「感謝を込めて」(1)

冬は陽が沈むのが早い。まだ夕方だというのに、辺りはもう真っ暗になっている。
学校の帰りに買い物に寄っただけなのに、その暗さが随分と遅くなってしまったと錯覚させていた。
積もった雪の上を滑る空気が冷たさを伴って身体に纏わり付くのも、その感覚を後押ししている。
 「ただいま」
扉を開けて暖かい家の中へ入ると、美鶴ちゃんが玄関まで出て待っていてくれた。
 「お帰りなさいませ。今日は遅かったのですね。鴉取さんと今までご一緒に?」
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。よっぽど心配してくれていたのかな。
 「ううん、真弘先輩は用事があるからって先に帰っちゃったんだ。
 だから慎司くんと買い物してたの」
 「慎司くんと……ですか?」
私と慎司くんとの組み合わせが意外だったのか、美鶴ちゃんがキョトンとした顔で聞き返してくる。
そうだよね。真弘先輩が用事で先に帰るなんて、今まで一度もなかったのに。
拓磨も帰っちゃたし、今日は一人で帰ろう。そう思って昇降口まで来たら……。
 「帰りに昇降口の処でバッタリ逢ったんだけど。何だか心配事がある様な顔して歩いてるから、
 ちょっと気になってね。声を掛けてみたの」
――――― 放課後の昇降口。
 『あぁ、なんでこんな話になっちゃったんだろう。だいたいあの人達を相手に僕一人なんて、
 絶対に無理に決まってる』
ブツブツと呟きながら歩いている慎司くんは、私の前を通り過ぎたことに気付かない。
思い悩んだ表情のまま歩いて行くので、思い切って声を掛けることにした。
 『何が無理なの?』 
 『うわぁぁぁ!! ……た、珠紀先輩!! すみません。大声なんか出しちゃって』
ポンっと肩を叩いただけだったのに、とても驚かせてしまったらしい。いったい、どうしちゃったの?
 『何か悩んでたみたいだけど、どうかした?』
 『いえ、あの……。あっ、でも、珠紀先輩だったら助けてくれるかな。どうせ僕一人じゃ無理だし』
 『うん、私で力になれることだったら言って。頼りにならないかも知れないけど、慎司くんへの
 協力だったら、全然惜しまないから』
少しだけ言い渋る慎司くんを、笑顔で説き伏せる。そんな私の言葉に、大きく頷き返してくれた。
 『ありがとうございます。ところで珠紀先輩。先輩は編み物ってできますか?』
 『編み物? 割りと得意な方だよ。実は今も編んでる処なんだ。そういう慎司くんも上手そうだよね』
意外な答えに、私は話の方向を見失った。慎司くんの悩みって、編み物のことだったの?
 『はい、僕も今編んでるんです。その話をお昼休みにしたら……』
 『したら?』
今日のお昼は日直の仕事があって、屋上には行けなかった。いつもだったら一緒に参加していた
はずなのに。みんなが何を話していたのか、私は興味津々で聞き返す。
 『みんなも編み物をやりたいって言い出しちゃったんです。何故か僕を講師にして編み物教室を
 するんだって盛り上がって、明日、大蛇さんの家に集まることまで決まっちゃったんですよ。
 僕一人だったら絶対に収拾が付かないって困ってたんですけど、珠紀先輩の言うことだったら、
 みんなもちゃんと聞いてくれます。お願いです。僕と一緒に編み物教室の講師をしてください』
編み物教室? みんなが編み物をする姿なんて想像できなくて、つい笑ってしまった。
必至に頼む慎司くんを無碍にもできないし、ここは一肌脱いであげようかな。
 『判った。私もやる。さぁ、そうと決まったら毛糸を買いに行こう』
 『わっ、珠紀先輩!! 手を引っ張らないでください。そんなに急がなくても大丈夫ですから』
私は慎司くんを連れて手芸屋さんへと急ぐことにする。
 『真弘先輩や拓磨が編み物なんて、想像付かないよね』
 『今時の男子は、手先が起用な方が女の子にモテるって真弘先輩が……あっ』
手芸屋さんまでの道程を、慎司くんとおしゃべりしながら歩く。
会話が弾んでいたので気が緩んでいたのか、お昼休みの会話を思い出しながら、
慎司くんがつい口を滑らせた。途中で気付いて、慌てて口を塞ぐ。
 『……真弘先輩、そんなこと言ってたんだ』
 『あっ、いや、あの……。多分あれは僕たちに言ったんだと思います。
 真弘先輩には珠紀先輩がいるんだし。その、同情というか、そんな意味のつもりで……』
一生懸命言い訳をする慎司くんが可哀想になって、あっさり許してあげた。
 『大丈夫だよ。慎司くんのことを怒ってる訳じゃないから』
 『それはそれで怖いですよ。明日、僕が真弘先輩に殺されます』
 『そうならないように祈っててあげる。ほら、早く行かないと手芸屋さん閉まっちゃうよ』
少しだけ刺のある言い方になってしまったけれど、身震いする慎司くんを連れ立って、
私は手芸屋さんへと駈け出した。
――――― そしてふたたび、宇賀谷家。
玄関から居間へと移動した私は、美鶴ちゃんが淹れてくれたお茶を飲みながら、
帰って来るまでの顛末を話して聞かせた。
 「編み物教室ですか。それは楽しそうですね。珠紀様も最近はずっと、編み物に夢中でしたよね」
 「うん、だからほら、たっくさん毛糸を買ってきちゃった」
そう言って、手芸屋さんの袋を持ち上げる。ふわふわの毛糸や編み棒が袋の縁から覗いている。
 「まだ、何かお作りになるんですか?」
 「ううん、今作ってるのでもう終わり。少し足りなかったから買い足してきたけど、これは明日の分。
 きっとみんな、何も用意してこないだろうし」
 「男の方に手芸用品は判りませんからね。それなら明日は私もご一緒します。こう見えても、
 編み物は得意ですから、珠紀様のお役に立てると思いますし。慎司くんだけでは心許なくて
 心配です」
 「助かるよ、美鶴ちゃん。実は慎司くんとも、そう話してたんだ」
美鶴ちゃんが手伝ってくれたら、きっとみんなも素直に従ってくれるはずだもんね。
 
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