「ご褒美」(6)

梓と錫也の会話を黙って聞いていた月子は、錫也が屋上庭園を去ったのを見届けてから
漸く口を開くことができた。
 「……あのね、梓くん。さっきの錫也との会話は、いったい」
不安そうな顔をしている月子に、梓は安心させるように笑顔を向ける。
 「何でもありませんよ。強いて言うなら、幼馴染のお二人に、
 僕が夜久先輩の彼氏として正式に認められた、っていう話です」
 「そんなの、ちゃんと二人には、私から言ってあるよ」
 「そうなんですか? それは嬉しいな」
月子の言葉に、先程とは比べものにならないくらいの笑みが浮かぶ。
誰に認められるよりも、月子に認められることが、梓にとっては一番大切なことだった。
 「そんなことより、すみませんでした。
 もう少し早く来るつもりだったのに、こんなに遅くなってしまって」
月子の頬に涙の跡を見付けると、そっと手を伸ばして、跡を消すように指で軽く擦る。
擽ったそうな素振りを見せるけれど、月子はそのまま梓に任せていた。
 「ううん、私の方こそ。哉太が倒れたって聞いて、すごく慌ててたから、
 梓くんの電話に気付かなくて、ごめんね。
 電話もすぐに切られちゃったし、てっきり怒ってるんだと思ってた」
落ち込んでいる月子の言葉に、クラスメイトに邪魔された時のことを思い出す。
不注意で電話が切れたことが、月子を不安にさせていたことに思い当たると、
梓は伸ばしていた手を、そのまま月子の背中に回した。
両腕で力強く抱きしめると、耳元に口を近付ける。
 「僕は怒ったりなんかしませんよ。どうか、覚えておいてください。
 夜久先輩に連絡が取れない時は、僕が貴女を探して、必ず逢いに行きます。
 今回はそれをするのに、少しばかり邪魔が入って、時間が掛かってしまいましたけどね。
 でも、約束します。貴女は僕が来るのを、ずっと待っているだけで良い」
両腕を解くと、ゆっくりと顔を近付けていく。
 「泣かせてしまったお詫びです」
そう言って、軽く唇を奪う。
真っ赤な顔の月子と目が合うと、可笑しそうに笑い出した。
 「あはは、夜久先輩は、やっぱり可愛いや。
 その顔が見られただけでも、確かにご褒美だったかも知れませんね」
 「もぉ、揶揄ってばっかり」
赤い顔で頬を膨らませる月子に、梓は益々可笑しそうに笑っている。
そんな梓を見て、月子も次第に笑顔になっていく。
 「ねぇ、夜久先輩。観測会が終わるまで、もう少し時間がありますよね。
 それまでは、約束通り、二人で星を眺めていましょう」
見上げる空には満天の星が瞬いている。
少しだけ遠回りした観測会は、それから暫くの間、続いていた。

完(2011.04.10)  
 
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