今日は薄めのナチュラルメイクで,これなら普通に美人歌手。元帥夫人のシュテンメ,オックス男爵のムフもDVD同様に手抜きの一切ない一流の歌唱を披露していました。ウェルザー=メストのオケのドライブも素晴らしく,決して熱くはないのですが,ワルツなどたいへんノリノリの演奏でした。チューリッヒ歌劇場は今回が初の来日公演のようで,その最終日だったので,演奏者も聴衆もみんな気分が高揚していたような気もしました。ただ,ゾフィー役のハルテリウスは,特にクライマックスの三重唱ではシュテンメ,カサロヴァと比べると,声量も表現力もちょっと弱かったかな。何よりこの人だけ,DVDよりずいぶんと老けてました。「パパー,パパー」の子供たちはさずがにわざわざスイスからは連れて来ず,NHKの児童合唱団を使っていましたが,ムフは上演中にも上機嫌に隣りの子供に微笑みかけて頭をなでたりしていました。おいおい,演技に集中しろよ…。あと,第1幕のお抱え歌手がやけに声が良く上手かったので名前を見ると,今回の来日のもう一つの演目「椿姫」でアルフレードを歌っている看板歌手ではありませんか!このクソ暑い中,連日の出演まことにご苦労様です。
それにしても,今回のチケットは今季の他の来日歌劇場(ドレスデン,ベルリン)より安めの設定とは言え,C席で一人23000円也。2階席でも音はよく聞こえたし,オペラグラスがあれば歌手の表情まできっちり見えたので決して悪い席ではなかったのですが,これまで見たどのオペラより高いチケットにして,このステージの遠さ。ブダペストでは最前列ど真ん中とか正面ボックス1列目とか,あり得ないような贅沢な環境でいつも見ていたのだなあ,と,あらためてしみじみと感じ,ちょっと淋しくなりました。
2007.05.06 東京国際フォーラム ホールB7
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2007
Dezso Ranki (P), Edit Klukon (P)
Zoltan Racz (Perc-2), Aurel Hollo (Perc-2)
1. バルトーク: 子供のために Sz.42 より
2. バルトーク: 2台のピアノと打楽器のためのソナタ Sz.110
ラーンキは今回の音楽祭出演者でもかなり上位のビッグネームですから演目にしてはチケットも大人気で,座席が最後列しか取れず,ハンガリーではいつもほぼかぶりつき位置でラーンキを見てきた私に取ってはたいへん遠いステージでした。もともと音楽演奏用のホールではない上に距離があったので,「ソナタ」でシンバルのインパクトなども弱く,聴いてて丸っこさの取れないバルトークらしからぬ演奏でした。もっと近くで聴きたかった。うーん,残念。
2007.05.06 東京国際フォーラム ホールC
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2007
Peter Csaba / Sinfonia Varsovia
Laurent Korcia (Vn-1)
1. バルトーク: ヴァイオリン協奏曲第2番 Sz.112
2. コダーイ: ガラーンタ舞曲
2つめの演奏会はシンフォニア・ヴァルソヴィアというポーランドのオケ。指揮者はもろハンガリー系の名前ですが,トランシルヴァニア出身のルーマニア人のようです。このコンサートは,とにかくロラン・コルシアのヴァイオリンが良かった。特に期待してなかったのですが,野性味溢れる低音と澄んだ高音,激しい超高速パッセージの直後には非常に濃いい表現力でめいっぱい楽器を歌わせ,分裂症的なこの曲にはまさにハマリの妖艶な演奏でした。名前を聞いてもいまいちピンと来なくて,朝から思わぬめっけ物だと思ったのですが,演奏後にCD即売コーナーで同曲CDのジャケットを見て,納得。この人だったのね。CD屋に行くとバルトークのコーナーは欠かさずチェックしているので,相当に見慣れたジャケットでした。こんなに素晴らしいバルトークを弾く人だったとはつゆ知らず…。
オケの方も,はっきり言って無名なのに,馬力があって軸足のぶれないたいへんしっかりした演奏。出てくる音の厚みがいちいち日本のオケとは一味も二味も違って,ヨーロッパのオケはやっぱり基礎力が違いますなー。
2007.05.06 東京国際フォーラム ホールC
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2007
沼尻竜典 / トウキョウ・モーツァルトプレイヤーズ
児玉麻里 (P-1), 児玉桃 (P-1)
1. マルティヌー: 2台のピアノと管弦楽のための協奏曲 H.292
2. バルトーク: 弦楽器,打楽器とチェレスタのための音楽 Sz.106
かつては閑散の代名詞だった「ゴールデンウィークの丸の内」を一大観光スポットに押し上げた音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ」のことは,噂では聞いていましたが,帰国前後の忙しい日々でそんなものはすっかり頭になく,今年のテーマが「民族のハーモニー」ということでバルトークが多数演奏され,ラーンキが来日するということに気付いたのはもう開幕の前日でした。せめて一日くらいは見に行ってみようと思い,慌てて「電子ぴあ」でチケットを買いました。
この演奏会は朝9時15分開始。正直,頭がまだ覚醒していません。しかしこの休日早朝から人の多いこと。乳児,幼児を連れた家族も多く,リュックを背負ってハイキングのような格好の親子もいて(大雨だったので急きょ予定を変更したんでしょうか?),クラシックの演奏会というよりも会場の雰囲気は全くの「お祭り」でした。
マルティヌーのこれは初めて聞く曲だったのですが,向かい合った2台のピアノがリズミカルにせわしなくジャカジャカ弾きまくる激しい曲で,アメリカ亡命後の作曲なのでジャズの影響でもあるのでしょうか。理解しにくい曲ではなく,なかなか面白いと思ったのですが,2楽章で睡魔に負けました。児玉麻里,桃のあまり似てない姉妹はピアノのスタイルもかなり違いがありそうですが,この曲を聴いただけでは技巧とか表現力とかはとても判断できませんでした。
トウキョウ・モーツァルトプレイヤーズは沼尻氏が若い奏者を集めて結成した小編成オケで,若いと言ってもそれなりにできる人を揃えているのか,破綻はないけど厚みもない,典型的な日本のプロオケという印象。来そうで来ない,最後まで盛り上がりに欠ける演奏でした。まあ朝9時ではみんなまだ頭が寝てたのかも。
2007.03.21 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
Riccardo Muti / The Philharmonia Orchestra
1. Mozart: Symphony in D major (Haffner), K. 385
2. Liszt: Les Preludes
3. Tchaikovsky: Symphony No. 6 (Pathetique), Op. 74
恒例「ブダペスト・スプリング・フェスティバル」の今年の目玉は,ムーティとフィルハーモニア管弦楽団による強気の「ノー・ソリスト」プログラムです。まだ曲目が未発表だった昨年夏の時点ですでに一般売りは完売,プラチナチケット化していました。
ムーティを見るのは実に8年ぶり,新婚旅行のウィーン以来です。よく見ると指揮中だけ眼鏡をかけていて(意外でした)顔からも老いは隠せないものの,柔軟で格好の良い指揮ぶりは全く健在で,見ていて惚れ惚れします。8年前も感じたのですが,実演でこの人の棒が導き出す音はCDで聴く場合とずいぶん印象が異なり,相当に抑制の利いた上品なものです。今日は席が0階ながら舞台から遠い場所だったこともあって,ハフナーなど,音量的にちょっと品がよすぎる感がありました。2曲目の「レ・プレリュード」からはぐっと編成も大きくなり,トゥッティではそれなりに馬力のあるところも見せていましたが,やはり基本的にはデリケートな弱音が命の抑えめの演奏。いわゆる「爆演系」(って何だ?)とは対極に位置しています。私の好みはどちらかというと爆演ですが,こういう細かくコントロールの利いたお洒落な演奏も,じっくり聴くにはまた良いものです。ご当地物ということもあって,ブラヴォーの嵐でした。
フィルハーモニア管を生で聴くのも実は同じく8年前のロンドン以来でした。ここのオケはロンドンにありながらも非常に大陸的というか,ドイツ的重厚さを持ち備えた,私の中では好感度の高いオケです。派手さはないがいかにも渋い木管,ずんと腹に届く低弦と雄弁なティンパニは健在で,特にティンパニはムーティの厳しい抑制の中でも彼だけは別格なのか,ところどころで自分の「見せ場」を勝手にバリバリ作っていました。「悲愴」は私の好みとしては金管がもうちょっと派手な方が良かったですが,抑えめな第1楽章と対照的に,溜めていた感傷を一気に解放したような終楽章がたいへん感動的でした。
アンコールはマルトゥッチの「ノットゥルノ」という珍しい曲で,演奏前にムーティによる長い解説がありました。「悲愴」の後ではどんな曲でも演奏しにくいが,ハンガリーの聴衆に是非マルトゥーチを紹介したい,彼はこれこれこういう立派な人で,ワーグナーを初めてイタリアに紹介し,リストと親交があったのでハンガリーとも関係がある,などというようなことを話していました。トスカニーニも好んで演奏したらしいのでイタリア人の誇りなのでしょう。世紀末の曲ですが全くの前期ロマン派風で,穏やかさのうちに終始する感じの佳曲でした。
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さて,日本帰国に伴い,この「演奏会備忘録」もとりあえず今回で最後です。長らくのご静読ありがとうございました。
2007.03.20 Liszt Academy of Music (Budapest)
Ivan Fischer / Budapest Festival Orchestra
Szabolcs Zempleni (Hr-2), Jane Eaglen (Ariadne/S-4,5), Robert Dean Smith (Bacchus/T-5)
Virginie Pchon (Echo/S-5), Claudia Mahnke (Dryade/Ms-5), Valeri Condoluci (Najade/S-5)
1. R. Strauss: Till Eulenspiegel - Symphonic Poem, Op. 28
2. R. Strauss: Concerto for Horn and Orchestra No. 2 in E-flat major
3. R. Strauss: Salome - The Dance of the Seven Veils
4. R. Strauss: Ariadne in Naxos - Aria of Ariadne "Es gibt ein Reich..."
5. R. Strauss: Ariadne in Naxos - Closing Scene of the Opera
淋しいですが,祝祭管もとりあえずこれで聴き納めです。この日はまず,「ティル・オイレンシュピーゲル」が感動的に上手かったです。この超難曲を一糸乱れぬ統率で弾き切る祝祭管と指揮者の技術力,ホルンを筆頭に重要なソロパートも一切外すことなく達者にこなしていく奏者たち,まさに「ヴィルティオーソ・オーケストラ」の面目躍如たる快演でした。この曲は祝祭管のデビューコンサートでも演奏した,メンバーにとって思い入れのある「オハコ」なのだそうで,指揮者はじめ,皆演奏を楽しんでいるのがよく伝わってきました。
この日のメインは何と言ってもジェーン・イーグレンの登場です。開演前ロビーで立ち話をしていると,すごく地味なジャンパーを羽織ったスッピン巨漢のおばちゃんが,さらに巨大な男性(ダンナさんでしょうか)を伴って入ってきたのですが,その人こそ,かのイーグレンでした。確かにその体格は尋常ではないものの,あのくらい太った人はこちらでは全然珍しくないので,言われなければ全く気付かないくらい,イメージとのギャップがありました。だいたい顔がプロモーションの写真と全然違うし。しかしその歌は評判に違わぬ素晴らしいものでした。このリヒャルト・シュトラウスのオペラは私には馴染みがなかったので,良し悪しはよくわからないところもあったのですが,さすがに「現代最高のブリュンヒルデ歌手」と言われるだけあって,まさにワーグナー向きの幹の太い美声でした。惜しむらくは席がオケの真横の2階で,オケを見るには良かったのですが,歌はやっぱりできれば正面で聴きたかったです。席のせいか,テナーは小編成にもかかわらずオケに負けていたような気がしました。
ところでイーグレンが歌い出すとどうしてもかすんでしまうものの,他の歌手もフランスやドイツから招聘した第一線の人たちで非常に良かったです。かなりお金のかかった企画だったと思います。ただ,ハンガリー国内にも歌劇場で普段活躍している素晴らしい歌手がたくさんいるのに,あえて外国からのゲストで固めたところに,国内におけるフィッシャーおよび祝祭管の微妙なポジションというかスタンスが表れているような気もしました。
2007.03.11 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
Yoav Talmi / Dohnanyi Orchestra Budafok
Tamas Erdi (P-2), Adrian Laszlo Nagy (Organ-3)
1. Talmi: The Double Marriage of Figaro
2. Chopin: Piano Concerto No. 1 in E-minor
3. Saint-Saens: Symphony No. 3 in C-minor
行けないかなーと思っていたのですが,用事が早く終わったので,夕方6時頃に急きょ思い立って聴きに行きました。
ヨアフ・タルミはそこそこ知名度のあるイスラエル出身の指揮者です。NAXOSなどに録音が多数あり,ブルックナー9番の補筆完全4楽章版という「キワモノ」の録音でも知られています。作曲家でもあり,本日の1曲目は自作の「フィガロの重婚」。モーツァルトの「フィガロの結婚」序曲をパラフレーズしたもので,面白いけど何だかようわからん曲でした。
次のショパンのソリストは全盲のピアニスト,エールディ。ハンガリーのHungarotonレーベルからCDが多数でていますが,実は私,よく考えればすぐわかりそうなものですが,ただ「いつもサングラスかけてる兄ちゃん」としか認識していなくて,全盲だとは気付きませんでした。私はショパンは全く守備範囲ではないのですが,しっかりした技術に裏付けされた,非常に繊細なピアノだと思いました。視覚情報から曲をインプットできないというのは想像するだにたいへんなことですが,あれだけ弾けるのは全く立派なものです。もちろん,オケと合わせにくいところや,ミスタッチもいくつかあったように思いましたが,第2楽章のラストや,アンコールで弾いたノクターンなど,この上なく叙情的で良かったです。
メインのサン=サーンスは昔から私の大好きな曲の一つです。このホールのパイプオルガンはこれまで何度か聴きましたが,やっぱり一度はこの曲で聴いておかねば片手落ちです。オルガンの音は高音の抜けがよい点では私の好みでしたが,低音の重量感は私の席には伝わって来ず,ちょっと迫力不足でした。もしかするとオケとのバランスで音量を調整していたのかもしれません。オケの方は,管でいろいろと事故らしきものがありましたが,弦は総じてしっかりとしていて,感心しました。この曲は演奏効果の上がるよくできた曲なので,どんなオケでも(と言っては失礼でしょうが)真面目に取り組めばそれなりに立派な演奏に仕上がります。もちろん,指揮者が中堅どころのオケを手堅くまとめるのに手練ある人だったこともあるのでしょうが,オケの「気合い」がこの場合ポイントでしょう。表現力のあるなかなか感動的な演奏でした。
2007.03.09 Erkel Theatre (Budapest)
Istvan Denes (Cond), Viktor Nagy (Dir)
Eszter Sumegi (Aida), Attila B. Kiss (Radames), Ferenc Valter (King of Egypt)
Eva Panczel (Amneris), Andras Palerdi (Ramfis), Mihaly Kalmandi (Amonasro)
1. Verdi: Aida
昨年見た「椿姫」と同じくシュメギ・エステルとキシュ・B・アティラの共演ですので,いやがおうにも期待は高まります。しかしながらこの日は,隣りのボックスに6名定員のところ7人詰め込んでいた中学生くらいの男女ガキ連中が上演中ずっとぺちゃくちゃとおしゃべりしていてうるさいことこの上なく,途中何度も注意したのですが一向に治まらず,集中して見れませんでした。グッと睨みつけると瞬間黙って視線をそらすのですが,しばらく経つとまだしゃべり始め,こりゃだめだーと。ふと他を見ると,いつものごとく,そこらかしこでゲホンゴホンと咳がうるさく,客席もざわざわして落ち着きがなく,大人がこれでは子供に道徳やマナーが育つわけもないなと,後半はもう諦めモード。ハンガリー人に「民度」を期待しても仕方がありませんな。
ということであまりちゃんと評価ができないのですが,舞台装置は正にアイーダという感じの大がかりなもので,お金のかかったオーソドックスな演出だったのですが,悪く言えばあまり工夫のない演出だったかと。まあそれでも,エルケルの狭めの舞台でも得意の人海戦術でよく頑張っていました。歌手は,シュメギとキシュBは相変わらず良い声でしたが,特にキシュBの方はちょっと疲れが溜っていたような印象です。顔黒塗りのシュメギ・エステルはやっぱりちょっとヘン。アムネリスのパンチェルは普段カルメンを十八番としているだけあって,こういうエキゾチックでゴージャスな王女は正にハマリ役。エジプト王のワルターはこの中ではちょっと弱く,アモナズロのカールマーンディに終始負けていました。今日の「めっけもん」はラムフィスを歌ったパレルディ。過去にも何度か聴いているはずなのですがほとんど印象はなく,こんなによく通る声と堂々とした歌いっぷりの人とは気付きませんでした。この日に限れば他のバリトン,バスを全く凌駕していました。なお,オケはもう一歩といったところで,特に肝心のアイーダトランペットがヨレてしまったのは失笑を買っていました。奏者が気の毒と言えばそうですが,やはりこの曲では少なくともここだけは全身全霊でしっかり吹いてもらわないと。
2007.03.03 Hungarian State Opera House (Budapest)
Laszlo Seregi (Choreography), Valeria Csanyai (Cond)
Anna Tsygankova (Katherine), Bence Apati (Petruchio)
Dace Radina (Bianca), Gabor Szigeti (Lucentio), Istvan Baliko (Baptista)
1. Goldmark (Hidas ed.): The Taming of the Shrew
振付師シェレギがシェークスピアの有名な戯曲をベースに台本を書き,ゴルトマルクの楽曲をつなぎ合わせて2幕もののバレエに仕立て上げたプロダクションのようです。ゴルトマルクはブラームスと友人関係にあったハンガリー出身の作曲家ですが,私は全くその作品を知りませんので,どの曲をどう編曲して構成したのか,さっぱりわかりません。しかし,何も事情を知らないで聴いたら最初からこういうバレエ音楽が独立してあるものと思って疑わないくらいに,編曲と構成はうまくできていました。
さてしかし,見る前はやっぱり「ぱちもん」くさい先入観が拭えず,ほとんど期待してなかったのですが,これが意外と面白かったので得をしました。話の筋はほぼシェークスピアの原作通りで,演出や振り付けも伝統的なわかりやすいものでした。場面転換にも工夫して観客が飽きないようよく考えられており,最後は「これでもか」というくらい大人数が出てくる得意の人海戦術で,これなら子供でも十分楽しめる演目でしょう。もちろん内容が子供にふさわしいかどうかは別の話で,フェミニストの人たちは眉をひそめるでしょうね。第1幕,じゃじゃ馬のヒロインを小突き回して結局手懐けるところなんぞ,限りなくレイプに近いですがな。でも,あまり深く考えなければ非常に楽しいバレエに出来上がっているので,機会があれば是非とオススメしときます。
2007.02.28 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
Sir Colin Davis / London Symphony Orchestra
Mitsuko Uchida (P-2)
1. Mozart: La Clemenza di Tito - overture, K. 621
2. Mozart: Piano Concerto No. 13 in C major, K. 415
3. Tchaikovsky: Symphony No. 4 in F minor, Op. 36
ロンドン響は1999年と2004年に本拠地バービカンセンターで聴く機会があり,その華やかな音色と,馬力があり小回りも利くオールラウンドな芸達者ぶりに,さすが世界のLSO!と,2度ともたいへん感銘を受けました。長らく音楽監督を勤めたコリン・デイヴィスの指揮ということで,今回も非常に期待をしていたのですが…。
今日のピアノ独奏は,今や世界屈指のモーツァルト弾きとして名高い内田光子さん。そのせいか,先日のウィーンフィルにもひけをとらない超満員の客席にはいつになく日本人の姿を多数見かけました。実は私は内田光子さんを聴くのは初めてだったのですが,「ため」と「間」をいちいち十分に取りつつじっくり語りかけるような,非常に個性的な演奏でした。モーツァルトのスペシャリストとして認知されているからには,もっと軽やかにサラサラと進むような模範的モーツァルト演奏を想像していたので,意表を突かれました。顔芸がちょっと怖かったですが,終始緊張感のあるピアノで,曲のユニークさとも相まってたいへん良かったです。
一方オケの方は,特に弦など相変わらず明るく綺麗かつ力強い音でしたが,もう一つピシッと合っていません。あれれと思いつつもメインのチャイ4なら十八番だろうと豪演を期待したのですが,のっけからやっぱりどうもピリッとしません。金管は,馬力はあるもののどこか力任せで音が濁っていました。ファゴットやクラリネットは二日酔いのように与太った演奏で,特にファゴットとティンパニは音程も悪かったです。チェロやコントラバスが黙々と無難に仕事をこなしていましたが,ヴァイオリンなどはやっぱり出出しがピシッと合わなくて雑に聞こえる箇所が多く,どうも期待外れ。今回LSOは2/25から28まで4日連続のウィーン・ブダペスト演奏ツアーを敢行しており,ウィーンの3日間(しかも3日とも別プログラム)で燃え尽きてしまったのかなあと。あるいは,昨夜の打ち上げで飲みすぎてしまったのでしょうか。いずれにせよ,ブダペストが嘗められていることに変わりはありませんが,今日のような演奏でも終了後にはここぞとばかりに立ち上がりブラヴォーと叫ぶ輩が後を絶たず,拍手はいつものように拍子系で盛り上がり,まあこれでは嘗められても仕方がありませんか。:-P
コリン・デイヴィスも今や齢80歳,見た目はすっかりおじいちゃんです。指揮ぶりはまだまだ元気で,3楽章では「振らずに弾かせる」といったお茶目さも披露していましたが,今日のオケを聴くと,いかにも老いたなあと感じてしまいました。ただ,アンコールもなく演奏会が終了し,客席にお辞儀するでもなく,他の奏者と握手するでもなく,さっさと引き上げて行ったコンマスが何か非常に感じが悪かったので,今のオケの雰囲気や秩序がベストな状態ではないのかもしれません。もしかして,元凶はゲルギエフ?!
2007.02.21 Hungarian State Opera House (Budapest)
Gyorgy Selmeczi (Dir), Gergely Kesselyak (Cond)
Attila B. Kiss (Andrea Chenier), Anatolij Fokanov (Charles Gerard), Georgina Lukacs (Magdalena de Coigny)
Erika Gal (Bersi), Maria Temesi (Countess Coigny), Bernadett Wiedemann (Madelon)
Adam Horvath (Roucher), Andras Kiss Kaldi (Pierre Fleville), Kazmer Sarkany (Fouquier Tinville)
Zsolt Derecskei (Spy), Tamas Busa (Mathieu), Ferenc Gerdesits (Abbe)
Geza Zsigmond (Chief Judge), Pal Kovacs (Dumas), Tamas Szule (Schmidt)
1. Giordano: Andrea Chenier
先週17日にプレミエをやったばかりの新演出です。ゲオルギーナ・ルカーチは世界の歌劇場を股にかけ活躍しているハンガリー人きっての売れっ子歌手ですが,まだ生で見たことがなかったので,彼女が最大のお目当てでした。加えてキシュ・B,フォカノフといった男声スターを主役級に迎え,テメシ,ヴィーデマン,シャールカーニ,スーレなどの実力者を脇にスキなく配置した,ここの歌劇場では二つとない超豪華布陣。さらには,厳しいケシェイアークが指揮だったのでオケもいつになくピッシリと引き締まり,今まで見た中で間違いなく最高の出来栄えの舞台だったように思います。
特に良かったのはフォカノフ。この人の声量と表現力,演技力はいつもながら本当に素晴らしい。キシュ・Bは最高の調子というわけではなさそうでしたが,テナーにあるまじき野太く張りのある声は健在で,このオペラの見せ所である4つのアリアはどれも拍手喝采でした。ルカーチは,歌もさることながら,化粧映えする派手な顔立ち,がっしりした身体(といっても決してぽちゃぽちゃぷーではない)に支えられた豊かな声量,きめ細かい演技力,そのたたずまいそのものが,とにかくこれぞ「オペラ歌手」という貫禄。ここのレギュラー女声陣ではこんな人は他にいないです。以前知人から,飛行機で偶然彼女の隣席に座り,派手な衣服で身体のゴツいおばちゃんだった,という話を聞いたのですが,そこは「女優」,舞台の上ではたいへん華のある上流階級の美女に見えるからたいしたものです。
ここの特長に違わず,奇をてらわないオーソドックスな演出で,お得意の人海戦術もあり,衣装も中世貴族風の伝統的なもので,初心者にも安心してお薦めできます。新演出でこれだと,すれっからしの「オペラ通」からは鼻で笑われるのでしょうが,なんのなんの,オペラはやっぱりこうでなくては,と私は思いますが。
主役の3人とも,カーテンコールでは満足し切った表情で観客の声援に応えて投げキスし,オケの健闘をたたえていたのが印象的でした。いやー,ここの歌劇場のめいっぱい上限を見せてもらった気がしました。
2007.02.19 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
Daniel Barenboim / Wiener Philharmoniker
Lang Lang (P-1)
1. Bartok: Piano Concerto No. 2
2. Bruckner: Symphony No. 7 in E major
前回楽友協会で聴いて以来,約4年ぶりのウィーンフィルです。立ち見席当日売りのカウンターには今まで見たことないくらい,2年前のシカゴ響の時をもしのぐ長さの行列ができていたのは,さすが天下のウィーンフィルだけあります。本日の指揮はその2年前のシカゴ響でも指揮とピアノ独奏(その時の指揮はブーレーズ)を披露していたダニエル・バレンボイム。昨年3月の「春の祭典」ではバッハ平均律のピアノ独奏演奏会を急病のためキャンセルしましたから,今回はそのリベンジでもありましょう。ピアノ独奏は,昨年の「春の祭典」でブダペスト祝祭管と共演し,たいへんロマンチックなラフマニノフを聴かせた,弱冠24歳の人気ピアニスト,ランラン。2度目のブダペスト見参です。そのせいか,客席にはいつになく中国系の人の姿が目立ちました。
曲目は当初,バルトークの「舞踏組曲」とピアノ協奏曲第2番,シューマンの交響曲第4番と発表されていましたが,直前になって急に舞踏組曲がなくなり,メインがブルックナーの7番に変更されました。経緯はよく分からないのですが,ウィーンフィルのサイトを見ると,本拠地の方の曲目変更がツアーにも影響しているようです。めったに(特に日本公演だとまず絶対に)聴けない「ウィーンフィルのバルトーク」をたいへん楽しみにしていたので,舞踏組曲の中止は非常に残念でした。
まずバルトークは,一見資質が全く合わなさそうなランランがいったいこの曲をどう料理するのか興味深かったのですが,なかなかどうして,立派な演奏に感心しました。バルトークにはさすがに得意の「顔芸」は通用しないだろうと思っていたら,「必死の形相」と大きな身振りで鍵盤を叩きまくり,アタックの激しさを視覚的にも演出していました。かと思えば1楽章途中や2楽章ではしっかり「陶酔の表情」で情感たっぷりに奏で,メリハリ十分でした。バレンボイムとウィーンフィルという大御所中の大御所を差し置き,終始ピアノがオケを食っていて,全く怖い物知らずの若者ですなー。こう書くと何か否定的なニュアンスに受け取られるかもしれませんが,実際はリズミカルさとアクセントの鋭さが曲想によくマッチしていて,なかなかの好演でした。惜しむらくはオケが押さえ気味だったこと。ウィーンフィル自慢の弦セクションは出番が極端に少ないですし,管・打楽器もピアノほどには激烈なアタックがなく,意外と大人の演奏でした。やっぱり舞踏組曲も聴きたかったなあ。なお,アンコールはバレンボイムとの連弾で「軍隊行進曲」を演奏し,さらにやんやの拍手喝采を浴びていました。
メインのブルックナーは,正直私の守備範囲ではないのでちょっと戸惑いました。しかし,実際に聴き終えた感想では,弦のこの上ない力強さ,木管の際立った繊細さ,金管のここぞというときの馬力など,ウィーンフィルサウンドを十二分に堪能するには絶好の選曲だったように思います。ある意味,シューマンより良かったでしょう。特に今日はキュッヒル,ヒンクとコンマスが二人共揃っていたこともあり,全体的に雑なところがみじんもない集中力あふれた演奏で,素晴らしいの一言です。決して派手な音ではありませんが,これぞウィーンフィルとしか言いようのない奥深い音色は,トゥッティでは最大限の迫力で高らかに鳴り響き,底知れぬ懐の広さを感じさせました。次に生ウィーンフィルを聴けるのは,果たして何年後になりましょうか…。
本日も普段と同様,6列目ど真ん中という好位置の席でチケットは8900Ft,日本円にして5500円くらいでしたが,ウィーンフィルの日本公演をそのような席で聴いたら,ヘタすりゃその10倍近くはかかるだろうから,激しいインフレ経済とは言ってもハンガリーの音楽会相場にはまだまだ感謝感激であります。
2007.02.18 Erkel Theatre (Budapest)
Gyula Harangozo, Jr. (Choreography), Valeria Csanyai (Cond)
Adrienn Pap (Snow White), Krisztina Vegh (Stepmother), Roland Liebich (Princess)
Sandor Turi (Huntsman), Levente Bajari (Old Woman), Bela Balogh (Doc)
Roland Csonka (Happy), Istvan Kohary (Bashful), Alexandr Komarov (Sleepy)
Andrea P. Merlo (Sneezy), Csanad Gergely Kovats (Grumpy), David Miklos Kerenyi (Dopey)
1. Kocsak: Snow White and the Seven Dwarfs - Ballet
娘のリクエストにより今年も見に来ました。これを3回も見ている日本人も他にいないでしょうね。花火や火薬の量が若干増えたような気もしましたが,もちろん内容は同じです。配役表を見て,おお,白雪姫と女王は「かかし王子」の王女と妖精だ,老女はいつもマンダリンを踊っている人だ,などと,しょーもない発見をしながらも,今回はさすがに途中で眠くなってきました。
ファンタジーあふれる舞台に,よく練られた踊り,音楽も,通俗的で映画音楽のようではありますが,なかなか良い曲がそろった力作だと思います。是非国外にも輸出したり,DVDソフトなども出して欲しいものです。
2007.02.10 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
Adam Fischer / Hungarian Radio Symphony Orchestra, Choir and Children's Choir
Hungarian National Choir
Kodaly Chorus of Debrecen
Anna Korondi (S), Beatrix Fodor (S), Eva Batori (S)
Ildiko Cserna (S), Bernadett Wiedemann (Ms)
Janos Bandi (T), Viktor Massanyi (Br), Istvan Kovacs (Bs)
1. Mahler: Symphony No. 8
マーラーの「千人の交響曲」は,一度は生で聴いてみたいと長年思っていた曲で,2年前にフランス国立管の来洪公演でチャンスはあったのですが,出張のせいで逃してしまい,今回ようやく聴けて感無量です。これでマーラーの交響曲は,未完成の第10番を除き,全て欧州で実演を聴くことができました。
今日の指揮はイヴァンの実兄,アダム・フィッシャー。ハンガリー国内では今や逆転していますが,国際的な知名度ではまだお兄ちゃんの方が若干高いでしょう。噂通り,イヴァンとは全く違うタイプの指揮で,あまり足を動かさず,コンパクトで力点のはっきりした鋭いタクトです。ただし動きはいくぶん軽やかで,マーラーのこの長大な作品においても何だか古典を振っているような指揮に見えました。急ぎすぎず,かといって重くならず,ほどよくソツない流れで全体をうまく盛り上げていたと思います。オケも放送オケらしく無難にまとめるのがたいへん上手なように感じました。息を呑むような瞬間もないかわりに,大外しすることもない。もちろん演奏技術は水準以上ですし,この難曲を大外ししないで通せるだけでも,凄いことなのかもしれません。金管などかなり馬力のあるところも見せていましたが,今日は半分くらいがトラでしょうからあまり参考にはならないでしょう。
独唱は最初の発表から,メラート・アンドレアがチェルナ・イルディコに,フェケテ・アッティラがバンディ・ヤーノシュに代わっていました。実を言うと私にとってこの8番はマーラーの中で最も聴く頻度の低い曲であり,隅々まで知り尽くしているわけでは全くないので,最初独唱者が7人登場したときは「あれ,独唱は8人なのでは?」と疑念に思いました。顔ぶれを見ると,バートリ・エヴァがいない。確かにチェルナは元々ソプラノですからカバーできないことはないとは言え,8人必要なところを7人でやったらインチキなのでは?しかし,第2部の途中から,2階(日本で言う3階)のパイプオルガンの真ん前,鍵盤の場所にさりげなくバートリが出て来ていて,さらに長い時間待ったあげく,ようやく立ち上がり,一際高いところから栄光の聖母を歌い上げました。なるほどそういう仕掛けだったのね,と納得。それにしても,待ち時間が長いわりには出番が少なすぎるので,ちょっと気の毒な役回りだったかも。
ステージ上の総勢はオーケストラ150人,合唱500人くらいで,文字通りの千人には届きませんでしたが,それでもこれだけの人数が奏でる音圧は凄まじい迫力で,オケのどのパートがどうであったとか,ソリストがどうのとか,なんかそんな細かいことはもうどうでもよくなる恍惚の音響空間。やっぱりこの異次元体験は生で聴いてこそのものであるなあ,というのがよくわかりました。聴けてよかったです。アダム・フィッシャーとハンガリー放送響のいずれも,実演を聴くのは今日が初めてでしたが,初体験がこんな特殊な曲だと,音の洪水に押し流されてほとんど何にもわからないに等しいですね。さらなる分析はまた次の機会に。
終演後は拍手喝采が鳴り止まず,今日ばかりは拍手が拍子系になっても許せました。とりわけ,アダム兄ちゃんへの拍手がひときわ盛大で,彼の人気がブダペストでもここまで高かったとは正直知りませんでした。イヴァンはいかにも気難しそうで妥協なきワンマン芸術家タイプに見えますが,アダムの方は町の気さくな職人風で,この人気はその人柄もあってのことなんでしょうか。実際,その指揮もスターというよりは職人肌の仕事という印象で,なるほど,ヨーロッパ各地で活躍する「オペラ指揮者」だけのことはあるなあと思いました。
2007.02.05 Hungarian State Opera House (Budapest)
"Opera for Opera - Gala evening"
Janos Kovacs (Cond), Mate Sipos Szabo (Choreography)
Andrea Rost (S-3,7,20,22), Szilvia Ralik (S-5,14,17), Eva Panczel (Ms-11,12,16)
Annamaria Kovacs (A-9,22), Attila Fekete (T-2,11,13,15,18,22), Levente Molnar (Br-4,6,15,22)
Mihaly Kalmandi (Br-12,13,17), Kazmer Sarkany (Br-21), Laszlo Szvetek (Bs-21)
Eniko Somorjai (8), Milan Madar (8), Anna Tsygankova (19), Levente Bajari (19)
1. Mozart: Don Giovanni - overture
2. Mozart: Don Giovanni - Don Ottavio aria (Act II)
3. Mozart: Le Nozze di Figaro - The Countess aria (Act II)
4. Mozart: Don Giovanni - Champagne aria (Act I)
5. Verdi: Les vepres Siciliennes - Bolero
6. Rossini: Il Barbiere di Siviglia - Figaro's entrance (Act I)
7. Johann Strauss II: Die Fledermaus - Rosalinde's csardas (Act II)
8. Tchaikovsky: The Nutcracker - Pas de deux (Act III)
9. Mussorgsky: Khovanshchina - Marfa's divination (Act II)
10. Bizet: Carmen - Prelude
11. Bizet: Carmen - Seguidilla (Act I)
12. Bizet: Carmen - Torreador (Act II)
13. Verdi: La Traviata - Germont aria (Act II)
14. Verdi: Macbeth - Lady Macbeth aria (Act II)
15. Verdi: Don Carlo - Duet
16. Mascagni: Cavalleria Rusticana - Santuzza's romance
17. Verdi: Il Trovatore - Leonora and Count Luna duet
18. Puccini: Turandot - Kalaf aria (Act III)
19. Prokofjev: Romeo and Juliet - Pas de deux
20. Donizetti: Don Pasquale - Norina aria (Act I)
21. Donizetti: Don Pasquale - Don Pasquale and Malatesta duet (Act III)
22. Kodaly: Szekely Spinnery - Finale
世界を股にかけ活躍するリリック・ソプラノ,ロシュト・アンドレアをスターゲストに迎えたオペラ座ガラ・コンサート。ずっと国外での活動が主なので,ハンガリーでは年に1〜2回しかお目にかかれません。美人と言うよりたいへん可愛らしい容姿と,澄んだ美声,それに懐の深い表現力は健在で,貫禄を見せつけていました。最後の「セーケイの紡ぎ部屋」でようやく他の歌手との絡みがありましたが,一緒に並ぶと彼女の背の低さが一際強調されて,ちょっと意外でした。舞台の上だと存在感が大きい人ほど,実際より身体も大きく見えてしまうものなんでしょうね。しかし,このハンガリー民謡編曲より,むしろ「ナンチャッテハンガリー風」であるはずの「こうもり」のチャールダーシュの方が,踊りの仕草などからいかにもハンガリー人の血を感じさせていたのが印象的でした。けっこう大きいお子さんがいるはずなのですが,調べたらまだ44歳なんですね。この容姿ならまだまだ娘役でも何でも行けます!今後も是非,幅広く活動して欲しいものです。
さて,他の歌手の顔ぶれも国立歌劇場のトップどころを揃えた,なかなかのものでしたが,こういった一発勝負のガラコンサートでは,声量があり小技の効く歌手がやっぱり美味しいところをさらっていきます。「カルメン」までの前半戦では,ドラマチック・ソプラノのラーリックと早口バリトン,モルナーが一際大きな喝采を浴びていました。パンツェルのカルメンはオハコですが(今までカルメンというとこの人しか聴いたことがありません),エスカミーリョのカールマンディは,元々バリトンというよりはバスなのでイマイチ乗りきれてなく,やはりこの人は青ひげ公とかザラストロの方がハマリ役なんじゃないでしょうか。後半戦になるとしっとりとした曲が続き,前半は影が薄かったフェケテ・アッティラが「トゥーランドット」のアリアで熱唱大爆発。この日最大の拍手とカーテンコールを獲得していました。「ドン・パスクアーレ」のバリトン二重唱では,先月のワーグナー「指環」ではヴォータンやハーゲンという重厚な役で存在感を見せつけていたスヴェーテクが,180度異なるコミカルな役もこれまた達者にこなし,芸幅の広さを見せつけていました。これだけ,カーテンコールで歌をもう一度繰り返していましたが,舞台転換の時間稼ぎもあったのでしょうね。すごいと思ったのは,確かに「ドン・パスクアーレ」は今シーズンのオペラ座のレパートリーになっていますが,この二人,実はそちらには出演していないにもかかわらず,ちゃんとここまで歌えるという守備範囲の広さです。最後はコダーイ没後40年ということもあって,歌手陣もハンガリー民族衣装を身にまとい,いつになく民族色を強調して終わりました。
なお,オケはイマイチ迫力不足,集中力不足でした。指揮はやっぱりコヴァーチのおっちゃん…。メンツも主力ではなかったのでしょう。
2007.01.26 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
"Bag of Surprises Concert"
Ivan Fischer / Budapest Festival Orchestra
Menahem Pressler (P-2)
1. Rautavaara: Cantus Articus (Concerto for Birds and Orchestra)
2. Mozart: Piano Concerto No. 17, K. 453
3. Veress: Threnos - in memoriam Bela Bartok
4. Beethoven: Symphony No. 8
祝祭管恒例の「福袋演奏会」。当日開演まで曲目やソリストは極秘中の極秘とされています。とはいえ,同じ演奏会を3日連続でやるわけなので,2日目以降の観衆はある程度内容を知っている人も多いと思いますが。ちなみにこの日は初日だったので,何が起こるか全く見当なしでした。
開演前,舞台上に何やら巨大な物体が黒いカバーをかけて置いてあり,1曲目の前にその物体はソリストの位置まで持って来られて,カバーを外してみると,それはカナリアが数羽入った巨大な鳥かごでした。このラウタヴァーラの「鳥の声協奏曲」はヒーリング系の静かな音楽で,鳥の声は基本的にはレコードを使っていたのですが,どうせなら本物の鳥と共演したらどうか,ということで鳥かごが持ち込まれたようです。リハーサルではよく鳴いていたらしいのですが,本番では1羽が時々ちーちー鳴いていた以外は,すっかり沈黙。まあ初日だったので,カナリア達も緊張していたのかもしれません。
2曲目のソリストはアメリカの巨匠,メナヘム・プレスラー。私はその方面に疎いので名前を知らなかったのですが,ボザール・トリオのリーダーとして,室内楽の世界では超大物だそうです。見た目は背の低いちんちくりんのおじいちゃんですが,一旦ピアノの前に座れば,83歳という年齢を全く感じさせない,かくしゃくとして瑞々しい演奏ぶり。今回の福袋演奏会では「自然」が一貫したテーマだったようで,端正かつどこまでも自然体のピアノを奏でる彼との共演を,フィッシャーが特に熱望したそうです。
3曲目は,1940年の皇紀2600年に際し,バルトークの代役として奉祝楽曲を委嘱されたことで日本ではその名が知られる(その時奉納されたのが交響曲第1番)ヴェレシュ・シャーンドルが,師匠であるバルトークの訃報に際して書いた「哀歌」。ハンガリーにおいてもなかなか聴く機会がない曲で,正直言うとそう強い印象を与える曲ではないのですが,その控えめながらも美しいメロディーはもっと再評価されてもよいような気がしました。
最後はベートーヴェンの8番。まず1楽章を演奏し,当時のメトロノームは今と精度が違っていた,とか,自然なリズムとは何か,などという話をした後に,いっそメトロノームがオーケストラの指揮をしたらどうなるか,と言って,何を血迷ったか,メトロノームの巨大なハリボテを運んできて指揮台の上に置くと,自分はその中に入り,巨大な振り子を持って実際のメトロノームのごとく左右に揺らしながら第2楽章を指揮していました。しかしフィッシャーもお茶目ぶりを発揮して,ただ単純に一定リズムで振るだけでなく,時々曲に合わせてリズムを変えたり細かく振ったりして会場の笑いを取っていました。奏者の人たちは,まことにご苦労様です。そういえば,ティンパニは古楽器を使って,何故か指揮者の目の前(つまりチェロやビオラの前)に位置して演奏していました。これも,弦楽器奏者も自然なリズムをより身近に感じるように,という意図があったようなのですが,何だかよくわかりません。第3楽章からは普通の形態に戻りノーマルに演奏していましたが,フィッシャーの指揮は結構アゴーギグを効かせた,あまり「自然体」とは言えないものでした。おちゃらけないで普通に演奏してくれた方が私としては良かったかなと。
アンコールはシュトラウス2世のポルカ「クラップフェンの森にて」。いかついスキンヘッドの大男が出てきたので何者かと思えば,この人はフリーの打楽器奏者だそうで,このアンコールのためだけに出てきて指揮者の横でオカリナや鳥笛を吹いていました。わざと調子っぱずれに演奏するそのさじ加減がなかなか上手でした。最後はフィッシャーも鳥笛を手にして吹き鳴らし(こちらはもちろんうまく音が出ず,スキンヘッド兄ちゃんと対比させていました),やっぱりおちゃらけて終了。鳥で始まり鳥で終わるという一貫性は保たれてましたが,結局何だかよくわからない企画でした。観衆を楽しませようというハートは十分伝わってくるのですが,個人的には,似合わないからあまりギャグ系には走って欲しくないですけどねえ。
2007.01.20 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
Gabor Hollerung / Dohnanyi Orchestra Budafok
Budapest Academic Choral Society, Budapest Youth Choir (2)
1. Bernstein: Divertimento
2. Vajda: Variations
3. Grofe: Grand Canyon suite
最上階3階(日本で言う4階)の最後列という,ステージから最も遠い席を初体験したのですが,正面だったので,これが意外と悪くない(そもそも,楽団員用のチケットを工面していただいたので,贅沢は申せません)。オペラグラスで見てもまだ小さいという舞台の遠さはどうしようもありませんが,ステージ全体はよく見渡せ,音的にも問題ありませんでした。
さてこの楽団は,1970年リスト音楽院の学生らを中心に結成され,1989年に著名なハンガリー人作曲家エルンスト・フォン・ドホナーニの名を冠して「ブダフォキ・ドホナーニ・エルヌー交響楽団」と改名,1993年にプロ化した,比較的歴史の若いオーケストラです。実演を聴くのは初めてでしたが,演奏会スケジュールを見るにレパートリーに節操がなく,日程も過密なようなので,慢性的練習不足に陥りやすい楽団なのかなと,正直言ってあまり期待していなかったところ,なかなかどうして,立派な演奏でした。指揮棒を使わず,振り方が何となく「テキトー」に見えるのですが,出てくる音はパートバランスがしっかりして,メリハリも効いて,勢いが感じられる演奏でした。団員のほとんどは若く,管楽器は正面突破めざして撃沈,みたいなキズも多々ありましたが,オーボエなどなかなかよい音を出していて感心しました。開演30分前に指揮者による楽曲解説があったのですが,20分間絶え間なく,まーよくしゃべること。その憎めないキャラクターと話術で,楽団員を乗せるのが非常に上手い人なんでしょうね。
バーンスタインのディヴェルティメントは全体的によく鳴り,ちょっと重めの演奏。ヴァイダはもちろん初めて聴く曲だったのですが,出だしこそハンガリー民謡調だったものの,あとは古典のカンタータ風で親しみやすい曲でした。メインの「大峡谷」は,ステージ後方のスクリーンでスライドショーを上映しながらの演奏だったのですが,このスライドショーがイケてなかった。もちろんグランドキャニオンの写真が中心なのですが,鳥のさえずりでは鳥のアップ,ロバの行脚ではロバのアップ,日の出,日没,雷雨でもそのまんまのシーンが恥ずかしげもなく出てくるという,あまりにもベタな写真選択。加えて,安直なトランジット効果の多用が,いかにもパソコンのソフトで取り急ぎ作ってみました,という空気をぷんぷん醸し出し,会場の失笑を誘っていました。こういう自然描写を音楽で表現するのが素晴らしいのだし,演奏もそれなりにがんばっていたのに,スライドショーは気を散らすだけ,正直言って邪魔でした。無い方が良かったかなー。笑いを取るのが目的だったのなら話は別ですが。
2007.01.14 Hungarian State Opera House (Budapest)
Janos Kovacs (Cond), Viktor Nagy (Dir)
Andras Molnar (Siegfried), Csaba Otvos (Gunther), Janos Toth (Alberich), Laszlo Szvetek (Hagen)
Erzsebet Pelle (Brunnhilde), Erika Markovics (Gutrune), Bernadett Wiedemann (Waltraute)
Annamaria Kovacs (1. Norna), Eva Balatoni (2. Norna), Szilvia Ralik (3. Norna)
Monika Gonzalez (Woglinde), Eszter Somogyi (Wellgunde), Jolan Santa (Flosshilde)
1. Wagner: Gotterdammerung
ほぼ満員の場内,最終夜ということもあって,いつになく雰囲気が盛り上がっていました。先日のワルキューレと同じくオケピットには所狭しと奏者がびっしり入り,顔ぶれも主力が揃っているように見えました。実際,この日のオケの演奏は,ホルンが時々外した以外は,実力の上限いっぱいまで鳴らした,実にしっかりとしたものでした。ホントに,おっちゃんもオケも,いつもこのレベルでやってくれたらいいのになあ。
今日は装置のトラブルもなく,2階建て,あるいは3階建ての大がかりな舞台装置が圧巻でした。プロローグの旅立ちの場面では本物の白馬が登場し,もちろん歌手の歌など我関せずで足をカパカパ踏み鳴らしたり,「ブルルルッ」とうなり声を上げていましたので,何かの拍子に暴れ出しやしないかとヒヤヒヤ(ちょっとワクワク)しました。
ラストでは指環を取り返したブリュンヒルデが舞台奥に消え,炎を表す赤い照明が後ろから煌々と光る中,3階建ての建物がずーんと沈んでいき,背後からスモークと緑のレーザー光線が滅び行く神々のシルエットを映し出します。これは「ラインの黄金」の冒頭場面とほぼ同じであり,長い時間を経て最初に帰還していくなかなか感動的な演出で,見応えがありました。
歌手陣では,冒頭の3人のノルンにさりげなくラーリック・シルヴィアが入ってたりして,やはり一際キラリと光っていました。ジークフリートのモルナー・アンドラーシュは,図体がでかすぎるのがちょっとイメージに合わないですが,当たり役だけあって非の打ち所のない立派な歌唱です。しかし,この日一番の拍手をさらっていたのはハーゲン役のスヴェーテク。この人,ワルキューレではヴォータンを歌っており,ちょっとパラレルワールド的ですが,ワイルドな風貌に加えて堂々としたドラマチックな歌唱が異彩を放っていました。一方,女声陣で肝心要のブリュンヒルデは歌も声量も(見た目も)いまひとつ。ワルキューレの妹役のヴィーデマンの方がベテランの味で終始ブリュンヒルデを食っており,カーテンコールの拍手の大きさが端的にその出来を物語っておりました。ちなみに,ブリュンヒルデは「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」で各々別の人が歌っており,一貫性から言って統一して欲しいなとは思いましたが,まあ,連続上演する際は歌手の負担を考えると仕方がないのでしょうね。あと,オケもよく頑張っていたので,コヴァーチのおっちゃんがいつになく満場の歓声と拍手喝采を浴びていました。
しかし,ワーグナー苦手な私は最後に一言言いたい。とにかく,長すぎ。Wikipediaで「ニーベルングの指環」の項を見ると,「神々の黄昏」のあらすじなんかたった3行ですぜ?というのは半分冗談ですが,なぜにここまで引き伸ばすことがある?とは正直思います。第1幕のブリュンヒルデと妹とのやりとりや,第3幕最後の彼女の独白など,そのタイム感にはとてもついて行けません。それとも,途中の冗長な場面で我慢に我慢を重ねた結果,初めてラストの感動が真に味わえる,ようなものなんでしょうか?
同じくWikipediaによると,この「指環」を通しで上演することは一般にはあまりないが,バイロイトの音楽祭,あるいはAクラスの歌劇場などでは目玉としてよく上演される,とのことなので,ともあれ,ハンガリー国立歌劇場が「Aクラス」の歌劇場でよかったです。いやホント,イヤミじゃなくて。貴重な体験ができました。でも,生は一度で十分ですかなー。
2007.01.12 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
Zoltan Kocsis / Hungarian National Philharmonic Orchestra
Dezso Ranki (P-2)
Artists from the Budapest Puppet Theatre (Puppet Play-3)
1. Tchaikovsky: Tempest, Op. 18
2. Bartok: Piano Concerto No. 1
3. Stravinsky: Petrushka (with puppet performance)
昨日は「ワルキューレ」に続き「ジークフリート」を見に行く予定が,娘の急な発熱のため,あえなく断念。しかし気を取り直し,本日はかねてから楽しみにしていた国立フィルの演奏会です。ハンガリーが生んだ往年の巨匠,ヤーノシュ・フェレンチク(1907.1.18-1984.6.12)生誕100周年記念演奏会ということに,いつの間にか,なっていました。国立フィルでは珍しく,チケットは早々に売り切れており,立ち見席の当日売りには長い行列ができていました。一つはラーンキの人気ですが,もう一つ,メインの「ペトルーシュカ」が人形(パペット)劇付きということで,多数の学童集団および子供連れ家族が見に来ていました。
ラーンキのピアノにコチシュ/ハンガリー国立フィルという組み合わせでのバルトーク1番は,昨年3月に聴いた「バルトーク生誕125周年記念演奏会」と同じです。ピアノの周囲に打楽器群を配置するという仕掛けも全く同じ。ラーンキのピアノは超精巧でしたが,(打楽器のアタックを強調するわりには)オケ伴奏のリズムが悪く,何となく引きずった感じになっているというのも,前回から変化がありませんでした。ただし今回はパペットショーの舞台が最初から出来上がっていましたので,ステージ上に雛壇がなく,背面の反響板もない状態での演奏で,ピアノの音がより突出して聴こえていました。やっぱりラーンキはどんなに早くて変態的なパッセージでも音の粒がぴっちり揃っていて,上手い!の一言です。
さて,メインではステージが下に沈んでオケピットになり,オペラやバレエの上演のときと同じかっこうになりました。パペットは素朴で無表情なデザインでしたが,下から棒で操るタイプ,上から糸で操る小サイズのタイプ,影絵用など,いくつもバリエーションを用意して,場面に応じて使い分けていました。劇は「ペトルーシュカ」オリジナルのバレエのプロットをほぼそのままなぞっていましたが(元々が魔術師に操られるパペットのお話ですし),子供向けにおどろおどろしさを一切排除していました。パペットの動きや場面転換が単調なこともあり,これが意外と退屈して,途中で眠くなってしまいました。やっぱり人間が演じるバレエで是非見てみたいものです(実演はおろか,映像化されたものも一切見たことがないのですが)。演奏は,トランペットがソロでちょっと危うい箇所がいくつかあった他は,なかなか立派なものでした。こういう試みも面白いですが,今日のコンサートで言えば,人形劇はなくてもよかったかなと。なお,スコアは1911年版を使っているようでした。
余談ですが,ケレメン・バルナバーシュとコカシュ・カタリンの人気ヴァイオリニスト夫婦が,まさに二人を足して二で割ったような顔をしたかわいらしい娘さんと一緒に聴きに来ていました。このお嬢さんも,間違いなくもうすでにヴァイオリンを仕込まれてるんでしょうなー。ケレメンは客席でイヴァーン・フィッシャーとおぼしき人と立ち話をしていましたが,よく考えるとフィッシャーがコチシュの演奏会に来るはずはないので(現在激しく仲違い中のため),よく似た他人だったのでしょう。お兄さんのアーダーム・フィッシャーとも顔が違うようでしたし。その人は演奏会終了後ラーンキとも立ち話していましたので,業界関係者だろうとは思いますが。
2007.01.07 Hungarian State Opera House (Budapest)
Janos Kovacs (Cond), Viktor Nagy (Dir)
Janos Bandi (Siegmund), Ferenc Valter (Hunding), Laszlo Szvetek (Wotan)
Maria Temesi (Sieglinde), Judit Nemeth (Brunnhilde), Eva Panczel (Fricka)
Erika Gal (Grimgerde), Bernadett Wiedemann (Schwertleite)
Veronika Fekete (Helmwige), Eszter Somogyi (Gerhilde), Maria Ardo (Ortlinde)
Gyongyver Sudar (Waltraute), Ildiko Tas (Siegrune), Jutta Bokor (Rossweise)
1. Wagner: Die Walkure
ハンガリー国立歌劇場の新年は「指環」で明けるのが恒例です。昨年見た「ラインの黄金」がしょぼい演奏とよくわからない演出だったので恐々としながら「ワルキューレ」に臨んだのですが,なかなかどうして,コヴァーチおじさんの指揮では今まで聴いたことがないような堂々として起伏に富んだ緊張感ある演奏に驚きました。よっぽど主力奏者が勢揃いでもしたのでしょうか。歌手陣も主役どころは皆豊かな声量で熱のこもった歌唱。文句の付け所がありませんでした。この日の聴衆は皆さんたいへん満足して帰ったことでしょう。ジークリンデとブリュンヒルデ(ついでに言うとジークムントも)が恰幅良すぎる体格だったのも,まあワーグナーではご愛敬なのでしょうね。
この日,フンディンクを歌うポルガール・ラースローを一番の目当てにしていたのですが,前日のリサイタルで腰を痛め入院したとかで,配役表の印刷も間に合わないような直前でドタキャン。最初彼のキャンセルを知らなくて,フンディンクが出てきてすぐに,前に見たポルガールとは声も頭髪も鼻の形も違うので「あれえ?」と思ったのですが,メイクが強烈すぎて確信が持てず,半信半疑のまま最後まで見てしまい,後で隣席のおねーちゃんにキャンセルの事情を教えてもらいました。代役の人もよくがんばっていましたし,元々フンディンクの出番は少ないので全体として問題はなかったのですが,やっぱりポルガールの渋いバスが聴きたかったので,残念です。また,第3幕の開演前にアナウンスがあり,(ハンガリー語だったので再び隣席のおねーちゃんに教わりました)「舞台装置の故障で場面転換ができないため第2幕の舞台をそのまま使います」ということで,トラブル続きの上演でした。もっとも「指環」の場面設定はほとんどが岩山か川岸なので,ステージ上に岩さえあればそれらしい雰囲気になり,違和感は全くありませんでしたが。
それにしてもワーグナーは長い。私の時間感覚とは根本的に合いません。前にウィーンで見たときはまだ字幕に英語を選べたのですが,今回はドイツ語の歌詞もハンガリー語の字幕も私にはちんぷんかんぷんなので,あらすじが頭に入っているだけでは,延々と続く歌のかけ合いが,まあ長いこと。それでもこの日はオケの演奏に力がありましたので,何とか飽きずに最後まで聴けました。残り2つも同様なテンションだと良いのですが。