「傍に居るのは」(2)

郁のその反応に、月子は一度ぎゅっと目を瞑って覚悟を決めると、
真っ直ぐに郁の顔を見据えた。
 「だって……郁の隣に、女の人が居た」
少し拗ねた言い方で、月子は抱えていた不安を口にする。
その言葉が意外だったのか、郁が拍子抜けしたような表情を浮かべた。
 「えっ? あぁ、あれ。あんなの、ただの女友達だよ。
 もしかしてキミ、ヤキモチ焼いてたの?」
月子の態度がただの自分へのヤキモチだと判って、郁は何だか嬉しくなった。
相好を崩していることに気付いて、慌てて表情を引き締める。
 「すごく綺麗で、郁の隣がとっても似合う、大人の女の人だった」
そう言うと、郁の隣に立っていた女性を思い出して、月子はまた落ち込んでしまった。
郁の隣に居た女性。少し派手なメイク、軽く羽織ったコートの下には丈の短いスカート、
長い足に合う踵の高い靴。何処から見ても、郁の隣が似合う大人の女性。
どうしても彼女と自分を比べてしまう。高校生らしく殆ど化粧をしていない顔。
お気に入りのコートとニットのワンピースは、年齢には合っているけれど、
子供っぽい印象は避けられない。郁の横に立っていても、妹にしか見えないだろう。
そんな想いが月子の心を、暗い闇に沈めていた。
 「なーに、それ? もしかして、僕のこと疑ってる? 彼女と浮気してるとか。
 まさか僕を信じてない、なんて言わないよね。そんなの許さないから」
呆れた口調ではあるけれど、先程までの苛立ちは消えていた。
その声音に勇気をもらうと、月子はもう一度郁の顔を見据える。
 「信じてる。信じてるけど……でも、ズルイ。郁の傍に、ずっと居られるんだもん」
 「あはは、キミも言うねぇ。ズルイ、か。そんなふうに言われちゃったら、もう僕には
 何も言えないよ。ホント、キミって可愛い」
拗ねた言い方をする月子に、郁は我慢が出来なくなる。
もう一度、月子の身体を腕の中に閉じ込めた。今度は月子も抵抗はしない。
 「ズルイって言うなら、キミだって同じだよ。キミの周りにはいつも幼馴染み君や、
 生徒会の面々、それにほら、琥太兄や陽日先生だって居る。キミの傍にずっと
 居られる彼らを、僕が何とも思ってないなんて、キミはまさか思ってないよね」
 「郁も、心配したり不安になったりするの?」
そうだったら良いのにな。
そんな思いがすぐに読み取れる表情で、月子は郁を見上げている。
天邪鬼な郁は、それを素直に認めることが、少しだけ癪に障った。
会話の流れとは、些か矛盾したことを、つい口にしてしまう。
 「べーつに。どうして僕が心配するのさ」
期待を裏切る言葉に、月子の表情が曇る。
そんなコロコロと変わる月子の表情を、ずっと見ていたいと思いながら、
言葉を続けた。
 「だってキミは、僕以外の人を好きになんてならないでしょ。
 それに、キミの心の一番近く、ううん、キミの心の全部を独占してるのは、
 僕だけだって、そう信じてるから。まさかキミ、僕を裏切ったりしないよね?」 
 「しないよ。だって、郁の言ってることは、当たってるもの。
 ねぇ、郁。なら、郁の心は? 郁の心の中に、私はちゃんと居る?」
 「キミはどう思うの?」
縋るような気持ちで、月子が郁に問う。
愛の言葉は信じていない。
そう嘯いてきた郁は、問いの答えを素直に口にすることが、出来なかった。
その答えを相手に委ねてしまう。
けれど、今日の月子はそれを許してはくれなかった。
 「お願い、郁。郁の言葉で、それを教えて」
 「随分と我儘を言うようになったね。でも、良いよ。キミのお願いなら、仕方ないもの。
 ……もちろん、僕の心も全部キミのことで埋め尽くされてるよ」 
言葉にしなくても、実際に傍に居られなくても、どうか僕を疑ったりしないで欲しい。
キミを思う気持ちは、誰にも負けたりしない。それを信じていて。
そう心の中で語りかけながら、郁は月子の唇を奪う。
大好きだよ、郁。まだ子供だけど、郁に吊り合うように頑張るから、
だから今の私を受け止めていて。
月子もまた、心の想いを唇に託した。
声のない会話を交わし終えた二人は、名残惜しそうに離れる。
恥ずかしそうに顔を赤らめる月子を、愛おしそうに眺めていた郁は、
時間を確認するとパッと月子の手を握って歩き出した。
 「月子、お昼まだでしょ。ここの学食、味は悪くないと思うんだ。一緒に食べよう」
 「あっ、あの、ねぇ、郁。手……」
校舎裏を後にすると、人通りの多い場所へ出る。
その途端、手を繋いで歩く二人へと、行き交う人の視線が集中する。
恥ずかしくなった月子は、郁に隠れるようにして歩いた。
 「何? キミの手は、いつもここでしょ?」
 「そうだけど。でも、みんな、見てる」
 「見たいやつには見せておけば良い。ほら、顔上げなよ。自信を持って。
 キミは僕の彼女でしょ」
そう言って月子の手を強く引いて、すぐ隣を歩かせる。
まるで見せびらかしている、とでもいうように寄り添って歩く。
その時、郁の友達らしい男子生徒が声を掛けてきた。
 「あれ、水嶋? 随分可愛い子、連れてるじゃないか。その子、誰?」
 「可愛いに決まってるだろ。だって、僕の彼女なんだからね」
その言葉に、月子の顔が更に赤くなる。
そっと郁の顔を見上げると、嬉しそうに笑っていた。

完(2011.10.30)  
 
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