「新たな願い」(2)

新しい年。今年はどんな一年になるんだろうな。
去年はたくさん怖い思いをしたから、今年はみんなが笑い合える一年になると良い。
 「玉依姫、今年最初の願いを。お前の願いを叶えるために、俺たちは居るのだからな」
太陽の光を浴びた祐一先輩は、白い髪がキラキラと輝いていて、神秘的な雰囲気が増している。
思わず見惚れてしまった。
 「珠紀様、どうかなさいました?」
無言で祐一先輩を眺めていた私は、美鶴ちゃんの声で我に帰る。
 「あっ、ごめん。願い事、だよね。えっと、玉依姫がみんなにする願い事」
玉依姫の願い事。……それは、たった一つだけ。
 「玉依姫の願い。それは、守護者の解放です。鬼斬丸もなくなったし、みんなが守護者でいる
 必要なんてないでしょう。みんなはもう自由にして良いんだよ。私の願いは、それだけ」
長い間、みんなを縛り付けていたもの。この村に古くから伝わってきた鬼刀『鬼切丸』
その中に膨大な力を秘め、解放すればこの世界は消滅するとまで言われていた。
その刀を封印する力を持つのが玉依姫。そしてその玉依姫を守護する力を授かったのが
守護者と呼ばれる五人の異能者。代々その力を受け継いできた子孫たちは、今でもその関係を
築いている。鬼切丸を封印する玉依姫である私。そして、玉依姫を護るための異能者の五人。
卓さん、真弘先輩、祐一先輩、拓磨、慎司くん。分家筋として玉依姫を支え続けてきた美鶴ちゃん。
でも、肝心の鬼切丸は破壊してしまった。壮絶な戦いの記憶も、それに纏わる悲しい過去も、
すべては玉依姫のみが抱えていけば良い。現代に生きる彼らは、それぞれの人生を歩むべき。
ううん、歩んで欲しい。……それが、私の願い。
 「俺たちはもう、必要ないってことか?」
拓磨が悲痛な声で言う。
 「違う!! そういう意味じゃ……」
ハッとして顔を上げると、みんな淋しそうな表情を浮かべている。
 「判っていますよ、貴女の言いたいことは。でも、鬼崎くんの気持ちの方が、より判ってしまいます」
代表するように卓さんが言う。
 「ごめんなさい、違うんです。みんなは私にとっては家族みたいなの。
 だから、ずっと一緒に居たいって思う。でも、そう思ってはダメなんです。
 それではまた、私がみんなを縛り付けてしまうだけだから」
玉依姫を護ること。守護者に課せられた使命。その使命故に、この村を離れることすら許されない。
でも、そんなのはおかしいよ。彼らは自由なんだ。好きなところへ行って、好きなように生活をして、
そして大好きな人を見付けて、その人と共に生きる。それが許されているのに……。
私の我儘に付き合って、この村や私に縛られ続けて生きるなんて、絶対に間違っている。
そう強く思っていたのに、みんなの顔を見たら、その自信も揺らいでしまった。
私の願いの方が、みんなには迷惑なのだろうか?
 「判った。玉依姫の願いだ。俺たち守護者が拒めるはずもない。その願い、叶えるしかないな」
 「祐一先輩はそれで良いんですか!!」
 「行き成り勝手にしろって言われて、はいそうですかなんて、俺には言えないっすよ」
私の願いを受け入れてくれた祐一先輩の顔が、後輩二人に詰め寄られて、一瞬辛そうに歪んだ。
それから静かに瞬きを一度すると、真っ直ぐに私の顔を見つめる。
 「俺たちは、玉依姫の願いを聞き入れて自由になる。その後、自分たちの意思で、この村に残り、
 玉依姫の傍でお前やカミたちを守って生きる。自分でそれを決めるのも、自由ということだな」
祐一先輩の言葉に、ハッとなる。それは私だけじゃなかった。
さっきまで怒っていた拓磨と慎司くんが顔を見合わせている。泣きそうだった美鶴ちゃんの表情も、
心なしか明るくなった。
 「そうですね。珠紀さんには決まった伴侶が、もう居るわけですから。私たちに出る幕がない以上、
 次にできるのは、どうやって生きていくかを考えることです。この村や玉依姫を守りカミと共に生きる。
 ずっとそう思って来ましたが、私たちにできることはそれだけじゃない。
 新しい可能性に目を向けることも、必要なのではないでしょうか。
 私はこの地に根を張ってしまいましたが、みなさんはまだ多くの可能性を秘めている。
 珠紀さんが言いたかったのは、そういうことですね」
卓さんが私の言いたかったことを、すべて纏めて代弁してくれた。それが嬉しくて、私は大きく肯いた。
 「玉依姫の願いは、俺たちの自由。何を選択し、どう動くのかも、自分たちの意思によって決める
 ことができる。焦る必要はない。考える時間はたくさんある。
 新しい年はまだ、始まったばかりなのだからな」
祐一先輩はそう締め括ると、すっかり顔を出した太陽の方へと視線を向けた。
みんなもその視線を追い駆ける。
 「ったく、行き成り何を言い出すかと思えば」
私がホッと息を吐き出していると、横にいた真弘先輩が私の肩をポンっと叩く。
 「まぁ、お前の気持ちはよく判るけどな。それに、俺は誰に何と言われようが、お前と一緒に居る。
 玉依姫なんかじゃなく、春日珠紀の傍に。……それが俺の意思だし、選択だ」
そう言って力強く頷いた。不敵な笑顔を浮かべている真弘先輩が、とっても逞しく思えて、
私は深々と頭を下げる。本当はただ、涙を見られるのが恥ずかしかったから。
 「はい、よろしくお願いします」
 「だから自由なんて言わずによ。お前はみんなの幸せを願ってやれ。それだけで充分だ」
 「……はい」
そうだ、願おう。みんなの幸せを。この世界に生きるすべての人たちの。そしてすべてのカミたちの。
彼らのもとに堪えることのない幸せがあることを、私はずっと願い続ていこう。

完(2012.01.08)  
 
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