「想いを伝えよう」(2)

 「いったいどうしたって言うんだ? ちゃんと説明しなければ、判らないだろう?」
琥太郎の腕の中から逃れようと、暫くの間抵抗を試みていた月子も、
到底抜け出せそうにないと悟ったように大人しくなった。
 「星月先生の机、あんなに綺麗になってる。私の他にも、先生のお世話をしてくれる生徒が
 居るってことですよね? そしてまた、その人のことを好きになったりするんです、きっと」
 「夜久のときのように……か。まったく、何を言い出すのかと思えば。
 俺は、そんなに気が多いように思われてるのか?」
淋しそうな声で語る月子の言葉に、軽く息を吐き出すと、少し呆れたような言い方をする。
 「机の上を片付けたのも、お茶を淹れたのも、俺だ。今は自分で全部やっている」
 「嘘っ!!」
 「嘘じゃない。そもそも俺は、片付けが苦手ってわけじゃないんだ。
 きちんと片付けて、その状態を保ち続けるのは、そんな難しいことでもない」
信じられないという顔で首を横に振る月子に、琥太郎は正直に答えることにする。
信じて欲しいと思う気持ちが、腕の力になって、月子の身体をぎゅっと強く抱きしめていた。
 「でも、私が居た時には、いつも散らかってました。
 どんなに片付けても、一日だって持たなかったじゃないですか」
 「あぁ、そうだったな。だけど、それは……」
正直に答えようと思う気持ちに、戸惑いが生まれた。言葉が詰まる。
 「それは?」
途切れた言葉に、先を聞きたがるように、月子が尋ね返す。
もう一度軽く息を吐き出すと、今度こそ正直に伝えようと決めた。
少し照れくさそうな顔で、口を開く。
 「それは……お前が居てくれたからだ」
 「私が?」
 「夜久はいつも、忙しそうだっただろう。部活動も、生徒会の仕事も、クラス行事でも。
 何に対しても、いつも全力で取り組んでいて、片時もじっとしていない。
 ほんの一時でも良い。俺の傍に、留めておきたい。それが長ければ長いだけ、俺は嬉しかった。
 たとえ傍に居なくても、俺のことを思っていてくれる時間が欲しい。その結果が、あれだ」
保健室に留めておくこと。机の片付けをさせることで、その存在を月子の心に植え付ける。
こちらに関心を向け、その視線がこちらに向かなくなる可能性に怯え、只管用事を作っていた。
まるで子供じみた行いに、琥太郎は羞恥と憮然の入り混じった表情を浮かべて、肩を竦める。
 「私が星月先生のお世話をしていたの。先生は喜んでくれていたんですか?」
 「当たり前だ。嫌なら、わざわざ仕事を作って、お前を呼びつけたりしない。
 一緒に居たいと、そう思っていたんだ。……子供みたいで、幻滅したか?」
 「幻滅なんて、とんでもないです。だって、すごく嬉しい」
本当に嬉しそうに、笑顔を浮かべる。その瞳に、もう涙の痕はない。
月子も、同じことを考えていた。琥太郎の世話を焼くことで、自分の存在を認めて欲しい。
傍に居たいと、ずっと思っていた。
 「もう、ここで誰かの世話になる必要もなくなったからな。掃除は自分でしてる。お茶もな。
 ただ、時々飲みたくなるんだよ。疲れた時なんか、特に。お前の」
 「不味いお茶ですね。判りました。淹れてきます」
琥太郎の言葉を承けてそう言うと、緩められた腕の中から逃れる。
それまであった腕の中の温もりが消え、それを淋しいと感じた琥太郎は、
お茶を淹れに行こうとする月子の手を掴むと、もう一度引き寄せた。
 「その前に、俺を疑った罰だ」
軽く触れるだけのキスを交わすと、月子は恥ずかしそうに顔を赤らめながら、
それでも幸せそうに微笑んでいた。

完(2011.09.04)  
 
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