語る会モニター報告


      テレビはTPPをどう伝えたか その2
         ~日米首脳会談から交渉参加表明まで~

                               20134月 放送を語る会


再びのモニター活動


 TPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加の問題が大きく動いた。即ち、222日昼(日本時間23日未明)ホワイトハウスでオバマ大統領と会談した安倍総理大臣が、「TPPは、あらかじめすべての関税撤廃を約束しない」との合意を取り付けたとして、交渉に参加する意向を示したからだ。そして315日、総理は正式に「交渉参加」を表明した。この間テレビのニュース番組は久方ぶりにTPP問題に多くの時間を割いた。
 今から1年半前の20119月、当時総理大臣に就任したばかりの民主党・野田首相はワシントンを訪問し、オバマ大統領に対し「TPP交渉参加問題についてはできるだけ早く結論を出したい」と約束した。 この時「放送を語る会」は、TPP問題を各局がどのように報じるかをモニターし、「テレビはTPPをどう伝えたか ~2011年秋のニュース番組~」として20123月に公表した。 したがって、私たちがTPP問題に取り組むのは2回目である。TPPをめぐる国論は相変わらず二分されたままである。その中で「交渉参加」が正式に表明されたのだが、報道各社の対応は1年半前と変わったのか、変わっていないのか注視する必要を感じたからだ。
 前回の報告のまとめで私たちは、「視聴者の抱いている疑問や不安について応えきれず、ブラックボックスに置かれた協定内容も、TPP参加で危惧される市民生活への影響も、アメリカの長期にわたる戦略的意図も、十分解明されないままに終わった」とし、最後に「われわれが提起した課題を検討の俎上に載せ、国民の知る権利に応えた取材が展開されることを期待したい」と結んだ。 そうした要望にメディアは応えてくれたであろうか。TPP交渉に正式に参加するという、国家百年の計を決定付けることになるかもしれないこの大問題を、テレビの報道番組はどう伝えたのだろうか。これはその報告である。

モニター対象番組と方法

今回も対象はNHK・民放キー局、それにテレビ東京を加えた6社7番組、NHK「ニュース7」「ニュースウオッチ9」、日本テレビ「NEWS ZERO」、テレビ朝日「報道ステーション」、TBS「NEWS23クロス」、テレビ東京「ニュースアンサー」、フジテレビ「ニュース JAPAN」とした。
 モニター期間は225日(月)~322日(金)の4週間。今回は1番組2人の担当者を置き、該当する番組をなるべく複眼で見られるよう配慮した。
 さて、こうして得られた結果を「番組別TPP報道の有無」として別表に示す。ご覧のように最初の1週間は、総じてTPP関連のニュースは多い。しかし、モニター2週目に入るとその扱いは極端に減る。「ニュースウオッチ9」「NEWS ZERO」「ニュースアンサー」にいたっては皆無である。3週目に入るとまたTPP関連の放送は増えてくる。この週の金曜日(315日)安倍総理がTPP交渉参加を正式に表明したこともあり、それに向けて賛成反対両陣営の動きが活発になったからである。こうして迎えた4週目、TPP関連ニュースは2週目と同様、極端に減ってしまう。TPP問題はすでに過去のものとの感さえある。今回はそうした報道のあり方を、週ごとに括ってみることにした。すなわち
 ①モニター第1225日~31日 日米首脳会談・安倍総理TPP交渉参加に意欲、施政方針演説
 ②モニター第234日~8日 国会審議(代表質問、予算委員会)
 ③モニター第3311日~15日 安倍総理TPP交渉参加を正式に表明 
 ④モニター第4318日~22日 交渉に向けての体制固め
として、検討を加えていくことにする。
 ただし、これから述べる検討結果は、あくまでモニターの対象にした番組についてだけのものであり、その評価が局全体に及ぶものではないことを最初にお断りしておく。

モニター第1週 225日(月)~31日(金)

 22日の日米首脳会談を受け、28日には国会での施政方針演説と、安倍総理大臣はこの週、TPP交渉参加に向けて精力的に活動している。各局とも、ニュースの中心になったのは、安倍総理の動きだった。

2月25日(月)
 
安倍総理とオバマ大統領との日米首脳会談が行われたのは日本時間23日未明だった。したがって、23日夜の国内のニュースではこの経過が報道されている。しかし、25日各局の扱いはTPP交渉参加は既に決まったかのような報道姿勢が目についた。

「ニュース7」:「自民党役員会、首相に今後の対応一任」とのニュースをほとんど唐突に報道。
「ニュースウオッチ9」:
岸田外務大臣生出演。「日米共同声明」をもとに岸田氏が①配慮すべき品目が存在する。②最終的には交渉で。③一方的に関税撤廃を求めない。の3つのポイントについて説明。キャスターは交渉の経緯や裏話について質問。
「NEWS ZERO」
:安倍総理の「聖域なしとされる関税撤廃にも例外はある」との談話を引用。ただ、交渉項目は関税撤廃だけではないこと、TPPにはメリットもデメリットもあることをキャスターが解説。
「報道ステーション」
:「関税撤廃に例外あり」との安倍発言を評価。何を例外品目にするかにまで言及。
「NEWS23クロス」:
「首脳会談でTPPについての共同声明が出せたこと」を評価。「日本はがんばった」と踏み込んだ発言。
「ニュースアンサー」:
安倍首相の「聖域に例外ある」を引用。ただ、亜細亜大学教授石川幸一教授はそうした楽観論に対し、「TPPでの自由化率は98%にはなるであろう」と厳しい見方をしている。
「ニュースJAPAN」:
安倍総理の「交渉に参加するかしないかは私に一任してほしい」との自民党役員会での発言を引き、これに役員からは何の異論反論もなかったことを紹介。一言、JA全中・萬歳会長の「きわめて遺憾」との談話を付け加える。

 これらの要旨を見て気がつくことがある。すべての局が「関税撤廃に例外あり」との安倍総理の発言に沿ってニュースを組み立てているということだ。
 23日(日本時間)、日米首脳会談を終えた安倍総理は、「聖域なき関税撤廃が前提ではないとの認識に立った」とし、日米共同声明にその趣旨を盛り込んだ。そして、「故にTPP交渉参加への障壁はもはや存在しない」ことをほのめかした。25日の各局のニュースは、この発言に追随する形で展開している。日米共同声明が一体どういう内容だったのか、その全文の解説もなければ、外部の識者の見解も伝えないまま、総理の外交努力に賛辞を送っている。「報道ステーション」「NEWS23クロス」は早くも「では例外品目を何にするか」にまで言及している。
「ニュースウオッチ9」
は岸田外務大臣をスタジオに招いた。長い時間を割いて政府に宣伝、弁明の機会を与えるのであれば、首脳会談に批判的な識者の声も、バランス上取り入れてしかるべきだったのではないか。「問題は関税撤廃の聖域だけではないはず」とのキャスターの問いかけがなかったのも、今後のこの番組の報道内容に不安を抱かせるものだった。
 この日「NEWS ZERO」では「TPPは関税撤廃だけが問題ではなく、知的財産の保護、投資などの共通ルールづくり21項目に及ぶ」ことを紹介し、デメリットとして「ISD条項」もあると解説している。ISD条項とは、ある国の規制によって外国の企業や投資家が損害をこうむった場合、国際機関に異議を申し立て、損害賠償を求めることができる取り決めで、一般には投資家保護が目的であるといわれている。多面的な情報提供は、TPPとは何かを理解する上で、国民にとって大切な問題であるはずだ。残念ながらその掘り下げ方は不十分だった。

 ところで、日米首脳会議後に発表された共同声明とはどんな内容だったのか。今後の議論のためにもその全文を紹介しておこう。

 日米両政府は、TPP交渉に参加する場合には、全ての物品が交渉の対象になること、及び、日本が他の交渉参加国とともに、20111112日にTPP首脳によって表明された「TPPの輪郭(アウトライン)」において示された包括的で高い水準の協定を達成していくことになることを確認する。

 日本には一定の農産品、米国には一定の工業製品というように、両国ともに2国間貿易上の微妙な点が存在することを認識しつつ、両政府は、最終的な結果は交渉の中で決まっていくものであることから、TPP交渉参加に際し、一方的に全ての関税撤廃をあらかじめ約束するよう求められるものではないことを確認する。

 両政府は、TPP参加への日本のあり得べき関心についての2国間協議を継続する。これらの協議は進展を見せているが、自動車部門や保険部門に関する残された懸案事項に対処し、その他の非関税措置に対処し、TPPの高い水準を満たすことについて作業を完了することを含め、解決すべき作業が残されている。

 ここは共同声明を精査する場ではない。だが、この文章を読んで素朴な疑問がいくつか湧く。例えば、「日米両国には関税撤廃をあらかじめ約束できない分野がある」といっても、複数の国が参加して協議している場で、日米2国間だけでの取り決めがたやすく実現できるものなのか。米国には「自動車部門や保険部門で懸案事項」が残っていると極めて具体的な内容が提示されているが、日本には「あり得べき関心」とあいまいな表現にとどまっている。しかも、アメリカ側が望んでいる自動車の輸入に際しての関税は、日本が期待しているアメリカへの輸出の際の妨げになるであろう。それはフォームの終わりの、日本が最も期待しているメリットが失われることを意味しないか。岸田外相を前に、NHKのキャスターはそうした素朴な疑問も投げかけていない。

2月26日(火)
「報道ステーション」:日本経済再生本部での安倍総理「民間企業と連携した『攻めの農業』」策を強調」。それをバックアップする竹中平蔵慶應義塾大学教授、新浪剛史ローソン社長の談話もあわせて紹介する。
 竹中氏、新浪氏はともに日本経済再生本部の有力メンバーである。「攻めの農業」には批判的な意見がいくらもある。それを扱わず、安倍氏のブレーンだけを登場させるのは、公平・公正な報道姿勢に欠ける政府の広報番組との印象が拭い去れない。

「ニュースアンサー」:TPPに反対、あるいは慎重であるべきとする自民党内の動きを紹介。JA山口中央会会長が「交渉不参加」を要請したことも付け加えた。

2月27日(水)
「ニュース7」
:自民党合同会議、参議院予算委員会の模様を紹介。
 予算委員会に関しては、安倍総理の「聖域なき関税撤廃を前提条件とする限り、交渉には参加しない。国民皆保険制度は守る」などの発言を紹介。しかし、共産党の議員が追及した「TPP交渉にはすべての参加国の承認が必要で、日米2国間の『合意』で『聖域』が保証されるというのはまやかしだ」との発言は放送されなかった。

「報道ステーション」:参議院予算委員会での質疑、北海道知事やJA北海道中央会会長らの交渉参加反対の陳情などを紹介。
 予算委員会のニュースでは、みどりの風の舟山康江氏の質問を取り上げた。舟山氏は「共同声明には例外品目を認めます」とは一言も書いてないことを強調。その一方でアメリカ側からは自動車、保険などきわめて具体的な品目が示されていることの矛盾をついた。
 スタジオでの三浦コメンテーターは「共同声明には、交渉ごとは交渉して決めるという当たり前のことを書いてあるに過ぎない」と発言。が、それに続いての話は安倍氏と自民党との力関係に移っていった。余談として聞く分にはいいかもしれないが、TPP本題から話をそらされた感じがする。

2月28日(木)安倍総理施政方針演説
「ニュース7」:
総理の施政方針演説を、所々アナウンサーのコメントで置き換えながら紹介。
 この中にTPPも含まれている。総理の「攻めの農業」「政府の責任において交渉参加は判断していく」とのくだりを特に強調。
 この日は衆議院予算委員会が開かれ、民主党の玄葉前外相が質問に立っている。午後は他の野党議員の質問もあった。が、その模様は一切カットされ、記者の解説も交えながら、施政方針演説に多くの時間を費やしている。ことTPPに関しては様々な意見や疑問もある。それらをより多角的に紹介するのがNHKの役割ではないのか。

「NEWS ZERO」:TPPに関しては「政府の判断で交渉参加を判断する」との文言を紹介。そのほか、中国との関係、議員定数削減、憲法改正問題など、まさに施政方針全般について紹介した。
 TPPに関してスタジオでのフォローは一切なし。キャスターの「わが国の予算の46.3パーセントは借金、財政の健全化への道筋が語られていない」との言葉が印象に残った程度。

「報道ステーション」:予算委員会での玄葉前外務大臣と安倍総理との質疑をVTRで紹介しつつ、その合間にスタジオで日米共同声明文全体について言及。声明文をパネル化したボードの前に立った古舘キャスターは、その文言(3ページ参照)を段落ごとに具体的にたどり検討。特に、第2段落と第3段落との間には矛盾があるのではないかと指摘した。中でも、話がいつの間にか「二国間の協議」にすり替わっていることに疑問を呈した。
 これを受ける形で再び予算委員会の質疑の模様を紹介。
「安倍総理TPP交渉参加に意欲」との報道がなされて以来、彼がその根拠とした日米共同声明の全文が初めてテレビの前に明らかにされた。加えて、民主党の前原議員の「自動車に関して、アメリカ側の要求に応じないと、TPPの本交渉に入れないのではないか」といった質問を取り上げ、さらに日米会談に臨んだ政府関係者の話として、「交渉は高くついた。今度はこちらが見返りを要求される」との感想も紹介している。
 日米首脳会談の一端が見えた感じ。こうした報道姿勢で、首脳会談の内幕やTPPの本質とはなにかにもっと迫ってほしい。

「ニュースJAPAN」:字幕のみで「『政府の責任で』で交渉参加を判断」と表示。ニュースフラッシュ2項目目30秒。アナウンサーのフォロー「安倍首相は施政方針演説で、参加の意欲を示した」と伝える。
 事実報道ではあるが、最後のコメントは肯定的に「参加の意欲」を強調しているように受け取れる。

3月1日(金)JA萬歳会長TPPの件で安倍総理に申し入れ
「ニュース7」:
前日と変わらず「TPPに関しては党内意見を聞いた上で交渉参加については判断する」との安倍発言を伝える。
「ニュースウオッチ9」:
JA萬歳会長「TPPは日本の農業に甚大な影響を与える」安倍総理「国益、農業、地域を守れなくて何のTPPか」とのやり取り中心に、両者の会見の経緯を紹介。
「報道ステーション」:
事実関係としてはNHKと大差なし。ここに、TPP推進派議員連盟の動きを加え、「TPP参加は国益を利する」との議員の声を紹介。
「NEWS23クロス」:安倍・萬歳会談についての報道は他局と変わりなし。付け加えたのは政府高官の発言として「農協もTPP反対を貫く力ない」。時事通信・田崎史郎解説委員の「農協は条件闘争しかない」とのコメントを紹介。
「ニュースアンサー」:
萬歳「今の段階では反対。日本の農業が壊滅する」ただ、「関税撤廃の例外が認められるなら、コメなどを例外品目として認めるよう」要請したとキャスターのコメントで付け加えた。

「ニュースJAPAN」:字幕表示のみで「農業が壊滅…JA 全中、反TPP訴え」と報道。

 以上がこの日の各局の報道内容である。この日、安倍・萬歳会談が開催された事実をどの局も報じているが、その扱い方についていささか問題があるのではないか。

①報道各社のTPP関税撤廃問題の取り上げ方には、農業対工業の利害対立、農協は既得権益集団、といったステロタイプの捉え方がある。農業は他の産業と並立出来ない生命の根幹を成す産業である。NHKのキャスターは「農協が苦悩している」と表現するが、苦悩するのは国民全体であるはずだ。その視点が抜け落ちている。
②農協トップの儀礼的なパフォーマンスが紹介されるだけでは、農業の現場で苦悩する人たちの姿は描けまい。農民が抱える切実な問題を取材し、繰り返し伝えることが報道の役割のはず。
 「JAの抗議も所詮条件闘争のためのパフォーマンス」とさめた見方(「NEWS23クロス」)で括れるほど、農業は底の浅いものではないはずである。
③例外品目にばかりに目がいき、食の安全や自給率の問題が抜け落ちている。特に食の安全については、遺伝子組み換え食品や残留農薬の基準などTPPでの交渉に委ねられる分野が多々あるにもかかわらず、①のような視点でのみ農業が語られているのは問題である。

モニター第2週 3月4日(月)~8日(金)

 この週は、4,5日衆議院代表質問、6日参議院代表質問、7,8日衆議院予算委員会と国会の論戦が本格化した週であった。この中で当然TPPも取り上げられていたはずであるが、各局のTPP報道は極めて低調であった。

3月4日(月)
「ニュース7」:
衆議院本会議での生活の党の質問「食の安全、国民皆保険をどう守っていくのか」
 総理「食の安全は国際的基準に照らして対応。国民皆保険はわが国の医療制度の根幹。絶対ゆるがせにはしない」との答弁を事実報道として紹介。
「報道ステーション」:「アメリカは日本からの輸入車に当面関税をかけることを日本側に伝えた。これによって来週中にも交渉参加を表明することになりそう」とエンディングトークの中で伝える(30秒)
「NEWS23クロス」:
「政府は日本車に対する米側の関税を当面据え置くことを受け入れることで最終調整に入る」とコメント(50秒)
「ニュースJAPAN」:
「日本側は農産物への関税維持のため、当面アメリカが主張する自動車の輸入関税維持を受け入れる方針。これによって安倍総理は来週にも交渉参加表明へ」(55秒)

 この日、NHK 以外の3局がそろって同じような内容のコメントを、しかも極めて短時間で伝えていることは、単なる偶然だったのだろうか。「例外なき関税撤廃」を売り物にしたTPPの原則が、日米の思惑で早くも崩れかけていることを示した形だが、こうした無原則な交渉が今後どのように展開するのか、キャスター、コメンテーターだけでなく外部の識者も交えて検討する必要があるのではないか。

3月6日(水)
「ニュース7」:
参議院本会議での共産党と、みどりの党の質問を取り上げる。共産党「日本農業は壊滅的な打撃を受ける。食料自給率向上にも逆行する」
  安倍「食料安定供給は国家の責務。そのためにも『攻めの農業』が必要」  みどりの党「TPPは米国からの外圧。アメリカ流にルールを変えることを、狙っている」
  安倍「多国間協議の中で、米国が自国に都合のいいルールを押し付けることは容易にできることではない」 
 安倍総理の答弁は「米国は日本からの輸入車に関税を課する」とした前日の文言と矛盾しないか。
 この日の報道は事実を伝えるだけで、文言の検討は行われなかった。

3月8日(金)
「ニュース7」:
衆議院予算委員会でのみんなの党との質疑のうち「いつ正式に参加を表明するのか」。安倍「今の段階ではいつとはいえない。が、あまり時間はかけないつもり」の部分を紹介。
「報道ステーション」:
「TPP後発国 不利な交渉参加で『聖域』守れるか」との見出しで次のようなことを報じた。
 すなわち、先発国が昨年7月以来のミーティングで決めたルールの分野については、後に参加した国は一切再交渉をすることは許されないとするもので、これによって後発国のカナダ、メキシコは不利な条件の下に交渉に参加することになった。というものである。
 安倍総理は相変わらず「守るべきものは守る。強い交渉力を持って臨む」との発言を繰り返しているが、こうした事実についてどう考えているのか。そこまで迫ってほしい。

 ご覧のように、この週NHKの「ニュース7」だけは、連日何らかの形でTPP関連のニュースを取り上げていた。が、事実報道だけ、しかも断片的であるためTPPの本質は依然不透明なままである。また、民放各社にしても5日の「報道ステーション」「NEWS23クロス」「ニュースJAPAN」の口裏を合わせたような報道以外見るべきものはない。その点、8日の「報道ステーション」は、TPPの新しい事実を国民に提示した。実は、この問題は8日の衆議院予算委員会での日本共産党、笠井議員の質問によって明らかになったものだった。
 この週は、連日国会で論戦が広げられていた。その質疑を詳細に検討すれば、8日の「報道ステーション」のように、TPPの持つ様々な問題点を独自に提示することも可能だったはずだ。しかし、故意か怠慢か、各局ともそれをしなかった。政府発表を重視する体質が、この週のニュース番組に、如実に表れていたといえるのではないだろうか。

モニター第3週 311日(月)~15日(金)

 315日安倍総理大臣はTPP交渉参加を正式に表明した。この週末に向けての5日間、各界があわただしく動いた。

3月12日(火)JA全中などTPP参加反対大集会、大詰めの自民党TPP対策委員会
「ニュース7」:
日比谷公園で開かれた反対集会。出席した与野党代表(自民、公明、民主、生活の党、共産、社民、みどりの党)すべてを、その決意表明とともに紹介。
 このほか、自民党TPP対策委員会の役員会、衆議院予算委員会の模様も報じる。この番組がTPPに関してまとまった時間を割いたのは初めてのこと。ただ、相変わらず事実報道に終始するのは、「ニュース7」の編集方針というべきなのか、物足りない。

「ニュースウオッチ9」:反対集会に大越キャスターを派遣しての報道。紹介したのは石破幹事長のあいさつのみ。会場での参加者の声「何が聖域か、われわれには見えていない」「地方の苦しさわかっているのか」等を伝える。このほか自民党役員会と林農水相、甘利経済再生相の談話を加える。
 短いながら自民党内の反対の空気、反対する農民たちの声を拾っている。
 しかし、大越キャスターの「参加するにしてもしないにしても、攻めの農業への転換を急ぐことが求められる云々」という発言は大問題だ。「攻めの農業」は日米首脳会談終了後から安倍総理をはじめTPP推進派がしきりに使う言葉であるが、内容が明らかにされないまま、一種のスローガン的な言葉として使われている。キャスターは「攻めの農業」とはいかなるものか、本当にわかっているのか、一般に言われる言葉を「おうむ返し」に言っているのではないかと疑う。

「NEWS ZERO」:自民党の対策委員会では「もし例外品目が認められないようならTPP交渉からの脱退も辞さない」ことを提言に盛り込む、との内容をアナウンサーのコメントだけで処理(34秒)
 大規模な反対集会には一切触れず。TPPはすでに決まったとの認識なのか。

「報道ステーション」:反対集会の中での、萬歳JA全中会長、石破幹事長の発言、農家の声などを紹介。その一方で「ガット・ウルグワイラウンド当時寝袋を持って反対闘争に参加した」と語る安倍総理の談話も紹介。いいたかったのは、ただ数で反対してもだめだ。もっと戦略的であるべきだ、ということのようだ。このほか自民党の対策委員会も話題に取り上げている。
 これらの話を受けて、スタジオの三浦俊章論説委員は「参加を急ぐより政治がもっと議論して、判断材料を国民に提示すべきだ」と発言、震災現地から参加した古舘キャスターは「農業だけでなく、医療など他分野の問題もあるのに、スケジュール優先で物事が進んでしまっている」とそれを受けた。これらの指摘はその通りである。が、先週金曜日、TPPの隠された実態を紹介したその続編はどこへいってしまったのか。今週末には参加を正式に表明するといっている折だけに、TPPの本質に迫る報道の第2弾を期待していたのだが。

「NEWS 23クロス」:反対集会紹介。参加者の「もし公約守らなかったら7月の選挙でしっぺ返しする」との発言も挿入。一方、自民党のTPP対策検討委員会は「コメ、肉類、サトウキビなど重要品目を除外、再協議の対象にするよう政府に申し入れ」とのコメントを付け加えた。
「聖域」作りに向けての自民党の動きと、反対を振りかざすJA側のせめぎあいを紹介しているが、TPP反対がまるで農業団体の特権であるかのように扱い、選挙での票をちらつかせる既得権益集団のように描くのは疑問だ。また、TPP問題は「聖域」だけが問題ではないはずだ。これまでの事前交渉で、政府がどれだけの情報をつかんでいるのかを知らせることもメディアの使命であろう。

「ニュースアンサー」:反対集会の模様を萬歳会長、参加者の声を入れて紹介。続けて自民党の検討会が関税撤廃の例外品目を絞り込んだことを報じる。ナレーション「自民党内のTPP慎重派議員も、表向きは反対を唱えるが、本音では交渉参加も仕方がないと諦めムード」
 ここに紹介したナレーションがこの番組の本音であるがごとく、こだわりの一切ない報道姿勢である。

「ニュースJAPAN」:反対集会にリポーターを送り込み、現場の状況を伝える形での紹介。参加者の声としてはJA 萬歳会長、石破幹事長のあいさつのみ。場面は自民党TPP対策委員会に移り、「コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、サトウキビ」を例外品目に据えること、この要求が通らない場合は、交渉からの脱退も辞さないことを決定、とのナレーション。
 反対集会を紹介しているが、この番組が本当に言いたいことは自民党の対策委員会の決定。それはタイトルのつけ方にも表れていて、「反TPP集会に4000人」は右上に小さく、「コメ、麦など5品目『聖域』提言」が太字のメインタイトルだった。TPPについて考えているのは自民党だけではないし、「聖域」とすべきは農産物5品目だけではないはずだ。TPP問題を矮小化し、しかも自民党のみが一生懸命闘っているかのごとき印象を視聴者に与えるのは、きわめて問題である。

3月13日(水)自民党TPP対策委員会決議文決定、TPP交渉参加先進国会議終了
「ニュース7」:
第16回TPP交渉参加先進11カ国会議終了。交渉官「日本は交渉に遅滞を生じさせないよう望む」。
 自民党TPP対策委員会政府への要望事項まとまる。安倍総理は明後日正式参加を表明する段取り。
 TPP交渉が参加11カ国の間で行われていた、しかも16回目を数えるという。まったく唐突にその情報は伝えられた。内容は秘匿され、ただ日本への要望として、交渉をスムーズに行うよう要請している。取りようによっては交渉はそんな甘くないぞと戒められているようだ。国内の動きは相変わらず自民党のニュースのみ。なぜほかの動きや識者の見解を伝えないのか。

「ニュースウオッチ9」:この番組の終了間際、「自民党のTPP対策委員会総会が終了し、5品目の例外を明記すること、国民皆保険など聖域を確保すること、実現できない時は脱退も辞さないこと」を政府に要求することを決定した、と報じた。番組内では、いわばこの決定に至る最後の駆け引きをリポーターを交えて解説。一方、「TPPを考える国民会議、TPPを慎重に考える会」の緊急集会も紹介。安倍首相に公開質問状を出すことを決定したと報じた。
 シンガポールで開かれていた11カ国協議が今日閉幕したことも伝えられたが、このニュースの中でシンガポールの交渉官は「日本だけを特別扱いにはしない」と断言している。
 基本的には「ニュース7」と変わらない。国内の話題はもっぱら自民党の動きに終始している。
 この項目に当てられた時間は7分弱。内容の組み立て方によっては、交渉参加国の動きをもっと細かく伝え、交渉官の発言をどう解釈するのかなどの分析も可能だったはずだ。
 いずれにせよ、ジャーナリズムとしての独自の批判、追及の姿勢がほとんど感じられないのは問題である。

「NEWS ZERO」:「対策委員会の舞台裏に迫った」として、例外5品目を明記すべきかどうか、要求が通らなかった場合、「交渉から脱退する」ことの表現をどのように書くべきか、など自民党のTPP対策委員会の詰めの議論の様子を伝えた。
 この番組では、終始一貫自民党の動きを伝えている。TPPのことを考えているのはこの党だけなのか。問題は農業だけなのか。しかも、自民党執行部の一人の言葉として「委員会での協議は慎重派のガス抜き。地元に帰って反対してきたとの言い訳になる」との談話を伝えている。自民党議員の中には心から農民のことを考えている人がいるだろう。この報道の仕方では、対策委員会ははじめから茶番だったと受け取られかねないのではないか。

「報道ステーション」:自民党本部前の記者リポートをベースに、自民党TPP対策委員会の決議文について紹介。VTRの中では、この日自民党本部に抗議に訪れたJA青協の抗議活動を、かなりの時間を割いて報じている。また、シンガポールでの交渉参加国会議については、記者会見での二つの国の交渉官の「交渉を遅らせたり後戻りさせたりしないために、参加国に同意することが交渉に参加する上で重要であり、そう期待されている」「交渉はかなり進んだ段階にある。新たな国が参加しても、これまでの交渉のペースが維持できるようにしたい」との発言を紹介している。
 この番組も国内の話題としては、自民党の対策委員会の動きであることは他局と同じである。
 ただ、①もし、例外品目が要求どおりいかなかった場合、農業の国内保護措置として、金銭的支援を行うことを考えていること②ISD条項に懸念を示していることを報じていることは、他局より踏み込んだ扱いである。
 ISD条項とは先にも触れたように、投資家を保護するための規定で、これを盾に日本の規制が非関税障壁だとして訴訟が増える懸念もある、と委員会は危惧しているというのだ。
 この重大な情報は225「NEWS ZERO」が短く報じた以外どの局も全く触れていない。しかも、対策委員会が農業問題以外にも多方面にわたって検討していたことが報じられたのは、この日が初めてである。残念なことは、懸念を示したISD問題を委員会がどう決着させたかが報じられていないことである。
 シンガポールでの交渉参加国会合でも、ナレーションで「TPPは高い自由貿易を目指すため、原則すべての品目を対象とし、交渉参加にはメンバー国の同意が必要だ。協定に遅れて参加したカナダは“交渉の進展を遅らせない”などの条件を受け入れていたことを明らかにした」と他局が報じていないことまでを伝えている。しかし、8日この番組で明らかにしたこの問題を、日本政府がどう考えているのかへの言及はこの日もなかった。また、コメンテーターの三浦氏のコメントが一切なかったのは納得がいかない。

「NEWS23クロス」:自民党本部前にリポーターを配置して、TPP対策委員会の進捗状況をリポート。「時間無制限で徹底的に議論してほしい」との幹事長の発言にもかかわらず議論は2時間弱で決着したこと。「聖域」5品目が確保されない場合、「交渉脱退も辞さない」の文言を加えたこと、等を報告。スタジオのコメンテーターは「5品目とはいえ、国際貿易上、それを獲得するのは相当難しい」とコメント。
 この番組も専ら自民党の対策委員会の様子で終始している。しかも、話題は農産物だけに言及され、ほかの分野については一切触れられていない。コメンテーターの「無理でしょう。難しいでしょう」との発言もそっけない。だとしたらどうなるのか。もう少し突っ込んだ発言がほしかった。

「ニュースアンサー」:キャスターが「総理は15日正式に交渉参加を表明する」旨を紹介。この間わずか1分余り。政府のスポークスマン的な報道であった。

「ニュースJAPAN」:対策委員会で農林水産分野5品目や国民皆保険など聖域を確保することを最優先し、それができない場合は「脱退も辞さないものとする」との表現に決着したことを報じる。これを受けてサトウキビ農家の「コメ・サトウキビが残ったことはよろこばしい」「農家は安心できる」との談話を紹介。一方、漁業関係者からの不安の声や、医療関係者の医療サービスにはメリット、デメリット両面が考えられる、との見解も伝えている。
 シンガポールで開かれていた交渉参加国の意見「新参加国に求めるのは、最終合意が高い水準であること」も対策委員会のニュースに続けて紹介している。 対策委員会の決議と、そこに至るまでの経緯は他局と変わらないが、農家の談話を紹介しているのはこの番組だけである。しかし、ここに紹介された農家の声が、一体どのような質問のもとに発せられたのか疑問である。一方、漁業関係者の不安も紹介しているが、TPPにおける漁業問題がどんなものなのかが説明されておらず、唐突な感じがする。また、医療関係者の「医療にはメリット、デメリットが生ずる」との発言は国民皆保険など国民が危惧する問題についての答にはなっていない。

 この日、複数の局がTPP参加国の交渉がシンガポールで開かれていたことを伝え、そこに参加した交渉官の談話を紹介した。いずれも安倍総理の「関税撤廃には例外がある」「聖域は守る」とする見解とは異なる、日本にとって厳しい内容ではあるが、各局の報道は単なる「けん制」程度の捉え方である。
 ところがこの時期、インターネット上では、かなり衝撃的な情報が飛び交っていた。「TPP交渉は日本にとってきわめて不利な状況にある」とする交渉官たちの証言、として伝えられたものである。それによると、「後発の参加国は、事前に交渉テキストを見ることもできなければ、すでに確定した項目について、いかなる修正や文言の訂正も認められない。新たな提案もできない」とするもので、「交渉に遅れて参加したカナダとメキシコは、その条件を承諾する念書に署名している」、という。さらに、反グローバル運動を繰り広げ、世界の環境や消費者保護の運動に携わっているアメリカのNGOパブリック・シチズンのロリ・ワラック氏は「日本は『交渉に参加する』のではなく、『すでに条項に定められた協定に参加する』だけだ」とし、「日本の国内の法制度はすべてTPPに定められた指図によって動くことになろう」と警鐘を鳴らしている。
 もしこれらのことが事実なら、日本がTPPに参加することは百害あって一利もないことになる。
 ニュース番組の担当者たちもこの情報はもちろん承知しているはずである。が、8日と13「報道ステーション」が「後発国のカナダとメキシコが不利な条件で交渉に臨んでいる」と軽く触れただけで深くは追及していない。
 真偽はともかく、これだけの重要な情報を検証し、報道することがニュース番組の役割の一つではないのか。

3月14日(木)
「ニュース7」
:トヨタ社長総理大臣官邸を訪問。TPPについて何を話したのかという記者たちの質問に「自動車業界のがんばりについて話した」と答える。
 コメントで菅官房長官は明日総理の参加表明に合わせて産業界、農業への影響をまとめた政府試算を公表すると発言。
「NEWS ZERO」:
コメント「自民党の外交・経済連携本部はTPP交渉に参加にする場合の条件を盛り込んだ決議を安倍総理に手渡した」「総理は国益を守ると述べた」と報じる(36秒)。
「NEWS23クロス」:
安倍総理の談話「日本の国益を守って、これを心に刻みながら決定した」を紹介。
 コメントで正式表明とあわせて、交渉参加による経済効果や農業への影響をまとめた政府の試算も公表することを伝える。
「ニュースアンサー」:
駐日ニュージーランド大使、自民党TPP対策委員長を訪問。ただし、TPPに関する話について報道陣はオフリミット。
 関税撤廃の影響を受ける農業については所得補償で解決を、とほのめかす自民党議員の思惑を紹介。東京大学大学院教授鈴木宣弘氏の談話「その金額は、毎年4兆円に及ぶ。
 つかみ金で何とかなる額ではない」ことと「共同声明を受けてアメリカ政府は『日本が農産物関税撤廃に合意した』と説明している。解釈が日米で食い違っている。二枚舌でまやかしだ」を紹介。
「NEWS JAPAN」:
対策委員会の決議を総理に手渡し、総理が「拝読して明日決断したい」といったという事実だけ報道(40秒)

 この日、「ニュースウオッチ9」「報道ステーション」はTPPに関しては一切触れず。ほかの局も自民党の対策委員会が総理に決議文を手渡した、という短い紹介しかしなかった中で、「ニュースアンサー」は他局とは違った情報を提供している。ニュージーランド大使の訪問のニュースはこの局のみ。しかも日本とアメリカで共同声明の解釈が違うという情報がテレビで報じられたのは、この日が初めてである。明日の正式発表をただ待つのではなく、TPPには数多くの問題があることを他局も伝えてほしかった。

3月15日(金)安倍総理TPP交渉参加を正式表明、政府日本経済に与える影響の試算を公開
「ニュース7」:
記者会見に臨む総理を中心に話が展開。それに続けて日本医師会や農業団体の反対集会を紹介する一方、TPP参加賛成の声として、みかん農家、部品メーカー、日本自動車工業会の発言を取り上げている。その他、スタジオでTPPとは何か、メリット・デメリットはどこにあるかなどを解説。記者の解説も加えてニュース時間の3分の1を当てる。
 2
25日以降初めてTPPとは何か、メリット、デメリットはどんなところにあるかを解説。そのことは評価できるとしても、それでもなお、国の内外から寄せられている交渉後発国の懸念については一切触れていない。むしろ「困難は承知の上で、国益は絶対に守る」との総理の強い意志を強調している。

「ニュースウオッチ9」:安倍総理スタジオ出演。大越キャスターのインタビューに答える形でTPP問題や政治課題について話す(44分間の内TPP関係は1820秒)。
 話の合間に各党の反応(自民、民主、維新、公明、みんな、生活、共産、社民、みどりの風)、各界の反応(日本電機工業会、JA、石川県コメ農家、群馬県コンニャク農家)、街の声をVTRで挿入。
 政権のトップをスタジオに招く、その手法はニュース番組としてありうることである。が、その場合ジャーナリズムとしては、政権担当者との間に批判的な距離感が必要であろう。しかし、この放送では「お考えをうかがう」という、追従的な姿勢が基本になっている。質問も安倍総理の持論を承知した上で、答えやすいよう配慮しているとの印象が強い。
 TPPは「国論を二分する」大問題であるはずだ。とすれば、政治家に対抗できる識者をおいて問題の争点を明らかにするなど、出演者を「論争の場」におく工夫が必要だったのではないか。それが難しければ、キャスターがその役割を引き受けるべきだが、それは果たされていなかった。
 先にも触れたが、交渉参加の後発国としての日本には、国の内外から多くの懸念が寄せられている。自民党のTPP対策委員会の決議文についても、その過程で討議された作業部会の記録を読むと、きわめて具体的にTPP交渉の問題点が指摘されている。キャスターがそうした内容のいくつかを提示することだけでも、TPPに対する総理の考え方に、違った面から迫れたはずである。

 今日の番組では、農業に「聖域」を設けることを「強い交渉力」によって実現すればTPPはOK、という限定された印象を作り出している。これはTPPに関する国民の議論をミスリードする危険があるのではないか。

「NEWS ZERO」:交渉参加を表明する安倍総理の記者会見をメインに据える。これに対して反対の立場から民主党海江田代表、JA萬歳会長の発言を紹介、賛成の立場から三木谷楽天社長の「攻めの農業」論を紹介する。また、この日発表された政府の「TPPに参加した場合の経済効果の試算」についても解説している。
 この番組でも、「TPPは農業問題」という印象を与えるような構成になっている。三木谷社長の「日本農業はきわめて高い水準にあるから十分輸出に耐えられる産業になれる」との発言はその象徴である。かろうじて、キャスターが「食品の安全基準、金融をはじめとするサービス、投資の自由化など日本経済に影響を及ぼすことがある」また「中国との関係をどうするかが問題になる」と指摘しているが、結果的には交渉参加を肯定的に捉えているように思える。

 また、「TPPに参加した場合の経済効果の試算」についても解説しているが、それを、深く分析・検討したり、識者の見解も伝えないまま、「GDPを3.2兆円押し上げる」とだけ報じることは、TPP参加は日本経済にとって必要不可欠、との一方的な印象を視聴者に与えることになりはしまいか。

「報道ステーション」:全部で1430秒を費やしたTPP関連のニュースの中で、安倍総理記者会見の模様を会見の流れに沿ったかたちで6分間紹介。あとの830秒は古舘キャスターと元経済官僚の古賀茂明ゲストコメンテーターの対談に当てられた。話題の中心は、この日政府が発表した経済への影響力の試算の「農業は3兆円減収」という部分。古賀氏は「私はTPP賛成の立場であるが、農業に対する長期計画を何も策定しないまま“つかみ金”の形で保証しようとする政治のあり方には反対」と発言。
 安倍総理の「すでに合意されているルールがあれば、遅れて参加した日本がそれをひっくり返すのが難しいのは厳然たる事実」としながら「あらゆる努力によって日本の農を守り、食を守ることを約束する」との発言は矛盾している。しかもこれだけでは、農業さえ守ればTPP問題は解決、と受け取られてしまうのではないか。
 古館キャスターと古賀氏との会話もほとんどが農業、それも参加後の話に終始している。キャスターのアプローチ次第では、ゲストの古賀氏からもっと様々な分野の具体的な話が聞き出せたと思う。

「NEWS23クロス」:安倍総理の記者会見とそれに対する各界の反応を組み合わせながら、VTR構成の形でこの日の経緯を紹介。その中には、アメリカの自動車産業の従業員、日本車販売のディーラーの発言も組み込み、アメリカ側の思惑も伝えていた。
 VTRを受けて、スタジオの播磨キャスター「交渉は21分野に及ぶが、農産物の交渉は、その内の物品市場のアクセスの一部にしか過ぎない。大きな目で見れば、日本のビジネスチャンスは山ほどある。TPPは成長戦略そのものだ」と発言。
「TPPは成長戦略そのものだ」との視点は、交渉に参加するという政権の正当性を擁護する立場だといえる。

「ニュースアンサー」:キャスター「安倍総裁は自民党執行部と公明党山口代表に『強い交渉力を持って臨む』との決意表明を伝える。参加の正式表明を受けて日本経済に与える影響の政府試算を公表する予定」と報じる(1分)。

 この番組が記者会見前の時間帯であったため(16:5217:20)、内容を簡略せざるを得ないことはわかるが、TPPは「侍ジャパン“世界一”に勝利!」のニュースの後。こうした扱いでいいのだろうか。

「ニュースJAPAN」:総理の記者会見の「今がラストチャンス」「交渉力を駆使し、守るべきものは守り、攻めるべきものは攻める」といった発言を色つきの字幕スーパーで強調。反対デモでの萬歳会長の「全国の農業者とともに強い怒りをもって抗議する」との談話を紹介した後は、日商会長、ローソン社長の「これから日本は元気になる」との安倍総理への賛辞が並んでいる。
 政府試算を受けての専門家の意見、原田早稲田大学教授の「(農業3兆円減は)あくまで政府が何もしなかった場合の数字。政府は対策をとるから3兆円は最大限の数値である」との談話を紹介。最後は「総理が強い交渉力で臨むと話すTPP交渉への参加、その手腕が問われている」とのキャスターのエールで終わっている。
 「ラストチャンス」「国益」を強調する政府の姿勢を無批判に報道。専門家も政府試算を鵜呑みにしたような伝え方をしている。明確な反対意見も取り扱わず、ニュース全体の構成は、交渉参加を後押しするようなものになっているのではないか。

どの局もきわめてステロタイプ化された報道の仕方であった。整理すると次のようになろう。
①中心になる話題はTPP交渉参加正式表明。
 安倍総理「国益のため守るべきものは守り、攻めるべきものは攻める」を強調。

②一番の問題は農業。しかし、それは「聖域」に入れるべく「強い交渉力」によって守っていく。
③農業問題さえ解決すれば、TPPには日本にとっての大きなビジネスチャンスが待っている。

実はこの日の反対デモには日本医師会も参加していたのだが、それを報じたのは「ニュース7のみ。それも、街頭で医師会会長がマイクで訴える音声をかろうじて伝えている程度で、きちんとしたインタビューはしていない。
 交渉分野は21に及び、メリット、デメリットがある。それに触れたのは「ニュース7「NEWS23クロス」も取り上げてはいるがメリット部分が強調されている。かくして、TPP交渉の障害となるのは農業の分野だけであり、それさえうまく乗り切れればTPPは無限の可能性を日本にもたらす、といった矮小化した図式が示されることになる。それは、TPPは農業問題だけというあやまった観念を視聴者に与える危険性をもっている。
 この日発表された、政府による「TPP参加による日本経済への影響の試算」には、唯一農業のみが3兆円の減収とある。番組の中でこの「試算」に何らかの解説を加えたのは「報道ステーション」「ニュースJAPAN」「報道ステーション」はこの数字の裏にあるのは、農業を保証する根拠とするものとし、「ニュースJAPAN」は、政府が手を打つから、実際にはこれほどの数字にはならないとの、極めて楽観的な専門家の見方を紹介している。発表が午後6時過ぎだったこともあり、各局とも十分分析するいとまがなかったであろう点を考慮するとしても、ここでも語られているのは農業についてだけだった。

モニター第4週 3月18日(月)~22日(金)

「TPP報道の有無」に示したように、この週は18日の報道をもってTPP問題は終焉したものと位置づけたかのように、各局ともその報道量は激減していった。

3月18日(月)
「ニュース7」:
北海道高橋知事、農水大臣に緊急要請「国民に悪影響を及ぼす恐れがあるときは交渉から撤退を」
 衆議院予算委員会TPPに関する質疑。放送は安倍総理の答弁「参加国全体の利益を考慮したルールづくりをめざす」のみ紹介。
NHKのTPP報道はこの日も独自取材ではなく、記者クラブの予定に沿ったもののみであった。
NHKのTPP報道はこの日も独自取材ではなく、記者クラブの予定に沿ったもののみであった。
 ラジオでは、政府の試算は不正確であると伝えていたが、TPP問題には残された取材対象がまだまだ残っているはずである。

「ニュースウオッチ9」:衆議院予算委員会の質疑を自民、民主、維新、公明、みんな、生活、共産、社民の順に各党の質問とそれに対する首相、担当大臣の答弁を紹介。
 わずか4分余りの報道だったが、安倍総理の答弁を際立たせる効果があり、結果として自民党のTPPCMのような印象が残る。
 この番組に限らず、事柄の重要性にくらべTPPの放送時間は少なすぎ、断片的過ぎる。今日の扱いもWBC報道の後、しかも時間量は半分。これが「ニュースウオッチ9」の見識なのか。

「報道ステーション」:衆議院予算委員会、自民3人、民主、みんなの各党の質問を紹介。VTRで、20年前のウルグワイラウンド問題の際、日本のコメの関税を維持するため外国米を輸入する条件として、6兆円の農業対策費を計上したことを紹介。
 しかし、6兆円はほとんど箱物の建設に使われ、「強くする」はずだった農業は衰退の一途を辿っていると結んでいる。今回も同様の道を辿るのではないかとの懸念をにじませている。
 予算委員会のニュースはTPP賛成の議員ばかり紹介。「ニュースウオッチ9」では他党の質問も取り上げている。選択の基準はどこにあるのか。違和感がある。三浦コメンテーターの「農業の集約化、大規模化、農業をめぐる諸規制対策を実行に移す最後のチャンス」との発言は安倍内閣の打ち出す「攻めの農業」そのものであろう。日本の農業はどうあるべきかは、まだまだ議論の必要がある。農民の意識や農業問題をあまり軽々に語るのは問題だと思う。

「ニュースアンサー」:安倍総理の答弁「農業は国の礎、しっかりやる」との発言を伝える。
 また、国民皆保険についての甘利経済再生相の「国民皆保険死守」をコメントとして紹介。
 この日、WBC関連のニュースは6分、TPPはわずか1分。国会の質疑はもっと丁寧に伝えるべきであろう。

「ニュースJAPN」:FNN世論調査結果発表 TPP交渉への参加表明・支持63.8% 不支持28.3TPPは日本にとって・メリット大きい494 デメリット大きい31.6日本経済は・成長できる57.6 できない23.4 米や麦を・例外にできる27.0できない60.8 国民皆保険制度へ悪影響を与える・思う42.5 思わない28.9
 なんとこれだけの内容(内閣支持率もある)を1分で紹介。交渉参加支持率の高さはマスメディアの報道姿勢ともかかわっていると感じられた。一方、米や麦、国民皆保険への見方はTPPを意外とリアルに見ている、といえないだろうか。

3月20日(水)
「ニュースJAPAN」:
TPP交渉主席交渉官に鶴岡外務審議官をあてる方針で政府内の調整に入ったとの事実報道のみ。

3月22日(金)
「報道ステーション」:
TPP交渉に向け関係閣僚会議開催。甘利経済再生相をトップに100人体制で交渉に臨む。主席交渉官には鶴岡外務審議官をあてると報道。

 この日、日本共産党は政府試算の農林業関係3兆円減に、食料自給率の低下、農業関連産業の雇用喪失などが含まれていないとする記者会見を開催。しかし、一言も放送されず。各局とも政府発表の広報的情報のみ伝えられる。

4週間のモニターを終えて

この4週間、各局ニュース番組の動向を辿っていくと、次のような傾向が浮かびあがってくる。
1 政府の発表、政治の動きに重点を置く発表型報道に偏っていた。
2 TPP問題を矮小化し、「例外品目は農産物」を強調する報道になった。3 報道機関としてのテレビ局独自の調査報道が不足していた。
4 TPP交渉参加の国際的な条件、困難さについての報道が圧倒的に不足していた。
以下、この4項目に沿ってまとめておく。

1 日米首脳会談からの3週間、政府与党は単純明快な構図のもとに、交渉参加正式表明までの道程を着実に歩んでいった。
すなわち、
222日安倍総理、日米首脳会談で「TPP交渉に聖域はある」との合意をオバマ大統領との間で確認したとして、交渉参加に意欲を示す。
②強力に反対する農業団体JAの抗議行動。対して、日米共同声明の「日本の農産物にある微妙な問題」を論拠に、「例外品目」を農産物5品目に絞りこんで決議文を作成した自民党TPP対策委員会の動き。
③この決議文を受け取った安倍総理は環境が整ったとして、315日TPP交渉参加を正式に表明。
 まさに筋書き通りにことは運んだとの印象を受ける。そしてニュース番組も、たえず政府発表と自民党の動きの線上にあった。安倍総理は日米共同声明を根拠に「例外はある」と発言していたが、その大本である日米共同声明の全文を紹介し、多少なりとも批判を加えたのが「報道ステーション」1回のみであったことは、多くの局が、政府発表を鵜呑みにして報道したことの表れだったのではないか。
 315「ニュースアンサー」は、「アメリカと日本とで日米共同声明の解釈が異なっている」との識者の見解を伝えた。しかし、この重大な発言は政府・報道機関一体となった「農産物を聖域にできる」との大合唱の声にかき消されてしまった感がある。

2 農業対工業、農協対政府自民党といった単純化された図式の上に、TPPは農業だけが問題である、という論調もいつしか主流になっていった。しかもその筋書きは自民党TPP対策委員会の動向に沿っている。
 だが、この「決議」も、仔細に見れば農業のみならず、食の安心、安全、医療問題など多分野にわたっての懸念や要望が書き込まれている。しかし、ニュース番組では「決議」があたかも「例外は農産物5品目」だけであったような印象を与え、しかも、農村票を当てにする議員たちの思惑の産物(ある自民党の幹部が「この決議は慎重派のガス抜きだ。地元に帰って、われわれも中央に対し反対したと言える」と言ったというニュース3/13「NEWS ZERO」))という描き方をした。これによって、農業に矮小化されたTPP問題は、さらに議員たちの私利という狭量な範囲でしか伝えられなくなってしまったのではないだろうか。
 その一方で、TPPをめぐる農業以外の、国民諸階層の広範な運動への目配りが欠落している。

3 この4週間、農業問題を独自の取材によって報告した報道は一編もなかった。「農村が壊滅する」という農民の声を、談話の形で紹介するだけでなく、農村がいまどんな状況に置かれ、一番の問題はなにかなど、農民に寄り添った視点での報道が必要だったのではないか。農業を食の問題、命の問題として捉え、自給率や食の安全として論じる努力もなされていない。
 それは他の分野についてもいえることで、例えば医療問題。安倍総理は「国民皆保険は死守する」と再三述べている。その言葉は伝えられるが、一方で、自由診療、医薬品価格など山積するTPP関連の医療問題には言及していない。

4 同時に、交渉がどのような環境のもとで行われるかという情報も圧倒的に不足していた。モニター期間中、ネット上では、「交渉参加後発国の参加条件は圧倒的に不利」との情報が内外から寄せられていた。それを紹介したのは、「報道ステーション」のみ。それも、この問題に対する政府の見解にまでは及んでいない。
 投資家保護のためのISD条項に関しても、取り上げたのは「NEWSZERO」「報道ステーション」のみで、しかも、この条項の持つ意味の詳細は語られなかった。
 3とも関連するが、報道各社は強力な世界的ネットワークを持っている。その情報網を駆使すれば、海外の交渉参加国の実情なども伝えられたはずである。特にカナダやメキシコはどうしているのか、知りたいところであった。

 冒頭でも述べたように、私たちは1年半前のモニターのまとめとして「視聴者が抱いている疑問や不安について応えきれず、TPP参加で危惧される市民生活への影響も十分解明されていない」と記した。それでも、細かく見れば、当時の番組の各所には、TPPとは何か、交渉分野にはそれぞれどんな問題があるのかなどに触れた部分があったし、外部の識者の起用も行われている。その時に比べても、今回のメディアの報道姿勢は明らかに後退している。それは何故なのか。この報告とは別に、報道各社の報道スタンスについて検証する必要もありそうだ。
 316日の日本農業新聞電子版の論説では、それを「メディアの危機」として論じている。そこには「本来『不都合な真実』を伝えるはずのメディアの多くが、政府・財界主導の推進論を無批判に受け入れ、世論誘導の一端を担った。時に農業対工業の対立をあおり、時に重要品の例外が勝ち取れるかのような根拠なき楽観論を流した。そして一貫して自由貿易こそ成長の源泉という幻想を振りまいてきた」とある。報道各社はこの論説に反論することはできるのだろうか。
 安倍総理は繰り返し「TPPは国家百年の計にあたる重大なこと」と述べている。まさにそうである。ただ、報道に携わるものは、ジャーナリズムの立場から、権力に迎合しない形での「国家百年の計」を論じて欲しい。それは4週間のモニターを通していえる心の底からの願いである。

別表「番組別TPP報道の有無」


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