「傍に居るのは」(1)

クリスマスを象徴するイルミネーションや飾り付けが、賑わう街を彩っている。
寒さを遮るコートの色までもが、鮮やかな風景に溶け込んでいた。
 「うわぁ、大学って広い。連絡しないで来ちゃったけど、見付からなかったらどうしよう」
大学の正門を入ってすぐの処。
目の前に拡がる光景に茫然となりながら、夜久月子は立ち尽くしていた。
試験休みの平日を利用して、恋人である水嶋郁に逢いに、彼の通う大学までやってきた。
突然行ったら驚くかな、とワクワクした気持ちを抱えてやってきた月子は、
キャンパスの広さに愕然とする。折しも時刻はお昼休みに入ったばかり。
講義の終わった学生たちが、校舎から溢れるように出てきている。
その中から肝心の郁を探し出すのは、とても困難だと、ここへ来て漸く月子も理解した。
 「ううん、大丈夫。お昼の時間だもん。食堂へ行ったら逢えるよね、きっと」
大きく頷いて、月子は歩き出した。
途中にあったキャンパス案内で場所を確認し、周囲を見回しながら食堂へと向かう。
その途中、お目当ての人物を見付けることが出来た。校舎から出てくる郁の姿を。
 「郁!! あっ」
嬉しそうに駆け寄ろうとした月子は、郁の周囲に居る友人たちに気が付いた。
郁を中心に、数人が楽しそうに会話をしている。
月子の視線は、郁の隣に寄り添うように立つ女性で、止まった。
 「あれ、月子? キミ、こんな処で何してるの?」
 「……っ」
声が聞こえたからか、行き交う人の中で立ち止まる人影が気になったからか、
郁が向けた視線の先に、悲しい表情を浮かべた月子が立っていた。
驚いた郁の声に弾かれたように、、月子はその場から逃げ出した。
涙で滲む風景の先へ闇雲に走っていると、人通りの少ない校舎裏に出てしまう。
道に迷って引き返そうかと立ち止まった処を、後ろから抱き竦められた。
 「キミ、走るの速いね。もう追いつかないかと思ったよ」
 「嫌っ、離して」
少し上がった息で語る声に、抱きしめている腕が郁であることを確認すると、
月子はその腕から逃れるように藻掻く。でも、月子の力では郁に叶わない。
抱きしめられる力が、更に強まるだけだった。
 「僕から逃げるなんて、そんなこと許した覚え、ないんだけどな」
 「そんなの」
知らない、という言葉を飲み込む。
 「そんなの、何?」
少し怒ったような声音に、月子は観念したように大人しくなった。
郁を怒らせたいわけじゃない。寧ろ、嫌われたくない、ずっと傍に居て欲しいと、
そう願っている。
だけど、さっき見た光景が、月子を居た堪れない気持ちにさせているのも、事実だった。
 「だって」
何とか開いた口から漏れでたのは、その言葉だけ。
何を言ったら良いのか判らない。どう伝えたら、この気持ちを判ってもらえるのだろう。
 「だって、何?」
郁がまた、同じ様に聞き返してくる。
耳元でする軽い溜め息の音に、月子は深く俯くことしか出来なかった。
下を向いてしまった月子に、どうしたものかと、郁は思案する。
彼女の口を開かせるのには、どうしたら良いのか。
僕に出来るのは意地悪くらいだけどね、と心の中で苦笑いを浮かべた。
 「ねぇ、何があったの? 今日は平日だよね、学校は?」
 「……」
郁の言葉に、月子は何も答えることが出来なかった。
これでは話にならないな。
そう言いたそうに、郁は月子を腕の中から解放する。
 「今度はダンマリ? わざわざ僕に逢いに来たのに?
 このまま何もしゃべらないんだったら、もう僕に用はないよね。
 キミはこのまま帰りなよ。ただ、期待はしないで欲しいな。
 僕はキミを送ったりしないから。ダンマリなキミと一緒じゃ、気が重いしね」
冷たい表情を浮かべて、月子を突き放すようなことを言う。
郁が離れたことで漸く顔を上げた月子は、潤んだ瞳で郁を見上げていた。
縋るような瞳に、郁はもう一度月子を抱きしめたい衝動に駆られる。
その思いに必至で堪えながら、更に冷たく問い掛ける。
 「どうするの?」
 「だって」
 「また、だってなの?」
月子の口から発せられたのは、さっきと同じ言葉。
それに少し苛立ったように、、郁の声が呆れている。
 
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