「仲直りしよう」(1)

久し振りに街まで買い物に出た。
新作レシピを思い付いたという幼馴染の東月錫也が、休日に材料の買い出しに行くと聞き付けて、
七海哉太もそれに便乗してやってきた。
 「さてと、欲しい物はこれで全部かな。……哉太、帰るよ。って、何を見てるんだ?」
初めにレシピに必要な食材を物色し、レンズが見たいからという哉太に付き合ってカメラ屋へ立ち寄り、
最後にラッピング用の袋を買いに雑貨屋を廻って、本日の買い物コースは終了。
錫也は買った品物を確認すると、精算を済ませて哉太の処へと戻ってきた。
手持ち無沙汰で並べられている小物を見て回っていた哉太が、ある棚の前に立ち止まって
真剣な眼差しを向けている。気になった錫也は、哉太の肩越しから棚の上を覗き込んだ。
 「うわっ、錫也かよ!! 行き成り出てくんな!!」
呆けていた処を見咎められた照れ隠しに、哉太は大仰に驚いてみせる。
 「うん、ごめん。で、何を見てたの?」
そんな哉太の様子には取り合わず、眺めていた棚へと視線を向けた。
それはすぐに錫也にも判った。小さな木箱。蓋の上に水辺に浮かぶ月の絵が掘られている。
 「これ、月子が持っていたのに似てるな」
 「そ、そうか? あーっ、そうかもなぁ。どっかで見たことある、って思ってたんだよ、俺も」
錫也が木箱を手にして言う言葉に、哉太はあからさまに動揺しながら、乾いた笑いを漏らす。
そんな哉太をチラリと見て、錫也は苦笑を浮かべる。判りやすい、と肩を竦めながら。
 「月子が大事にしていたオルゴールに似てるんだ」
 「……よく覚えてるな」
錫也の言葉に、哉太は木箱から視線を外す。
 「忘れないよ。月子の事なら、俺は絶対に忘れない。大事な思い出だから、ずっと覚えてるんだ。
 もちろん哉太の事だったそうだよ。哉太がまゆみさんに怒られて泣いてたり、
 夜中にお化けが怖くてトイレに行けないって泣いてたり。それから月子と喧嘩したって泣いて……」
 「泣いてる処ばっかりじゃねーか!! もう良い、錫也は何も思い出すな。俺の過去は封印してくれ。
 買い物済んだんだろ。そろそろ帰ろうぜ」
錫也が持っている木箱を強引に奪って棚に戻すと、店を後にしようとする。
その背中に、錫也はもう一つの思い出を語った。
 「忘れるなんて出来ないよ。この木箱は、月子が大切にしていたオルゴールに似ている。
 そしてそのオルゴールを、哉太が壊してしまった事もね」
 「あれは態とじゃない!!」
錫也の挑発に、あっさりと乗る。哉太は振り向くと、やるせない表情を浮かべて怒鳴った。
 「うん、それも知ってる。眠れない夜にあのオルゴールを聞くと、いつの間にか眠ってる。
 月子がそう言ってたのを、哉太は覚えてたんだよな」
哉太と錫也、そしてもう一人の幼馴染、夜久月子。
子供の頃から三人で過ごすことが多かった。あの夜も、三人で一緒に泊まることになり、
一晩中一緒に居られる事が嬉しくて、みんな大はしゃぎだった。
興奮しすぎて眠れないと言い出す月子に、哉太がオルゴールの存在を思い出す。
 『俺、月子の家にオルゴールを取りに行ってくる』
元気良く飛び出した哉太は、早くオルゴールを聞かせてやろうと、月子の家から急いで戻ろうとした。
気が焦っていた哉太は、途中で派手に転んでしまい、持っていたオルゴールを落として壊してしまう。
 「あの時はホント大変だったよ。哉太は血だらけで帰って来るし、月子はずっと泣いてるしさ。
 結局お泊まり会は中止になっちゃっただろ。 次の日に逢ったら、月子のやつずっとむくれた
 まんまなんだもん。哉太とも暫くの間、全然口を利かなかっただろ。
 間に居る俺は、どうやって仲直りさせようかって、すっごい悩んだんだぞ」
当時の事を懐かしそうに錫也が話す。哉太はそれを拗ねたような顔で聞いていた。
 「でも、俺の悩みなんか関係なく、いつの間にか仲直りしてるんだもんな。
 ちゃんと謝って許して貰ったんだろ?」
 「……ない」
 「えっ?」
 「謝ってないんだ、俺。オルゴールを壊した後、月子のやつ、俺と口利いてくれなくなっただろ。
 何度も謝ろうと思ったんだ。思ったんだけど、何か話し掛けづらくてさ。
 そうこうしてる内に俺、具合悪くなって、そのまま入院する事になっちまったから、それっきり……」
体調を崩して入院してから、面会が許されたのは一週間も過ぎた後だった。
一人でベッドに横になっていると、病室の扉が静かに開く音がした。
母親のまゆみが来たんだと思って見ると、扉の隙間から小さな顔が覗き込んでいる。
 『哉ちゃん、大丈夫?』
心配そうな表情を浮かべた月子が、哉太と目が合うと、勇気を出して近付いて来た。
 『うん、もう平気』
 『そっか、良かった。本当に良かった』
目に一杯涙を溜めて、それでも嬉しそうに笑う月子の顔を、哉太はずっと忘れられずにいる。
オルゴールの事を今なら謝れる。そう思った。けれどまた、口を利いてもらえなくなるのが怖くて、
何も言えずに月子の顔を眺めるしかできなかった。
 「それで、今でもそれを後悔してるってわけか」
話を聞き終えた錫也は、呆れたような言い方をする。その反応に哉太はムッとして、そっぽを向いた。
 「そんな事ない!! たまたまだよ、たまたま。ただ似てるなって思っただけ」
 「覚えてなければ、目にも留めてなかっただろ。ずっと心に引っかかってたから、これの前で
 足を止めたんだ。それならこれを持って、今度はちゃんと謝ってみれば?」
棚に戻された木箱を持ち上げて、提案を口にする。突然の話に、哉太は動揺を隠せずにいた。
 「これを? ……今更謝っても遅くないか? また口を利いてくれなくなったら、俺」
 「大丈夫だよ。月子、そんなに執念深くないしさ。ほら、これなら少し加工すれば、オルゴールにも
 なりそうだ。今は音源部分だけ別売りしてるのがあるから、それを入れればもっと似てくるだろ」
 「ちゃんと謝ったら、今度こそ許してくれるかな」
 「ほら、待っててやるから、買いに行ってこいよ」
錫也に背中を押されて、木箱を手にした哉太は、そのままレジへと向かっていった。
 
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