「想いを伝えよう」(1)

星月学園を卒業してから数ヶ月が経過していた。
春に入学した大学にも慣れ、講義や部活に費やす時間の使い方も上手くなった。
そんなある日、受けるはずの講義がすべて休講になり、丸一日時間の空いた夜久月子は、
久し振りに母校でもある星月学園を尋ねることを思い立つ。
恋人の星月琥太郎は、この学園の理事長でもあり、保健医でもある。
二つの職務を抱えて忙しい合間を縫って、月子の処まで足を運び、デートを重ねてくれていた。
 「たまには、私からも逢いに行きたいもんね。星月先生、ビックリするかな」
弾む気分で学園の門を潜る。
休み時間の終了を告げるチャイムが廊下に鳴り響く中、慌てて教室に駆け込む生徒達と擦れ違う。
その中には、女の子の姿も見受けられて、月子は小さく微笑んだ。
 「今年は女の子も入学したんだ」
通っていた三年間は、星月学園に女子生徒は月子一人だけ。
色々苦労も多かったけれど、大好きな星について学ぶことの方が楽しくて、まるで気にならなかった。
 「星好きな女の子が、もっともっと増えると良いな」
嬉しさを隠し切れないといった表情で、女子生徒を見送ると、保健室に向かって歩き出す。
 「星月先生のことだから、また机の上が散らかっているんだろうなぁ。
 せっかく来たことだし、ちょっと片付けていこう」
見慣れた扉の前までやってくると、懐かしい風景を思い出す。
必要な物をポンポンと、机の上に積み上げてしまう癖のある琥太郎。
保健係として保健室に通っていた月子は、琥太郎の机周りを片付けることが日課になっていた。
 「私が卒業してから大分経つし、今頃はすごいことになってそうだよね」
楽しそうに笑い声を漏らしながら、保健室の扉をノックする。
 「失礼しまーす」
そっと扉を開けると、消毒液の香りが鼻を擽る。
そこには見慣れた光景が……。
 「えっ?」
そこには見慣れた光景が広がっているはずだった。
琥太郎の机の上で、山積みになっている書類の束。散らかし放題の筆記用具や小物たち。
月子が想像していた光景は、残念ながらそこにはなかった。
綺麗に整頓された机と、その上に置かれたコップ。
飲みかけのまま置かれたコップの中には、程良い色合いの美味しそうなお茶が残っている。
 「何だ、夜久。来てたのか?」
人の居る気配に気付いたのか、ベッドで眠っていた琥太郎が起きだす。
 「あー、まだ眠い。調度良い。いつもの不味い茶が飲みたい。淹れてくれ」
眠そうに目を擦りながら近寄ってくる琥太郎に、月子は悲しげな瞳を向けた。
 「どうした? 何かあったのか?」
月子の様子がおかしいことに気付いた優しい問い掛けの言葉に、耐えられずに涙が零れ落ちる。
 「……星月先生は、私じゃなくても良かったんですね。先生のお世話をしてくれる人なら、誰でも」
 「おい、何を言ってる?」
 「お茶は、その人に淹れてもらってください。
 私が淹れる不味いお茶なんか、もう飲む必要なんてありませんから」
それだけを早口で言うと、ペコリと頭を下げて、保健室を出ていこうとする。
その背中に、琥太郎が歩み寄る。
すっぽりと後ろから抱きしめるように、月子の身体を腕の中に包み込んだ。
 
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