「甘えさせて」(2)

 「手を繋いでいてもらって、良いですか?」
布団の中からそっと手を伸ばす。
 「んだよ、子供みたいに。ったく、お前は甘ったれだな」
 「甘えて良いって言ったの、真弘先輩の方なのに」
呆れた声で言う真弘先輩に、少し拗ねてみせると、布団の中に手を引っ込める。
そんな私の反応に、顔を真赤にさせて、慌てて手を差し伸べた。
 「わっ、判ったよ。ほら、手を貸せ」
オズオズと出した私の手を強引に掴むと、そのままそっぽを向いてしまった。
真弘先輩の手の温もりが伝わってくる。
ずっとこの手に護られていたんだと思うと、嬉しくなった。
幸せな気持ちに満たされて、もう少しだけ、甘えてみたくなる。
 「もう一つ、お願いしても良いですか? あの……キス、して欲しいです」
 「あ?」
勇気を出して呟いた私の言葉に、真弘先輩は、一瞬キョトンとした顔をする。
それから、さっきよりも更に顔を赤くして、狼狽えだす。
 「な、な、何言ってんだ、お前。んなこと、急に……。熱出して、おかしくなってんのか?
 だいたい、んなことして、どうなっても知らないぞ、俺は」
 「嫌だ!! 真弘先輩のバカ!!」
どうなっても……なんて、そんなつもりで言ったんじゃないのに。
布団に横たわっている自分の姿を思い出すと、恥ずかしくなって、布団を頭から被ってしまう。
 「バカはお前だ!! そんな意味じゃねーって。変な勘違いすんな。
 俺はただ、そんな弱った身体でキスなんかしたら、霊力がなくなって
 二、三日は起き上がれなくなる、ってことを心配してだな」
私の態度に更に慌てた真弘先輩が、しどろもどろで説明する。
 「……どういう意味ですか?」
キスをしたぐらいで起き上がれなくなる、ってどういうこと?
私はその言葉の意味を知りたくて、また布団から顔を出した。
 「玉依姫の力は、口移しだって言っただろ。想いや念の力でも受け渡しは可能だけどな。
 ただ、口移しだけは確実だ。元気な時なら問題ないけど、弱った状態でそんなことしてみろ。
 なけなしの力まで、俺が吸い取っちまうぞ」
初めて真弘先輩が覚醒した時も、キスをした後だった。
守護者へ託す玉依姫の力。キスの分だけ、その想いが強くなる。
 「大変なことだったんですね、キスするのって。
 これからは、気軽になんてできないな。誰にも……」
 「誰にもってなんだよ、誰にもってのはよぉ。
 お前、まさか守護者の誰かと、キスしてたのか?」
何気なく言った言葉に、真弘先輩が怒りだす。私は慌てて誤解だと伝えた。
 「そんな意味じゃありません。
 ただ、おーちゃんのほっぺとか、柔らかくて気持ち良いから」
人型に変化したおーちゃんには、よく抱き付かれた時にほっぺにキスをされることがある。
もちろん私もお返しに……。
本来の姿と同じ様に接してるだけだけど、真弘先輩はこういうのも嫌なのかな?
 「ったく、焦らせんなよな。だけど、ほっぺたまでだぞ、許すのは。
 オサキ狐が相手でも、唇はダメだ。これは、彼氏である俺様だけの、特権なんだから」
不安そうな顔で見上げていると、真弘先輩はそう言って、顔を近付けてくる。
言われた意味を理解した私は、静かにそっと目を閉じた。
 「わりぃ。平気か?」
重ねた唇を離すと、真弘先輩が心配そうな声で尋ねてくる。
少しだけ身体が重く感じたけれど、私は小さな微笑を返す。
真弘先輩に心配を掛けたくない。
 「なら、少し眠れ。眠って、さっさと元気になれ。傍に居てやっから」
私の強がりを簡単に見破ると、優しい言葉を掛けてくれる。
それが嬉しくて、このまま真弘先輩に甘えていたくなった。
今日の私は、とても欲張りになっているみたい。
 「それなら、目が覚めるまで、手を繋いでいてもらえますか?」
繋がれた手に、少しだけ力が加わったのを感じる。
ぎゅっと握られた手に安心すると、私は静かに眠りに落ちていく。

完(2011.08.21)  
 
  ☆ このお話は、風鈴 様よりリクエストをいただいて完成しました。心より感謝致します。 あさき
  
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