放送を語る会

第20回放送を語るつどいの報告

あいさつ      放送を語る会代表 今井潤

 放送を語る会は今年20周年を迎えました
 19895月大阪でNHK有志が集まり、当時の島会長がすすめるNHKの巨大化と商業主義化を批判し、対応を模索する議論をしたのがキッカケとなり、「放送を語る会」は結成されました。
 その後、年一回の全国の集いではNHKの合理化(要員削減など)、デジタル化、BS放送拡大、ハイビジョン化、受信料制度などを研究し、市民との交流をすすめてきました。
 2001年のETV2001番組改変事件が起こり、「放送を語る会」の活動は大きく変わります。それは当事者の話を聞くことで、問題の理解を深めることでした。ETV2001を担当したドキュメンタリージャパンの坂上デイレクター、裁判になってからは原告の西野さん、大沼弁護士に講演してもらいました。また、この番組で政治介入があったと内部告発した長井デスクと裁判で改変の事実を証言した永田プロデューサーへの報復人事に対し、NHK会長あてに抗議をしました。

 去年10月にはこの番組改変事件は終わらないとして、BPO(放送倫理・番組向上機構)に検証を要請し、この4月意見書を得ることができました そこでは「放送前にNHK幹部が政治家に説明を行うことはNHKの自主・自律を危うくする行為だ」と批判しています。
 926日放送を語る会は「20周年記念のつどい~NHK番組改変事件・何が残された問題か~」のタイトルで集会を開催しました。この集会には内部告発した長井元デスクと裁判で証言した永田元プロデユーサー二人が市民の前で初めて改変の真相を報告しました。
 公共放送NHKの幹部が政治に屈服してゆく姿はあらためて大きなインパクトを参加者に与えました。

 裁判の原告バウネットと被告の二人が同席したことも画期的なことでした。この番組改変事件の検証番組を作るようNHKに求める声も会場から、またゲストから提案されました。民主主義を守る上でNHKは変わらねばならないという熱い雰囲気があふれた集会になりました。
 このNHK番組改変事件は、NHKと政治、組織ジャーナリズムと個人、放送と視聴者市民、「編集権」など様々な問題を我々に問いかけています。この問題を知る人もまだ知らない人もともに今後も考えていきたいと思います


「鋭利な刃物で切るように、一つ一つの単語を消していく作業だった」  
NHK従軍慰安婦番組 当事者が語った改変の真相

     


 政治介入はあったのか、放送の直前何があったのか。2001年に放送されたNHKの番組「問われる戦時性暴力をめぐる真相は、最高裁判決を経ても、なお明らかにされていない。放送から8年がすぎた今、番組の当事者2人が生々しい体験を市民に語った。

9月26日、東京で開かれた集会「NHK番組改変事件~何が残された問題か~」(主催;放送を語る会、練馬・文化の会)には、200名をこえる市民が集まった。演壇に上がったのは、当時の番組プロデューサー永田浩三氏とデスクの長井暁氏。「NHKを離れたという状況がないと、なかなかこういう場でお話することができなかった」と語る長井氏は、改変の事実をNHKのコンプライアンス委員会に内部告発。2005年1月に開かれた涙の記者会見は記憶に新しい。その後、放送文化研究所への「報復人事」を経て、この春NHKを退職した。同じく、今年NHKを去った永田氏は、2006年、東京高裁の証人尋問でNHK幹部の対応について証言。のちに川口アーカイブスへの異動を経験することになる。

吐露された相次ぐ政治介入の影

 聞き手の放送を語る会・戸崎賢二氏は、時系列にそって改変の真相に迫った。
 自民党・中川昭一議員の関与をめぐり、当時の番組制作局長・伊東律子氏が裁判の中で陳述を翻した問題について。伊東氏は、「日本の前途と歴史教科書を考える若手議員の会」編の『歴史教科書への疑問』という本を開いて永田氏に見せ、「(番組が偏向していると)言ってきているのはこの人たちよ」と、放送前に伝えたことを一度は認めた。しかし、伊東氏は後に発言を否定。さらに、本を紹介したのは放送後で、NHK資料室から借り出したカバー無しの本だった、と陳述を変えた。それに対して永田氏は、そのとき伊東局長が手にしていたというカバー付きの本を掲げて証言した。「伊東局長は、わざわざ中川氏の名前を指して私に説明したのです。『言ってきていたのはこの人たちよ』じゃなくて、『言ってきているのはこの人たちよ』、と。放送前でないはずはありません」。

自民党・中川昭一議員の関与をめぐり、当時の番組制作局長・伊東律子氏が裁判の中で陳述を翻した問題について。伊東氏は、「日本の前途と歴史教科書を考える若手議員の会」編の『歴史教科書への疑問』という本を開いて永田氏に見せ、「(番組が偏向していると)言ってきているのはこの人たちよ」と、放送前に伝えたことを一度は認めた。しかし、伊東氏は後に発言を否定。さらに、本を紹介したのは放送後で、NHK資料室から借り出したカバー無しの本だった、と陳述を変えた。それに対して永田氏は、そのとき伊東局長が手にしていたというカバー付きの本を掲げて証言した。「伊東局長は、わざわざ中川氏の名前を指して私に説明したのです。『言ってきていたのはこの人たちよ』じゃなくて、『言ってきているのはこの人たちよ』、と。放送前でないはずはありません」。
 今年4月、BPOの放送倫理検証委員会はNHKの番組改変について意見書を発表。「公共放送に最も重要な自主・自律を危うくする行為」だと指摘した。しかしNHKは、「この番組は、NHKが自律した立場で制作したもの」だとの見解を公表し、政治的圧力の存在について否定している。

制作現場と市民の連帯を今日、ここから

 シンポジウムには、裁判の原告でもあった西野瑠美子氏(バウネットジャパン共同代表)も参加。「97年から始まった右派議員による慰安婦攻撃が、教育界のみならずついにメディアにも及んだ、という衝撃があった」と、当時を振り返った。司会の野中章弘氏(アジアプレス・インターナショナル代表)は、「報復人事がなされた際、NHKの内部から問題にできなかったことは大きな課題だ」と指摘。NHKの元職員からは、「番組の素材はすべて残っている。検証番組はすぐ作れる。あとは、『朝日』を含めてジャーナリズムが横につながってこの問題に取り組んでいけるかどうかだ」、と訴えた。放送研究者の松田浩氏は、「いま視聴者運動は、現実を動かしていく確かな流れになってきた」と分析。政権交代で放送行政をめぐる情勢は流動的だが、それは運動によって変えていくことも出来るということだ、と展望を語った。

会場からは、永田、長井両氏の証言から勇気をもらった、との励ましの声が相次いだ。ジャーナリストの原寿雄氏は、「我々が今日このような集会をもって二人の話を直接聞くことができた。ここから出発するしかない、出発できる」と締めくくった。集会を終えて永田氏は、「これだけ多くの皆さんの前に立ち、しかも裁判の原告の方とも同席できたということが信じられない思いだ。NHKの外に出てみると、とても健全な風が吹いていることを感じることができた。これまで支えてくれたNHKの仲間、そして市民の方々との関係を大切にしていきたい」と感想を述べた。


アンケートに寄せられた意見20通・主なものを順不同で>

 「元NHK担当者の参加を得たことはとても意義深かった。しかも、裁判原告のバウネット代表との同席も画期的な意味があった。さらにドキュメンタリージャパンの方も重ねて参加してほしかった。内部告発者、法廷証言者を支援する形と力が整わなかったのは、なぜだったのか。ジャーナリスト個人の決意や行動と市民の連携が重要だったと思った」

 「長井・永田両氏と西野さんが同席してこの問題の根源に迫ろうとしたことは本当に素晴らしいことでした。長井さんにメールを差し上げ年賀状をいただいたこともあります。今日お元気なお姿を拝見して、今後も民主主義を実現するジャーナリズムをいっしょに作って生きたいと強く思いました。永田さん、野中さんの発言にも大変教えられました。原さんがおっしゃったようにchangeを私たちが進めていけば希望があると思えました。ありがとうございました」

 「事件の関係者がほとんど参加され、それぞれの意見や思いを述べられ問題点が浮き彫りにされ素晴らしいつどいでした。第一部では詳しい資料が準備され、それに沿って進められた戸崎さんの進行は大変手際よく、よかったです。永田・長井両氏の証言は内容の濃い核心に迫るものであり、事件の真相が再現され参加者の理解を助けるものでした。お二人の反省や痛恨の思いも込めた率直な発言に感動しました。お二人のジャーナリストとしての良心と勇気が放送の自由、日本の民主主義の発展に大きく貢献される事と思います。第二部のパネラーの発言、会場からの発言にも教えられることが多くありました。野中さんの司会進行も大変良かったと思います」

 「長井さん、永田さんの闘われたつぶさな事実証言に感動した。(長井さんの法廷証言は傍聴したのだけれどあらためて)とてもおもしろかった。その心の軌跡は異なる分野で闘う自分に大きな刺激となった。このごろ『Nスペ』、『兵士の証言』などを見るとき、必ず誰が作ったのかを(本の作者を認めるように)着目するようにしている。それを通じてNHKの中に次の芽が育っていることを感じていた。今日、それが、長井・永田さんの闘いに学んだ人々が出てきていることを知り拍手を送りたい。長井・永田さんは門を開かれたのです。長井・永田さん、是非ドキュメントの筆をとってください」

 「大変勉強になりました。これまで疑問に思っていた点、不確かだった経緯、永田さん長井さんの証言、よく理解できました。7:00NHKニュースでのアナウンサ-の朝日新聞への攻撃的な報道、日本のジャーナリズムがこれほど情けないものなのかということを痛感しました。以来抱いていたやりきれなさを解き放す会になりました。ありがとうございました」

 「原さんからの発言『(ほとんどの日本人がこの問題に関心がないんだよ)(大体NHKがあのような問題をやるから悪いんだよ)といった私たち日本人の慰安婦問題を含む政治・戦争責任の社会問題について関心をどのように高めてゆくか』、教育を含めての民意を高め深めることの必要性を感じた。桜井さんからの発言『ジャーナリストが横につながること。なぜ、問題がどんどんすりかえられ、大きな問題が薄められ、人々の関心から取り払われていくのかを考えた時、メディアがお互いを批判しながら権力に対しては横につながる水脈を作ってゆくことの大切さ』、民主主義を確立してゆくために自分自身が問題意識を常に持つことの大切さを一層感じました。出演されたみなさま、集会を開催されたみなさまに感謝します」

 「『NHKも棄てたもんじゃない』と思えたこと。本日最大の収穫でした」

 「たいへん充実していた。とりわけ第一部が興味深かった。資料が整っておりそれに従った進行がよかった。もう少し時間をかけてほしかった。戸崎氏のご苦労に感謝したい。永田氏の苦悩に満ちた発言に感銘を受けた」

 「遠方より来ましたが本当によかったと思っています。人間に失望しかけていましたが、一人ひとりの勇気に感動しました。企画された事務局の皆様ありがとうございました」

 「NHK問題のみ課題ではなく、教育・司法などにつながる、憲法を守る活動につながると思います。自分の問題にいきつく」

 「それにしても改変前後の番組を比べてみたいと思っていましたが、テープを出さないとは驚きでした。これでは“市民のNHK”とはとても言えそうもないですね。(付記)参加者に若い人が少ないのがたいへん気になります」

 「今日の集会は何と中身の濃いものだったでしょう。今後へのドンとくる希望のようなものが涌いてきました。私は2000年『国際法廷』時、医療チームとして64人の被害女性たちのお世話をしたり、その後も訪日時は医療支援などささやかに行なってきましたが、彼女たちが一生を台無しにされ、今だに汚いもの扱いされている実状が自分のことのごとく悲しくなります。今後も本当の解決のため、メディアの機能、本分を果たせるよう皆さんと力を合わせていきたいと思います。長井さん永田さん、本日の世話役の皆様本当にありがとうございました」

 「とてもおもしろかったですが、ジェンダー公正にもっと焦点を当てたものが欲しかったです。最後の桜井氏の発言にも入っていましたが、米山さんがズタズタに扱われたのもジェンダー認識の弱さが許したのだと思います。次の一歩をいっしょに進めたいと思います。当事者性をしっかり持って」

 「とても素晴らしい企画でした。資料もよくできていました。西野さんにもう少し話すチャンスを多くあげてほしかったです。永田さん永井さんが謙虚で誠実な人柄で、こういう方たちを悩ませ怒らせても強引に改変させた上層部と政治家に対して許せない憤りを感じました。NHKをもっと民主的な組織に変身するように、私たち国民も頑張らなければいけないと思いました。『慰安婦』問題を教科書に記述させること、被害者に対して政府に公式に謝罪・賠償をさせること、この裁判の正しい判決の読み方を多くの人にひろめること、あの素晴らしい法廷のすべてを広く日本人に知らせることをめざして連帯してがんばりたいと思います」

 「松田先生とともに、ここまで運動を続けてこられた『語る会』のみなさま方の努力に心から感謝いたします」

 「松田先生の20周年の歩みについての話は、発足以来参加を続けているものとして感慨深く聞かせていただきました」

<今後の企画・運営についての要望・提案>

 「検証番組を作って欲しい」
 「検証番組を何らかの形で実現したいものです。節目節目にこのような企画をお願いします」
 「このような企画、検証番組作成を求める運動への協力など、できる限り協力したいとおもいます」
 「改ざん前後の両番組の比較上映・公開、全国行脚」
 「継続してこの問題を追及して欲しいと思う」
 「NHKを独立行政委員会に改編していくことがいよいよ緊急性が増してきました。これについての取り組みを進めていただくことをお願いします」



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