「雪遊び」(1)

季封村にも冬が訪れた。降り頻る雪が、辺り一面を銀世界に変えている。
 「すっごい積もったね」
 「まだまだこれからですよ。本格的に寒くなったら、こんなものじゃありませんから」
雪を見慣れていない私は、縁側から見える雪景色を眺めながらワクワクしていた。
雪の厳しさを、私はまだ実感できていないのだろう。
私の言葉に苦笑を漏らしている美鶴ちゃんを見ていると、そんな気がした。
 「あまり積もってからでは大変ですし、次のお休みには山道の雪掻きを頼みましょうか」
 「雪掻き?」
 「はい。参拝に訪れる方の足場を確保しないといけませんから。
 毎年、守護者のみなさんにお願いしているんですよ」
 「私もやる!!」
 「力仕事ですし、珠紀様は止めておいた方が……」
 「ううん、大丈夫。こう見えても体力には自信があるんだから」
美鶴ちゃんとそんな会話を交わしてから数日が経ち、境内の雪掻きをする日がやってきた。
守護者のみんなは、それぞれの担当場所に分かれて、雪掻きを始めている。
私は今年から参加の慎司くんと同じ場所を任された。真弘先輩は怒っていたけれど、
体力や雪の扱い方に関して言ったら、二人で一人前なのは誰が見ても明らかだもんね。
他のみんなに説得されて、真弘先輩も渋々といった感じで納得してくれた。
 「珠紀先輩、何を作ってるんですか?」
粗方終わり掛けた処で、雪が珍しい私は、つい雪遊びを始めてしまった。
 「あっ、ごめん。慎司くんにばっかり雪掻きをやらせちゃってたね」
 「良いんですよ。もうそろそろ終わりますし。あぁ、雪うさぎ。可愛いですね。
 珠紀先輩にぴったりです」
しゃがみ込んでいる私の肩越しから覗いて、手元に作られている雪の塊を見付ける。
見様見真似で作ってみたけれど、ちゃんと雪うさぎに見えたんだ。良かった。
 「何だか楽しそうですね。僕も作ってみよう……うわっ」
私の隣にしゃがもうとした慎司くんは、突然頭に当たった雪玉に驚きの声を出す。
 「サボってんじゃねーぞ、慎司」
いつの間にか現れた真弘先輩が、新しい雪玉を作りながら近寄ってくる。
 「サボってないですよ。こちらはもうそろそろ終わりそうですし、少し休憩をしていたんです」
 「真弘先輩は、雪掻き終わったんですか?」
不満を漏らす慎司くんが立ち上がるので、私も一緒に立ち上がって聞く。
 「俺様を誰だと思ってるんだ。雪掻きなんて朝飯……」
 「真弘先輩様は、サボってばっかりで全然終わっていない。そうっすよね、先輩」
胸を張って言う真弘先輩の後ろから、ウンザリした顔の拓磨もやってきた。
 「こうやってみんなの処を回って邪魔ばっかりするから、自分の分担場所はちっとも終わらない。
 どうするんです。卓さんも祐一先輩も、もう終わってますよ」
 「うるせーな!! 雪掻きなんて、拓磨がやれば良いだろ。その有り余った体力。
 しっかり使って俺達のために役立てろ」
 「嫌っすよ、そんなの。分担は分担なんすからね。
 真弘先輩も自分の場所、きっちりやってくださ……んぐっ」
憤慨する拓磨の顔を目掛けて、持っていた雪玉を投げ付ける。真っ白な雪が顔中に貼り付いた。
 「よくもやってくれたっすね!!」
 「へへーんだ。俺様に生意気な口を利くからだ……おっと。そんなへなちょこ玉、当たるかよ」
拓磨が手近の雪を掻き集めて力一杯放った雪玉を、真弘先輩は軽々と避ける。
いつしかこの場は、雪合戦大会に早変わりしていた。
 「あの、真弘先輩。それに拓磨も、落ち着いて」
二人の間に立って止めてみたけれど、どうやら私の声は聞こえていないみたい。
慎司くんと二人で困り果てていると、分担の雪掻きが終わった卓さんと祐一先輩もやってきた。
 「あの二人は、何をやっているんだ」
 「あっ、祐一先輩。お願いです、あの二人を止めてください」
 「止めんなよ、祐一。これは男と男の勝負なんだ。つーか、お前も参戦しろ」
 「俺も?」
雪玉を投げ合っている二人を眺めて、祐一先輩が呆れたように声を掛けてくる。
それに気付いた真弘先輩が、祐一先輩を引き摺り込んだ。
 「ずるいっすよ、真弘先輩。なら、慎司はこっちへ来い。あの生意気な先輩を、二人で倒すぞ」
 「えー、勘弁してくださーい」
無理矢理腕を引っ張られて参戦する羽目になった慎司くんが、悲鳴に近い声を出す。
 「おやおや、若い人は楽しそうですね。でも、ここに立っていても風邪を引くだけですから、
 私たちは暖かい部屋に戻りましょうか」
そう言って私の肩に手を回した卓さんにも、容赦なく雪玉が飛んでくる。
 「誰ですか。私に雪玉を投げ付けたのは」
黒い微笑を浮かべて尋ねる卓さんに、みんなは一斉に真弘先輩を指さした。
同じチームに居る筈の祐一先輩までもが……。
 「そうですか、鴉取くんが」
 「な、流れ弾だったんだから、仕方ねーだろ。んな処に居るから悪いんだ」
 「珠紀の横に居るのが気に入らなくて、わざとやったくせに」
 「うるせーぞ、拓磨!! これでも喰らえ」
拓磨の言葉が図星だったのか、赤い顔で雪玉を投げ付ける。
そしてまた雪合戦が始まってしまった。
 「卓さんは僕達のチームですよ。真弘先輩はたいした事ないですけど、頭脳戦になったら
 祐一先輩には敵いませんからね。卓さんが味方してくれたら、絶対に負けません」
 「何だとー、慎司。言ってくれるじゃねーか。俺がたいした事ないかどうか、その身で思い知れ!!」
 「ただの力任せじゃないですかー。力なら拓磨先輩の方が上です。もう観念して負けを認めてください」
集中攻撃を受ける慎司くんが、拓磨の背後に回って言う。
その言葉に、祐一先輩が思い浮かんだ疑問を口にする。
 「そもそもこれは、何の戦いなんだ?」
 「んなの決まってる。男と男の勝負だって言ったろ。負けた方が雪掻きするんだよ」
勝ち誇った顔で言う真弘先輩に、みんなの動きがピタリと止まった。
 「それは真弘の分担だろう」
 「そこ、真弘先輩がやる場所っすよ」
 「真弘先輩が自分でやってください」
 「鴉取くん、勝負に託けてはいけませんよ」
真弘先輩の言葉に、祐一先輩、拓磨、慎司くん、卓さんが呆れた声で言い返す。
 「勝負は勝負だ。俺様に勝てたら、何とでも言いやがれ!!」
そう言って、みんなに向かって勢い良く雪玉を投げ付けた。
 
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