「好奇心」(1)

昼休み。
自分の席に座って、真剣な顔でパンフレットを覗き込んでいる夜久月子の傍に、
幼馴染の東月錫也と七海哉太が近付いて行く。
 「月子。そんな真剣に、何を見てるんだ?」
 「あっ、二人ともお帰り。今日のランチ、何だった?」
哉太に声を掛けられた月子は、顔を上げて微笑を向ける。
 「そういうお前は、ちゃんとお昼ご飯、食べた? 用事があるって言ってたけど、もう終わったの?」
 「うん。生徒会室にね、これを貰いに行ってたんだ」
心配性の錫也に尋ねられて、月子は持っていたパンフレットの表紙を、二人に見えるように掲げる。
さっきから興味深々で覗き込もうとしていた哉太にも、漸くそれが目に入った。
 「クラブ紹介?」
驚きの二重奏を聞きながら、月子は嬉しそうに頷く。
 「この学校での生活にも、大分慣れてきたからね。そろそろ、何か始めようかと思って」
 「だからって、行き成り部活を始めなくても。担当している保健委員だって、忙しそうじゃないか。
 保健医の星月先生が、色々用事を押し付けてくるって……」
 「押し付けられてるんじゃないよ。ちょっと保健室が汚れてるから、定期的に掃除してるだけ」
入学してすぐに決めることになった、クラス内での各委員。月子は保健委員を希望した。
どうせなら女の子に介抱されたい。
健全な男子生徒の邪な思惑に、月子の担当は満場一致で即決された。
実際に委員を始めてみると、他と比べて保健委員の仕事は多い。
錫也や哉太は、雑用ばかり押し付けられていると、あまり良い顔をしていなかった。
 「それに、私が保健委員をやっていれば、哉太も安心でしょ」
 「な、何がだよ。俺……もう、病気はそれ程……」
子供の頃から入退院を繰り返していた哉太は、中学時代もよく保健室のお世話になっていた。
月子に余計な心配を掛けさせていることを情けなく思いながら、プイッとそっぽを向く。
 「だって哉太、喧嘩ばっかりするじゃない。
 あちこち傷だらけになっても、私がちゃんと手当してあげるからね」
 「あはは。月子、お母さんみたいだ。哉太、良かったな」
 「う、うるせー、錫也。笑うなっ! だいたい、喧嘩ぐらいで怪我するほど、俺は弱くねーんだよ」
哉太の心痛には気付いていない様子の月子は、のほほんとした声でそう告げる。
その声に調子を合わせるように、錫也も可笑しそうに笑った。
そんな二人に、何処かホッとしながらも、揶揄われていることについて、顔を真赤にしながら言い返す。
 「それで、何でわざわざ生徒会室へなんて行ったの?」
傍で文句を言っている哉太には取り合わず、錫也は月子からパンフレットを借りると、
パラパラと捲りながら話題を変えた。
 「ガイダンスの時にあったクラブ紹介。
 入学早々だったから、緊張し過ぎちゃって、あんまり覚えてないんだもん。
 あれ、生徒会主催だったでしょ。何か参考になる物がないか、聞きに行ってたの。
 そしたらね、そのパンフレットくれて、後、親切に色々教えてもらっちゃった。
 なんか生徒会も楽しそうだよ。機会があったら、私もやってみたいなぁ」
先程まで居た生徒会の雰囲気を思い出し、月子は瞳を輝かせて、楽しそうに語った。
その言葉に、錫也は唖然とする。
 「これ以上、まだやるつもり? 学科の課題だって、どんどん増えてるのにさ」
 「うん、そっちは錫也に期待してるから。判らない処があったら、教えてね」
 「ちゃっかりしてるよな、お前は」
大きく溜め息を吐いた錫也も、月子にそう言って微笑まれたら、もうダメとは言えない。
こうして三人で過ごす時間も、どんどん少なくなっていくんだな。
錫也も哉太も、淋しい気分を隠すように笑いながら、午後の開始を告げるチャイムの音を聞いていた。
 
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