「心配」(1)

毎年恒例のマラソン大会。一年生から三年生まで、男子も女子も強制参加のこの行事。
受験前の大事な時期に、チンタラ河原なんて走ってられるか。
そう言って殆どの三年生がサボる中、俺や祐一はしっかり走る気満々だ。
 「真弘先輩はともかく、祐一先輩は良いんすか?」
 「何がだ? 拓磨」
 「俺はともかくって何だよ!!」
スタート位置に並んでいると、拓磨がポツリと祐一に尋ねる。
 「祐一先輩、もうすぐ受験ですよね。今日はそんなに寒くないですけど、体調崩したりしたら」
俺の言葉をシカトして、慎司も心配そうな顔を祐一に向ける。
んだよ、こいつらは。祐一、祐一って。
親離れできない雛みたいに、ここん処ずっと、祐一の周りにばかり纏わり着いてやがってよ。
大学進学を希望している祐一は、春にはこの村を離れることが決まっている。
それを淋しがっているのが判るから、祐一も最後の時をこいつらと一緒に楽しんでいるんだと思う。
 「心配しなくても大丈夫だ。体調管理はしているし、身体を動かしている方が俺には合っている」
 「じゃあ勝負しようぜ。誰が一番にゴールへ辿り着けるか。まぁ、一番は俺だけどな」
 「全員、力を使うのはナシっすからね」
風を操る俺なら、ゴールまでなんて楽勝だ。慎司の操る言霊『加速』なら、人間業とは思えない速さで
走ることができる。祐一の見せる幻影なら、障壁の幻で俺達を足止めすることくらい簡単だよな。
拓磨の能力は俺たちとは違う。身体に備わった極限の力。それ故に、この勝負には己の足と
体力だけで望まなければならない。そんな不公平さを牽制するように、先手を打って言う。
 「ったりめーだろ。俺様を誰だと思ってるんだ。力なんか使わなくても、お前らなんて敵じゃねー。
 楽勝って処、見せてやるよ」
 「当然だ。俺はこんなことに力を使ったりはしない」
 「僕もですよ。正々堂々と勝負して勝たなければ、意味なんてありませんからね」
そう言い合ってスタートの時を待つ。
 「勝負と言うなら褒美が必要だな。どうだ、珠紀と一日過ごせると言うのは」
 「乗った!!」
 「僕も!!」
 「うるせーぞ、お前ら!! 祐一も何を言い出すんだ、行き成り」
 「どうせお前が勝つのだろう? なら何も問題はない」
行き成りの提案に俺が憤慨すると、何でもないことのように祐一が切り返してくる。
くそーっ。そんな言い方されたら、何も言えないじゃねーか!! あの笑顔、絶対に楽しんでやがる。
俺が二の句を告げずにアホ面下げて口をパクパク言わせていると、周囲の喧騒が大きくなる。
体育教師が鳴らすピストルの合図で、生徒たちが一斉に走りだした。
 「うぉーっ!! 負けてたまるかー!!」
俺は大声を上げて気合を入れると、勢い良く走りだす。
この勝負、絶対に負けられない!!
 「あ? 何だ、あれ?」
独走態勢で先頭を走っていると、川の中を浮き沈みしながら流れてくる物が目に留まった。
それを確かめる為に、土手を駆け下りる。
 「真弘、どうした?」
後ろを走っていたらしい祐一が追い付いて、土手の上から俺に声を掛けてくる。
 「何でもねーよ、ただのヤボ用。珠紀が懸ってるんだ。俺が勝負を降りるわけねーだろ。
 お前らにハンデをくれてやる。だから気にしないで、先に行ってろって」
ただの見間違いかも知れない。
わざわざ付き合わせる程のことでもないと、俺は祐一に先へ行くよう促した。
 「判った。早く追い付いて来い。ゴールには珠紀も待っている」
 「あぁ、判ってる」
俺の言葉に素直に従った祐一は、手を振って先へと駈け出していく。
その背中を軽く見送ると、慌てて川の淵まで走り出した。
 「あぁ、やっぱりだ、くそっ。お前、何やってるんだよ!!」
ドジを踏んで川に落ちたらしい子猫が、溺れながら水の勢いに逆らえずに流されて行く。
手近にあった棒を拾って伸ばしてみたが、子猫は怖がって暴れるだけで何の役にも立たなかった。
 「しっかたねーなー」
暴れる子猫は体力の消耗に伴ってか、沈むことが多くなっている。
どれだけ流されてきたのか知らないが、もうそんなに長いこと川の中を彷徨ってはいられないだろう。
俺は持っていた枝を放り投げると、そのまま川の中へと入っていった。
 「っと、捕まえた。おい、大人しくしろって。……うわっ、やべっ」
川の流れに逆らいながら、何とか子猫を掬い上げる。
人間の手が怖いのか、手の中で暴れる子猫に気を取られていると、急に川の深み嵌ってしまった。
身体のバランスを崩して、そのまま水の中へと沈んでしまう。
 「……っ!!」
尖った岩に足を引っ掛けたらしい。走る激痛に意識が遠のいていくのが判った。
 
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