「新たな願い」(1)

日付が変わる少し前から、二年参りをする人の数が増えてくる。
参道に並ぶ人たちが、口々にカウントダウンを始め、笑顔のまま新しい年を迎えた。
それから数時間後。参拝客の数も少しずつ減り始めてくる頃。
参道脇で破魔矢を売っていた私も、漸く休憩時間を貰えることになった。
 「あぁ、疲れた。さすがにずっと立ちっぱなしだと、足が痛いな」
両手を上に大きく伸ばすと、寒さで縮こまっていた身体がすっきりする。
小さく息を吐き出すと、まだ暗い参道を眺め回した。
 「真弘先輩、何処へ行ったのかな。見回りも終わったから、帰っちゃったとか」
それなら一言声を掛けてくれそうだけど。
砂利道に草履の足を取られそうになりながら歩いていると、同じく砂利の上を
急ぎ足でやってくる足音が背後から聞こえてくる。
 「やっと見付けた。珠紀、こんなところに居たのかよ」
少しだけ息を荒くした真弘先輩の声。もしかして探してくれていたのかな。
 「破魔矢の売り子、もう終わったのか?」
 「はい、交代してもらいました。真弘先輩は? 見回り、もう終わったんですか?」
 「調度良かった。ちょっと俺に付き合え」
私の質問には答えずに、真弘先輩は私の手を掴むと、引っ張るように歩き出した。
 「えっ、何処へ行くんですか?」
 「良いから来いって」
やっぱり私の質問には答えてくれない。何度か同じやり取りを繰り返す。
そうこうしてる内に、神社の外へと出てきてしまった。
本当に何処へ行くつもりなんだろう。話してくれないなら仕方ない。大人しく付いて行こう。
黙って夜の道を歩いて行くと、真弘先輩が急に立ち止まる。着いたのは、学校?
二人で夜の学校へ忍び込むと、そのまま屋上へと上がっていく。
 「真弘先輩が来たかったのは、ここですか?」
迷いなく真っ直ぐに向かう真弘先輩に、私はもう一度問い掛ける。
もういい加減、教えてくれても良いよね。
 「あぁ。……おい、連れてきたぞ」
 「遅いっすよ、二人共」
 「間に合わないかと思って、僕、ドキドキしちゃいました」
 「うふふ。慎司くんったら心配しすぎて、ずっと下ばかり眺めてたんですよ」
屋上の扉を開けると、そこにはみんなが居た。
最初に声を掛けてきたのは拓磨。それから慎司くん。その傍で優しく微笑む美鶴ちゃん。
 「でも、間に合った。良かったな」
 「真打は決まって最後にやってくる、と言いますからね」
それから祐一先輩と卓さんも。みんなで屋上に集まって何をしているの?
間に合ったって何のことだろう?
 「みんな、こんなところで何をやってるの?」
私はみんなの顔を眺め回しながら、頭の中に浮かぶ疑問符を増やし続けていた。
 「真弘、説明しなかったのか?」
 「言わない方が面白いだろう。サプライズだよ、サプライズ」
祐一先輩の問いに、真弘先輩が得意げな顔で答えていると、
その後ろで拓磨と慎司くんがコソコソと耳打ちしあっている。
 「うわっ、真弘先輩が顔に似合わない事を言いやがった」
 「明日は大雪ですね」
 「うっせーぞ、お前ら!!」
飛び上がって拓磨の後ろ頭に拳を振り上げている真弘先輩を、祐一先輩がヤレヤレと
苦笑しながらも、二人のやり取りを見守っている。
連れて来られた意味は判らなかったけれど、何だか楽しくてつい笑ってしまった。
 「ほら、いつまで遊んでいるんですか。そろそろですよ」
 「あっ」
卓さんの一声に、戯れていた真弘先輩と拓磨が顔を上げる。
私にもその言葉の意味が、今度こそ判った。
四方を山に囲まれた季封村。山の一つの傍らから、ゆっくりと太陽が顔を出してくる。
一筋の光が徐々に増していく様は神々しくて、目を奪われずにはいられない。
 「綺麗」
 「だろ。これをお前に見せたかったんだ」
いつの間にか私の横に立っていた真弘先輩が、光を浴びながら微笑んでいる。
 「ありがとうございます。とっても嬉しいです」
私が笑顔を返すと、真弘先輩が恥ずかしそうに目を逸した。
あれ? 何となく顔が赤く見えるのは太陽の光のせい……だよね?
 「新しい年の始まりですね」
静かに初日の出を拝んでいたみんなに、卓さんが一言告げた。
 
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