「外灯の下で」(2)

外灯の下に佇んでいる月子を発見した二人は、心配そうな顔で彼女の元へと走ってくる。
 「大丈夫? ねぇ、こんな処でどうしたの? 何かあった?」
先に月子の処へ駆けてきた羊が、矢継ぎ早に質問を口にする。
汗臭いと揶揄された事を気にしてか、哉太は少しだけ月子と距離をおいた位置で立ち止まっていた。
 「ごめんね、二人共。課題のプリント、教室に忘れちゃったの。
 でも、消灯時間過ぎてるし、どうしようかと思って」
 「何だ、そんな事かよ。お前、もう少し自分が女だって事、自覚しろよな。
 だから、こういう時は俺を呼べ、って言っといただろ」
月子の答えに、哉太は内心ホッとしながらも、ぶっきらぼうな言い方をしてしまう。
 「でも、哉太は呼べないよ。だって……」
 「あーあ、哉太、振られちゃったね」
 「羊、煩せー!! 何で、俺じゃダメなんだよ」
困ったような顔で言う月子に、羊が揶揄い口調で合いの手を入れる。
身体の事を心配させていたのかと、哉太は不機嫌そうに声を荒らげた。
だけど、月子から返って来た言葉は、哉太の予想とはまるで違っていた。
 「だって、消灯時間過ぎてるから、校舎の中、暗いんだよ」
 「だから、それがどうした?」
頭の中に疑問符を並べている哉太の肩に手を掛けて、羊が顔を覗き込んでくる。
その顔には満面の笑顔が浮かんでいた。
 「あれ、もしかして哉太、暗いの、ダメなの? あっ、そっか。哉太、お化け、怖いんだぁ」
 「怖かねーよ、そんなもん!!」
羊の手を振り解くように肩を揺すって、哉太が反論する。
そんな二人のやり取りを見ながら、キョトンとした顔で月子が口を挟んでくる。
 「もう平気になったの? 小さかった頃は、よく一緒に泣いてたのに」
 「へぇー」
 「何だよ、羊。そんな目で俺を見るな!! それから月子も、変な事言うな!!
 あれは、お前に付き合ってやってただけだ!!」
昔の失態を思い出したのか、哉太は顔を赤くして言い訳を口にする。
それを見て取った羊は、哉太の言葉を信じている様子もなく、隣でニヤニヤと笑っていた。
フンっとそっぽを向いてしまった哉太を無視して、今度は羊が月子の前に進み出る。
 「まぁ、哉太なんか放っといて。ねぇ、何で、錫也に電話したの?」
そう言って、下から月子の顔を覗き込む。
 「どうして、俺は放っとかれんだよ!!」
 「煩いなー。だって、哉太は暗い処、ダメなんでしょ」
 「だから、ダメじゃねーって!!」
同じ繰り返しになりそうな流れに、羊はあから様に嫌そうな表情を浮かべると、
軽く手を振って哉太をやり過ごす。
 「はいはい。もう、話が進まないから、少し黙っててよ。
 何で最初に電話をしたのが、錫也だったのか。
 僕はそこが気になってるんだ。ねぇ、どうして?」
そう言って、羊は月子の瞳を覗き込む。
さっきまで繰り広げられていた冗談のやり取りから、
急に真剣な表情に変わってしまった羊に見詰められて、
月子は自分の顔がどんどん赤くなっていくのを自覚した。
 「どうしてって……。リダイヤルの一番目に、錫也の名前があったから」
 「最近、電話したの?」
 「うん。予習してたら判らない問題があって。
 次の授業で絶対当たるから、どうしても解いておきたかったの」
 「ふーん。それなら、僕にだって教えられるよ。ねぇ、次に同じ事があったら、僕に連絡して。
 月子の役に立ちたいんだ。キミと二人で勉強するの、きっと楽しい」
にっこり微笑む羊に、月子は益々顔を赤らめる。
こんなに綺麗な顔の羊に見詰められたら、誰でもそうなるよね。
月子は心の中で、そんな言い訳を考えていた。
 「だーかーらー!! ドサクサに紛れて、こいつの手を握ってんじゃねー!!
 月子から離れろぉー!!」
月子と羊の間に、哉太が割って入る。繋いでいた手も、あっという間に離されてしまった。
 「本当にもう、哉太、邪魔。せっかく、二人で勉強しようって誘ってたのに。
 自分ができないからって、焼いてるの?」
今度は羊が不機嫌そうな声を出す。
何処かバカにしたような口調の羊に、哉太はムッとしたように背を向けると、
校舎の方へと歩き出した。
 「ち、ちげーよ、バカ、んなんじゃねー!! ほら、さっさと教室行こうぜ。
 屋上庭園で、錫也が待ってる」
 「あっ、錫也なら食堂へ行ったよ。夜食作ってくれるんだって」
 「それ、ホント? 錫也の料理って、美味しいよね。おにぎり、作ってくれてるかなぁ?
 ねぇ、早くプリント取りに行って、屋上庭園に戻ろう。錫也の夜食、早く食べたい」
途端に機嫌を直した羊は、既に頭の中には錫也の夜食の事で一杯になっている。
今にもスキップをしそうな勢いで、どんどんと校舎の方へと歩いて行ってしまった。
 「羊って、ゲンキンな奴だよな」
 「よっぽど錫也のご飯、楽しみなんだね」
 「ねぇ、何か言った? ほら、二人共早く。置いてっちゃうよ」
笑顔で手を振る羊に、哉太と月子は顔を見合わせて微笑んだ。
そして、羊を追いかけるように、駈け出していく。

完(2010.12.06)  
 
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