「感謝を込めて」(3)

賑やかな編み物教室は、終盤を迎えていた。
細かいことが苦手で飽きっぽい真弘先輩が、集中力を切らして何度も拓磨にちょっかいを掛けたり、
それに応戦する拓磨が卓さんの毛糸を絡ませて怒られたり。
なかなか進まなかった作品も、どうにか形にすることができた。
 「なんだよ、拓磨、それ。力任せに編むから、毛糸がギッシギシで硬くなってんぞ」
 「そういう真弘先輩こそ、網目飛ばしすぎて、穴空いてるじゃないっすか」
 「これはそういうデザインなんだよ!!」
お互いの出来栄えを見せ合いながら、居間の中が賑やかになっていく。
 「それにしてもよー、拓磨。祐一のやつは、何を作ったんだ、あれ?」
 「人形……っすかね? 編んでる時の集中力が凄すぎて、俺、直視できなかったっすよ」
 「実は僕もなんです。最初に簡単に編み方を教えたんですけど、後は凄いスピードで編み始めて、
 声も掛けられませんでした」
三人が頭を突き合わせるようにしてヒソヒソと言葉を交わしているのを、
祐一先輩はまるで気にすることもなく、自分の作品を満足そうに見つめていた。
 「お汁粉、出来ましたよー」
 「おっ、待ってました!!」
 「僕、手伝いますね」
勢い良く襖を開けて入ってきた私に、歓声が上がる。
美鶴ちゃんと一緒に作ったお汁粉を配っていると、祐一先輩が私を手招きしているのが見えたので、
慎司くんに残りの配膳を任せることにした。
 「どうだ、珠紀。俺の作品の出来栄えは」
 「とても素敵だと思います……けど、これは何ですか? 随分と大きいですね」
 「本当はもう少し大きくしたかったんだけどな。毛糸の残りを考えたら、これが精一杯だった。
 これはおさき狐だ。ちゃんとしっぽも二つある」
 「あっ、ホントだ」
祐一先輩が手にしているのは、一抱え程もある狐の人形。しっぽが二つに分かれたおさき狐。
確かこういうの、あみぐるみって言うんだよね。網目もしっかりしてるし、とても綺麗に出来ている。
もしかして、祐一先輩は編み物、初めてじゃなかったのかな?
 「初めてにしてはいい出来だ。珠紀、このおさき狐はオマエにやろう。大事にしてやってくれ」
 「えっ、良いんですか? せっかく作ったのに……」
何でもないことのように手渡してくる人形を、受け取って良いのか悩んでしまう。
そのやり取りを見ていた真弘先輩が、大声を上げて近寄ってきた。
 「ずりーぞ、祐一。なら、俺のもやる。珠紀、受け取れ」
 「真弘先輩は、手袋、片方しか編んでないじゃないっすか。俺のと対で作ってたの忘れたわけじゃ」
 「判ってるよ!! だから拓磨のもやる」
拓磨から無理矢理奪った手袋を一緒に、私に押し付ける。
指の部分を作るのは大変だからと、二人はミトンを編んでいた。
網目が緩い真弘先輩のミトンと、網目のキツイ拓磨のミトン。二人でひとつを編んでいたんだ。
 「まぁ、最初からそのつもりだったからな。気にしないで、貰ってくれ」
真弘先輩に奪われたミトンを取り返そうともせずに、拓磨は私に頷いてみせる。本当に良いの?
 「それなら私からも」
そう言って、卓さんは編んでいたマフラーを私の首に巻いてくれた。
丁寧に編まれた毛糸がふんわりと暖かい。
 「僕からの分もありますよ。昨日まで編んでいたのは、実は珠紀先輩にあげようと思ってたんです。
 編みあがってて良かった」
鞄から紙袋を取り出すと、私に手渡しくれる。中を覗くと、淡いピンク色のセーターが入っている。
 「すみません。私は何も用意をしていなくて……」
そんなやり取りを交わすみんなを見て、美鶴ちゃんが恐縮したように小さな声を出す。
 「良いんだよ、美鶴ちゃんは。今日、手伝ってくれたんだし。お汁粉も作ってくれたじゃない」
 「そうですよ。これは、私たちから珠紀さんへの、感謝の気持ちなのですから」
私の言葉を後押しするように、卓さんが加勢してくれる。
えっ。感謝の気持ち? それなら私の方がたくさんみんなに返さなくちゃいけないのに。
 「感謝の気持ちでしたら私だって……。あっ、それなら、鬼崎さん。
  申し訳ありませんが、余った毛糸と編み棒をお借り出来ますか?」
何かを思い付いたように声を上げると、拓磨から余った毛糸を分けてもらう。
美鶴ちゃんは受け取った毛糸で器用に編み始めると、真弘先輩と拓磨が作ったミトンを
繋げる紐を作る。
 「これなら、片方だけ無くすことがなくなりますよ」
 「うん、ありがとう。美鶴ちゃん」
美鶴ちゃんが作ってくれた紐を首から下げると、調度良い長さでミトンが使えるようになった。
みんなが私に感謝を伝えてくれている。本当なら私が伝えなければいけないのに……。
あっ、そうだ。私にもちゃんと返せるものがあったんだ。
 「私もみんなにあるの。私もずっと編んでたんだよ。みんなに貰ってもらおうと思って……。
 ただ、みんなお揃いになっちゃったんだ」
持ってきた荷物の中から、昨日最後の一つが編みあがった毛糸の帽子を取り出して、
一人一人に手渡していく。
 「真弘先輩に、祐一先輩。それから卓さんに、拓磨。慎司くんと、美鶴ちゃんの分」
 「私にまで?」
 「もちろんだよ。私だってみんなに、いっぱい感謝してるんだからね。
 これは私からの、みんなへの感謝の気持ち」
私がそう言うと、みんな嬉しそうに笑ってくれた。
それだけで、私のこの気持ちが伝わったのだと、嬉しくなる。
大事に使ってくれると良いな。全員お揃いだから、一緒に使うととても仲良しに見えるよね。
私もその中に一緒に……。
 「あっ、自分の分を編むの、忘れてた。みんなお揃いなのに、私だけないなんて」
そうだ。みんなの分をって思いながら編んでいたから、すっかり忘れていた。
ガッカリしていると、美鶴ちゃんの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
 「うふふ、珠紀様ったら。それなら今度こそ、私が編みます。是非そうさせてください」
 「うん。だけど、デザインはみんなとお揃いにしてね」
私は美鶴ちゃんの申し出を、そう言って念押しする。
みんなの楽しそうな笑い声に包まれて、私は幸せな気持ちに満たされていた。

完(2012.04.03)  
 
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