「少しだけ待っていて」(2)
「宮地先輩と東月先輩も、近くに住んでるんですか?」
予想外な月子の発言に、暫く呆然としていた梓は、
固まってる場合じゃない、と思い立つと、慌てて月子に詰め寄った。
「うん。だって、4月からは同じ大学に通うんだもん。
通いやすい場所を探してたら、たまたま近くに良い部屋が見付かったの」
「それ、東月先輩からの情報ですよね。
自分の決めた部屋の上に空きがあるから、とか何とか言って」
「えっ、どうして知ってるの?もしかして、錫也から聞いた?」
不審そうな視線を送ってくる梓に、月子はきょとんとした顔のまま、聞き返す。
妙に納得したような表情を浮かべると、梓は月子には聞こえないような小さな声で、
ブツブツと自分の思いを吐き出した。
「聞かなくても、だいたい想像がつく。
どうせ、最初から二部屋の空きがある部屋を、探していたに決まってるんだ」
「えっ?何か言った?」
「別に、何も言ってませんよ。
ただ、僕が夜久先輩の家に遊びに行くためには、
関門を二つも通り抜ける必要があるのか、って考えたら、
少し面倒だな、って思ったんです。
まぁ、僕ならすぐに突破できますけどね」
自信満々に微笑んでいる梓を眺めながら、
遊びに来た時の梓たちのことを想像して、月子はクスクスと笑い声を漏らした。
「でも、宮地君とはまた、喧嘩しちゃいそうだよね」
「僕、そんなことした覚え、ないんですけど。
それに、宮地先輩や東月先輩には、僕が夜久先輩を迎えに行くまで、
ちゃんと盾になっていてもらわないといけませんからね。
機嫌を損ねないように、その辺はちゃんとやりますよ」
「それって、どういう意味?」
誰かに盾になってもらわないといけないくらい、一人暮らしって危険なのかな?
言葉の意味が判らず、月子は笑うのをやめて聞き返した。
「夜久先輩は、可愛いですからね。
大学へ行ったら、先輩目当てに群がる男がたくさん居るのは、
すぐに想像ができます。僕が傍に居られない間、宮地先輩と東月先輩には、
そんな人達を牽制しておいてもらう必要があります。
あの二人が一緒なら、他の男が近寄れる隙がないですからね」
「そんなこと……」
一人暮らしの危険性について考えを巡らしていた月子は、
予想外に褒められていたことに気付いて、真っ赤な顔で口篭る。
「あるんですよ。
だって、夜久先輩は、僕が本気になった唯一の人だから。
でも、安心していてください。そんなのはすぐです。
ほんの少しだけ待っていてくれたら、僕がすぐに、夜久先輩を迎えに行きます。
先輩を僕のものにするために。ずっと、僕の横にいてもらうために。
良いですよね?」
真剣な顔でそう尋ねる梓に、月子は満面の笑顔を浮かべた。
梓が言いたかった言葉の本当の意味を、漸く理解したように。
「うん、ずっと待ってる。梓くんが迎えに来てくれるまで、ずっと」
「……良かった。あっ、そうだ。これ、渡そうと思って、持ってきてたんだ」
月子の返事に、梓も嬉しそうに笑う。
そして、何かを思い出したように、ポケットから小さな箱を取り出すと、
そのまま月子の掌の上に落とした。
「何?」
「開けてみてください」
箱と梓の顔とに視線を往復させていると、梓に先を促される。
言われるがままに、ゆっくりと箱を開け、中身を確認した月子は、
驚いたように顔を上げた。
「これって……」
「はい、ペアリングです。初デートの時は、渡せなかったから」
当然という顔で頷くと、月子の手からもう一度箱を奪う。
小さい方の指輪を取ると、そのまま月子の左手薬指に填めた。
「この指輪に誓います。僕はこれからもずっと、先輩の傍を離れることはない、って」
そう言って、月子の指に填められた指輪に唇を落とす。
それから、箱に残された月子の物より少しだけ大きい指輪を取り出すと、
月子にそっと手渡した。
「夜久先輩も、誓ってくれますよね?」
「もちろん!!」
そう言って大きく頷くと、辿々しい手付きで梓の薬指に指輪を填める。
これで良い?と言う表情で視線を上げると、梓は少し不満そうな顔をしていた。
まるで、それだけですか?と言っているみたいに。
その意味に気付いた月子は、火照ったように顔を赤くすると、
慌てて梓の手を離そうとする。けれどそれは、梓の手で阻まれてしまった。
どうしても許してくれそうにはないことを悟ると、観念したように大きく深呼吸する。
恥ずかしさに負けそうになりながら、梓の指に填められた指輪に唇を近付けた。
更に赤くなっている顔を漸く上げると、にっこりと微笑む梓と目を合わせる。
「弓道をする時は仕方ないですけど、それ以外では、あまり外さないでくださいね。
これは、夜久先輩には僕がいる、って他に知らしめるための印なんですから」
「うん、判ってる。必要以上に外したりしないよ。
だって、梓君が傍に居てくれるみたいで、安心する。
すごく嬉しい。ありがとうね」
そう言って幸せそうに微笑む月子を、梓は堪らなくなって腕の中に抱き寄せた。
「夜久先輩は、やっぱりズルイな。
そんな顔されたら、僕、我慢できなくなっちゃうじゃないですか」
そう言うと、指輪に誓い合った唇を、今度は二人のそれに重ね合わせる。
「夜久先輩は、僕が必ず幸せにします。だからそれまで、待っていてくださいね」
耳元で囁いた梓の声に、月子は小さく頷いた。
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