「星空の決意」(1)

春の訪れには、少しだけ早い夜の公園。
周りを見渡せば、溶けない雪が、遊具の片隅に残っている。
更に視線を上に向けると、そこには満天の星空。
 「うわぁ、今夜も星が綺麗」
夜はまだ肌寒く、息の白さが目立つ。
そんな寒さを気にすることもなく、拡がる星に吸い寄せられるように、視線を外すことができない。
遊具の一つ、滑り台の上に座った夜久月子は、澄み渡る星空に魅入られていた。
公園に走ってくる人影に、気付かないくらいに……。
 「月子!!」
慌てたような声で名前を呼ばれ、漸く現実の世界に戻ってきた月子は、声のした方を見下ろす。
そこに立っていたのは、幼馴染みの東月錫也。
 「錫也。どうしたの?」
 「どうしたの、はこっちの台詞。黙って家を抜けだしてきたんだろう?
 おばさんが心配して、俺の家まで電話してきた」
心配そうな顔で見上げていた錫也は、月子の顔を見付けて、安堵の息を吐き出した。
 「あっ、ごめん。すぐ帰るつもりだったから。そんなに時間、経ってる?」
 「夕飯の後に見えなくなった、って言ってた。今、九時過ぎだから、どのくらい居たの?
 ここに居るだろうって判ってはいたけど、おばさんを心配させたくなかったから、
 俺達と一緒に居ることにしてある。哉太も、すぐにここへ来るよ」
公園に設置されている時計は、暗くてよく見えない。
腕時計で時間を確認すると、家を出てから一時間近く経過していた。
その間、この公園でずっと星を眺めていたけれど、そんなに時間が経っていた実感がない。
 「よく判ったね。私がここに居るって」
そう言いながら、滑り台を滑り降りる。今度は、月子が錫也を見上げる形になった。
周りの心配を余所にのほほんと微笑む月子を、肩を竦めて呆れながらも、
同じような微笑を浮かべて見返している。
 「長い付き合いだからね。月子、何かあるといつもここだろ。
 よく友達と喧嘩して、この滑り台に座って泣いてたよな」
 「そんな昔の話、いつまでも覚えてないで」
懐かしむような言い方をする錫也に、月子は拗ねたようにそっぽを向いた。
 「忘れないよ、月子のことなら。……全部、覚えてる。この記憶は、俺の宝物なんだ」
 「えっ、何か言った?」
そっぽを向いていたせいで、錫也の後半の言葉が耳に届かない。
聞き返したけれど、錫也には首を振られてしまった。
 「ううん、何も言ってないよ。それより、どうした? もしかして、進学のこと、まだ悩んでる?」
視線を月子の手元に向けて、錫也が心配そうな表情を浮かべた。
その視線を追って、月子も手元を見る。
手にしているのは、昼間受け取ったばかりの、合格証書。
月子たちが受験した星月学園は、天文や星座、語り尽くせぬほどある神話や、
広大に拡がる宇宙についてなど、星に関するすべてのことが学べる唯一の高校。
都心から離れた郊外にあり、入学すれば三年間の寮生活が待っている。
星が大好きな月子や錫也、そしてもう一人の幼馴染みでもある七海哉太は、
星月学園の存在を知って、すぐにこの学園への進学を決めた。
親元を離れることの不安より、大好きなことを学べることの方が、優っていたからだ。
受験を無事に終え、入学を認められた三人は、合格証書を受け取りに事務室へと赴く。
受付を済ませていると、何故か別室へと呼ばれ、そこで学園側から説明を受けることになる。
 「まさか、女の子が一人もいないなんて、思わなかったな」
共学になって数年の元男子校『星月学園』。
特殊なカリキュラムのせいで、共学になってからも、志望する女子生徒は皆無だった。
そして今年、初めて得た女子受験生は、星の知識も星への情熱も、とても優れていた。
彼女の受け入れについて困惑した学校側は、その判断を生徒へ託すことにする。
 『入学するかしないかは、貴女が決めてください。ただ、我々は貴女を歓迎します。
 不便のないよう、最大限の努力をしましょう。教師陣や寮監が全面的に貴女をサポート
 しますから、問題があれば何でも言ってください。心配しなくても、大丈夫ですよ。
 ただ、貴女の将来に繋がることです。よく考えて、決めてください』
たった一人の女子生徒。学校だけなく、寮生活もしなければならない。
その事実に、不安がないと言ったら嘘になる。
一度は入学を決意したものの、その気持ちはまだ揺らいでいた。
月子の不安を感じ取りながら、錫也は受験当日のことを思い返す。
 「話を聞いたときには驚いたけど、言われてみればそうだったよな。
 試験を受けたとき、他に女の子は見当たらなかった。
 俺たちが居た教室がたまたまそうだったのかな、くらいに思っていたんだけどね」
 「うん。……ねぇ、錫也だったらどうする? 入学する?」
月子は抱える不安を、質問という形にして錫也に打付けた。
 
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