「ティータイム」(2)

 「なら、教えて欲しいな。どうしたらこの本の内容、覚えられる?
 美鶴ちゃんはどうやって覚えたの?」
さっきまで読んでいた本を手にすると、ページをパラパラと捲りながら尋ねる。
朝からずっと読んでいるけれど、実は殆ど頭には残っていない。
 「どうやってと申しましても……。言蔵家は分家筋ですので、私も小さい頃から
 巫女としての所作や仕来りについて、見聞きしていましたから。
 本だけで得た知識ではないのですよ。それに言霊使いとは、紡ぐ言葉の意思を
 受け入れること。それで初めて言葉が言霊となり、事象となって現れるのです。
 本に書かれた言葉も、それは同じこと。
 書かれた言葉を受け入れれば、私の中で形になります。
 これは口伝でどうにかなるというものではありません」
言蔵の血が持つ異能。言霊使い。
それは守護者が持つ、玉依姫を護る力と同じ。
 「“あの”鴉取さんでも、真剣になれば暗記できたのですから。
 珠紀様なら簡単ですよ。では、何かご褒美を作ったらどうですか?
 今度のお休みに、鴉取さんと何処かへ出掛けられるとか」
私がガッカリしているのを気遣ってか、美鶴ちゃんが慌てて提案を考える。
『あの』の部分がやけに強調されていて、つい笑ってしまった。
言われてますよ、真弘先輩。
 「ご褒美か。確かに、それがあるとやる気が出てくるよね。
 そうだ。今度のお休み、一緒に買い物にでも行かない?」
 「えっ、私とですか? そんな、鴉取さんと行かれた方が」
私は自分の思い付きを、嬉々として口にする。
驚く美鶴ちゃんの反応すら楽しくて仕方がない。
 「真弘先輩とは、また別の日に行くから大丈夫だよ。うん、決めた。
 次の休みは美鶴ちゃんとデートする。はい、決まりね」
 「デート!! ダメですよ、そんなの。買い物だなんて、着ていく服もないですし」
 「それを買いに行くんじゃない。たまには洋服も着てみようよ。
 絶対似合うと思う。私が見立ててあげるから、ねっ」
そう強引に言う私に、美鶴ちゃんは困惑しきった顔を向けている。
宇賀谷家へ来る前の美鶴ちゃんは、洋服を着ていたと卓さんに聞いたことがある。
お祖母ちゃんのお世話や神社の仕事のために、ずっと着物姿の美鶴ちゃん。
着物だって似合うけれど、それだけなんてつまらないよ。
普通に洋服を着て、村の外へだって、どんどん出掛けていって欲しい。
女の子が普通にやりたいこと、やっていることを、美鶴ちゃんも
きっとやりたいと思っているはずだよね。
私と一緒に出掛けることを、その切っ掛けにしてもらいたい。
 「珠紀様がそうまでおっしゃるのなら、私が異論を唱えるわけにはいきませんね。
 では、こういたしましょう。これはご褒美というお話です。
 褒美を貰うには、それなりの試練が必要。
 今読んでいらっしゃる文献を、お休みまでに覚えていただきます。
 前日に私が幾つか質問をして、珠紀様がそれに答えられたら、
 買い物のお供をする。いかがですか?」
 「えーっ!!」
さっきまで楽しんでいたはずの私は、予想外の反撃に悲鳴を上げた。
悪戯を考え付いた子供のような笑顔が、美鶴ちゃんの顔にも浮かんでいる。
 「あら、できませんか?」
美鶴ちゃんの笑顔の問い掛けに、私は一瞬言葉を詰まらせる。
でも、出来ないなんて言えないよ。ここは受けて立たなくちゃ。
 「うっ。……やるっ!! その方が俄然やる気になるもの。
 絶対に合格して、一緒に買い物に行くんだから」
絶対にハメられたよね、これは。
もしかしたら、最初からこれが狙いだったとか?
でも、やる気が出たのは本当だもの。絶対に合格してみせる。
久し振りに湧き上がる闘志に、本のページを捲る勢いも増していた。
 「うふふ。そういう処も、鴉取さんに似てきましたね」
 「それ、あんまり嬉しくない」
ご褒美に釣られてやる気を出すなんて、確かに真弘先輩っぽいかも。
彼女としては恋人に似てるって言われて嬉しく思う処なんだけど、
相手があの真弘先輩だもん。絶対褒められてはいないよね。
 「では、頑張ってくださいね。私はお夕飯の買い物に行ってまいります。
 夕方から雨の予報だそうですから」
 「どうりで寒いと思った」
美鶴ちゃんの言葉に、私はまた縁側から見える空を仰ぎ見る。
さっきよりも更に雲が厚くなっている。天気予報は間違いなさそう。
 「帰ってきたら、またお茶をお出しします。今度は熱いココアにいたしましょう」
 「うん、楽しみにしてる」
居間を後にする美鶴ちゃんの背中に、私はそう言葉を掛ける。
 「はい、私も楽しみにしています」
閉めた襖の向こうから、小さな声が返って来た。
一緒に買物に行くこと。私も楽しみにしているよ。
心の中でそう独りごちると、私はまた本へと視線を落とす。

完(2011.12.11)  
 
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