「ただのヤキモチだから」(2)

 「一つ、聞いて良いかな? 俺は月子の彼氏だよね。
 ただの幼馴染みなんかじゃなくてさ」
 「どうしたの、錫也。そんなの決まってるでしょ」
予想外な錫也の言葉に、月子は驚いて目を丸くする。
そこに何の疑う余地もないことは、すぐに判った。
けれど錫也には、そう簡単にそれを受け入れることが、できなかった。
 「そうだね、決まってる。でも、聞かせてよ。月子の口から聞きたいんだ。
 俺は月子の何?」
 「……彼氏、だよ。私にとって一番大切で、私の一番大好きな人」
恥ずかそうに顔を真っ赤にして、それでも錫也が聞きたかった言葉を口にする。
その仕草を可愛いと思いながら、それでもまだ心が晴れない。
伸し掛る不安の種を吐き出してしまおうと、錫也はそう決意した。
 「月子の一番、か。良かった。ごめん、ちょっと不安になった」
 「不安? どうして?」
 「言っただろ、俺はヤキモチ焼きなんだって。
 せっかく二人きりで居るのに、月子が最初に気にすることは、
 哉太がここに居ないことなんだからさ。
 それに、弓道部の部員はたくさん居るけど、今まで誰のことも、
 名前でなんて呼んだりしてないよね。何で木ノ瀬君だけ、名前で呼ぶのかな?
 彼のことが、気に入った?」
意地悪な言い方をしたと、錫也にも自覚があった。
錫也の言う『気に入った』という言葉が、『後輩』という意味に対してではないことを、
月子もすぐに理解する。
錫也が何に対して不安を感じていたのか。月子にも漸く思い当たった。
 「えっ、違うよ、錫也。誤解しないで。梓君はそんなんじゃ!!」
 「本当に誤解なの? そんなんじゃないなら、どうして?」
慌てて声を上げる月子に、錫也は冷たく聞き返す。
そんな錫也の反応に、月子は途端に怖くなる。
錫也が離れて行ってしまう。ずっと傍に居てくれることに、甘えすぎていた。
そんな不安を表すように、月子の瞳に涙が溜まっていく。
 「誤解だよ。木ノ瀬君って言い辛かったから、そう呼ばせてもらうことにしただけ。
 他に意味なんてない。だけど、錫也が嫌なら、もう呼んだりしないよ。
 錫也が悲しむのを見るのは嫌。私がそれをしてしまうのは、もっと嫌。
 ごめんね、錫也。だから、私を嫌いにならないで」
赤い目で訴えかける月子を、堪えられずに引き寄せる。
泣かせるつもりなんかなかったのに。つまらない嫉妬で、月子を傷つけた。
その思いが、錫也の腕の力となって、月子を強く抱きしめる。
 「心配しなくても大丈夫だよ。俺が月子を嫌うわけなんてないんだから。
 それに、もう良いよ。木ノ瀬君のことは好きに呼んで。月子の気持ちは判ったからさ。
 俺の方こそ、ごめん。俺はお前が楽しそうに笑っているのを見るのが、好きなんだ。
 でも、その笑顔をお前にさせているのが俺じゃない、ってことがちょっと悔しかった。
 だから、拗ねてたんだよ。泣かせるつもりじゃなかったのに、ホントごめんな」
そう言って抱きしめる力を更に強めると、腕の中で大人しくしていた月子が、
そんなことないよ、とでも言うように、錫也の背中に腕を回して抱きしめ返す。
 「約束してくれないかな。
 他に誰か一緒に居るときや、俺が月子の傍に居られないときは我慢する。
 だから、せめて二人きりの時くらいは、俺だけを見ててくれる、って。ダメ、かな?」
 「ダメなんかじゃないよ。ずっと見てる。錫也だけを。他の人が居ても、居なくても。
 一緒に居ないときだって、錫也はずっと私の傍に居てくれてるんだ、ってそう思ってた。
 錫也はもう、私にとって幼馴染みなんかじゃないよ。ねぇ、錫也。大好き」
 「ありがとう。その言葉が一番嬉しい。俺も、愛してるよ」
月子の告白に、心を埋め尽くしていた闇が消えていく。
笑顔が好きだと言っておきながら、こんなに泣かせてしまうなんて。
錫也は自分のヤキモチを情けなく思いながら、それでも暫くは月子を腕から
解放できないことを悟っていた。
二人の想いが通じたことを祝福するように、顔を出し始めた星たちが、
空を彩り始める。星明りが、重なり合う二つの影を、作り出していた。

完(2011.10.02)  
 
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