「続く幸せ III」(1)

ここは何処だろう。
薄暗い闇の中、周囲に灯る松明が時々弾けるように炎を強くする。
どうして私はここに居るのだろう。
そんな漠然とした恐怖が、身体を満たしていく。
 『玉依姫か?』
不意に声が聞こえた。頭の中に直接響くような声。
以前にも聞いた事がある。それはとても懐かしい声だった。
 『玉依姫か?』
もう一度問われて、私は小さく頷いた。
この暗闇で、相手にそれが見えているかどうかは判らないけれど。
 『そうか。我を封印しているのはお主なのだな』
懐かしい声が言う。
やっぱりそうだ。ずっと夢に見続けていた相手。
この声は鬼斬丸。
それならここも夢の中なんだ。そう思って安心する。
だって鬼斬丸はもう……。
 「それは違います。私は封印なんてしていません。
 だって鬼斬丸は、私と真弘先輩で壊してしまったんだから」
そう。私がお祖母ちゃんに呼ばれて季封村で暮らすようになって、
初めて知った自分の役割。鬼斬丸を封印する力を持つ玉依姫。
けれど私は鬼斬丸を封印しなかった。
ううん、しなかったんじゃない。出来なかったの。
真弘先輩や他の守護者のみんなをたくさん傷付けて、
それでも玉依姫として覚醒することが出来なかった私。
そんな私を最後まで引っ張っていてくれた真弘先輩の力を借りることで、
何とか鬼斬丸を破壊したのだ。
私たちをずっと縛り続けていた運命と言う名の刀を……。
生命を賭して破壊した瞬間、今度は鬼斬丸が私たちを守ってくれた。
私も真弘先輩も、この世界に生きる人々も、今でもこうして生きている。
 『我を破壊したと言うのか、玉依姫。
 これはまた、随分とおかしなことを言う』
鬼斬丸はそう言って笑った。
チラチラと目の前の空間が波打ち、銀色に輝く抜き身の刀が現れる。
 「……っ!!」
破壊した筈の鬼斬丸を見て、私は声を上げそうになる。
ここが夢の世界であることを忘れていた。
これは私の夢。ただの夢。……本当に……夢?
私の不安を読み取ったのか、具現化された鬼斬丸が鈍く光る。
これは夢でないと告げているかのように。
抜き身の刃に、制服を着た私が映っていた。
 『我は“力”そのものである。刀は我を入れていた器にすぎない。
 器が壊されたのなら、また別の器を探せば良いだけのこと。
 壊されたその瞬間、傍に我を封印せんとする者がいた。
 封印とは我を取り込むということ。まさに器には打って付けではないか』
 「それが……私だって言うの?」
声が震えた。
生命が尽きようとした瞬間、身体に暖かいものが入ってくる感覚があった。
私はそれを鬼斬丸が救ってくれたのだと思った。でもそれは違っていたの? 
 『我はただ眠っているだけにすぎん。
 玉依姫の封印の力が弱まりし時、力を求める者のために我は目覚めるであろう。
 安心するが良い。お主が器の役割を果たせなくなったとしても、新たな玉依姫が
 それを受け継いでいく。未来永劫、それは変わることはないのだ。
 我が消えることはない。いつの時代にあっても、玉依姫が潰えることがないのと、
 それは同じこと』
 「嫌です。そんなのは嫌。また新たな戦いを強いることなんて、私には出来ません。
 もう鬼斬丸は消えたんです。新たな玉依姫なんて、この世界に必要ない」
 『儚い夢だ』
私の悲痛の叫びも、鬼斬丸には届かない。
漂う抜き身の刃には、幼い顔をした高校生の私が歪んで映っている。
 「お願い、もうやめて。……いや……こんなのはもう……嫌なの」
 「……き、……珠紀。おい、どうした。珠紀!!」
強い力で引き戻される感覚があった。
その力に後押しされるように目を開けてみると、涙で滲んだ向こう側に、
少し大人びた顔の真弘先輩が、心配そうに覗き込んでいるのが見えた。
 
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