「仲直りしよう」(2)

哉太と錫也が買い物へ行ってから数日後。
部活を終えた月子は、哉太に呼ばれて屋上庭園へと急いでいた。
 「哉太、ごめん。後片付けに手間取ってたら、遅くなっちゃった」
先に来ていた哉太の傍まで走っていくと、拗ねた様な言葉が返って来る。
 「遅いんだよ。もう帰ろうかと思ったんだからな」
 「だからごめんってば。せっかく二人きりで逢えたのに、そんなに怒らないでよ」
 「それはお前がいつも忙しいから……って、そっか、二人きりなのか」
月子の言葉に、今の状況を改めて思い出した哉太は、急に照れ臭くなってくる。
教室や食堂で一緒に居る時は、錫也も入れて三人で行動する事が多い。
付き合い始めてからも、その関係はあまり変わる事がなかった。
更に、部活や保健係、生徒会の書記と、毎日忙しく動きまわっている月子とは、
一緒に居られる時間があまり取れていないのも事実で、こうして二人きりで逢えるのは
本当に久し振りの事だった。
 「インターハイが終わったら、少しはゆっくり出来ると思うんだ。
 去年のインターハイは悔しい思いをしたでしょ。だから今年は絶対に行きたいの。
 もう少しだけ待っててくれないかな?」
二人きりな状況に照れてそっぽを向く哉太を、怒っていると勘違いした月子は、
下から覗き込むような視線を向けて、お強請りをする。
 「お、お前がそう言うなら、少しだけ待ってやらなくもない。
 それに、去年は仕方ないだろ。まだ始めたばっかりだったんだから。
 一年間しっかり練習してきたんだし、今年はきっと大丈夫だよ」
 「うん、哉太にそう言われたら、やれそうな気がする。ありがとう」
嬉しそうに笑う月子が可愛くて、顔に熱が上がってくるのが判る。
その顔を見られるのが嫌で、つい顔を背けてしまった。
 「哉太? あのさ、話って何? もしかして言い辛い事なのかな。
 私の顔も見たくないくらい怒ってるの? 私が何かしたなら、ちゃんと謝るから」
 「違う!! 怒ってるのは俺じゃなくてお前の方で、謝るのは俺の方!!」
 「えっ、怒ってるのは私の方? 哉太、何かやったの?」
泣きそうな声で呟く月子に、慌てて哉太が首を振る。
その反応に驚いて、月子がキョトンとした顔で首を傾げた。
 「……同じ物って訳にはいかなかったけど。錫也にも手伝ってもらって作ってみた」
そう言って、持ってきた木箱を月子に見せる。
箱の側面から見えている巻き螺子が、それをオルゴールだと示していた。
 「哉太、これ……」
 「お前が大事にしていたオルゴールとは、やっぱり違うよな。
 でも、これで許してくれないか。壊しちゃってごめん。
 ずっと言えなくて随分経っちゃったけど、今ちゃんと謝る。本当にごめん」
何度も謝罪の言葉を口にして頭を下げる哉太。
月子はそんな哉太と木箱を交互に見つめた後、差し出された木箱を受け取った。
そっと上蓋を開けてみると、既に螺子が巻かれていたのか、懐かしい曲が流れてくる。
 「……覚えていてくれたんだ。子供の頃の事なのに」
 「忘れるわけないだろ。すぐに謝りたかったのに、お前は口も利いてくれないしさ。
 俺も意地になって、知らん顔しちまった。けど、本当はずっと後悔してたんだ」
 「うん、私も口を利かなくてごめんね。とても大切にしてた物だったから、
 壊されて怒っちゃったの。口を利かない間も、本当はずっと哉太と元通り
 仲良くしたかったんだよ。だから病院で普通に話してくれて、すごく嬉しかったの」
瞳に涙を溜めて嬉しそうに笑っている月子は、病室で見た時と同じ表情をしている。
 『良かった、本当に良かった』
病室で呟いたその言葉には、哉太の具合が思ったよりも悪くなくて安心した事の他に、
もう一つの意味が隠されていた。哉太とまた同じように話が出来たこと。
それが月子にとって、本当に嬉しかったんだということが。
 「これで仲直りだよな」
ずっと心に引っ掛かっていた思いが晴れて、哉太は安堵の息を吐きながら言う。
その言葉に、月子が力強く頷いた。
 「うん。これからもずっと一緒に、仲良くしていこうね」
 「あぁ。……ありがとな」
 「あれ? 哉太、泣いてる?」
子供の頃から泣き虫だった哉太。それを思い出して、月子が揶揄いの言葉を口にする。
慌てて目を擦ると、また意地をはって言い返した。
 「泣いてない!! つーか、お前が泣いてるんだろ!! これは、お前のが移っただけだ」
 「だって哉太が泣かせるんだもん」
 「俺のせいにすんな」
 「もう、せっかく仲良くしようって言ったばっかりなのに」
拗ねる月子に意地っ張りな哉太。
そんな二人を取り持つように、いつまでもオルゴールの旋律が流れていた。

完(2012.02.19)  
 
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