クラシック演奏会 (2006年)


2006.12.28 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
Ivan Fischer / Budapest Festival Orchestra
Pieter Wispelwey (Vc-2)
1. Ravel: Pavane for a Dead Princess
2. Dvorak: Concerto for Violincello and Orchestra in B minor, Op.104
3. Dvorak: Symphonic Variations, Op.78
4. Ravel: La Valse

 今年最後の演奏会は,現在世界で5本の指に入ると言われる実力派の人気チェリスト,ピーター・ウィスペルウェイをソリストに迎えたブダペスト祝祭管です。この3日連続公演ではドヴォルザークの2曲がライブレコーディングされるそうで(ウィスペルウェイもフィッシャーも今はChannel Classicsの専属アーティストでしたね),開演前に「演奏中は静粛に」というアナウンスがありましたが,そんなことで自分を曲げるハンガリーの聴衆ではありません。冬場の風物詩通り,1曲目からゲホゲホゴッホンとうるさいこといつもの如しでした。
 ウィスペルウェイは演奏中の鼻息が荒いのが玉にキズですが,フレーズを一つ一つ丁寧に組み立て,一音ごとに表情を付けていくような細かい演奏スタイルで,たいへん説得力がありました。私の好みはもっと大らかで野太い演奏なのですが,これはこれでなかなか良かったです。また,この人のチェロは音が非常に綺麗です。対するオケの方はいつものごとくシンフォニックで壮大な演奏で,曲全体のスケール感を確保していました。ラストの開放感も感動的で,CD化されるのが今から楽しみです。
 パヴァーヌではハープを指揮者真正面に横向きに置き(観衆は演奏を真横から見ることになります),ラ・ヴァルスでは2台のハープを指揮者の左右に配置して,いずれも普通ならオケの音にかき消されがちなハープの繊細な音色をよく聴かせるような工夫かなと思いました。奏者はいずれもロングストレート金髪のスリムな若き女性だったので,ビジュアル的にもバッチリOKでした。特に最後のラ・ヴァルスはフィッシャーの十八番だけあって,強弱,テンポのメリハリとコーダのたたみ込みは凄まじいものがあり,私的にはこの日最高の演奏でした。12月は全般的にめちゃめちゃアンラッキーで,いろいろとイヤなことが立て続けに起こり気が滅入っていましたが,これでようやく,良い音楽の余韻からホクホクとした気分で年を越せそうです。
 アンコールはシュトラウスの「オーケストラがやってきた」(と言っても通じる人はもう少ないですか…),もとい「常動曲」。エンディングを止めずに延々と続けて,観客がざわざわしたら急にテンポを早めたり,手拍子が起こったらまたテンポを元に戻したりして遊んでいました。団員の表情を見る限り,フィッシャーさんがアドリブでやったっぽいですが,意外と?お茶目な一面もあるのですねえ。


2006.12.17 Erkel Theatre (Budapest)
Geza Torok (Cond), Andras Miko (Dir)
Anatolij Fokanov (Nabucco), Istvan Kovacshazi (Izmaele), Kolos Kovacs (Zaccaria)
Szilvia Ralik (Abigail), Erika Gal (Fenena), Tamas Szule (Archbishop of Baal)
Zsolt Derecskei (Abdallo), Ildiko Ivan (Anna)
1. Verdi: Nabucco

 今シーズンのエルケル劇場唯一のプレミエです。15日の初日のメンバーをAグループとすればこちらはBグループですが,Aの方がゲオルギーナ・ルカーチ一人突出しているのに対し,こちらのBはフォカノフ,ラーリックといった芸達者な歌手達をバランス良く配置し,指揮もコヴァーチのおっちゃんではなく小粒ながら小気味よい演奏を聴かせるトゥルクだったので,期待通りなかなか素晴らしいパフォーマンスでした。歌手陣および合唱の気合いがハンパじゃなく,オケも今まで聴いたエルケルの公演では最高に良く,迫力満点でした。会場もやんややんやの大喝采で,有名な「行け,我が思いよ,黄金の翼に乗って」はアンコールに応えて再度演奏していました。バーンク・バーンの時ですらアンコールは歌わなかったのに。やはりプレミエのテンションは高いですね。舞台演出は,抽象画のような紋様の背景が多少シンボリックな印象でしたが,衣装はいかにも古代バビロニアらしい派手なもので,たいへん華やかでゴージャスな演出でした。ラーリックさん,幕ごとの衣装替え,ご苦労様でした。彼女の鬼気迫るエキセントリックな絶唱は,いつにも増して劇場に響き渡っておりました。
 ところでこのエルケル劇場,今シーズン開幕直前に建物の老朽化が問題になり,倒壊の恐れもあるとのことで,安全が確認されるまで9月いっぱい閉鎖されており,10月以降も公演が当初の予定より激減させられておりました。国立オペラ座のように肩肘張らず,市民が気楽にオペラを楽しめる場として長年親しまれていたこの劇場も,今後補修工事のスポンサーがつかなければ今シーズン限りで閉鎖という措置もあり得るそうで,外国人の私にもそれはちょっと寂し過ぎる気がします。求む,スポンサー!


2006.12.14 Hungarian State Opera House (Budapest)
Valeria Csanyi (Cond), Vasili Vajnonen (Choreography)
Aleszja Popova (Maria), Jozsef Cserta (Nutcracker), Bela Erenyi (Drosselmeier)
Balazs Gefferth (Counselor Stahlbaum), Judit Pavics (Mrs. Stahlbaum)
1. Tchaikovsky: The Nutcracker

 2年ぶりに,ハンガリー歌劇場の「くるみ割り人形」を家族揃って見に行きました。ところがこの日は異常な大渋滞にハマり,普段なら30分以内の道のりが1時間もかかってしまい,オペラ座40回目にして,初めて開演に遅刻しました。妻と娘は何とか先に下ろして間に合ったのですが,私は車を駐車場に置いている間にタイムアウト。本来なら遅れてきた人は3階(日本で言う4階)の桟敷席にしか入れてくれないのですが,席案内のおじさんが親切で,正面ボックスの後方席に案内してくれました。
 元々の席はバレエやオペラを「見る」には絶好の,最前列ど真ん中です。最前列といっても舞台から近すぎないし,出演者の表情までよく見えるので,我々のお気に入りです。2年前はグーグー寝ていた娘も,今回は最後まで一所懸命見ていました。中国の踊りでは「きのこちゃん!」,ロシアの踊りでは「お花!」,アラビアの踊りでは「金魚!」と,要は彼女にとってこの曲はディズニーの「ファンタジア」以外の何ものでもないわけですが。
 いかにも古き良き日のヨーロッパという感じで,奇をてらったところの一切ないオーソドックスな演出は子供と一緒に安心して見ていられます。去年のウィーン国立歌劇場も,演奏が非常によかったのでそれはそれで満足したのですが,年末の風物詩として見る「くるみ割り人形」は,やっぱりこっちの方がいいかも。
 しかしこの日はもう一ついやなことが,休憩時間中に座席に置いておいたプログラムが,戻ってきたら忽然と消えていて,これもオペラ座40回目にして初めての経験。ここに来るような人が,高々200円ほどのもんを盗るか,ふつー。けしからんヤツがいるものです。


2006.12.05 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
Kalman Berkes / Hungarian National Philharmonic Orchestra and Choir
(Charity Concert for UNICEF)
Ildiko Cserna (S-2), Bernadett Wiedemann (Ms-2), Szabolcs Brickner (T-2), Anatolij Fokanov (Br-2)
1. Beethoven: Leonora Overture No. 3, Op. 72
2. Beethoven: Symphony No. 9 in D minor, Op. 125

 年末ということで「第九」なぞを聴いてみました。常任客演指揮者ベルケシュは元々国立歌劇場や祝祭管のクラリネット奏者だけあって,木管の聴かせ方はなかなか渋く,堂に入っていました。一方打楽器や金管は控えめに過ぎ,フル編成のオケながら,何か室内管弦楽団のような趣きでした。コチシュ以上にあっさりと突っ走る指揮ぶりで,良く言えば後腐れのない,悪く言えば印象に残るものがない演奏だったように思います。歌手では,オペラ座でお馴染みのフォカノフに期待したのですが,彼の持ち味は舞台上で演技をしてなんぼのもの,というのがよく分かりました。もちろん歌は上手いのですが,歌曲としては演技しすぎに思えるところが多々ありました。今日の男声陣はどちらもスリムな体型だったので,女声陣の巨漢ぶりがよけいに目立ちました。ソプラノなどは,どう見てもテナーとバリトンの2人を合わせたよりさらに横幅がありそうでした。


2006.12.02 Erkel Theatre (Budapest)
Mate Sipos Szabo (Cond), Andras Bekes (Dir)
Eszter Sumegi (Violetta), Katalin Gemes (Flora), Jolan Santa (Annina)
Attila B. Kiss (Alfredo), Viktor Massanyi (Giorgio), Tamas Daroczi (Gastone)
Ferenc Valter (Doctor Grenvil), Gabor Nemeth (Douphol)
1. Verdi: La Traviata

 最初から幕が開いており,本来幕が降りている位置にはマジックミラーのつい立てが置いてあります。冒頭,暗い舞台のそのつい立ての前でアルフレードが沈痛な表情で家具や中国壺を運び出す場面から始まり,全体が彼の回想シーン仕立てになっている演出だな,とわかります。前奏曲が終わるとおもむろについ立てが上がり,舞踏会のスタートです。この舞踏会にしろ,第2幕のカジノにしろ,大がかりな舞台装置はないのですが,出演者の衣装が皆ゴージャスで,非常に華やかな舞台でした。第1幕でヴィオレッタがワイングラスを叩きつけ,本当に粉々に散ったのには驚きました(後片付けのスタッフ,ご苦労様です)。また,つい立てや人垣の後ろで素早く大道具を入れ替え,場面転換する工夫に感心しました。元々展開が早くダレるところのないこのオペラですが,おかげで飽きることなく最後まで魅せました。
 ヴィオレッタのシュメギ・エステルはちょっとぽっちゃり目の体型を衣装で巧みに隠し,第1幕こそちょっと声が上擦り気味だったものの,後は素晴らしい熱唱でした。アルフレードのキシュ・B・アッティラはテノールにあるまじき野太さのある声が特長です。押すだけでなく引きもある懐の深い表現力で,これまた非常に良かったです。特にキシュは,容貌で損をしているのかもしれませんが,世界のどこに出て行っても通用するのではないかと思います。(もう出ていってるのかな?)主役の2人がハイレベルだったので,他は多少控えめに脇役に回るのも仕方ないかと思いましたが,アルフレードの父は,もうちょっと声に威厳と説得力が欲しかったかなと。指揮者は一昨日の「後宮」と同じ人で,オケの演奏は緊張感が最後まで緩まずなかなかのものでした。
 第3幕のラストでは,ヴィオレッタの最後を悟り,ベッドの枕に突っ伏して悲しむアルフレードをよそに,ヴィオレッタがベッドから下りて最後のアリアを歌い,そのまま一人で床に倒れ込みますが,その間もアルフレードはヴィオレッタに見向きもせず突っ伏したまま。ちょっと変わった演出なので,アルフレードの回想というよりは,ヴィオレッタの幻覚+時間差シーン重ねという仕掛けだったのかもしれません。
 それにしても風邪が流行ってきているので,あちこちでゴッホン,こっちでゲホゲホと,観衆のうるさいこと例年のごとし。特に,最も静かに聴きたい第3幕で,連鎖反応的に咳や鼻かむやつらが続出したのにはブチ切れそうになりました。人がやったら自分もやっていいとは,ハンガリーの「しつけ」もなかなかご立派なもんですな!私などは花粉症の季節には薬で鼻水を止め(おかげで眠くなること多し),風邪でのどが痛いときにはのど飴を大量に持ち込んで,他人の「時間」を奪わないよう,何とかがんばっているんですがね。ブダペスト聴衆のマナー未成熟ぶりにこうも毎回接すると,何ともむなしくなりますな。


2006.11.30 Hungarian State Opera House (Budapest)
Mate Sipos Szabo (Cond), Csaba Kael (Dir)
Karoly Mecs (Selim), Zsuzsanna Bazsinka (Konstanze), Ingrid Kertesi (Blonde)
Timothy Bentch (Belmonte), Peter Kiss (Pedrillo), Tamas Szule (Ozmin)
1. Mozart: Die Entfuehrung aus dem Serai

 この「後宮からの誘拐」は昨年までエルケル劇場の方でやっていた演目で,2002年のプレミエだから比較的新しいプロダクションです。とは言え,トルコの異国情緒たっぷりな衣装と舞台装置は極めてオーソドックスなもので,オペラの常識を踏み外さない,保守的ながらなかなか楽しい演出でした。途中とラストでベリーダンスのサービスもありましたが,おそらく歌劇場バレエ団の人だと思いますが,あまり露出の多い衣装だと皆さんガリガリに痩せているのが丸分かりで,Sir Lancelot(ベリーダンスショーで有名なブダペストのレストラン)のおねーちゃん達の方がセクシーさにかけてはやっぱり本職の強みがあるなあと感じました。
 先日は皇帝ティートを歌っていたベンチが今日はベルモンテでした。この人,顔と雰囲気に華があり,歌唱もしっかりしている,なかなか逸材のテノールなので,今シーズンはこの「モーツァルト祭り」だけしか出演しないのが残念です。トルコの太守セリムは,うちが唯一持っているコヴェント・ガーデンのDVDだと若い領主という設定だったのですが,今日演じたメーチはほとんどおじいさんという風貌だったので,そのギャップにびっくり。若いか年配か,いったいどちらが主流なのでしょう?コンスタンツェ役のバジンカは,昔はさぞきれいだったのではないかと想像しますが,美声は保ってはいるものの,体型は横に広がり,失礼ながら顔も老いを隠しきれず,娘さん役はもう厳しいのではないかと。これはリゴレットのときにも書いた気がしますが,でも実際は娘さん役が多いんですよねえ。それに,この人は元々こういうコロラトゥーラ・ソプラノはあまり上手じゃなかったのでは,と感じました。若いときは知りませんが,どちらかというとシリアスで情緒的な役が得意なのではないかと。歌が時々ヒステリックにきこえてしまい,モーツァルトにはあまり向いていないような気がしました。全般的にお客の反応はイマイチ。中高生くらいの子供が観客に多かったせいかもしれません。


2006.11.26 Hungarian State Opera House (Budapest)
Gyorgy Vashegyi (Cond), Daisy Boschan (Dir)
Timothy Bentch (Titus), Monika Gonzalez (Vitellia), Andrea Melath (Sextus)
Eszter Wierdl (Servilia), Eva Varhelyi (Annuius), Ionel Pantea (Publius)
1. Mozart: La clemenza di Tito

 「モーツァルト祭り」の2つ目は最晩年のオペラ・セリア「皇帝ティートの慈悲」です。モーツァルトの後期作品の中では最もマイナーな曲と言われていて,実は私も,見るのも聴くのも今日が初めてでした。1回だけではよくわからんですが,アリアの美しさとオケの渋さは,十分円熟を感じさせるものだと思いました。
 本日も歌手陣はセルヴィリアが時々うわずり気味だった他は総じてレベルが高く,特にセスト役(元々はカストラートの役だったんですなー)のメラート・アンドレアは,前日の「魔笛」に続き連チャン出演だったにもかかわらず,豊かな声量で素晴らしい熱唱。最大の喝采を持っていってました。今日はなかなか国際色豊かな歌手陣で,ティート役のベンチはアメリカ生まれ,ヴィッテリア役のモニカ・ゴンザレスは,その女子プロレスラーみたいな名前とはうらはらにほっそりした容姿のイタリア・ハンガリーのハーフ,プブリオ役のパンテアはハンガリー系ルーマニア人だそうです。特にベンチはハンガリー系アメリカ人でありながらも,その外見と,専門的なことはわからないのですが歌い方そのものが,他のハンガリー人歌手と比べて明かに異質で,その「異形さ」が今日のティートという孤高の皇帝役にはよくマッチしていました。アメリカで学ぶ発声方法が,何か欧州のそれとは根本的に違うんでしょうかね。
 オケは,序曲からぴしっとひき締まった好演で,決して歌手よりも出しゃばらない,ほどよく抑制の効いた渋い演奏をなにげに聴かせておりました。バセットホルンのソロが非常に上手くて感心しました。今日と比べると,やっぱり昨日のコヴァーチおじさんはオケの統率がイマイチでしたな〜。なお演出は,絵に描いた背景を頻繁に出し入れして場面転換する,バロック劇場風のものでした。所々で古代ギリシャ風衣装のおじさんが出てきて,ハンガリー語で口上を述べておりました(歌はイタリア語だったのに)。


2006.11.25 Hungarian State Opera House (Budapest)
Janos Kovacs (Cond), Janos Szikora (Dir)
Laszlo Polgar (Sarastro), Zoltan Nyari (Tamino), Anna Herczenik (Pamina)
Beata Trubin (Queen of the Night), Zsolt Molnar (Papageno), Zita Varadi (Papagena)
Sandor Kecskes (Monostatos), Istvan Berczelly (Speaker), Peter Kiss (Priest)
Szilvia Ralik, Andrea Melath, Erika Gal (Three Ladies)
1. Mozart: The Magic Flute (Hungarian version)

 今年は生誕250年記念のモーツァルトイヤーですが,ブダペストのオペラ座ではその締め括りイベントとして「モーツァルト祭り」が11月末に約1週間にわたって開催されます。レクイエムの他,近年ハンガリー国立歌劇場が取り上げてきた主要オペラ(魔笛,皇帝ティートの慈悲,フィガロの結婚,後宮からの誘拐,コシ・ファン・トゥッテ,ドン・ジョヴァンニ)が一挙に連続上演されます。
 他が原語による上演なのに対し,この「魔笛」は近年ずっとエルケル劇場のレパートリーとしてハンガリー語翻訳版で上演されてきました。今シーズンオペラ座の方に場所を移すにあたり,他のオペラと同様歌詞を原語に変えてくれることを期待したのですが,結局ハンガリー語のままで,演出,舞台も2年前エルケル劇場で見たものと基本的に全く同じでした。そうだろうとは薄々思っていましたので,指揮がコヴァーチのおっちゃんでもあるし,もしポルガールが出演しなければチケットは買ってなかったでしょう。
 その通り,この日の収穫は何といってもポルガール・ラースローの美声(バスにそういう表現も変ですかね)が生で聴けたこと。国外での活動が多いのでハンガリーでは年に数回しかチャンスがありませんが,よく響き,堂々として説得力のあるその美声は群を抜いて素晴らしかったです。意外とスリムなその体型の,いったいどこからそのバスが響いてくるのか,全く不思議です。
 2年前はハンガリー語の上,歌手がイマイチだったのでがっかりした記憶がありますが,今日はポルガールに限らず歌手陣が総じて優れていて大当たりの日でした。タミーノは少々薄っぺら,パミーナは少々感情過多,パパゲーノはイメージに合わないダンディなモテ男風の外見ながら,いずれも歌唱力は抜群に良かったです。3人の侍女も普段は各々主役を張るトップクラスなので,舞台が非常に華やかでした。夜の女王は普段オーストリアで活動しているそうで,今回はこの魔笛にだけ出演の予定ですが,まずまず無難なコロラトゥーラといったところ。その前の部分の方が良かったので,上手い歌手ではあるのでしょう。このアリアは有名な超絶技巧なので,まず無難にこなせば大概は夜の女王が一番大きい拍手をさらっていくのですが,さすがに今日はポルガールはさらに大きい拍手喝采を浴びていました。しかし今日の出演者は,パミーナがちょっとぽっちゃり気味だった以外は皆スリムな体型で,歌手の力量と体重はやっぱり無関係なんだな,と,認識をあらたにしました。
 演出は,何度見てもやっぱり,かなりヘンです。湖沿いの東屋風の屋内で見えない大蛇に恐れおののくタミーノ。魔笛の音に引き寄せられて動物たちが出てくる代わりに,仮面をかぶり中世の衣装に身を包んだ男女がダンスを踊ります。3人の侍女がタミーノに見せるパミーナの絵は,観客にもよく見えるよう特大の肖像画になっています。舞台の両脇には2階建てでオペラ座のボックス席が設けられ,中世貴族風の人々が舞台を見ている,すなわち「劇場内劇場」のような形を取っています。その中世貴族たちも最後は立ち上がり,一緒になって歌いますので,ああ,合唱団の人たちだったのね,と気付きます。ラストは一気に年月が流れ,老境のタミーノとパミーナが寄り添っているところに,何十人もの子供を引き連れたパパゲーノ,パパゲーナが乱入してきて走り回り,幕。タミーノとパミーナはパパゲーノたちが「パ・パ・パ」と歌っている間,裏で大急ぎで老けメイクに変えているのですよね,ご苦労さんです。しかしこの二人はせっかくの王子様,お姫様役なのに,最後のカーテンコールはその老け顔メイクで出なければならないので,ちょっと気の毒に思いました。


2006.11.18 The roof terrace of Wiener Staatsoper (Vienna)
Opera for Children
Jendrik Springer (Cond), Diana Kienast (Dir)
Laura Tatulescu (Bastienne), Cosmin Ifrim (Bastien), Marcu Pelz (Colas)
1. Mozart: Bastien and Bastienne

 ウィーン国立歌劇場の「子供のためのオペラ」を家族で見てきました。今年はモーツァルトイヤーにちなんで,12歳で作曲したミニオペラ,「バスティアンとバスティエンヌ」が出し物です。会場はメインの歌劇場ホールではなく,その屋上に設けられた特設会場。この日は午後3時の開演で,2時半にようやく入口が開いたのですが,インターネット予約からチケットに交換しようと窓口に並んだところ,私の前にすかさず割り込んだおっさん2人はどちらもこの公演ではなく別の日の公演に関するクレームだかキャンセルだかが目的で,おいおいおっさんそんなのは後にしてくれよ,こっちの公演は全席自由だから一秒でも早くチケット交換して入場しないと席が取れないんだよ!とムカムカしながら並んでいたら,対応した窓口のおじさんも早々にていよく追い払ってくれたので,無事チケット交換し,何とかまだ人の少ないうちに会場入り。しかし最終的には席は超満員に埋まっていました。半分以上は子供(だいたい小学生)で,残りは付き添いの大人でした。ドイツ語オンリーで当然字幕などもないので,東洋人の子供はうちの娘一人だけでした。
 歌手3名,ダンサー7名,子供2名,オケ10数名という少人数ながら,子供を飽きさせないよう随所に工夫を凝らした舞台で,私にも十分楽しめました。バックで上流貴族の踊りや羊の扮装やらを目まぐるしく披露するバレエ団の若者7名はここのバレエ学校の生徒のようです。元々舞台が小さい上に観客はほとんど子供なので,バスティエンヌが(ただでさえ体格のよいところ)さらに大きく見えて可笑しかったです。バスティアンも小太りの兄ちゃんで,なかなかお似合いのカップルでした。バスティエンヌに焼きもちを焼かせようと,いかにもといった感じの白人のべっぴんさんにまとわりつく場面では,我々の隣りに座っていたお父さんがツボに入ったのか,顔に手を当てながら「ヒッヒッヒ」と,必死で笑いをかみ殺していました。
 歌手もオケも皆若そうで,演奏や歌唱はもちろん悪くはなかったのですが,何となくそれなりで,「ウィーン国立歌劇場」として期待したほどのレベルではなかったので,この「子供のためのオペラ」は若手の登竜門か,あるいは鍛錬の場といった位置づけなのでしょうかね。ともあれ,なかなか面白かったので,機会があれば皆さんも是非どうぞ。値段も安いし,お薦めです。


2006.11.15 Hungarian State Opera House (Budapest)
Geza Torok (Cond), Attila Vidnyanszky (Dir)
Eva Marton (Stepmother), Eva Batori (Jenufa), Tamara Takacs (Grandmother)
Attila Wendler (Laca), Attila Kiss B. (Steva), Janos Gurban (Foreman of the mill)
Gabor Kenesey (Mayor), Jutta Bokor (Mayor's wife), Katalin Gemes (Karolka), Zita Varadi (Jano)
1. Janacek: Jenufa

 「トスカ」一本で日本ツアーを敢行したばかりのハンガリー国立歌劇場ですが,ブダペストフィルはまだ日本ツアー中ですので,主力奏者は現在どっちにいるのでしょう?何にせよGood Newsはコヴァーチおじさんがまだ日本にいるということでしょうか。(言いすぎ?)
 今日の目玉はハンガリーが世界に誇るドラマチックソプラノ,エヴァ・マルトンの見参です。今シーズンはこの「イエヌーファ」4公演しか出演しません。他の歌手の顔ぶれもなかなか粒ぞろいだったにもかかわらず,客席には空席が目立ちました。やはりヤナーチェクのチェコ語オペラなぞ聴こうという酔狂な人はブダペストでも少数派なのでしょうか?
 かくいう私も「イエヌーファ」は名前だけで,実際に聴くのも見るのも実は今日が初めてでした。よって聴きどころのポイントなどは全くわからないのですが,民謡を基調にしたとおぼしき旋律と素朴なオーケストレーションで,不協和音もそんなになく,比較的とっつきやすい曲でした。とはいえあらすじは,継子の結婚の障害になると思い込み,孫を川に投げ込んで殺すという,昨今はシャレにもならない内容の悲劇であり,音楽は暗いというよりどこか切ないです。
 やはりエヴァ・マルトンの存在感が群を抜いておりました。第一幕こそ出番があまりないこともあり,声があまり通らず「あれ?」という感じだったのですが,第二幕以降はあまりにも劇的な熱唱がまさに独壇場。この日はファンが多数詰めかけていたのか,熱狂的な拍手がなかなか鳴り止みませんでした。イエヌーファ役のバトリは前に「マクベス夫人」や「蝶々夫人」でも見ましたが,マルトンと十分に渡り合う堂々とした歌いっぷり。5月のカルメンではドン・ホセを歌っていたヴェンドラーは,このラツァ役もキャラクター的に合い,なかなか堂に入っていました。「バーンク・バーン」のオペラ映画(マルトンやアンドレア・ロシュトも出演しています)に主演しているキシュ・B・アッティラを生では初めて見たのですが,歌手陣の中ではずば抜けてよく通る声で,芸達者な歌を聴かせていました。親方役は先日のマイスタージンガーのザックス,カロルカ役はチェネレントラでしたね。歌手陣は歌劇場の主力を揃えた,なかなかの顔ぶれでした。
 大道具はシンプルながらも大がかりなもので,いつもの人海戦術で100名以上舞台に上ったと思ったら,最後は主役の3人だけを残し,まとめて床ごと沈んでいくというなかなか斬新なアイデアに意表をつかれました。氷漬けになった赤ん坊の死体(しかしそんなものを結婚式に持って来るなよ)は,よく見ると天使の人形が埋まっており,最後はその手に灯がともって,ラストの穏やかな赦しを印象付けていました。
 オケの演奏もよくがんばっており,第三幕などは切なさがよく出ていましたが,ヴァイオリンソロがちょっと…。コンマスは日本に行っていたのでしょうかね。


2006.11.11 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
Oliver Knussen / Budapest Festival Orchestra
Clio Gould (Vn-2)
1. Britten: Variations and Fugue on a Theme of Purcell ("The Young Person's Guide to the Orchestra"), Op.34
2. Knussen: Violin Concerto, Op.30 (Hungarian premiere)
3. Knussen: The Way to Castle Yonder - Pot-pourri for Orchestra from the Opera "Higglety Pigglety Pop!", Op.21a (Hungarian premiere)
4. Britten: Four Sea Interludes and Passacaglia from the opera "Peter Grimes", Op.33/a-b

 前回のオールロシアプログラムに次いで,今回はオリヴァー・ナッセンとブリテンの英国ナイト。オケとして初めて取り上げる曲が続くので,奏者の人はたいへんそうです。
 ナッセンはイギリスでは人気の作曲家兼指揮者です。たいへん人柄のよい紳士だそうです。上にも横にも大きい大巨漢で,指揮台に乗らずに指揮をしていましたが,何も違和感がありませんでした。早めのテンポでアコーギグなくグイグイと進めていく即物的タイプの演奏に思えました。モーツァルトなんか,意外と合うのではないでしょうか。
 ブリテンの「青少年のための管弦楽入門」は数あるクラシック音楽の中でもかなり好きな部類の曲なのですが,意外と通常の演奏会で演目に上ることが少なく,実演で聴くのは今日が初めてでした。やっぱり生演はいいですな。祝祭管は名手揃いなので各ソロも安心して聴いてられます。ラストのフーガに最初のパーセルの主題がかぶさっていくところなど,何度聴いてもしびれますが,この日の演奏はあっさり進みすぎで,そこがちょっと不満でした。
 ナッセンの自作自演は,もちろん初めて聴く曲ということもあり,よくわからなかったのですが,どちらも比較的聴きやすい曲でした。ブリテンにちょっとベルクの味付けを加えたような曲調でしたが,3曲目の子供向けオペラなどは,是非全曲の上演を見てみたくなりました。ヴァイオリン協奏曲ではソリストの弓が天井から吊るした極小マイクに当たり,ゆらゆら揺れていたマイクをしきりに気にしていたのがちょっとかわいそうでした。全般に馴染みのない選曲とあっさりした演奏だったせいか,拍手は淡白で,アンコールもなしでした。


2006.11.09 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
Jean-Claude Casadesus / Hungarian National Philharmonic Orchestra
Women's voices from the Hungarian National Choir
The Hungarian Radio Children's Choir
Judit Nemeth (Ms)
1. Mahler: Symphony No. 3 in D minor

 オンライン販売が始まったときにはほとんどそこしか残っていなかったので,最前列ど真ん中という,この曲を聴くにはあまり適していない席になってしまいました。なのでパートバランスがどうだったのか,よくわかりませんでしたが,冒頭のホルン,打楽器からアタックの効いた鋭い音がガンガンと差し込んできます。全体的には一言一言ねちっこく説教するような足どりの重い演奏でしたが,その割には肝心なところで粘りに欠け,そこはもうちょっとじっくりやってくれた方が盛り上がるのに,と思う箇所しばしば。楽器はよく鳴っていたんですけどねー。しかし,曲が進むにつれ息切れしたのか,粘りもどんどんなくなっていって,終楽章などはやけにあっさりと終わってしまいました。決して悪くはなかったのですが,ちょっともどかしさの残る演奏でした。一昨年聴いたビシュコフ/ケルン放送響の方が「聴かせ方」のツボを十二分に心得ていて,一枚も二枚も上手でしょうか。
 メゾソプラノはまさに私の目前で歌っていたので息遣いまではっきり聞こえて,なかなか面白かったです。児童合唱は子供というより,中学・高校生くらいの女子ばかりでしたので,別の女性合唱と声質はほとんど同じでした。オケとのバランスから言うと,もうちょっと人数がいてもよかったかもしれません。


2006.11.05 Erkel Theatre (Budapest)
Kolozsvari Magyar Opera (Hungarian Opera Cluj)
Gyorgy Selmeczi (Cond), Pantea Ionel (Dir)
Janos Szilagyi (Sarastro), Adorjan Pataki (Tamino), Brigitta Kele (Pamina)
Ibolya Vigh (Queen of the Night), Arpad Sandor (Papageno), Andrea Puja (Papagena)
Zsolt Derecskei (Monostatos), Levente Szakacs (Priest), Szilad Sziklavari (Old Priest, Speaker)
1. Mozart: The Magic Flute (Hungarian version)

 ドラキュラ伝説で有名なルーマニアのトランシルヴァニア地方は,第一次世界大戦まではハンガリー領でした。かつてハンガリー王国中最も美しい自然にあふれた土地と言われ,敗戦後のトリアノン条約でルーマニアに割譲した後も150万人に上るハンガリー系住民が居住するこの地方を,今でも「ハンガリーのものだ」と主張するハンガリー人は多数おります。コロジュヴァール(ルーマニア語ではクルージュ・ナポカ)はそのトランシルヴァニアの中心都市で,そこのハンガリー語歌劇場がブダペストにやってくるというので,娘に「魔笛」を見せてやりたかったこともあり,物珍しげに見に行きました。
 オケの演奏は意外と,と言っては失礼でしょうが,しっかりしていました。ブダペストの歌劇場と比べて何ら遜色ありません。問題は歌手のレベルに相当なバラツキがあり,特に女声陣は総じてボロボロ。パミーナが若くて美人で声もよく,一人気を吐いていたのに対し,3人の侍女やパパゲーナは本職のオペラ歌手とは思えないレベル。夜の女王はどう見てもパミーナよりさらに若く(まあそういうことはよくありますが),第一幕のアリアがあまりにヨレヨレだったので,この後大丈夫かいなと思いましたが,第二幕の有名な「復讐の炎は地獄のように我が心に燃え」のアリアは何とか無難に乗り切り,拍手喝采をもらっていました。聴いている方はハラハラし通しでしたが。一方の男声陣は,ザラストロ,タミーノ,パパゲーノの主役級は総じて声量十分で声もよくハイレベルでしたが,ザラストロとタミーノの風貌があまりに似ていて,親子に見えてしまうのが玉にキズでした。なお,弁者は僧侶役にマージされていました。また,3人の天使はボーイソプラノではなく少年の扮装をしたソプラノ3人が演じていましたが,うち2人は全く「おばちゃん」だったので,ちょっと興ざめでした。
 今回のブダペスト公演は3日間で5演目(ファルスタッフ1,ブレーメンの音楽隊2,魔笛2)という過密日程だった上に,配役表を見ると5演目全てに出演している歌手が何人もいて,相当無茶してます。逆にそういう出ずっぱりの人の方が実は歌がまともだったりもしたのですが,ともあれ,この強行日程による疲れが全体的にあったのかもしれませんね。
 前日,娘にはメトロポリタンのDVDを見せて「ドラゴンが出てくるよー」と期待をあおってしまったのですが,ドラゴンは赤いベールの衣装を纏った女性がひらひらと走り回るだけ,という演出だったので万事休す。上演中何度も娘から「ねえ,ドラゴンはまだ出ないの?」と聞かれ,ひたすら謝るパパでした。シンプルな舞台装置ながら,奇抜に走らないクラシカルな演出でしたが,やはり子供にはちょっとシンプルすぎて退屈だったかも。


2006.11.03 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
Michael Gielen / SWR Symphony Orchestra Baden-Baden and Freiburg
Bavarian Radio Choir, Radio Choir of the MDR Leipzig
Robert Dean Smith (Waldemar: T), Melanie Diener (Tove: Ms), Dagmar Peckova (Wood Dove: A)
Ralf Lukas (Peasant: Br), Gerhard Siegel (Klaus-Jester: T), Andreas Schmidt (Narrator)
1. Schoenberg: Gurre-Lieder

 現代音楽の牙城,ミヒャエル・ギーレン指揮/南西ドイツ放送響によるシェーンベルクの超大作「グレの歌」がブダペストにやって来ました。一度は生で聴きたいと思っていた曲なので,期待は高まりました。
 全体がよく見渡せるようにと思い,2階席(日本でいう3階)正面の最前列ど真ん中を買いましたが,当日「今日は2,3階の席は閉鎖されます。1階席(日本でいう2階)で聴いて下さい。座席はどこでも結構です」と言われて驚きました。どういうこっちゃ?見ると全体的に客入りが悪く,いつになく空席が目立っていました。2階以上が閉鎖されていることを考えると全体の客入りは6割未満といったところでしょうか。このホールは普段どんな演奏会でもそこそこ席は埋まりますし,現代音楽の初演ばかりならいざ知らず,演目は有名な「グレの歌」ですから,何か営業のミスでもあったのではと想像します。原因は何にせよ,はるばるドイツから遠征してくれたオケ,合唱団総勢約300名の出演者には気の毒な気持ちになってしまいました。
 ギーレンは先日のマズアと同い年で来年80歳を迎える,今や巨匠の一人ですが,足どりはマズアよりずっとしっかりしていました。無駄にエネルギーを使わないクールな指揮ぶりで,奏でられる音楽も淡々と醒めています。ロマンチックなものではないだろうと最初から思っていましたが,細部に渡り透明度の高い,巨大なガラス細工のごとく繊細かつ刺激的な演奏を期待しておりましたら,何かただ淡々と進むだけで,緊張感があまり伝わってきません。座った席のせいなのか,ちょっと楽器の数が増えるとすぐに音がぐしゃっと塊になってしまい,想像していたようなクールな演奏とはだいぶ趣が異なりました。思うにこのオケ,管も弦もあまり洗練された音色ではなく,特に弦は全体的に線が細くて痩せた印象を受けましたが,昔,確か2ch掲示板で見かけた「ギーレン,実演で聴くと意外とたいしたことない」というカキコミをふと思い出しました。それでもオケ,合唱各々150人もの大編成(もっとも,本来なら400人以上必要みたいですが)で聴くその迫力はなかなかのものがありました。ただ,あまり力任せな演奏ではなかったこともあり,オケの音量としては通常編成のブダペスト祝祭管の方がよっぽど大きい気もしました。歌手は山鳩のアルトと農夫のバリトン,最後の語り手が素晴らしく,テノールの2人は声量に欠け,終始オケの伴奏に負けていたのが残念。


2006.10.27 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
Dmitri Kitaenko / Budapest Festival Orchestra
Raphael Wallfisch (Vc-3)
1. Liadov: Eight Russian Folksongs, Op.58
2. Shostakovich: Symphony No.6 in B minor, Op.54
3. Tchaikovsky: Variations on a Rococo Theme, Op.33
4. Tchaikovsky: Italian Capriccio, Op.45

 ロシアの巨匠キタエンコの祝祭管初登場です。オールロシアものながらちょっと変わった選曲で,「ロココ変奏曲」以外は祝祭管にとって初挑戦だそうです。「イタリア奇想曲」まで初というのは以外でしたが。
 さてこの日はキタエンコの指揮がとにかく元気がよく冴えていました。足を閉じ背筋をぴしっと伸ばして,非常に格好の良いダイナミックな棒を振る人で,いつにも増して祝祭管がよく鳴っていました。特にショスタコ6番が,陰々滅々とした1楽章からバカ騒ぎのような終楽章まで一本ストーリー性を持ったような進行で,緊張感が緩むことなく最後まで一直線に聴かせ,素晴らしかったです。ソ連崩壊後はかえって昔の勢いをなくし,最近は韓国KBS響の首席という,正直あまりパッとしないポストに甘んじているらしいキタエンコですが,まだ66歳,このまま埋もれてしまうのはいかにももったいないです。
 今シーズンの祝祭管は,前回のマーラーの時にも感じたのですが,ちょっと力みが入りすぎで時々「うるさい」です。金管バリバリ,弦も低音部の迫力を強調した,シカゴ響のようなオケを目指しているのかなと,ふと思ったのですが,そういえば他でもないショルティはこのブダペスト祝祭管の終身名誉指揮者で,創設にも一枚からんでいたはずなのでした。まあ,オケが名手揃いで馬力があるのは十分わかったので,今一度パートバランスに注意を向ける時期ではないかと感じました。
 後半のチャイコフスキーは曲想の違いもあり,前半よりずっと軽やかに進みました。ウォールフィッシュのチェロは技巧も凄いですが,それを全く意識させない音の軽さで,心地よく聴いているうちに,またもや時差ぼけに負けてしまいました…。イタリア奇想曲もそれなりに盛り上がったのですが,やはり前半のショスタコの方が拍手喝采は大きかったので,曲順にも難があったかなと。4→3→1→2の順で良かったのではと思いました。


2006.10.26 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
Kurt Masur / London Philharmonic Orchestra
Helen Huang (P-2)
1. Mendelssohn: Hebrides overture, Op.26
2. Schumann: Piano Concerto in A minor, Op. 54
3. Brahms: Symphony No. 2 in D major, Op.73

 チケットを買ったときにはプロコフィエフ「ロメオとジュリエット」抜粋とブルックナー4番が演目のはずだったんですが,気付けばガラリと曲目総入れ替え。ただでさえ日本から戻ってきたばかりで時差ぼけが残っているのはわかっていたので,最初からこの演目だったらチケット買ったかどうかわからないです。ヤラレタ!特に「ロメ・ジュリ」は昨年もバレエの公演を出張のため逃してしまったし,どうも縁がありません…。
 まあ,とは言ってもロンドンフィルもマズアも生で聴くのは初めてなので貴重な体験ではありました。来年もう80歳を迎えるマズアは足どりが時々ふらついていて,顔の表情もさえず(いつもこうなのかもしれませんが),調子があまり良くなさそうに見えました。ロンドンフィルは,弦などは非常に綺麗な音色でアンサンブルも良かったのですが,管楽器がどうにも迫力不足,ソロもヘタリが多く,全体的にはメリハリなく淡々とした演奏という印象です。「目の醒める」ような演奏ではなかったので,途中で時差ぼけに負けてしまいました。昨年,シューマンP協+ブラームス2番というまさに同じ演目でブダペスト祝祭管を聴いたのですが,私の感想では祝祭管のほうがよほどしっかりした音を出していて心に残り,圧勝です。
 日本生まれでアメリカ育ちの台湾人若手ピアニスト,ヘレン・ホワンはこれまたさらりと淡白な演奏で,オケの伴奏と妙な一体感がありました。アンコールで弾いた「トロイメライ」を聴いても,名人芸的な演奏より表現力を大事にしているのがわかりましたが,ちょっと大人しすぎるような。昨年同曲で聴いたルプーのように百戦錬磨,変幻自在の表現力には及びませんが,男勝りで直線的なグリモーとは正反対の女性らしい曲線的な個性で,対比はなかなか興味深かったです。


2006.09.30 Hungarian State Opera House (Budapest)
Adam Medveczky (Cond), Attila Vidnyanszky (Dir)
Janos Gurban (Sachs), Istvan Kovacshazi (Walter), Eszter Wierdl (Eva)
Erika Gal (Magdalena), Jozsef Mukk (David), Laszlo Szvetek (Veit Pogner)
Kazmer Sarkany (Backmesser), Janos Toth (Kothner)
1. Wagner: Die Meistersinger Von Nuernberg

 今年5月プレミエの新演出です。この日しか見に行ける可能性がなかったので,指揮者はコヴァーチのおっちゃんでもまあしゃーないかと諦めていたところ,後でメドヴェツキに変更になりちょっとラッキー。欲を言えばプレミエのユーリ・シモノフで聴きたかったところですが。
 このところオペラ座のオケが以前より格段に良くなったと感じていたのですが,この日はまたちょっと昔に逆戻りしたような感じでした。特に弦が貧弱。主力の方々はどっか出稼ぎに行ってしまったんでしょうか。歌手の顔ぶれも,悪くはないのですが全体的に小粒で,やはりできればザックスなどには突出した歌い手を持ってきて欲しいものです。それと,エヴァのお父さんが若すぎ。並ぶと親子より恋人同士に見えました。しかし,マイスタージンガーはここハンガリー歌劇場得意の人海戦術が効果を発揮する演目のようで,第3幕後半のクライマックスはオケの音圧不足を補って余りある合唱の迫力で,なかなか感動的でした。
 舞台装置はシンプルでシンボリックなものでした。舞台全体が軽い傾斜になっており,第3幕ではその上で踊りを踊ったり,ザックスを乗せたままワイヤーでけっこう高くまで釣り上げられたりしてかなり危なっかしく,足を滑らせでもしたら大事故になるのでは,とヒヤヒヤしました。幸い何事もなかったので安全は万全に施されているのかもしれませんが。
 それにしても,ワーグナーは長い。私ゃお尻がつらいです。マイスタージンガーの音楽は明るいわりには密度が濃く,退屈するところが少ないですが,それでも「わかったから早く先に進んでくれないかな〜」と思うことしきり。やっぱりワーグナーは体質に合わないのかも。


2006.09.17 Hungarian State Opera House (Budapest)
Peter Oberfrank (Cond-1,2), Janos Kovacs (Cond-3), Miklos Szinetar (Dir)
Sandor Roman (Choreography-1), Jeno Locsei (Choreography-2), Zsolt Tassonyi (Clarinet solo)
Mate Bako (Prince-1), Eniko Somorjai (Princess-1), Krisztina Kevehazi (Fairy-1)
Jozsef Cserta (Wooden Prince-1), Anna Tsygankova (Girl-2), Levente Bajari (Mandarin-2)
Mihaly Kalmandi (Bluebeard-3), Szilvia Ralik (Judit-3)
1. Bartok: The Wooden Prince
2. Bartok: The Miraculous Mandarin
3. Bartok: Bluebeard's Castle

 今年5月にも見た「トリプルバルトーク」ですが,前回は2階正面のボックスという,良い席だけどステージからは一番遠い場所だったので,今回は最前列ほぼど真ん中のかぶりつき席で舞台の隅々まで堪能することにしました。最初は指揮がオバーフランクの予定だったので安心していたのですが,チケットを買った後にコヴァーチおじさんに変更になり(この人が指揮する日はオケがフヌケるので極力避けているのです),だまされた〜,と憤っていたところ,フタを開けてみればバレエ2曲はオバーフランク,青ひげ公はコヴァーチと,指揮者が途中で変わった不思議な公演でした。先シーズンは二人とも全曲振っているので,指揮ができないことはないはずで,この趣向は何だかわけがわかりません。
 やはり最前列の至近距離で見ると装置や手足の動きの細部がよくわかり,ダンサーや歌手の表情までよく見えて,非常に面白かったです。一方,特に「役人」では大道具が裏で移動するたびに大きな摩擦音が耳に入り,音楽を聴くにはちょっと邪魔でした。ところでこの「役人」の新演出ではちゃんと1999年完全版のスコアが使われているのか,前回はこちらの勉強不足もあり,よく判別できなかったのですが,今回は完全版のスコアを事前にウィーンにて入手し(バルトークの楽譜は意外にもブダペストよりウィーンの楽譜屋の方がよっぽど充実しています),旧版からの変更箇所をしっかり予習してのぞみました。何せ,完全版で演奏されたCDはまだ世界で1種類しかなく,私はそれを持っていないので,今まで版を意識して「役人」を聴いたことがなかったのです。結論を言えば,ちゃんと完全版での演奏でした。ここのオペラ座は旧版の楽譜で長年に渡りやってきたので,一朝一夕には楽譜を変えられないのでは,とも思っていたのですが,杞憂でした。
 最初の2曲は前回同様リズムの切れが良くオケもよく鳴っていたのですが,コヴァーチの指揮になるとやっぱり急にオケはダレてしまったような気がしてなりません。まあこれは先入観から来る気のせいかも知れませんし,長い公演ですのでそろそろ疲れてくるころでもあるのでしょうけど。青ひげ公は前回より威厳のあるバスで,舞台に重厚さを加えていました。ユディットは前回と同じラーリック。この人はこの人でこういうエキセントリックな役が非常に上手いのですが,できれば16日のメラートも聴いて比較したかった気がします。
 なお,「青ひげ公」で最後に出てくる3人の過去の女性たちは,「かかし王子」の王女と妖精,それに「役人」の少女がそのままの衣装で出てきてあっと驚かせます。つまり,この夜のヒロインたちが演目の壁を越えて最後に勢揃いするメタワールド的な仕掛けになっており,演出家の遊びでしょうが,なかなか面白いアイデアです。でも,極めて真面目にこの「青ひげ公」を作ったバルトークとバラージュ・ベーラは,怒るんじゃないかなあ。


2006.09.10 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
Ivan Fischer / Budapest Festival Orchestra
Welte piano rolls from 1905 (1,2), Tunde Franko (S-2)
1. Mahler: Symphony No. 5, 1st movement
2. Mahler: Symphony No. 4, 4th movement
3. Mahler: Symphony No. 5

 こちらに住み始めて以来,記念すべき100個目のコンサートは,ハンガリーが世界に誇る屈指のヴィルトゥオーソ・オーケストラ,ブダペスト祝祭管によるマーラーフェストのメインイベントです。
 前半はマーラー自身が残したピアノロールからスタインウェイのピアノを自動演奏させるという,本来なら初日の室内楽の日に披露すべきような企画でした。このピアノロールの存在は結構有名で,私も大昔にNHK-FMで聴いたことがありますが,実際にWelteの自動ピアノによる生?演奏を聴ける機会などそうそうないので,非常に興味深かったです。第4番終楽章では自動ピアノに合わせてソプラノが歌をかぶせたのですが,マーラー自身の演奏が意外と速めで,当然テンポも目まぐるしく変わるので,たいへん歌いにくそうでちょっとかわいそうでした。それもまあ当然で,この楽章は絶対的に歌が主役ですから本来は伴奏が歌に合わせなくてはならないものを,立場が逆転していますから,歌手にとってはできれば受けたくない仕事だったろうと同情します。
 さてメインの5番ですが,一昨日のコンセルトヘボウがたいへん素晴らしい演奏だったので,それを聴いていたフィッシャーさんもさぞかし気合いが入るだろうと予測していましたら,その通り,いつもにも増して鼻息の荒い激しい指揮ぶりでした。あとで楽団員の人に話を聞いたら,やはり祝祭管団員の半分くらいはコンセルトヘボウの演奏会を聴いていたらしく,皆さん触発されて闘志を燃やしたそうです。実際,気合いが入っているのはよく伝わってくる演奏でしたが,ちょっと入りすぎで,特に金管がうるさすぎて,バランスをくずしているような気がちょっとしました。もちろん,いつものごとく演奏は世界中どこに出しても恥ずかしくないほど隙がなくレベルの高いものだと感心しましたが,相対的には管・打に比べて弦が,あれだけ人数をそろえてもまだパワー不足であることがわかり,正直な印象を言えば,祝祭管をAクラスとすればコンセルトヘボウはさらに上の特A,と断言できる差はまだあるのではと感じました。アダージエットなどを聴く限り祝祭管の弦はそれ自身では何も問題なく,むしろ隙など全くなかったので,これはオケ全体のバランスの話にもなるのでしょう。ある意味祝祭管にはまだまだ伸びしろがあるということで,定期演奏会の聴衆としては今シーズンも楽しみが尽きないところです。
 余談ですが昨年のマーラーフェストで聴いた祝祭管の「復活」がCD化されていたので早速買いました。ついでにコンセルトヘボウの自主製作盤からマーラー6番とショスタコ7番も衝動買いしてしまいましたが,どれもライブとは思えない質の高い演奏でしたので,良い買い物をしました。


2006.09.08 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
Mariss Jansons / Royal Concertgebouw Orchestra
1. Beethoven: Egmont Overture, Op. 84
2. Henze: Sebastian im Traum (Hungarian premiere)
3. Mahler: Symphony No. 1 "Titan"

 今年のマーラーフェストは祝祭管による委嘱新作品の初演(7日)と交響曲第5番(9,10日)に加え,ゲストにヤンソンス率いるロイヤル(アムステルダム)コンセルトヘボウ管弦楽団を招聘し,豪華さがぐっと増しました。主催者の一人でもあるイヴァン・フィッシャーがこの日は聴衆として座っていました。
 コンセルトヘボウの実演を聴くのは初めてだったのですが,期待通り,たいへん音の良いオケでした。特に弦はしっかりと芯の太い音を出しながらも,非常に繊細な表現も空気のように難なくこなして,雑なところがみじんもありません。木管はピッチの悪い箇所が多少ありましたが,もっと渋い音色かと想像していたら,金管・打楽器も含めて意外と派手な音色でガンガン鳴ってきます。もちろんヤンソンスの趣味でもあるのでしょう。あと,良いオケはどこでも例外なくそうなのですが,若い団員が多くて健全に新陳代謝している様子が見て取れます。第1ヴァイオリンに日本人女性が3名もいたのが目を引きました。
 昨今のヤンソンスはバイエルン放送響とここの世界に名だたる2大オケを手中に納めた他,今年はウィーンフィルのニューイヤーも振り,今や怖い物知らずのイケイケドンドンです。まず1曲目の重厚過ぎるエグモントで早速お腹一杯になりそうでしたが,次のヘンツェ新作がカラフルな音響の15分ほどの小品だったのでほっと一息入れ,メインの「巨人」は感動的に素晴らしい演奏でした。ピンと伸びた背筋に大きな身振りで,極めて力点のはっきりしたリズミカルな指揮をする人なのですが,音楽は決して走らず,一歩一歩踏みしめるように進行していきます。3年前のウィーンフィルの時も思ったのですが,非常に大きなスケールの音楽作りをする人です。ポリフォニーをわざとらしく際立たせたりするような奇を衒ったところが一切なく,あくまで流れは自然です。多少,最弱音欠如型の気があるかもしれませんが,正統派の巨匠タイプと言えるでしょう。最後のホルンは立ち上がらずベルをアップするだけでしたが,十分な音量で迫力満点でした。
 アンコールはハンガリー舞曲第6番と「薔薇の騎士」のワルツ。満場のブラヴォーに応えてヤンソンスもサービス満点でした。しかしあんた方ブダペストの聴衆は,ブラヴォー言う前にまず演奏中のノイズを何とかしなさい,と,今シーズンも愚痴り続けることになるのでしょうな…。相変わらずあっちでゴホゴホこっちでガサガサとうるさいことこの上なし。せめて「巨人」の冒頭5分くらいは静寂にできんのかねあんたらは。


2006.08.25 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
Zdenek Macal / Czech Philharmonic Orchestra
Hilary Hahn (Vn-2)
1. Dvorak: Carnival Overture, Op. 92
2. Dvorak: Violin Concerto in A minor, Op. 53
3. Dvorak: Symphony No. 9 in E minor "From the New World", Op. 95

 マーツァル/チェコ・フィルのブダペスト公演ですが,宣伝ポスターは全てヒラリー・ハーンの写真を前面に押し出していましたので,存外ヒラリー先にありきの演奏会だったのかも知れません。客席は満員御礼,観光シーズンのためか,立ち見席にも長蛇の列ができていました。
 チェコ・フィルは,良くも悪くも「田舎のオケ」という印象でした。団員はほとんど男性で,年齢層も高めです。良く言えば「素朴な」,悪く言えば「泥臭い」,きしみの多い音色です。チェロ,コントラバスが多めにいるわりには低音部にあまり迫力はなく,中域が太い感じでした。管楽器に突出した奏者がおらず,ソロに華がありません。いわゆる名人集団ではなく,打てば即響くような鋭いオケでもありませんでしたが,まとまりはたいへん良かったと思います。多分マーツァルさんの統率力が優れているのでしょう。メインの新世界は,それこそツアーではほとんどこればっかり演奏している定番中の定番だけあって,基本は全く安心して聴き入りそうな超正統派の流れの中に,各楽章で2〜3箇所は「おや?」と引っかかる「ため」を入れたりして,さすがマーツァルさんは集中力を締め直すツボを心得ています。客席の咳にいちいち反応して,全て雑音が収まるまでじっと待っていたり(でもブダペストでは咳する人が静かになることはないので,結局あきらめて指揮を開始した),結構神経質な人かなと思いきや,最後はアンコールのスラブ舞曲を振ったあと,腕時計を見て大げさに驚き,そそくさと帰っていくなどお茶目なところもあって,面白いおじいさんでした。
 さて,話は前後しますがこの日のお目当ては,やはりヒラリー・ハーン。若手の美人ヴァイオリニストとして高い人気を誇りますが,美人というよりは,26歳にして未だあどけない顔立ちの,かわいらしいお嬢さん。演奏中はおおむね無表情で,演奏中の身体の揺らし方やオケを聴いている時のリズムの取り方が独特な仕草です。Vn協奏曲は,正直言うとあまり印象に残らない,淡々としていて山場のよくわからない演奏でした。もちろんめちゃめちゃ上手かったのは確かですが,それでも彼女的には技巧的な見せ場に乏しい選曲だったのではないかという気がします。また,田舎臭い,いやいや,ボヘミアらしいチェコ・フィルの音を意識してなのか,ハーンの音も何か意図的に荒っぽくしているように聞こえましたが,これがまた彼女らしさを薄めている要因にもなったと感じました。「意図的」と思ったのは,アンコールで弾いたバッハの無伴奏の曲(曲名わかりません,すいません)では音ががらりと一変したからです。このバッハの超絶技巧がめちゃめちゃ凄かった!普段は演奏中もざわざわとうるさいブダペストの聴衆,それにチェコ・フィルのメンバーまでもが息を呑んで聴き入っていました。当然割れんばかりの拍手で,この1曲が聴けただけでも行った価値は十分ありました。
 休憩時間にCDを買いに行ったら,ちょうどハーンのサイン会をやっていたので,買ったばかりのCDにサインをもらい,握手までしてもらいました。やはりその存在感からか,舞台の上ではもっと身体つきがゴツく見えたのですが,等身大の彼女はとてもちっちゃな顔の華奢な女の子で,手も意外なほど小さく,演奏中の無表情とはうらはらに,笑顔のキュートなたいへんかわいらしい人でした。「ニホンジンデスカ?」と日本語で聞かれたので驚いて「はい」と答えると,「アリガトウゴザイマス」と,これまた日本語でお礼を言われ,こっちが恐縮しました。めっちゃいい人でした〜。


2006.08.14 Hungarian State Opera House (Budapest)
Laszlo Vamos (Dir), Janos Kovacs (Cond)
Patrick Raflery (Otello), Eszter Sumegi (Desdemona), Anatolij Fokanov (Jago)
Andrea Lehocz (Emilia), Attila Fekete (Cassio), Peter Kiss (Roderigo)
Andras Palerdi (Lodovico), Gabor Vaghelyi (Montano), Zoltan Somogyi (Herold)
1. Verdi: Otello

 オフシーズンのオペラ座ですが,8月は恒例の「夏の音楽祭」と称して毎年いくつかオペラおよびバレエの公演があります。主役に国外からゲストを呼んできて,その他のメンバーもオペラ座の主力常連が顔を揃えます。料金も特別設定で普段より高めですが。
 さて,この夏の音楽祭でオペラを見たのは初めてだったのですが,上演中でもフラッシュばしゃばしゃ焚いて写真撮影している非常識な観光客が後を絶たず(もちろん禁止事項),休憩後に演奏が始まってからドカドカ入ってくるバカも多数いて(同じ奴等かも),客のマナー悪すぎ!見かねた席案内のおばちゃんが上演中に注意していましたが,それでも最後までフラッシュ途絶えず。あんたらがオペラ自体に興味がないのはわかった。来るなとは言わないが,最低限の常識はわきまえて下さいな。
 肝心のオペラの方ですが,まずオケは,指揮者がコヴァーチだったので全然期待していなかったのですが,なかなかどうして立派な演奏に非常に驚きました。管楽器を中心に厚みのある音で,ピッチもしっかりしていて,起伏に富んだ劇的な表現がオペラをがっちりもり立てていました。確かにこのところオペラ座オケの演奏の質が上がってきたのは感じていましたが,特にこの人の指揮では集中力のカケラもないヨレヨレの演奏が今まで非常に多かったので,いったいどうしちゃったの?!その要因を勝手に推理してみますと,ハンガリー国立歌劇場は最近トップが代わり,公演数の削減とそれに伴う大々的なリストラを決定したそうですが,(1) リストラでオケ団員からレベルの低い奏者が駆逐されたこと,(2) 団員に危機感が生まれ,緊張感が保たれるようになったこと,(3) この日はオフシーズンの公演なので,普段から寄せ集めのこのオケでも特にレベルの高い奏者が(他に仕事がないため)集まったこと,といったところなのではないでしょうか。何にせよ,聴衆の立場としては演奏の質が上がるのならリストラ大歓迎です。
 舞台は古代ギリシャ風のボリューム感ある円柱と石壁を中心とした大がかりなもので,やっぱりオペラはこうでなくちゃね,という典型でした。歌手は,主役のオテロはゲストスターにしてはあまり華がなく,通り難い声質のため歌がオケに消されがちでした。デズデーモナ役のシュメギも第一幕は調子が上がらず,ありゃりゃという滑り出し。一方,ヤーゴ役のフォカノフは相変わらずの声量と芸達者ぶりで,一人拍手喝采をさらっておりました。5月に見たカルメンのエスカミーリョ役が抜群に良かったものですから,実はこの日も彼が一番のお目当てだったのですが,全く期待を裏切らない素晴らしさでした。後半は主役の二人も徐々に調子を上げてきて,オテロは受け入れ難い現実(では本当はないわけですが)と葛藤する苦悩が,デズデーモナは一貫して凛とした清楚さがよく出ていて,ラストの場面はぐっと引き込まれるものがありました。総合的に見てなかなかの好演だったと思いますが,ただこのオペラは独白のようなアリアが長く,音楽は劇的ですが話は心理劇ですので,私の趣味にはちょっと合いませんなー。どちらかというと苦手な部類です,すいません。


2006.07.26 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
Concert hall performance by Theater an der Wien
Bertrand de Billy / Vienna Radio Symphony Orchestra & Arnold Schoenberg Choir
Gerald Finley (Don Giovanni), Hanno Muller-Brachmann (Leporello), Myrto Papatanasiu (Donna Anna)
Mathias Zachariassen (Don Ottavio), Attila Jun (Commendatore), Heidi Brunner (Donna Elvira)
Markus Butter (Masetto), Adriane Queiroz (Zerlina)
1. Mozart: Don Giovanni, Opera in two acts, K. 527

 クラングボーゲン音楽祭の一環としてつい1週間前にアン・デア・ウィーン劇場にてプレミエだった新演出が,オフシーズンのブダペストに何故かやって来ました。歌手,指揮者,オケ,合唱団はウィーンでの上演と全く同じ顔ぶれだったようです。このところこの国立コンサートホールでは「コンサートホールにおけるオペラ」と称した出し物がよく上演されていますが,これもその一つで,オケは客席から一段下がったピットに配置され,舞台の上には舞台装置と呼べる大道具は何もなく,この日の場合はレチタティーヴォ伴奏用のチェンバロとチェロ独奏,あとはパイプ椅子が4つずつ左右に置いてあるだけでした。歌手は舞台衣装と言うよりは普通の演奏会用衣装で登場し,自分の出番でない間は椅子に座っているか,又は舞台袖に引っ込んでいましたが,出番ではちゃんと普通に身振り手振りを交えた演技をしていましたので,プロットを知っていれば十分話の筋が追える程度にはオーソドックスな演出でした。とにかく歌手もオケもその演奏レベルが非常に高水準でバランスが取れていて,やはりウィーンはいつも聴いているブダペストの歌劇場とは一味も二味も違う,というのを痛感しました。誰が凄かったというより,どの歌手も声量と歌唱演技力において全く申し分ない上に,それぞれ役作りの差別化が徹底していて,比較で論ずるのは全く無意味,皆一様に素晴らしかったというより他なかったです。その中でも特にやはりドン・ジョヴァンニとレポレロは最後にひときわ盛大な拍手を受けていました。
 後でアン・デア・ウィーン劇場のWebサイトにある写真を見てみたら,このドン・ジョヴァンニのウィーンにおける舞台装置はかなりモダンで斬新なものであることがわかり,もし先にウィーンで見ていたら,おそらく非常に奇抜で訳わからん演出という印象を持ったのかも知れません。多分,歌手個人の演技はどちらの場合でもほとんど変わらないのでしょう。大道具が全くないほうがむしろオーソドックスな印象を受けたということは,オペラの演出っていったい何なのだろうという根源的な疑問に今さらながら気付いてしまった今日この頃でした。
 余談ですが,ベルトラン・ド・ビリーはフランス人で私とほとんど同い年の新鋭指揮者ですが,新婚旅行の際にウィーン国立歌劇場で「魔笛」を見て以来の再見でした。その健在ぶりというか,益々の活躍ぶりに頬が緩む思いでした。


2006.06.29 Bela Bartok Memorial House (Budapest)
Microcosmos String Quartet
Gabor Takacs-Nagy (Vn), Zoltan Tuska (Vn), Sandor Papp (Va), Miklos Perenyi (Vc)
1. Bartok: String Quartet No. 4
2. Bartok: String Quartet No. 5

 バルトークの作品中でも特に弦楽四重奏曲は「一見さんお断り」のたいへん取っ付きにくい音楽だという印象を持っていたのですが,だからこそこちらに住んでいるうちに一度本場のプロの演奏を聴いてみたいものだと思っていたところ,タカーチ弦楽四重奏団の元メンバーにして創設者のタカーチ=ナジとペレーニおじさんが共演するこの演奏会を見つけ,チケットも安かったので取りも直さず駆けつけてみました。バルトーク記念館で演奏会を聴くのは初めてです。
 ミクロコスモス弦楽四重奏団と名乗るこのユニットの結成は1998年まで遡るそうですが,ペレーニはソリスト,タカーチは指揮,他の二人もそれぞれ所属する弦楽四重奏団で多忙なためこれまで活動記録はあまりなく,今年からシフ・アンドラーシュと共演しながら初めてヨーロッパ各地で演奏旅行をやるそうです。私は正直言って弦楽四重奏の良し悪しはよくわからんのですが,聴いた印象ではやはりタカーチとペレーニの演奏が突出していて,他の二人は控えめなサポート役に徹していました。タカーチは荒い鼻息でテンポを取り,始終表情豊かに楽しんで弾いていました。年相応に枯れた味わいで渋い音色のヴァイオリンでした。対するペレーニはいつもの通り見かけはたいへん控えめながら,そこはやはりソリスト,音に圧倒的な「華」があり,第4番3楽章のソロなどは全く惚れ惚れして聴き込んでしまいました。何といっても生で,しかも至近距離でこういった一流の演奏を聴ける機会は本当に貴重なものです。
 バルトーク記念館はせいぜい100名ほどの小ホールで,冷房がないため窓は開けっ放し,途中バイクの爆音や子供の遊び声が聞こえてきたりして,なかなかアットホームな雰囲気でした。ただこの季節,ホールの中はどんどん暑くなり,熱気あふれる演奏も相まって,奏者も客も汗びっしょりになっていました。2nd Vn以外は皆年配のこのメンバー,アンコールでは第5番のアンダンテを再奏してくれましたが,人一倍汗だくだったヴィオラのパップさんが演奏前に「ふぅ〜」ともらした大きな溜め息が非常に印象的でした。


2006.06.22 Hungarian State Opera House (Budapest)
Gergely Kesselyak (Cond), Miklos Szinetar & Maria Harangi (Dir)
Attila Fekete (Duke of Mantua), Janos Gurban (Rigoletto), Zsuzsanna Bazsinka (Gilda)
Istvan Racz (Sparafucile), Annamaria Kovacs (Maddalena), Kornelia Bakos (Giovanna)
Csaba Otvos (Count Monterone), Tamas Clementis (Count Ceprano)
1. Verdi: Rigoletto

 この日は突然のブッシュ大統領来洪に伴う交通規制(というよりほとんど市街封鎖)のおかげで,至るところ大渋滞の嵐だったブダペストですが,夕方には解除され,何とか無事オペラ座にたどり着くことができました。
 さて,意外にもヴェルディのオペラは初観劇。長い作品が多いのと,もっぱらエルケル劇場の方で上演されていましたので何となく敬遠していました。この「リゴレット」も現在エルケルの演目ですが,今月だけ,おそらくは観光客向けにオペラ座の方にやって来ていました。やはりというか,会場やカフェでは英語を話している人がたくさんいましたが,存外日本人は少なかったです。
 舞台装置はけっこう凝っていて,造形と色彩がくっきりした少しシュールリアリスティックなものでした。第一幕では晩餐会に集う貴族の衣装が極彩色でいかにも中世ベネチア風。これが第二幕では同じ舞台に今度は全員黒ずくめの男たちで,そのコントラストが極めて印象的な演出でした。歌手は総じて高レベルでしたが,各人の声量にバラツキが大きかったのが多少気になりました。特に素晴らしかったのは殺し屋スパラフチーレ役のラーツで,一番盛大な拍手を受けていました。リゴレットはまあ無難。マントヴァ公爵のテナーは軽さがこの役にはちょうど合っていました。私の世代だと「女心の歌」を聴くとどうしても「はいっ!野菜」という冷蔵庫のCMを思い出してしまいますが…。ジルダ役のバジンカはたいへん声の綺麗なソプラノで,普段からこうした清楚な役を歌うことが多いのですが,容姿的にはそろそろ厳しいのではと正直思います。彼女に限らず女声陣は総じて恰幅の良い体型で,まあオペラなのでそんなことを言っても仕方がないでしょうかねえ…。オケはケッシェイアークらしい熱い演奏で,集中力も普段より高く,なかなか良かったです。このところオペラ座のオケが前よりずいぶん良くなったような気がして,少なくとも昔は何度も聴かされたふにゃふにゃよれよれの演奏が最近聴かれなくなったので,何か大々的なテコ入れでもあったのでしょうか。


2006.06.13 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
Miguel Gomez Martinez / Magyar Telekom Symphony Orchestra
Manuel Barrueco (Guitar-2)
1. Debussy: Iberia - suite
2. Rodrigo: Concerto d'Aranjuez
3. Falla: The Three Cornered Hat - suite

 マジャールテレコム響はかつてのMATAV響で,MATAV(ハンガリーの電電公社)がドイツテレコムに買収されたのに伴い昨年くらいから名称変更されました。対外的には「ハンガリー交響楽団」を名乗っています。聴くのは今回初めてだったのですが,パンノンフィルと同様団員の女性比率が非常に高く,特に弦楽器はほとんど女性。力量的にもパンノンフィルとほぼ同ランクと見ました。
 「イベリア」はちょっと痩せていると言えなくもない弦の音がちょうどこの曲のデリカシーと合っていて,クラリネットのソロも上々で,なかなか良かったです。「アランフェス」は,あまりに通俗な先入観があって実は今まで真面目に通しで聴いたことがなかったのですが,幸い3列目の席だったのでバルエコのギターが生音でよく聴こえたこともあり,新鮮な感動を覚えました。コールアングレがまた素晴らしい音色で,このオケ,全般的に木管は大したものでした。しかし,やっぱりこの曲,2楽章だけ全体から浮いている印象は拭えませんなー。メインはプログラムには「三角帽子」だけしか書いていなかったので,演奏時間から見て全曲版でやるのかなと期待しましたが,実際は第1,第2組曲での演奏でした。マルチネスの指揮はスペイン風のアゴーギグ満載で,テンポを早める箇所では時々管楽器が追いつけず後ノリになってしまっていました。しかし終曲ではガラリと変わって指揮者がかっとばしてもきっちりついて行ってましたので,ここは特別練習を重ねたのでしょうか。全クラシック作品中でも5本の指に入れたいくらい「三角帽子」愛好家の私としては,管打楽器の迫力不足がちょっと不満ではありました。演奏終了後,指揮者は若い女性奏者を選り好んで手にキスをしまくっていましたが,全く憎めないおっさんです。


2006.05.26 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
Mischa Santora / Hungarian National Philharmonic Orchestra & Choir
Miklos Perenyi (Vc-3), Laszlo Barsony (Viola-3)
1. Ives: Symphony No. 3
2. Debussy: Nocturnes
3. R. Strauss: Don Quixote, Op. 35

 オランダ生まれのハンガリー人若手指揮者サントラはすらっと背の高いイケメンの部類です。指揮ぶりもたいへんスマートでしたが,音楽はもう一つパンチに欠け,イケてませんでした。とりわけアイヴズとドビュッシーはまるで初見で演奏しているかのような思い切りの悪さが目立ち,オケが少し練習不足に思えました。しかしメインのドン・キホーテになるとオケの音が一変。ペレーニがソリストというよりはオケの一員として一緒に登場し,演奏する場所も控えめに指揮者のすぐ右前に位置して,ソロだけでなく合奏の部分もオケと一緒に演奏していたので(ドン・キホーテは普通こう演奏するものなのでしょうか?実演は初めてだったので知らないのです),オケのメンバーに良い意味で緊張感がほとばしっていたのが要因だと思いました。もちろん練習量も違ったのでしょうが。ペレーニおじさんは相変わらず,一見よぼよぼ爺さんと思いきや,いったん楽器を弾き出すと実に艶やかで張りのある音色で聴衆を魅了します。ペレーニが素晴らしかったのでメインでもやはり指揮者の影は薄かったです。演奏後のオベーションで最初のうちは指揮者だけ出入りさせ,自分はあくまでオケの一員であるかのように一緒に淡々と立ったり座ったりしていました。立ち振る舞いは最後まで控えめなペレーニおじさんなのでした。


2006.05.25 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
Yutaka Sado / Orchestre de Paris
Nikolai Lugansky (P-2)
1. Liszt: Two legends
2. Chopin: Piano Concerto No. 2 in F minor, Op. 21
3. Franck: Symphony in D minor

 開演まで30分を切っているのに佐渡氏が非常にラフな格好でまだロビーをうろうろ歩いていたのでちょっとびっくりしました。佐渡氏を見るのはこれで3度目ですが,前回はもう10年以上も前になりますなあ。長身は相変わらずですが,だいぶ細身になったような気が。
 「2つの伝説」はよく知らない曲だったので気付かなかったのですがどうも2曲あるうちの1曲しか演奏しなかったようで,聴衆の拍手がためらいがちだったのもいた仕方なしですか。これで調子が狂ったのか,ショパンもフランクも楽章が終わるごとに拍手が起こり,変な感じの演奏会でした。ルガンスキのピアノは,長い指で端正にきっちりと正確に弾くテクニシャンという印象でしたが,すいません,ショパンはあまり守備範囲でないこともあり,それ以上の感想がありません。佐渡氏を過去2回見たのはどちらもマーラーだったのですが,「俺はバーンスタインの弟子だ〜!」と主張したくてしょうがない,何とも言えぬ「汗臭さ」をびしびし感じたのですが,長いフランス生活の末,ずいぶんと垢抜けた演奏をするようになったのですね。もちろんそのダイナミックな指揮ぶりは健在でしたが,出てくる音はどことなく冷めていて,細部までしっかりコントロールされている様子でした。パリ管の音色が非常に美しく(特にコールアングレ),全体的にポイント高い演奏会でした。


2006.05.14 Hungarian State Opera House (Budapest)
Mate Sipos Szabo (Cond), Viktor Nagy (Dir)
Katalin Gemes (Cenerentola), Janos Ocsovay (Prince Ramiro), Viktor Massanyi (Dandini)
Jozsef Gregor (Don Magnifico), Zita Varadi (Clorinda), Krisztina Simon (Tisbe), Janos Toth (Alidoro)
1. Rossini: La Cenerentola (Cinderella)

 マチネーのみの,明らかに子供をターゲットとしたプロダクションでした。舞台装置はアンティークの仕掛け絵本のよう,登場人物の衣装は皆メルヘンチックで(チェネレントラの舞踏会と結婚式のドレスはどちらも罰ゲーム食らったかのようなキンピカのヘンテコ),振り付けもどこか人形劇のような動きになっています。観客も子供ばかりなので,大人だけで見に行くにはちょっとつらいかも。しかし,このオペラは長すぎるので子供が見るにもつらいです。うちの娘も開始から1分で興味を失い,ずっとそわそわごそごそしていたあげく,後半はぐーぐー寝ていました。配役は,チェネレントラが瓦のように四角い顔で肩幅のがっしりした人(こないだのカルメンではジプシー仲間の役でした)だったのでちょっとがっくり。歌手は早口がちゃんと回っていない人が多く,総じて雑に感じられました。逆にオケは小編成ながら低音がきっちり響いた良い演奏でした。


2006.05.09 Hungarian State Opera House (Budapest)
Geza Torok (Cond), Miklos Szinetar (Dir)
Eva Panczel (Carmen), Attila Wendler (Don Jose), Anatolij Fokanov (Escamillo)
Tunde Franko (Micaela), Gabor Vaghhelyi (Dancairo), Miklos Kiraly (Zuniga)
1. Bizet: Carmen

 この「カルメン」や来月上演の「リゴレット」は現在エルケル劇場の方のレパートリーなのですが,この時期増える観光客を見込んでか,今年から5月と6月にはオペラ座の方で上演することになったようです。ということで,このカルメンも2年前にエルケルで見たのと全く同じプロダクションで,カルメン,ドン・ホセの主役2人も同じ人でした。この日は何といってもエスカミーリョが硬軟自在に歌い分け,抜群に良かったです。ドン・ホセは歌もさることながら,女で身を崩す中年オヤジをまさに全身で表現し尽くし,カルメンはいかにもな雰囲気をプンプン匂わせてハマリ役でした。またこの日はオケもいつになく集中力があって,厚めで引き締まった伴奏を聴かせていました。普段からこのレベルの仕事をしてくれたら,良い歌劇場になるのになあ。


2006.05.03 Hungarian State Opera House (Budapest)
Peter Oberfrank (Cond), Miklos Szinetar (Dir)
Sandor Roman (Choreography-1), Jeno Locsei (Choreography-2)
Zoltan Olah (Prince-1), Adrienn Pap (Princess-1)
Jozsef Cserta (Wooden Prince-1), Krisztina Vegh (Fairy-1)
Dace Radina (Girl-2), Levente Bajari (Mandarin-2)
Peter Fried (Bluebeard-3), Szilvia Ralik (Judit-3)
1. Bartok: The Wooden Prince
2. Bartok: The Miraculous Mandarin
3. Bartok: Bluebeard's Castle

 今年のバルトーク生誕125周年を記念した国立オペラ座の出し物は,「トリプル・バルトーク」と称した新演出の劇場用作品3本立てです。どれもこってりと見応えのある舞台で満足度は高かったのですが,正直疲れました。
 「かかし王子」はたいへん凝った幻想的な舞台で,可憐な王女が非常に良かったです。「役人」もとうとう新しいプロダクションになり(後で調べたら前回と前々回に見たのは概ねハンガリー初演時そのままの極めて伝統的な演出・振り付けだったようです),コンクリート打ちっぱなしのような舞台に冒頭少女がベルトコンベアで逆さ吊りになって登場した時はいったいどんだけモダンな演出かと思ったのですが,基本的には元の台本を忠実になぞっており,比較的とっつきやすい内容でした。演出のポイントは「分裂する登場人物」で,娼婦の少女は7人,ならず者は9人にも増殖します。学生風の若者やマンダリンまでもミラーのごとく2人に分裂していました。そのマンダリンは全身タイツの新劇風で,中国人のイメージをあえて強調しないコスチュームでしたが,これはこれで赤い装束のキョンシー風ステレオタイプよりむしろ好ましいとさえ思いました。最後の「青ひげ公」は毎回違う演出で3度見たことになりますが,今回のが最も元の台本で指定された舞台設定に近いと思いました。歌手はどちらも内向的にこもるのではなく朗々とドラマチックに歌い上げ,オケも若い指揮者にけん引されていつになく瑞々しく(実はあえて常任指揮者のKovacsおじさんが振らない日を選んだのです),総じて充実度の高い舞台でした。また機会があれば是非見たいと思いましたが,3本立ては長丁場で見る方も体力が要るので,ストラヴィンスキーのバレエでも加えて2本立て2つに分けてくれるのが理想です。


2006.04.29 Academy of Music (Budapest)
Pinchas Steinberg / Budapest Festival Orchestra
Nikolaj Znaider (Vn-2)
1. Wagner: Rienzi - overture
2. Korngold: Violin Concerto in D Major, Op.35
3. Shostakovich: Symphony No.5 in D minor, Op.47

 ズナイダーを聴くのは初めてでしたが,こんなに長身の巨漢とは知りませんでした。しかし奏でる音は繊細そのもの。見かけに似合わず女性的な印象ですが,コルンゴルドの曲想とたいへんマッチしていました。それでも終楽章では激しいパッセージを力強く全身で弾き切って,なかなか幅のある芸風のようで,世界中で引っ張りだこなのも頷けます。
 ピンカス・スタインバーグは元奏者らしく,ときおりヴァイオリンを弾く仕草を交え,上半身だけでおおらかな指揮をする人です。クレッシェンドやスフォルツァンドが結構極端で,派手な音楽作りが時々バーンスタインを彷彿させる気がしました。メインの「革命」はオケの馬力と奏者の個人技が同時に要求される難曲ですが,祝祭管の金管はトランペットが時々指揮者に着いていけなくなる箇所があったものの相変わらず迫力は十分,ティンパニもいつも通り何げに上手く,フルートやホルンのソロもたいへん良かったです。


2006.04.26 Erkel Theatre (Budapest)
Gyula Harangozo, Jr. (Choreography), Valeria Csanyai (Cond)
Zsofia Gyarmati (Snow White), Katalin Hagai (Stepmother), Roland Liebich (Princess)
Sandor Turi (Huntsman), Gyorgy Szakaly (Old Woman), Tibor Kovats (Dopey)
1. Kocsak: Snow White and the Seven Dwarfs - Ballet

 娘がまた見たいと言ったのでちょうど一年ぶりに見に行きました。相変わらずの大人気で場内は子供がいっぱい。小・中学校からの団体も多数いたようです。昨年と比べると老女やおとぼけの振り付けがちょっと変わったような気がしましたが,基本的には同じです。家族でエンジョイするにはたいへん良くできたバレエです。ハランゴゾー・ジュニアは現在ウィーン国立歌劇場バレエの監督ですから,子供向けバレエとしてそっちに輸出することも将来的にはありうるかなーと思いました。


2006.04.19 Wien Volksoper (Vienna)
Daniel Dolle (Dir), Elisabeth Attl (Cond)
Ulrike Steinsky (Hanna), Morten Frank Larsen (Danilo), Jennifer O'Loughlin (Valencienne)
Harald Serefin (Zeta), Sebastian Reinthaller (Camille), Gernot Kranner (Njegus)
1. Lehar: Die lustige Witwe (The Merry Widow)

 家族そろってフォルクスオーパーに初挑戦してみましたが,あいにく全員しつこい風邪ウイルスにやられて体調悪し。一幕だけ見て帰ってきました。残念無念。
 フォルクスオーパーの音響のせいなのか,オペレッタはこういうものなのかはわかりませんが,総じて歌手の声がオケに負けていて通りが悪かったです。逆にオケは軽やかながら精密な演奏を聴かせていて非常に良かったです。やっぱりウィーンはいいですなあ…。


2006.04.14 Palace of Arts, Bartok National Concert Hall (Budapest)
Ivan Fischer / Budapest Festival Orchestra
Miklos Perenyi (Vc-1)
1. Mihaly: Concerto for Violincello and Orchestra
2. Kurtag: Stele, Op.33
3. Bruckner: Symphony No.9 in D minor, A.124

 国立コンサートホールは今年から名称にハンガリーの誇り,バルトーク・ベーラの名前を冠する決定をしたそうです。今後はバルトーク国立コンサートホールと呼ばれることになりますが,バルトーク記念館ホール(こちらは室内楽専門)がすでにあるのでしばらく混乱を招きそうです。
 さて,ミハーイ・アンドラーシュのチェロ協奏曲は予想に反して非常に古典的な構成の曲で,スラブ風のロマンチックな旋律が随所に聴かれ,19世紀後半のロシア産バレエ音楽のような雰囲気です。ペレーニさんは相変わらず背を丸めてよぼよぼと登場,おいおい大丈夫かいなと思ったのですが,いったん楽器を取ると打って変わって若返り,艶のある音でハツラツとした演奏を聴かせてくれました。
 Steleは「墓碑」を意味するギリシャ語で,アバド/ベルリンフィルに捧げられた曲だそうですが,そう難解でとっつきにくい曲ではなく,どこかプリミティブで不思議な雰囲気を持った曲です。舞台後ろにずらっと並んだ12人のコントラバス奏者が圧巻でした。実はクルターグの曲も聴くのは初めてなのでした。
 私はマーラー好きのくせにブルックナーはその冗長さがどうも苦手で,普段は敬遠しているので演奏の良し悪しとか「ブルックナーらしさ」についてははっきり言ってよくわからんのですが,重心が低くダイナミックレンジの広い,骨太でちょっと重めの演奏でした。重厚な弦と馬力ある金管に挟まれて,木管の印象が非常に薄かったです。最後はもうちょっとデリケートに終わってくれた方が良かったかなと。
 以上3曲とも祝祭管にとって今回が初演奏だそうです。フィッシャーはこれが今シーズン最後の演奏会になりますが,アンコールも挨拶もなくやけにあっさりと終わりました。何にせよ今シーズンは数多くの好演を聴かせてもらったので,心からブラヴォーを送りたいです。


2006.03.28 Academy of Music (Budapest)
Christopher Hogwood / Basel Chamber Orchestra
1. Martinu: Double Concerto for String Orchestras, Piano and Timpani
2. Martin: Petite Symphonie Concertante
3. Holliger: Eisblumen (Frozen Flowers) (Hungarian premiere)
4. Bartok: Music for Strings, Percussion and Celesta

 普段室内楽やバロック・古典ものを全くと言っていいほど聴かない私は,恥ずかしながらバーゼル室内管がバッハ,ハイドンだけではなく創立当初から積極的に現代音楽に取り組んできたこと,この日の演目中でもマルティヌーの二重協奏曲やバルトーク「弦チェレ」を委嘱,初演した団体であることを,当日のパンフを読むまで全然知りませんでした。ただ単に曲目を見て面白そうだと思い,現代ものを古楽器でやるようなイロモノなのかなと変な期待をしていました。とは言え,最初の3曲はよく知らない曲でしたし,弦チェレも実はナマ演で聴くのは初めてでしたが…。(意外と機会がないですよね?)
 さて,演目からも想像つくように室内管とは言え室内楽演奏会では全くなく,弦楽七重奏だった3曲目以外は,総勢30数名から成る対称に配置された2群の弦楽オーケストラ+α(ピアノ,ハプシコード,ハープ,打楽器群)という十分に厚みのある編成で,音圧的には普通のオケとほとんど変わりません。スイスロマンド管とも通じるわりと素朴な弦の音色で,ノンビブラート一辺倒というわけでもなかったのですが,特に全パートが鳴っているような箇所では透明感と不思議なステレオ立体感があって心地よかったです。全体的に淡々としてクールな演奏でしたが,ティンパニなどはもうちょっと硬質でも良かったのではと思いました。なお,弦チェレではアマディンダ打楽器アンサンブルのリーダー,ラーツ・ゾルターンがゲストでシンバル等を叩いていました。


2006.03.24 Palace of Arts, National Concert Hall (Budapest)
Zoltan Kocsis / Hungarian National Philharmonic Orchestra
Barnabas Kelemen (Vn-1), Dezso Ranki (P-2)
1. Bartok: Violin Concerto No. 1
2. Bartok: Piano Concerto No. 1
3. Bartok: Concerto for Orchestra

 バルトーク生誕125周年記念演奏会と称し,数多いハンガリー人の著名ソリスト中でも,ラーンキ,ケレメンといった「コチシュ派」の人々が顔をそろえています。ケレメンはバルトークでもいつものごとく顔の表情豊かに陶酔仕切った演奏を聴かせていました。若いのに卓越した技量もさることながら,オケの方に合わさせず自分から合わせに行く姿勢がいつも好感が持てます。この日はVn協奏曲の1番なので彼のキャラとも合っていたような気がしますが,2番ならはたしてどう弾くのかたいへん興味があります。
 次のP協1番はピアノの回りに打楽器群を配置して,ピアノを打楽器のように取り扱うこの曲の特質を際立たせようとしていましたが,その割りには全体的にリズミカルさに欠け,また打楽器奏者が慣れない位置で演奏する緊張とスペース不足から必要十分に楽器を鳴らせておらず,正直言ってアイデア倒れだと思いました。ラーンキのピアノはメリハリに欠けるかなと少し思いましたが,非常に精巧で粒の際立った演奏だったので,伴奏に足を引っ張られた印象です。
 オケコンはコチシュらしい超高速ぶっとばし演奏で,まあこれでもしオケが例えばシカゴ響だったりすれば非常に私好みで良かったのですが,ハンガリー国立フィルでは何とかついていくのがせいいっぱい。オケよりも指揮者の責任ですが,結果として弦の音が貧弱に傾き,全体として浮いた雰囲気で迫力に欠けました。せめて,もっとリズムを強調した演奏であれば退屈せずに聴けたのでしょうが…。やはり先日聴いた祝祭管の方が基礎力はよっぽど鍛錬されているな,と感じました。オケのトレーナーとしてのコチシュの実力は疑問符です。まあ,本人の「つもり」とはうらはらに,指揮者である以前にやっぱりピアニストなのだと思います。


2006.03.23 Hungarian State Opera House (Budapest)
Gyula Harangozo, Ildiko Pongor (Choreography), Andras Deri (Condunctor),
Anna Tsygankova (Odette, Odile), Zoltan Olah (Prince), Szilard Macher (Sorcerer),
Eva Lencses (Queen), David Miklos Kerenyi (Jester), Csaba Kutszegi (Nurse)
1. Tchaikovsky: Swan Lake

 先月見たばかりの「白鳥の湖」ですが,接待でまた見ることになりました。しかし同一のプロダクションを複数回見るのは,新たな発見もあり,悪いことじゃありません。前回のオデットは顔芸を駆使してオディールとの性格分けをしていましたが,今回の人は表情はいたってクール,あくまで踊りで表現しようという気概に好感が持てました。容姿共々,私はこちらの方が好みでした。道化師のジャンプが前回よりすいぶん低い気がしたのですが,あとでチェックしたら同じ人でした。見る角度で印象は変わるものなのですね。ヴァイオリンソロは今日は比較的まともでした。指揮者が変わったせいでしょうか。
 ところでこの公演はスプリング・フェスティバルの一環なのですが,それだけでチケットの値段は3倍近くに跳ね上がります。オペラ座でやるオペラやバレエの場合はスプリング・フェスティバルの期間でしか見れない演目は基本的にないので,できるだけこの時期を避けて手配されることをオススメします。


2006.03.19 Palace of Arts, National Concert Hall (Budapest)
Ivan Fischer / Budapest Festival Orchestra
Lang Lang (P-1)
1. Rachmaninov: Piano Concerto No.2 in C minor
2. R. Strauss: The Legend of Joseph

 噂のラン・ランを初めて聴きました。ハンガリーで演奏するのはこれが初めてだそうです。瑞々しい音色で大げさにテンポをゆさぶり,顔芸含め全身でめいっぱい感情を表現するたいへんロマンチックなスタイルで,このラフマニノフ2番には非常にマッチしていました。何かこう,ぐっと心が引き込まれる演奏で,ただ上手いだけの人ではないなと思いました。またオケの音もこの日は特に骨太で,多少軽めに感じられないこともないラン・ランのピアノを下からうまく支えていました。全く物怖じすることなく自分の世界に没頭していくピアノにしっかりと肉付けをしつつ,時にはピアノを挑発しながらもお互いが分離することなく見事に融合したサウンドを聴かせていました。フィッシャーと祝祭管の懐の深さあってのことでしょうが,相性の良さも大いに感じましたので是非またいつか共演して(できればレコーディングも)もらいたいものです。
 メインはR.シュトラウスの珍しいバレエ音楽「ヨゼフの伝説」で,実演を聴くのはもちろん初めて。ハープ4台,ピアノ,チェレスタ,オルガン,ウインドマシーン,ホルンいっぱい,ティンパニいっぱい等々を含むとんでもない大編成の曲で,やはり生で聴くその大音響は相当迫力がありました。実演の醍醐味を十分に堪能し,いたく感動しました。R.シュトラウスの中ではかなりマイナーな作品ですが,分かりやすく起伏に富んだ内容で,少なくともアルプスや家庭交響曲と同程度には取り上げられてもよいのにな,と感じました。ただ,バレエの舞台なしではこの65分間はちょっと長丁場過ぎるかもしれませんので,作曲者が編集した組曲版なんかがあればなお良かったのに,と残念に思います。なお,この曲はレコーディングも行われたそうで,Channel Classicsからそのうち(来年くらい?)リリースされるとのことです。
 それにしてもフィッシャー/祝祭管コンビの充実度は近年著しいものがあり,いつもハズレなく楽しませてくれます。おととい聴いたスイスロマンド管クラスのオケなどはもうはるかかなたに抜き去って,すでに世界のトップ中のトップクラスにいると言っても過言ではないでしょう。


2006.03.17 Budapest Convention Centre (Budapest)
Peter Eotvos / Orchestre de la Suisse Romande
Pierre-Laurent Aimard (P-2)
1. Ligeti: Lontano
2. Eotvos: CAP-KO (dedicated to Bela Bartok) Concerto for acoustic piano, keyboard and orchestra (Hungarian premiere)
3. Stravinsky: Rite of Spring

 恒例のブダペスト・スプリング・フェスティバルがこの日開幕しました。昨年はバルトークの没後60周年でしたが今年は生誕125周年になります。エトヴェシュ初のピアノ協奏曲「CAP-KO」はそれに合わせて作曲され,今年1月ミュンヘンで初演されたばかりです。スタインウェイとローランドのデジタルピアノを交互に弾いていましたが,デジタルピアノの方も特に奇をてらわずピアノ系の音色で,プリペアードピアノのような扱いでした。打楽器が活躍し,急楽章ではピアノもどこか原始的でパーカッシブなリズムとなっていたのが確かにバルトークを意識しているのかなとは感じましたが,1回聴いたくらいではまず理解できませんでした。かと言って2回目を聴く機会は多分ないような…。
 スイスロマンド管は弦が少々弱かったですが,管楽器は音色は素朴ながらなかなか馬力のある演奏を聴かせてました。「春の祭典」は細部までくっきり明らかにするバリバリの構造強調型解釈でしたが,その分全体としては流れの悪い演奏に思え,途中で飽きてきました。打てば即座に響くという反応でもありませんでしたし,ハルサイだからもうちょっと鋭いリズムや荒々しさが際立ってもよいのになと思いました。エトヴェシュのやりたかったことはこのオケで十分表現できたのかなあ,とふと感じてしまいました。


2006.03.14 Erkel Theatre (Budapest)
Imre Kerenyi (Dir), Kalman Szennai (Cond), Veronika Botos (Viola d'amore solo),
Andras Molnar (Bank Ban), Zsuzsanna Bazsinka (Melinda), Janos Toth (Tiborc),
Sandor Egri (Petur Ban), Istvan Bercelly (Endre II), Bernadett Wiedemann (Gertrudis),
Tamas Albert (Otto), Levente Molnar (Biberach)
1. Erkel: Bank Ban

 実話を元にしたハンガリーオペラの代表作です。作曲のエルケル・フェレンツはハンガリー国歌の作曲者でもあります。時代設定は13世紀ですが,1848年の革命自由戦争直後に台本が書かれたため外国人支配に対抗する国威発揚的色合いが濃いです。共産主義時代にも好んで上演されたとか。国威発揚とは言っても結局救われない悲劇になっているのはどこか屈折したハンガリー人らしいですが。
 このオペラの公演ではいつもハンガリー人観衆が盛り上がり,有名なアリアでは劇の途中でも何度もアンコールが起きると聞いていたので,特に3.15革命記念日の前夜なだけにそりゃあたいへんなことになるかもと戦々恐々だったのですが,意外と反応は冷めていました。バーンクの「祖国を愛する歌」だけはしつこく拍手が起こっていましたが,これも結局アンコールはやらず流していました。この日はメリンダとペトゥルが少し弱かった他は歌手が非常に良かったです。堂々と威厳あふれたバーンク,歌唱力で泣かせたティボルツ,圧倒的声量のゲルトルード。憎たらしいオットーや姑息なビベラヒも非常に達者な演技で参りました。
 このオペラ,ハンガリー以外で上演されることはまずないでしょうが,曲調は全く前期ロマン派の範疇で耳に馴染みやすく,曲も舞台も極めてドラマチックなオペラらしいオペラです。「男のオペラ」とも言えるでしょう。ビオラ・ダ・モーレやツィンバロンといった近代オペラでは風変わりな楽器も活躍して聴かせどころ満載なので,旅行者の人にも一見の価値ありとオススメしたいです。


2006.03.04 Hungarian State Opera House (Budapest)
Valeria Csanyi (Condunctor)
Ballet Gala -Past and Present-
1. Lazar: After Midnight
2. Wagner: Duet (Tristan and Isolde)
3. Lyadov: Dolls
4. Hertel: Clog Dance (La Fille Mal Gardee)
5. Solovyev-Sedoy: Gopak (Taras Bulba)
6. Glass: Whirlpool (The Hours)
7. Erkel: Palace (Hunyadi Laszlo)
8. Khachaturian: Saber Dance (Gayane)
9: Tipper: Triptichon
10: Porpora: Closed Curtain Pas de Deux
11: Asafiev: Pas de Deux (Flames of Paris)
12: Tchaikovsky: Pas de Deux
13: Tchaikovsky: Flower Waltz (Nutcracker)

 国立歌劇場バレエ団の今年のガラ公演は「過去と現在」と題してクラシックとモダンを取り混ぜ,コンパクトにまとまった構成になっていました。1は舞台上のピアノで出演者が伴奏(ダンサーまでピアノを弾いたのは驚いた),6,9,10はテープ伴奏で,以上がモダン系,残りはクラシック系でしたが,3,4の子供ダンサーがかわいらしかったです。こちらの子供は日本人から見ると皆一様にお人形さんのようでとってもかわいいのですが,特にバレエの舞台に出てくるような子供はもう本当にかわいいので頬が緩みます。
 全体的には,意外とモダン系の方が面白かったです。ガラということで舞台装置はないに等しかったのですが,それでも全然違和感がないモダン系に比べて,クラシック系の方は振り付け,オケの生演奏(この日は比較的良かったです),衣装が揃っていても,さらにゴージャスな舞台が付かなければ何か物足りなさを感じてしまうものだなあ,ということがわかりました。個人的には6のシンクロダンスが面白かったのと,「剣の舞」をもっと見たいと思ったので,次のシーズンには「ガイーヌ」をやってくれないかなあと期待します。


2006.02.26 Festival Orchestra Rehearsal Hall (Budapest)
Budapest Festival Orchestra
Sunday Chamber Music Concert
1. Mozart: Clarinet Quintett in A Major, K. 581
2. Stravinsky: Double Canon for String Quartet (1959)
3. Stravinsky: Concertino for String Quartet (1920)
4. Stravinsky: Three Pieces for String Quartet (1914)
5. Stravinsky: Septett (1953)
6. Stravinsky: Rag-Time for Eleven Instruments (1925)

 祝祭管メンバーによる室内楽演奏会で,年に6回ほど開催しています。普段室内楽はめったに聴かないのですが,シーズンチケットにおまけで付いてきたので行ってみました。リハーサルホールには初めて入ったのですが,昔の宣伝ポスターがいくつも壁に張ってあり,ショルティ指揮でオケコン&ブラ4とか,日本公演のポスター(もちろん日本語)とか,コチシュがソリストの頃の演奏会とか,なかなか感慨深かったです。
 前半はモーツァルトのクラリネット五重奏,後半はメンバー総入れ替えでストラヴィンスキーの小曲集という構成。この回に限らず,いわゆる「名曲コンサート」には決してせず何かしら実験的というかチャレンジ精神旺盛な選曲となっているようです。私の趣味はもちろん後半の方。どれも初めて聴く曲ばかりだったのですが,硬派な曲の合間にコンチェルティーノやラグタイムなど素直に楽しめる曲も取り混ぜ,なかなか面白い演奏会でした。


2006.02.17 Palace of Arts, National Concert Hall (Budapest)
Ivan Fischer / Budapest Festival Orchestra
Emanuel Ax (P-3)
1. Satie: Gymopedies No. 1 (orchestration by Debussy)
2. Satie: Gnosseinnes No. 3 (orchestration by Poulenc)
3. Mozart: Piano Concerto No. 25 in C major, K. 503
4. Tchaikovsky: Manfred Symphony

 フルオーケストラとしては今年最初の公演です。アックスはさすが古典派の専門家だけあって,見かけによらず繊細かつ多彩な表現力で肩の力の抜けた軽やかなモーツァルトを聴かせてくれました。
 マンフレッドは,今年の初日ということもあってか,いつにも増して気合いの入った祝祭管のアンサンブルに拍手喝采でした。一糸乱れぬ弦の音色にぴっちりそろったボウイング,極めて適正なパートバランス,これは相当に練習を重ねたなと想像するに難くありません。木管やホルンのソロも素晴らしく,また両袖に対抗配置した2台のハープがステレオ効果で立体感をより際立たせていました。指揮者のクールさとはうらはらに,出てくる音は全体的にドラマチックな表現で,たいへん「熱い」演奏でした。アンコールの「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲にまでその熱気を引きずって,少々うわずった演奏になっていたのが微笑ましかったです。
 それにしても隣りのおばあさんは今年も相変わらずガサガサとうるさい。どうして演奏中に平気でバッグのチャックをちーと開閉できるんかな…。


2006.02.04 Hungarian State Opera House (Budapest)
Gyula Harangozo, Ildiko Pongor (Choreography), Valeria Csanyi (Condunctor),
Aleszja Popova (Odette, Odile), Zoltan Nagy, Jr. (Prince), Levente Bajari (Sorcerer),
Eszter Kovacs (Queen), David Miklos Kerenyi (Jester), Oszkar Rotter (Nurse)
1. Tchaikovsky: Swan Lake

 ここでバレエを見るときはだいたい決まってこのおばさんが指揮なのですが,いつもやる気なさそうに楽譜を放り投げたりして,これではオケにもなめられるはずです。いつものごとくまとまりの悪い演奏で,バイオリンソロも全然いただけませんでした。まあでも前回のコッペリアよりはまだましだったかな。最近こちらの音楽教師の人に聞いたのですが,ここのオケは個人の技量はそこそこあるもののメンバーは基本的に寄せ集めでステージごとにころころ変わり,ろくに練習もできなくてぶっつけ本番で臨むことが多いそうなのです。さもありなん。
 バレエの方はたいへん良かったです。オデットは顔を悲痛に作りすぎなのを除けば非常に優雅でよどみのない動きでしたし,道化師は躍動的にくるくると飛び回って大いにうけていました。舞台はゴージャス,チャールダーシュではまさに水を得た魚のようにイキイキとした本場のダンスを見せていました。ただ今日はどのダンサーもぱーっと足を上げるたびに足の裏が黒く汚れているのが気になって仕方ありませんでした。本番では本番用のシューズに履きかえないものなのでしょうか…。


2006.01.17 Hungarian State Opera House (Budapest)
Gyula Harangozo (Choreography), Valeria Csanyi (Condunctor),
Dace Radina (Swanilda), Zoltan Olah (Francois),
Csanad Gergely Kovats (Coppelius), Eniko Somorjai (Coppelia)
1. Delibes: Coppelia

 ハンガリー国立バレエの創設者にして伝説のダンサー,ハランゴゾー振り付けのバレエ演目は今でもこのオペラ座で数多く上演されています。息子のジュニアは現在ウィーン国立歌劇場バレエの監督ですが,これはお父ちゃんの方。1974年没ですから,実に30年以上も脈々と踊り継がれているわけです。舞台はどこかハンガリーの田舎風で,振り付けもハンガリー民俗舞踊がだいぶ入ってます。おそらくパリっ子などから見たら「垢抜けない田舎の演出」と写るのかもしれませんが,私には十分楽しめました。むしろロイヤルバレエのDVDより数段面白かった。
 さて,私にとってバレエを見る楽しみは,スタイルの良い年頃の娘さんがたくさん出てきて目の保養ができることに尽きるのですが,今日はヒロインはじめ女の子役がオペラグラスでよく見るとちょっとトウのたった人たちばかりだったのが幻滅でした。ヒロインももう一つ華がありませんでした。一方コッペリウス博士は完全に主役を食ってしまう活躍ぶりで,それもそのはず,プログラムを見るとハランゴゾー自らがこの役を踊っていた1953年の写真が載っていたのでした。自分の役ならそりゃオイシイところを持って行くわなあ。
 それにしてもこの日のオケはいつにも増してヘタクソでした。序曲からして気の抜けた,やる気のかけらも感じられない演奏で,それだけならいつものことですが,演奏終了後に指揮者がステージに上がってオケ団員を立たせる合図をしてもみんなべちゃくちゃと雑談していてちっとも舞台を見ておらず,立ち上がったのは結局数人だけという,まことにけしからん態度で怒りを覚えました。指揮者が女性だからナメていたのかな。コッペリアはまず何より音楽が素晴らしいのに,全く台無しですな。


2006.01.06 Hungarian State Opera House (Budapest)
Janos Kovacs (Cond), Viktor Nagy (Dir)
Istvan Berezrlly (Wotan), Marta Lukin (Fricka), Gabriella Felber (Freia), Annamaria Kovacs (Erda),
Janos Toth (Albreich), Sandor Egri (Donner), Ferenc Gerdesits (Froh), Istvan Rozsos (Loge),
Laszlo Jekl (Fasolt), Tamas Szule (Fafner)
1. Wagner: Das Rheingold

 年始めのオペラ座は例年「ラインの黄金」でスタートを切ります。チケットは全席完売,普段よりは少しばかりパリっとおしゃれした人々が集っていました。さて今日の指揮はKovacs,この人のときはいつ聴いてもオケがどうもピリっとしません。のっけから早速しょぼい弦の音,金管もピッチが悪くてへなへな。相変わらず演奏が始まってもまだ客席はざわざわしているし,新年早々「いよっ,これぞハンガリー国立歌劇場!」と拍手喝采を送りたくなりました。舞台の上も負けず劣らずしょぼく,セットと呼べるようなものはほとんどない,がらんとした殺風景が広がっています。お正月にメトロポリタン歌劇場のDVDを見たのも悪かったのでしょうが,しょぼさがいちいち気になって仕方ありません。衣装も雷神などは野球帽にちょこちょこっとラメを張ったような帽子にバスケットシューズのような靴,おいおいもうちょっとちゃんとしろよ,とつっこみたいところです。とまあこのようにファンタジー色の薄い舞台はひたすら時間が長く感じられて大変疲れました。やっぱりワーグナーは私に向かないようです。もしこれが良かったら「指輪」の残り三つも(同じく毎年1月にやっているので)見に行きたいなと思っていたのですが,多分やめときます。


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