「お菓子作り」(2)

一通り食材を確認した錫也は、拗ねた表情をしている月子に、笑顔を向ける。
 「食べたかったんなら、遠慮しないで言えよ。俺には、これぐらいしかしてやれないんだし」
 「そんなことないよ!! ないから……、だから……」
錫也の言葉に居たたまれなさを感じて、月子はどんどん俯いてしまう。
それでも何とか言葉を続けた。
 「私は、錫也にたくさんの事をしてもらってる。それなのに、私は何にも錫也に返せてない。
 だから私にも、何か錫也にしてあげられる事はないか、って……」
たくさん考えた。錫也が嬉しく思う事。
女の子、それも彼女にやって欲しい事って、いったい何だろう。
やっぱり、料理とか裁縫とか? 他に思い付くのは、洗濯や掃除なんかもあるけれど。
さすがに男子寮に行ってやることは、ムリだよね。
それに、自宅に遊びに行った時も、哉太と違って錫也の部屋はいつも綺麗だったから、
わざわざ掃除をしに行かなくても、男子寮の部屋だってきっと綺麗だと思う。
何でも器用にこなしてしまう錫也は、裁縫だって得意だ。
そうやって消去法をしていった結果、残ったのが料理。
錫也を相手に料理を作るなんて、無謀な挑戦だって事は判っている。
けど、本を見ながらだったら、私にだって出来ないことはないよね。
そう思って、月子は食堂のおばちゃんから、この調理場を借りた。
 「前にも言ったよね。俺は、たくさん貰ってるって。だから、そんなに心配しなくても良いよ。
 それに、月子に料理は……。ほら、人には向き不向きってものがさ」
 「不向きだったら、ダメなの? 私だって、頑張ったら、美味しい物くらい作れるよ!!」
言いにくそうに言葉を濁す錫也に、月子は声を荒らげた。
そんな月子の様子に、錫也は驚きの表情を浮かべる。
 「ごめん、ごめん。そんなに怒らないでよ。大丈夫。月子のご飯くらい、俺がいつでも作るから」
興奮を鎮めるように、月子の頭をポンポンっと軽く撫でる。
それでも、興奮は更に増していく。目にうっすらと涙まで浮かべていた。
 「いつでもって、いつまで? ずっとそうするの? 結婚した後も、私はずっと、錫也にそうしてもらうの?
 仕事から疲れて帰ってくる錫也に、ご飯を作ってもらうのを、ただ待ってるだけ?
 そんなのダメだよ。そんな事してたら……。錫也に愛想尽かされて、いつか嫌われちゃう……」
堪えきれなくなった涙の粒が、ポロポロと、頬を伝って落ちていく。
それと同時、月子の言葉もそこで途切れてしまった。
それは、抑えきれなくなった錫也が、自分の腕の中に月子を閉じ込めたせいでもある。
 「月子。お前、そんな事、考えてたんだ。そっか……。ははっ」
笑い声を漏らした錫也は、月子を抱きしめる腕に力を入れる。
手にしているものを愛惜しむうように。
 「笑うなんて、酷いよ。真剣に悩んでるのに!!」
ムッとした声で怒る月子は、錫也の腕から抜けだそうと抵抗する。
だが、錫也はそれを許してはくれなかった。更に、腕の力が増す。
 「お前の悩みを笑ったわけじゃないよ。ただ、嬉しかったんだ。
 お前が俺との未来を、ちゃんと考えてくれていた、って事がさ」
 「だって、ずっと一緒に居てくれるって、約束したでしょう」
錫也の想いが届いたのか、月子が腕の中で大人しくなる。
逃げ出さない事を確認すると、少しだけ腕の力を解いた。
あまりきつく抱きしめてしまうと、壊れてしまいそうで怖くなったから。
 「そうだよ。だから、俺がお前に愛想尽かすなんて、あり得ない。
 だいたい、今更そんな事で、嫌うわけないじゃないか」
 「これから先ずっとだよ? ずっと、錫也にばっかり世話を焼かせるなんて、そんなの絶対……」
 「だから、心配ないって。お前の世話を焼くのが、俺の生きがいなの。
 疲れて帰ってきても、お前が美味しそうにご飯食べてるのを見ただけで、充分癒される」
腕の中で心配そうに見上げる月子に、錫也は笑顔を向ける。
どうしたら安心させらてあげられるのだろう。そう思いながら……。
 「うーん。でも、そうだね。仕事から帰ってきたら、月子がご飯を作って俺を待っていてくれる。
 そういうのも、ちょっと見てみたいかな」
月子が俺のために料理を作る事で、充実感を味わえるのなら。
傍でずっと笑っていてくれるなら、何だってしてやりたい。
そんな想いが含まれた錫也の言葉に、月子は漸く笑顔を浮かべた。
 「じゃあ、俺が教えてあげる。お前の好みの味は、俺が一番よく知ってるからね」
そう言って腕の中から月子を解放すると、彼女が手にしていたクッキングブックを取り上げる。
 「どうせなら、錫也の好みを教えてよ」
 「俺は、お前の好みの味が好きなの。さて、クッキーだったよな。作ろうとしてたのって」
調理台の上に置かれている食材を手に取ると、何から始めようかと手順を思案する。
トッピングをどうするか検討していると、クッキングブックを奪い返した月子が、
ページをパラパラと捲っている。あるページに行き当たると、錫也に向かってにっこりと微笑んだ。
 「錫也が教えてくれるなら、これに載ってるロールケーキが良いな」
 「お前、無謀って言葉、知ってる?」
料理センスに難のある月子には、当分それを作るのはムリだろう。
軽い溜め息と共にクッキー作りを再開した錫也は、
月子の好きなフルーツをふんだんに使ったロールケーキを、近いうちに作ろうと心に決めた。

完(2010.11.21)  
 
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