「星空の決意」(2)

月子の問いに、少しだけ悩む素振りを見せる。
 「俺? うーん、そうだな。……多分、入学する。俺、星に関する仕事をしたいんだ。
 天文台とか、そういう処で。だから、その知識を得るためには、少しくらい環境が不便でも
 我慢できると思う」
そしてすぐに答えを出す。錫也の答えは揺るぎなかった。
 「俺も、入学を選ぶな。周りが女の子だらけだ、って仮定の話なら、尚更だ」
二人しかいないと思っていた暗い公園に、もう一人の声が重なる。
 「哉太!!」
 「哉太、茶化すなよ」
突然の哉太の登場に驚く月子と、哉太の言い草を窘める錫也。
そんな二人を前にして、何事もなかったような顔で、会話に加わる哉太。
 「悪い。でも、これはホント。俺も入学する。星に関することは、やっぱり譲れねーよ。
 好きなことだもんな。そのために、今まで頑張ってきたんだしさ。で、月子はどうするんだ?」
 「私のことより、哉太。よく寮生活、許してもらえたね。まゆみさん、心配してなかった?」
母一人、子一人の七海家。それだけでも心配する要因にはなるけれど、
哉太は身体に大きな欠陥を抱えている。
子供の頃から入退院を繰り返している病は、高校生になる今でも完治していない。
親元を離れることの不安は、月子より哉太の方が大きい筈だった。
 「別に。好きなことやれ、って、まゆみにはいつも言われてる。
 俺は好きなことをやりに、星月学園へ行くんだ。誰にも何も言わせない」
子供の頃から母親を名前で呼ぶ哉太は、ぶっきら棒に言い放つ。
病気のことを心配されると、哉太はいつも不機嫌になる。
それを見越して、錫也が早々に助け舟を出した。
 「哉太のことは、俺が頼まれてるから大丈夫。まゆみさんも、その点は安心してくれてると思う」
 「出たよ、おかん」
話の矛先がズレたことにホッとしながらも、哉太はわざと悪態を吐く。
面倒見の良い錫也は、いつも三人のまとめ役になり、お母さん的ポジションと揶揄されていた。
 「本当のことだろ。星月学園の受験、俺や月子も一緒だからって言って、
 納得してもらったんじゃないか。あっ、でも月子は気にするなよ。こういう事情だし。
 ただ、こうとも言えるよな。俺や哉太が一緒だから、月子も安心して欲しい。
 お前に何かあっても、俺達が絶対に守るから。な、哉太」
 「ああ、もちろんだ。月子を泣かせるような奴が居たら、俺がぶん殴ってやる」
喧嘩っ早い哉太が握り拳を作ってみせると、すかさず錫也が呆れたように言い返す。
 「それ、ただ暴れたいだけじゃないのか?」
 「うっせーよ。じゃあ、錫也はただ見てるってのか? こいつが泣かされてんの」
 「まさか。そんな相手、再起不能にしてやるよ。当然だろ」
掛け合い漫才のような会話を交わす二人を見て、月子は楽しそうに笑い声を漏らした。
 「もぉ、二人とも、冗談ばっかり」
その声に釣られて、一瞬目を合わせた錫也と哉太も、声を出して笑った。
そんな二人を眺めていた月子は、もう一度不安を形にする。
 「ねぇ、変じゃないかな。男の子ばっかりの処に、女の子が一人だけって。
 女の子だからって、気を遣われたり遠慮されたり。そういう特別視されるのは、嫌なの。
 ただの同級生として受け入れてもらいたい。けど、私が居ることで調和を乱してしまうなら、
 やっぱり行かない方が良いよね?」
泣きそうな顔で二人の顔を見つめている月子の頭を、錫也が安心させるように撫でる。
それを見た哉太は、そっぽを向きながら口を開く。
 「なんだよ。悩んでたのは、そんなことか」
 「そんなこと、って」
呆れたような言い方をする哉太に、月子が反発するので、錫也が慌てて仲介に入った。
 「二人とも、喧嘩しない。哉太だって、月子の悩みを軽んじてるわけじゃないよ。
 確かに、男の方が成長は遅いし、バカで単純だよね。目の前に揶揄う要素があれば、
 囃し立てたりすることもある。けど、そんなのは中学生くらいで卒業してるよ。
 変な心配は、しなくて良いと思うな」
 「それに!! お前、昔から全然変わらない。人のことばっか気にしてる。
 周りの調和なんかより、少しは自分のことを心配しろよ。女一人が、どれだけ危険か」
 「それは俺たちが守るから大丈夫だよ。ねぇ、月子。他人がどう思うかじゃなくてさ。
 お前がどうしたいかを考えた方が、良いんじゃないかな」
 「私がどうしたいか? 私は……」
錫也の言葉に、月子はもう一度自問する。
私が本当にやりたいこと。この公園に来て、ずっとやっていたこと。
月子はもう一度、天を仰ぐ。そこには変わらず、満天の星が瞬いている。
 「私はやっぱり星が好き。星のことを、もっと学びたい。
 錫也と同じ。私もいつか、星に関わる仕事をしてみたいな」
月子の視線を追って、錫也も哉太も空を見上げる。
そんな彼らを歓迎するように、一面の空を星が満たしていた。
 「あぁ、そうだな。星月学園には、俺たちが知らない色んな星が待っている」
 「そう考えると、ワクワクするよな」
錫也の落ち着いた声を受けて、哉太がはしゃいだ声を出す。
そこには、新しい世界へ寄せる期待感が、充分に含まれていた。
素直にそれを表す二人を羨ましく思いながら、月子は漸く決心する。
 「うん、そうだね。……私、星月学園へ行く。辛いこともたくさんあると思うけど。
 それ以上に、楽しいことや嬉しいことが、きっとあると思うから」
子供の頃から星を見るのが好きだった。この気持ちは、絶対に変わらない。
少しくらいの困難なんて、問題にはならないくらいに。
星月学園を見付けたときの想いを、月子はもう一度心の中に蘇らせる。
この情熱があれば、きっと乗り越えられると、そう確信していた。
 「俺たちもずっと一緒だしな」
月子の決意を受け止めて、二人の幼馴染みが力強く頷く。
そんな三人の門出を祝うように、空には何処までも輝く星たちが拡がっていた。

完(2011.07.10)  
 
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