「かぐや姫」(2)

――――― 週末のバス停。
小さなボストンバッグを手にした私は、見送りに着いてきてくれた美鶴ちゃんと一緒に
バス停へと向かっていた。先に来ていたみんなが、手を振っているのが見える。
 「おっせーぞー」
 「ごめんなさい。支度してたら、出るのが遅くなっちゃいました」
慌てて駆け寄った私に、卓さんが安心させるような笑顔を向けてくれた。
 「そんなに急がなくても大丈夫ですよ。バズの時間には、まだ少し余裕があります」
 「でも、お待たせしてしまって……」
 「俺たちが勝手に早く来ただけなのだから、お前が気にすることはない」
恐縮している私に、祐一先輩もそう言って、私の頭を軽く撫でてくれる。
その横から、拓磨の楽しそうな声が聞こえてきた。
 「そんなことより、例の“あれ”、知りたくないのか?」
 「あっ、そうだ!! 拓磨、あの後、何度聞いても教えてくれないんだもん。
 みんな、持ってきてくれたんですよね?」
みんなの顔を見回すと、当然、というように力強く頷いている。真弘先輩を除いて。
真弘先輩だけは、私と視線を合わせないように、そっぽを向いていた。
 「まずは私から。これをお持ちください。季封村で採れた茶葉で作った、最高級のお茶です」
そう言って、卓さんがポットを差し出す。
 「季封村の名物と言ったら、やはりいなり寿司だろう。これは絶品だ」
 「全然違うっすよ、祐一先輩。一番旨いのは、たい焼きでしょう。季封村のは、餡が格別なんだ」
 「僕は、お煮しめを作ってみました。
 季封村で採れた野菜をふんだんに使ってあるので、とっても美味しいですよ」
それぞれ持参した物を差し出す三人。それをどうして良いのか判らずに困っていると、
今まで参加しようとしていなかった真弘先輩が、呆れたような声で入ってくる。
 「何だよ、お前ら。弁当にお茶、それもデザート付きって。これから遠足にでも、行くつもりか」
 「じゃあ、真弘先輩は、何を持ってきたんです? 見た処、手ぶらみたいっすけど」
真弘先輩の言い方に、拓磨が不機嫌そうに答える。
確かに、真弘先輩の言う通り、みんなが持ってきてくれた物は、遠足のお弁当みたい。
どれか一つを選ぶより、すべてを持って行って、列車の中で食べたい品ばかり。
両親へのお土産は、美鶴ちゃんが用意してくれたお煎餅の詰め合わせがあるから、
いっそのこと、そう言ってしまおうか。でも、真弘先輩のも気になるし。
そう思って、真弘先輩の言葉を待ってみる。
私の期待の眼差しを承けて、真弘先輩はいつもの不敵な笑みを浮かべてみせた。
 「んなの、決まってんだろ。季封村の名物って言ったら、俺様しかいない!!
 俺様が一緒に付いて行ってやる。珠紀は、この季封村でちゃーんとやってるんだ、
 ってこと、俺から説明してやるよ。だから、お前は何にも心配しなくて良いんだ。
 全部俺様に任せておけば大丈夫だ。なっ!!」
 「確かに、名物には違いない。気合を入れて考えたにしては、上出来な言い訳だ」
高らかに笑う真弘先輩の横で、祐一先輩が小さく呟く声が聞こえた。
 「あ、あの、真弘先輩。でも、それは」
 「大丈夫ですよ。ああ見えて、鴉取くんは頼りになりますから。特に貴女のことならね」
不安そうにしている私に、卓さんが請け合ってくれる。
本当に大丈夫でしょうか?
心配そうな顔で真弘先輩を見ていた私の目の前を、紙袋が塞いだ。
 「はい、珠紀先輩。これ、全部二人分ありますから。車内で食べてくださいね」
いつの間にか一袋に纏められたお弁当一式を、慎司くんから手渡される。
もしかして、みんなが言っていた“あれ”って、最初から真弘先輩のことだったの?
 「ほら珠紀、バスが来たぞ。モタモタして迷子になっても、知らねーからな」
事態が飲み込めていない私から、手に持ったボストンバックと紙袋を受け取ると、
真弘先輩はさっさとバスに乗り込んだ。私も慌ててそれを追い駆ける。
バスの扉が閉まる瞬間、
 「真弘先輩。珠紀の両親に逢ったら、お嬢さんをください、くらい、
 しっかり決めてきてくださいね」
と拓磨の声が聞こえた。
 「……っ!!」
その声が届いた瞬間、真弘先輩が真っ赤な顔で、シートに沈んだ。

完(2011.09.18)  
 
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