放送を語る会

「第19回放送を語るつどい」の報告

      

                              奥平康弘氏

 1.第19回放送を語るつどいは、「NHK番組改変事件は終わらない~政治介入の真相究明を~」と言うテーマで2008年10月4日(土)13:00から18:00過ぎまで渋谷勤労福祉会館2F第一洋室で行われた。

 2.集会は、奥平康弘氏(憲法研究者・九条の会呼びかけ人)の基調講演から始められた。テーマは「最高裁のNHK裁判を批判する」である。

(1)奥平氏は、最高裁判決と高裁判決とを比較対照し、前者は憲法21条の表現の自由を「古典的」に解釈し、表現するもの(NHK)の番組制作を絶対的なものとし、それを守ることが裁判所の憲法上の役割といわんばかりの論理で、番組制作の「対象者」バウネット側が番組の制作を不服としてNHKを被告として提訴することは、NHKの「表現の自由」をむしろ侵害するものとしていると指摘した。また奥平氏は、最高裁判決は、政治介入があったか否か、それによって番組が改変されたか否かを審理することを、それ自体NHKの「表現の自由」を守るという裁判所の役割を逸脱するものとしていると指摘した。

(2)後者すなわち高裁判決について奥平氏は、憲法21条の表現の自由の解釈につき現代社会においてはメディアと市民との協力関係によって実現されるととらえていると指摘し、バウネットを憲法21条によって保護されるべき主体であり、その表現の自由の権利性を認め、NHKがそれを侵害したという事実認定を行ったと指摘した。

(3)奥平氏は、取材される側の権利はいわゆるアクセス権として表現の自由に含まれるべきものであるが、現在生成中の権利であり憲法解釈上は少数説であり、裁判においてはほとんど認められないが、現在のマスメディア社会においてはむしろ積極的に認められるべきで、それなくしては憲法21条は市民の表現の自由を守る機能を持つことができないと述べ、それを基本的に認める解釈をした高裁判決を高く評価すると述べた。

(4)さらに奥平氏は、市民の[知る権利]を実現し、民主政治を実効あらしめるためには、メディアの表現の自由が保障されなければならないが、そのキャパシティー(領域)は市民の「知る権利」を保障することに限定され,それを逸脱する場合には憲法21条の保障の外に置かれると述べた。

 3.休憩の後、放送を語る会から「ここがカットされた」という映像報告があったのを受け、シンポジウム「NHK番組改変は終わらない」が行われた。パネラーは、西野留美子氏(NHK裁判原告・「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク共同代表)、野中章弘氏(ジャーナリスト・アジアプレスインターナショナル代表)、松田浩氏(メディア研究者・元立命館大学教授)の三人であり、司会は戸崎賢二氏(放送を語る会運営委員)が担当した。
 3時間を越えるシンポジウムは三氏の主張・報告と会場からの文書による質問、直接発言、それを受けての三氏の発言というかたちで活発なものになった。

 (1)西野氏は、この事件を裁判で争うことに対して少なくない疑問の提起があったが、裁判を市民とともに7年間闘って、高裁判決で政治介入の実態と番組改変という事実が詳細にわたり認定されたことは積極的に評価すべきであり、その意義は最高裁での敗訴によっても変わらぬ大きなものであると述べた。
 また西野氏は、最高裁は高裁判決が認めたNHKとバウネットとの番組作成過程における「特段の事情」を無視して、それを取材する側と取材される側一般に解消するという形式論によってバウネットの権利性を否定し、裁判を有害無益なものにしたと述べた。こうした最高裁の現状において、世界的に確立されている市民の表現の自由を守るために、国連の人権委員会への提訴の準備を行っている最中であると西野氏は述べた。

 (2)野中氏は、坂上香さんの番組改変に対する抵抗が番組制作者・会社・NHKその他のメディア関係者の沈黙という事態によって、容易に圧殺されてしまったと指摘した。権力の監視と国民の「知る権利」に奉仕することを存在理由とするジャーナリストが番組改変の事実を知ったにもかかわらず、保身のために、ジャーナリズムのために闘い悩む仲間を孤立無援の状況に追い込んでしまったという日本のジャーナリズムの現状を直視すべきであると野中氏は述べた。
 さらに、野中氏は、最高裁判決を言論機関の表現の自由を認めた適切なものであるとこれを歓迎する大手メディア各社を批判し、大手メディアは事件が権力による言論機関NHKの表現の自由を侵害したものであったと理解しておらず、それが自らの表現の自由への侵害につながる事件であると思ってもみないと述べ、悲しむべきマスメディアの現実を指摘した。

(3)松田氏は、日本のマスメディアは近代の歴史において権力との対抗関係を確立することができなかったという意味で欧米のメディアとは異なる特殊性を持っており、それは戦後の一時期を除いて変わらないと指摘し、今もって権力の監視と国民の「知る権利」に奉仕するというジャーナリズムの本来の姿になって現れたことがないと述べた。
 また松田氏は、日本国憲法下の戦後にあっても法制度と実際の法の運用において、国家の支配が放送事業に対して構築され、NHKが放送を自主的・自律的に運営していくことを困難にしていると指摘した。しかし、NHKは放送を業とする以上、その番組は審理を究明するというジャーナリズム性を含むものであり、またそれなくしては国民の信頼を失う、そしてNHKにはジャーナリズムの志を持つ人々がいるのであるから、それらの人々が市民と連帯することによって国民のためのNHKという新しいメディア状況を作ることができると松田氏は述べた。

4.基調講演とシンポジウムには70名以上の市民が参加し、熱の入ったものになった。
 最後に放送を語る会から「
ETV2001」改変事件の真相究明をBPOの放送倫理検証委員会に要請するという提案があり参加者の賛同を得た。またNHK経営委員小森氏の再任反対の署名への協力も提起された。
 なお、集会は放送を語る会を主催団体とし、日本ジャーナリスト会議とメディア総合研究所が協賛して開催された。

      
                                戻る