「貸しておいてやる」(1)

学園全体がそわそわした雰囲気に包まれている。
もうすぐ訪れる冬休みに、気の早い生徒達が開放感に浸っている。
確かにそれもあるのだろう。
けれど生徒達が待ち望んでいるのは、もっと直接的な楽しみの方だ。
 「星月先生、こんな処でどうしたんですか?」
賑やかにはしゃいだ声が響く体育館の中で、保健医の星月琥太郎は立ち止まっていた。
生徒会主催のクリスマスイベント。
生徒会メンバーの他に、各委員の代表や有志が集まって、今もイベントの準備に追われている。
半分ほど飾り付けられた大きな樅の木を、琥太郎は眩しそうに見上げていた。
 「何だ、夜久もいたのか。相変わらず忙しそうだな」
 「星月先生はこんな処でサボってたんですね。どおりで保健室、電気が消えていると思った」
学園で唯一の女子生徒、そして保健係でもある夜久月子が、少し拗ねた様な顔で文句を言いながら
近寄ってくる。 その姿が可愛くて、つい伸ばしそうになる右手を、ぎゅっと握りしめた。
恋人同士。二人のその関係は、月子が卒業するまで、絶対に秘密にしなければならない。
保健医の他に、理事長の立場でもある琥太郎にとって、父や姉から受け継いだこの星月学園を
守るのは当然の義務。だけど、それだけではない。
星が大好きで、将来は星に携わる仕事をしたいと夢見ている月子。
その未来の為にも、専門分野が学べる星月学園という存在は、絶対に必要な場所だった。
彼女の未来を守ること。その為にも、二人の秘密は何としてでも、隠し通さなければならない。
 「……」
 「どうかしましたか?」
無言で見つめる琥太郎に、月子は不思議そうに首を傾げた。
そういう素振りを見せられることで、どれだけ理性にブレーキを掛けなければいけないのか。
月子はきっと気付いていないだろう。
それが判るだけに、琥太郎はヤレヤレと肩を竦めるしかなかった。
 「何でもない。少し疲れたんで気分転換に様子を見に来たんだが、このチカチカと瞬く光を
 見ていたら、眠気に誘われた。保健室に戻って一眠りするかな」
 「えーっ!! せっかく来たんですから、少し手伝ってくださいよ。ほら、飾り付けなんてどうです。
 星月先生の身長なら、上の方も楽々届きそうですよね」
クルリと踵を返して体育館を後にしようとする琥太郎の腕を、月子が捕まえる。
指を差す方向へ視線を向けると、床に置かれた箱の中には、まだツリーの飾りがたくさん入っていた。
 「仕方ないな、少しだけだぞ」
 「はい、お願いします」
軽く息を吐き出して渋々という振りをしながら、またツリーの前に戻っていく。
 「それにしても、今年は見事な樅の木だな」
 「今年は颯斗くんと一緒に選んだからバッチリです。去年は一樹会長が間違えたせいで、
 松の木のツリーになっちゃいましたからね。日本のクリスマスなんだからこれで良いんだ、
 とか言って、強引に飾り付けさせらたんですよ」
 「あれは凄かったな。そうか、あれは不知火の発案だったのか。確かに、アイツらしいな」
去年のクリスマスイベントを思い返して、琥太郎も月子も苦笑いを浮かべながら顔を見合わせた。
 「何か今、悪口を言われたような気がするぞ」
 「一樹会長!! 見回りに行ってたんじゃないんですか?」
行き成り現れた生徒会長の不知火一樹に、月子が驚きの声をあげる。
 「悪口なんて言っていないぞ、不知火。
 去年のツリーは豪快だったって話をしていたんだ。なぁ、夜久」
二人きりの時間もこれでおしまいか。
少しガッカリしている自分に驚きながら、月子を生徒の一人として扱う。
 「はい。星月先生の言うとおりです」
 「息ぴったりだな。保健係ってのは、そこまで要求されるのか。まぁ、良いや。
 悪いんだけど、足りない物があって今から買い出しに行く事になった」
 「判りました。荷物持ちですね。任せてください」
 「いや、それは翼に頼むから良いんだ。月子にはここを任せたい。
 颯斗も他に掛かり切りで、頼めそうにないからな」
 「そういう事だったんですね。それなら大丈夫です。
 飾り付けは星月先生にも手伝ってもらってますから、すぐに片付きますよ」
 「おいおい、安請け合いするな。手伝いは少しだけって言っただろう。
 俺はもう疲れた。保健室へ戻る」
飾りを高い場所に吊る為、手を伸ばし続けていたせいで、すっかり腕が怠くなってしまった。
そろそろ保健室へ戻って一休みしたいと、琥太郎は月子の言葉を慌てて否定する。
 「そんな事言わずに、もう少しだけ付き合ってください。ねっ」
 「仕方ないな。後少しだけだぞ」
可愛い顔でお強請りされたら、さすがに断りきれない。
怠い腕を摩りながら、半ば諦め気味に頷いた。
 「サボり魔で有名な星月先生を、ここまで手懐けているのか。
 星月学園の真の番長は月子だったんだな」
 「手懐けてなんていません!!」
月子の声を背に受けながら、一樹は豪快な笑い声を残して、体育館を後にする。
 
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