「目的と意味」(1)

晴れた冬の夜空には、瞬くほどの星たちが広がっている。
夜の冷気で澄み切った空は、月明かりすらも輝きを増しているように見える。
 「もっと星を眺めていたいけど、さすがに寒くなって……。あれ? あそこに歩いているの」
部屋の窓から星空を眺めていた夜久月子は、冷えてしまった身体に耐えかねて、
そろそろ窓を閉めようかと視線を空から外す。その時、寮の外を歩いている人影を見付けた。
 「やっぱり颯斗くんだ」
窓から身を乗り出すようにして確認すると、生徒会室でいつも顔を合わせている
副会長の青空颯斗の後ろ姿だと判る。
月子は慌ててコートを羽織ると、寮を飛び出した。
 「こんな時間に何をしてるんだろう。学校に忘れ物かな?」
颯斗の姿を見失ってしまった月子は、向かっていた方向から学校だと判断し、
そちらへと駆け出して行く。
 「なーにやってんだ、こんな時間に」
 「キャッ」
雪の上に出来た真新しい足跡を辿っていると、裏庭まで来た処で急に声を掛けられた。
誰もいないと思っていた月子は、思わず悲鳴を上げてしまう。
 「悪い、悪い。俺だ」
 「一樹会長!!」
生徒会長の不知火一樹が、安心させるように微笑んだ後、すぐに怒った表情を浮かべる。
 「驚かせたのは悪かったが、そんなことより、月子はここで何をやってるんだ?
 出歩いて良いような時間じゃないだろう。一応お前も女なんだってこと、少しは自覚しろよ」
 「すみません。でも、颯斗くんを見掛けたんです。ほら、この足跡、颯斗くんのなんですよ」
心配して叱る一樹の言葉には答えず、月子ははしゃぐ子供みたいに、
雪の上に出来た颯斗の足跡を指差しながら言う。
その様子を可愛いと思いながらも、一樹はヤレヤレと肩を竦めてみせた。
 「判ってる。俺も寮を出た颯斗を追ってきた。颯斗の奴、こんな時間に何処へ行ったんだ?」
 「多分、学校だと思うよ」
一樹の声に答えるように、もう一人の声が聞こえてきた。振り向くとそこには……。
 「翼くん!!」
 「ぬはは。そらそらを追い掛けてきたら、月子に逢えた。俺、嬉しい」
いつも通り元気一杯の笑顔で、会計の天羽翼が立っていた。
それを見た一樹が、更にガックリと項垂れる。
 「翼もかよ。お前ら、子供はもう寝る時間なんだぞ。夜更かしはいかん」
 「ぬいぬいのオヤジー」
 「うっせーぞ、翼!!」
 「うわぁ、痛いって。月子、助けてー」
翼の軽口に一樹が鉄拳が振り下ろす。
いつもと変わらないやり取りに、月子はクスクスと笑い声を漏らした。
でも、いつまでもこうしているわけにはいかない。
頃合いを見計らって、戯れる二人に声を掛ける。
 「そろそろ颯斗くんを追い掛けませんか?」
 「あぁ、そうだな」
そしてまた三人は、学校へと向かって歩き出した。
 「翼くんは、どうして颯斗くんが学校に居るって思ったの?」
 「俺、何度か見たことあるんだ。
 ラボに忘れ物を取りに行った時、そらそらが学校から出てくるの」
生徒会室に専用の実験室を設けている翼は、発明品に使う材料を取りに、
夜中に生徒会室へ行った時のことを思い出す。
沈んだ顔で学校から出てくる颯斗の姿を、何度か目撃していた。
 「翼、お前だったのか。夜中に生徒会室から変な物音がする、っていう妙な噂の出処は。
 真相を確かめろって言われてたんだよな。近々夜中の張り込みを、って考えてたんだが。
 やらなくて良かった」
 「だって面白い発明品を思い付いたんだ。すぐに作りたいのに、材料が足りなくてさ。
 電気点けたら見回りの先生にバレるだろ。暗くてあちこち打つかるし、物は落とすし。
 こっちだって結構大変なんだよ」
 「大変ならやるな!!」
翼の言い訳に、また一樹が呆れて怒鳴る。それを聞いていた月子が、一言ポツリと漏らす。
 「消灯時間も過ぎてるから、校舎の中は暗いんだ」
子供の頃から暗闇が怖い月子は、これから行く学校のことを考えて、不安そうな顔になる。
そんな月子を見て、一樹が辛そうな表情を浮かべていたことに、誰も気付かなかった。
それは一瞬のことだけで、すぐにいつもの頼れる微笑に変わる。
 「大丈夫だ、俺たちがいるだろ。それでも怖いなら、手を繋いでてやるぞ」
 「ぬいぬいだけなんてズルイ。俺も繋ぐ。はいっ」
 「えっ、大丈夫だよ、翼くん」
そう言って顔を赤くしている月子の手を、翼は遠慮無く握り締める。反対側を一樹が掴んだ。
 「さぁ、颯斗を探しに行くぞ」
 「一樹会長まで」
一樹と翼に手を繋がれて真っ赤になりながらも、月子は暗い校舎に足を踏み入れることが
怖くなくなっているのに気付いた。
三人で真っ暗な廊下を進んでいると、何処からか音楽が聞こえてくる。
 「……あれは、ピアノの音?」
聞こえてきたのは、何処か淋しげな音色。
綺麗な旋律で奏でられるピアノの音が、小さく響いている。
 「これが本当の学校の怪談だったりして?」
 「止めてよ、翼くん」
生徒会室の噂の真相を叱られた翼が揶揄う口調で言うと、月子が真っ青な顔で目を瞑る。
安心させるように強く手を握ると、一樹が翼を窘めた。
 「月子を怖がらせてどうする。これは、颯斗のピアノだ」
聞こえてきた音色に耳を澄ませると、前に聞かせてもらったことがある曲だと気付く。
月子は音楽室でピアノを弾いていた颯斗の姿を思い出した。
 「じゃあ、颯斗くんは音楽室に?」
 「だな。行くぞ」
 「ぬいぬいさー」
翼の掛け声と共に、音楽室へ向かって走りだした。
 
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