「ある日の生徒会室」(2)

月子や翼を見送っていた颯斗は、片付けたはずの書類を広げ直すと、
静かに席に座って仕事を再開する。
 「どうした、颯斗。オマエも帰って良いんだぞ」
同じく帰り支度をする素振りもない一樹か、不審そうな顔を向けると、
小さく息を吐き出す颯斗の姿があった。
 「そんな事をしたら、一樹会長の仕事が終わりませんよ。
 どうせこれから、月子さんの仕事を肩代わりするおつもりなのでしょう」
 「何を言ってる。俺はそんなこと……」
あっさり図星を言い当てられて狼狽える。
月子の前では堂々としていた一樹も、颯斗には勝てないことを知っていた。
 「判っています。ああでも言わなければ、月子さんが帰らないと思ったからですよね。
 生徒会室へ来た時から、あまり顔色がよくありませんでした。
 早く帰るように言えば良かったのですが、疲れているのか、月子さんはすぐに眠ってしまわれた。
 起こすのも可哀想ですし、暫く寝かせておいてあげよう。僕もそう思ってしまいましたから、
 一樹会長の提案に従うことにしたんです」
そこで一度言葉を収めた颯斗は、今度は少し冷たい響きを声音に乗せて言う。
 「ですが、それで会長の仕事が滞っては困ります。
 体育祭の進行表。今週中には提出しないと間に合いませんよ。
 こちらの仕事はある程度片付いていますから、月子さんの分は僕がやります」
そんな颯斗の様子を見て、一樹は思わず笑みを浮かべてしまった。
頼もしくなったな。心の中で、そう言葉を掛ける。
 「……判ったよ。月子の分は颯斗に任せる。ホント、出来た副会長様だよ」
 「褒められているようには感じませんが」
 「褒めてるんだよ。颯斗が生徒会に入ってくれて、本当に良かったと思ってるんだ。
 このまま颯斗が生徒会長になったら、また違った、面白い星月学園になるんだろうな。
 それも楽しみだ。傍で見られないのが残念だよ」
 「……会長」
一樹が生徒会長でいられるのも、残り一年。その間に颯斗がどう成長するのか。
一樹にはそれが楽しみでもあった。
それから暫くは、黙々と仕事を熟し、生徒会室にはページを捲る紙の音と、
ノートに走らせるペンの音だけが響いていた。
どれくらい時間が経った頃だろうか。
一息入れたくなって顔を上げた一樹が、颯斗を巻き込もうと口を開く。
 「そう言えば、誉が俺の処に来てな」
 「誉? 金久保先輩ですね。確か弓道部の部長の」
静寂が破れたこともあって、颯斗も資料から顔を上げて、一樹との会話に加わってくる。
 「ああ、相談を持ち込もれた」
 「それなら、僕も宮地くんから相談されたことがあります。弓道部の件で」
 「副部長だって言ってたな。それなら、内容は誉と一緒か」
月子との会話にも、弓道部副部長の宮地龍之介の話題が出ていた。
クラスや専攻が違う颯斗と龍之介の間に、そう多く交流があるとは思えない。
多少の違和感を持って聞いていたが、そういう理由があったのか。
一樹は合点がいったという顔をする。
 「そうだと思います。弓道部の部室に女子更衣室を作って欲しいと」
 「ビンゴだ。……と言ってもなぁ。俺の一存ではどうにもならんし」
一樹が誉から頼まれたのも、同じ内容だった。
星月学園に女子は月子ただ一人。すべての施設は、男子生徒が専有していることが殆ど。
部活をする月子が、いつも体育館の更衣室で着替えていることを、弓道部員一同、
とても気にしていたらしい。真剣な面持ちで相談された。
 「改修工事となると、費用の面で厳しいですね。生徒会で自由になる金額ではありませんから。
 学校側に交渉するには、相当な根回しが必要になるかと」
誉に相談された時、すぐにどうにかできる内容でもなく、一樹も簡単には動けないと思っていた。
上手く運ばなければ、学校側の了承を取るのが難しくなる。
更に月子に話が漏れれば、間違いなく遠慮するに決まっている。
生徒会を巻き込まずに動くとなると、慎重に事を進めなければならない。
そんな行き詰まりを感じていた悩みを、一樹は何気なく口にしてしまった。
すると、颯斗があっさりとそれを受け入れた。
次にどう動けば良いのか。颯斗の頭の中には、それらが明確に見えているようだった。
 「根回し、か。そっちは何とかする。……が、実際に費用となると、そう簡単には動かないだろう」
 「翼くんにも話してみましょう。どれくらいの予算になるか、見積もりくらいは立てられると思います。
 その他の資料については、僕が何とか」
テキパキと支持を出す颯斗に、生徒会を巻き込まないという選択肢を入れたことを後悔した。
颯斗も翼も、自分達の仕事を全うする力を、充分に備えている。任せても安心だ。
 「ホント、頼もしい後輩達だよ。……ありがとな」
 「いえ、そんな……。でも、実際問題、弓道部にだけ費用を回すのは難しいですよ。
 他の部活にも、予算ギリギリでやってもらっていますから。何か名目があれば良いのですが」
 「そうだな。体育祭で優勝でもしてくれたら良いんだけどな。一つ、誉にハッパを掛けるか」
 「では、宮地くんにも伝えておきましょう」
悪戯を思い付いたような笑顔を浮かべると、またそれぞれの仕事に戻っていく。
新たに出来た仕事の成功を信じて。

完(2013.03.17)  
 
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