放送を語る会


公 開 質 問 書

         2009(平成21)年722

日 本 放 送 協 会

会長 福 地 茂 雄 様
              

NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」を考える”

                市民シンポジウム実行委員会
            
           実行委貞長 岩 井 忠 熊 連絡責任者)  弁護士 中島 晃

                                                   6040847

          京都市中京区烏丸通二条下ル西側ヒロセビル2階市民共同法律事務所

                           TELO752563320FAXO752562198

〔はじめに〕
 NHKは、平成2111月から、スペシャルドラマとして、司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」を放映する計画をしています。しかし、「坂の上の雲」は、作者自身が生前テレビドラマ化を承諾しなかったといういわくつきの作品です。
 自衛隊がソマリア沖に出動し、海外派兵の恒久化がおしすすめられようとしているこの時期に、NHKが「坂の上の雲」をテレビドラマとして放映することは、憲法9条の改悪の動きにつながる危険性を多分はらむものといわなければなりません。そこで、私たちは、NHKによる「坂の上の雲」のテレビ放映を市民の立場から批判して、議論を巻き起こしていく必要があると考え、去る718日、”NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」を考える”市民シンポジウムを開催しました。
 このシンポジウムは、近代史の研究者やメディア関係者をはじめ、趣旨に賛同する市民によって結成された実行委員会の主催したものですが、当日のシンポには、私たち主催者の予想を上回る約200人の市民が参加して、熱心に議論がなされました。このことは、この間題に対する市民の関心の高さを示すものにほかなりません。このシンポジウムの内容は、別紙の資料のとおりですが、このシンポの議論を通して、今回のテレビ放映には、さまざまな疑問や問題のあることがうかびあがりました。そこで、明らかになった主な疑問を紹介すると、次のとおりです。

〔スペシャルドラマ「坂の上の雪」の放映をめぐる疑問〕
1
、司馬遼太郎は、生前、「坂の上の雲」の映像化を拒み続け、その理由について、ミリタリズムを鼓吹しているように誤解される恐れがあること、しかもそれが弊害をもたらすかもしれないことをあげています。
 NHKが何故、上述した誤解や弊害をおそれた作者の遺志に反して、「坂の上 の雲」をテレビドラマとして放映するのか、非常に大きな疑問をもたざるをえません。

2
、「坂の上の雲」は、日露戦争を祖国防衛戦争ととらえたうえで、明治の若者たちが祖国日本の防衛のためにいかにたたかったかという視点から描かれています。しかし、日露戦争は、日本とロシアとの間でたたかわれた植民地争奪戦争であり、このことは、日本が日露戦争に勝って間もなく、朝鮮を植民地にしたことからも明らかです。
 NHKが「坂の上の雲」をテレビドラマとして放映することは、日露戦争を祖国防衛戦争とみる、特定の誤った歴史観を視聴者に押しつけるものであり、中国や朝鮮など北東アジアの人々の感情を逆なでするものであって、公共放送のあり方からいっても重大な疑問があります。

3
NHKは、「坂の上の雲」をスペシャルドラマとして制作するにあたって、このドラマを「国民ひとりひとりが少年のような希望をもって国の近代化に取り組み、そして存亡をかけて日露戦争を戦った『少年の国・明治』の物語」であるとしています。しかし、この作品の主人公である秋山好古、真之兄弟のように、日露戦争を戦った軍人だけが明治の若者ではなく、日露戦争に反対した内村鑑三や幸徳秋水、堺利彦、さらには「君死にたもうことなかれ」とうたった与謝野晶子などの存在もまた、日本の近代化を考えるうえで、重要なことはいうまでもありません。
 にもかかわらず、こうした日露戦争に反対し、これを批判した明治の若者の存在を無視した「坂の上の雲」のテレビドラマ化は、「ミリタリズムを鼓吹」する危険があることはいうまでもないことです。しかも、こうした危険のあるドラマの最終回(「日本海海戦」)をもって、NHK「プロジェクトジャパン」の企画を締めくくることに、大きな疑問や懸念をもたざるをえません。

4
、一昨年5月に、憲法「改正」手続法が成立し、平成225月から施行されます。
 この法律の施行により、国会で3分の2以上の議決により、憲法「改正」が発議されると、国民投票が実施されることになります。こうした時期に、「坂の上の雲」がテレビドラマとして放映されることは、一歩間違えば、「ミリタリズムを鼓吹」することによって、憲法9条の改悪に向けた世論操作に利用されるおそれがあることは明らかです。このことは作者自身が映像化による誤解や弊害が生ずることを恐れていたことからも裏付けられます。私たちが、こうした時期にNHKがスペシャルドラマ「坂の上の雲」を放映することに大きな疑問を持つのはここにあります。

〔質問事項〕
 私たちは、今回のシンポジウムのなかで明らかになった以上のような疑問にもとづき、NHKに対して、以下の事項について質問いたします。

1
、作者が生前、具体的な理由をあげて、「坂の上の雲」のテレビドラマ化に同意しなかったにもかかわらず、今回NHKが遺族の同意をとりつけて放映することは、作者の遺志をふみにじるものであって、将来に大きな禍根を残すものといわなければなりません。NHKが何故、作者の遺志を無視してまで、「坂の上の雲」の放映に踏み切るのか、その理由を明らかにして下さい。
 また、作者の司馬遼太郎が生前放映に同意しない理由としてあげていた、ミリタリズムを鼓吹するおそれや、それによってもたらされる弊害については、根拠のないものなのか、NHKとしての見解を明らかにしていただきたい。

2
、司馬遼太郎が、生前「坂の上の雲」の映像化を拒み続けた理由となっているミリタリズムを鼓吹するおそれや、それによってもたらされる弊害は、決して無視することのできないものといわなければなりません。
 そこで、おたずねしますが、NHKは今回「坂の上の雲」の映像化にあたって、作者の指摘している上述したおそれや弊害をとりのぞくために、何らかの対応をとることを検討されているのでしょうか。もし、そのことを検討されているとすれば、その具体的な方策を明らかにしていただきたい。

3
、「坂の上の雲」は、日露戦争を祖国防衛戦争ととらえています。NHKがこれをテレビドラマ化することは、日露戦争を祖国防衛戦争とみる、特定の誤った歴史観を視聴者に押しつけることになります。
 したがって、NHKは、公共放送の立場から「坂の上の雲」のドラマ放映にあたって、日露戦争が植民地争奪戦争であることを視聴者に正確に伝える必要があり、そのことは中国や朝鮮半島など北東アジアの人々との関係でも重要なことと考えます。
 そこで、おたずねいたしますが、NHKは今回の、「坂の上の雲」の映像化にあたって、その点について、どのような検討をされ、またどのような措置をとられるのか具体的に明らかにしていただきたい。

4
、「坂の上の雲」の主人公は、秋山好古、真之兄弟であり、日露戦争を闘った職業軍人であることはいうまでもありません。また、秋山兄弟の四国松山の同郷であり、真之の親友であった正岡子規も、日清戦争には自ら望んで、従軍記者として参加しています。

 しかし、その一方で、戦争に反対し、これを批判した明治の若者がいたことも、まぎれのない事実であり、これを無視することは、作者が誤解されることをおそれたようにミリタリズムを鼓吹することになることは明らかです。
 そこで、おたずねいたしますが、NHKは今回、「坂の上の雲」の映像化にあたって、日露戦争に反対し、これを批判した内村鑑三、幸徳秋水、堺利彦、与謝野晶子など少なからぬ人々がいたことについても視聴者に正確に伝える必要があると思われますが、この点について、どのような検討をされ、またどのような措置をとらえるのか具体的に明らかにしていただきたい。

5
、平成225月から、憲法「改正」手続法が施行され、国会で3分の2以上の議決により、憲法「改正」が発議されると、国民投票が実施されることになります。NHKが公表している「坂の上の雲」の放送計画によれば、平成22年秋の第8回から平成23年秋の第13回(最終回)まででは、日露戦争そのものがテーマとなり、このままでは、国民のなかにミリタリズムを肯定する雰囲気を醸成して、憲法9条改悪の世論換作に利用される危険性をはらんでいるといわなければなりません。
 そこで、おたずねいたしますが、NHKは、今回「坂の上の雲」の映像化にあたって、上述した憲法「改正」の国民投票との関係で、憲法9条改悪の世論操作に利用される危険性について、どのように検討されたのか、また上述した危険性をとりのぞくために、どのような手だてをとらえるのか、具体的に明らかにしていただきたい。

〔結び〕
 以上の質問事項は、NHKの公共放送としてのあり方の基本にかかわる重要な問題であると考えます。
 つきましては、ご多用中、お手数ではありますが、平成21817日まで、文書をもって回答いただきますようお願いいたします。なお、私たちがこの質問書で提起した問題点は、今回の「坂の上の雲」の映像化にあたって、継続して監視し、検証していく必要がある事項であると考えます。そこで私たちは、この間題に関して、NHKと今後とも引き続き話し合いの機会をもっていくことについても、あわせて要望するものです。                 
                                以 上


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